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第四話 出逢い
しおりを挟む翌日、私はシェリーと一緒に街に出かけた。
お義母様から週に一度、こうして街に出かける許可が出るためだ。とりわけ、嫌なことがあった日の次の日なんかは優しかったりする。飴と鞭を使い分けられているようで腹が立つけど、外出できるのは嬉しいから何も言わなかった。
「んん~~! このマロンケーキ、最高に美味ですぅ……」
「そうね。無限に食べられちゃうわ」
「ダメですよぉ、お嬢様。甘い物を食べ過ぎたら太っちゃうんですから」
「デザートは別腹よ」
「お嬢様も悪い人ですねぇ。んふふふ」
今日のお出かけ先は侯爵領で流行りのパティシエ・ノワール。
ここで食べられるマロンケーキが私の最近のお気に入りだった。
(はぁ、この甘さに浸っていたい……帰りたくない……)
などと思っていると、店先が何やら騒がしくなった。
見れば、小柄なメイド服の少女が壮年の紳士に詰め寄られていた。
どうしたんだろう? と思い耳をすませる。
「このショコラは我が主が望んでいる。譲れと言っているのが分からんか」
「うちが先に並んでいたのにどうして譲れと仰るのか分からないですぅ」
「残り一つだからだ! 子爵家が運営する商会を優先するのは当然の筋であろう!」
(あぁ、また貴族の難癖か……)
ここのお店はとても美味しいけど、貴族お抱え商人の使いと平民が入り混じるせいでたまにこういうトラブルが起きるらしい。メイドのほうも紳士の剣幕に押されて何も言えていない様子だ。私は溜息をついた。立ち上がって、二人の間に割って入る。
「そこまで。他のお客さんの迷惑になっています」
「何だお前は」
じろじろと私を見下ろす茶髪の紳士。
洗練されていない佇まいからして、おそらく下級貴族出身だろうか。
私は胸を張って応えた。
「私はアルマーニ侯爵が妻、ユフィリア・アルマーニです」
「アルマーニ、だと……?」
実質的な権力はゼロにせよ、アルマーニの名は国中に轟いている。
この名前を出せば、子爵程度の召使いが偉そうにしていられないはずだった。
男は慄いたように目を見開いて、
「ははっ! はっははははははははは! アルマーニ! あのアルマーニ夫人か! 例の! マダム・キャロラインと険悪な悪女! よもや貴様のような女に話しの邪魔をされるとはなぁ」
「……」
高らかに笑った男に私は唇を噛む。
「だとしたら何ですか。あなたが偉そうにしていい理由になると?」
「なるとも。我が主はキャロライン夫人と懇意の仲だからな」
男の手が伸びてくる。
「侯爵家の汚点を教育したとあらばマダムも喜んでくれるだろう。どうぞ、侯爵夫人? あなたを丁重に我が主のもとにお連れして──」
「ご婦人に何をしているんですか」
「!?」
突然、知らない男の人が割って入った。
見れば、子爵家の召使いの腕を空色の髪の男が掴んでいる。
背の高い男だった。アメジストの瞳は澄んだ水面のように透き通っている。
(この人、どこかで……)
「な、なんだお前は……!」
「これ以上やるなら営業妨害で騎士団に通報しますよ」
「……っ」
召使いは周りを見て分が悪いと悟ったようで、
「お、覚えとけよ……!」
小悪党のような捨て台詞を置いてその場を去っていった。
はぁああ、とシェリーの安堵のため息が私の後ろから聞こえてくる。
「もーお嬢様……心臓が止まるかと思いましたよ……」
「ごめんシェリー。でも黙って見ていられなくて」
「もー……そんなところもお嬢様のいいところですけど。心配するこっちの身にもなってくださいね!」
「うん。それで、えっと……」
シェリーから前に目を移す。
蒼髪の男性は召使いに抱き着かれてよしよししていた。
「旦那様ぁ~、こ、怖かったですぅ」
「嘘泣きするならもう少しマシな演技をしろ」
「うわぁ主様辛辣ぅ。さすがシスコン……」
「誰がシスコンだ」
蒼髪の男性が私の視線に気づいた。
細身の彼が来た長衣が流れるように揺れて胸に手を置かれる。
「俺の召使いを助けて下さりありがとうございました、アルマーニ侯爵夫人」
「……いえ。えっと、あなたは……」
「これは失礼。申し遅れました」
彼は優しく微笑む。
「俺はルガール・ダカール。浅学ながら公爵を務めております」
(そうだ、ダカール公爵……! どうして気付かなかったのかしら!?)
