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第三話 青牡丹の君

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 ユフィリアが舞踏会から去った同時刻。
 侯爵家のすぐそばに一台の馬車が止まっていた。

「……ふむ。ただならぬ気配を感じたんだが」

 馬車の中の人影は車窓から侯爵家を見上げながら呟く。

「気のせいか?」
「旦那様ー、行くなら早くしてください~~」
「少し待ってくれ。今、何か気配を感じた」
「仕事もいいですけどぉ、おうちでミーシャ様が家で待ってますよぅ」
「よし最速で戻ってくる」

 人影は馬車の扉を開け、侯爵家の門前に降り立つ。

「さて、と」

 蒼髪の青年である。
 年のころは十八、九歳頃だろうか。
 子供の頃の幼さは消えて大人の世界に一歩踏み出した若々しさが彼にはある。アメジストの瞳は