私は慌ててカーテシーした。
「公爵様にお会い出来て光栄でございます」
「おやめください。今はただのお菓子を買いに来た客に過ぎませんから」
(ただのなんて……そんなこと口が裂けても言えないわ)
ルガール・ダカール公爵閣下。
先住民である森の民の血を引く者にして『塔』が認めた魔法使い。
十八歳の身の上で宮廷魔法使いに推薦されるほどの腕前だとか。
「公爵閣下が我が領にいらっしゃるなんて思いませんでした。言ってくれれば歓待しましたのに」
「ここへは『魔塔』の用事で来ているので。貴族として来ているわけではありません」
「そうなんですか」
この世の神秘の全てが詰まったと言われる『魔塔』。
これまでいくつもの勢力が秘密主義の彼らの内情に迫ろうとしてきたが、誰一人として秘密を暴けなかった。そんな塔の用事だと言われてしまっては、私もこれ以上は言えない。
(それじゃあ、もう引き止めちゃ悪いかしら)
「お邪魔して申し訳ありません。それでは、どうぞ我が領を楽しんで言ってくださいね」
「お待ちください」
踵を返そうとすると、ルガール様が引き止めて来た。
「よろしければお茶をしませんか? 先ほどのお礼をさせてほしいです」
「うぇ!? 主様が女性とお茶ですかぁ? 熱でもあるんじゃ……ほぎゃ!」
「少し黙ってろ」
「本当のことですよぅ……いつも妹のことで頭がいっぱいなのに」
「だから黙ってろ」
「いふぁいですぅ」
侍女の両頬を引っ張ってぱちんと挟むルガール様。
とても仲のいい様子を見て私は思わず笑ってしまう。
「ふふ。仲がいい主従ですね」
ルガール様は気まずげに目を逸らした。
「お恥ずかしい限りです」
「いえ、とても良いと思います。きっとミーシャ様もお兄様をお慕いしていると思いますわ」
ルガール様は眉根を挙げた。
「妹の名を?」
「存じております。この国の貴族の名前は全員頭に入っておりますから」
「……そうですか」
「一度しか見たことありませんが、とても可愛らしいご令嬢ですよね」
ルガール様は少年のように目を輝かせた。
「そうなんです! ミーシャは天使なんです! あどけない笑顔や線の細い手付きなど容姿はもちろんですが、性格も天使のように優しくて俺が帰った時なんて玄関まで迎えに来てくれるんですよ。風邪を引いた時は付きっきりで看病してくれたし、あの子のような優しい人間はこの世にどこにも居ません。もうとにかく可愛くて! 特に初めて俺の袖を引いて「あにさま」と言ってくれた時なんて俺がどんな気持ちだったか」
「主様、主様、素が出てしまってますよぅ」
ハッ、とルガール様が我に返った。
急に耳が真っ赤になった年下公爵様は目を逸らして咳払いする。
「……すみません。しゃべり過ぎましたね」
「とんでもない。ダカール公爵は妹思いですね」
「え……?」
私はうんうんと頷いた。
この人のように家族を自慢げに語れるのは素晴らしいことだ。
こういう時はついつい謙遜して家族を下げてしまいがちだけど、ルガール様のように家族を大事だと胸を張れる人は信用できると思う。
「ルガール様のお話を聞いていると私も会ってみたくなりました」
「そ、そうですか……」
ルガール様は口元を押さえて、
「……はじめて言われた」
「え?」
「なんでもありません」
すぐにすまし顔で続ける。
「ちょうどそこに半個室がありますね。そちらでお茶にしましょう」
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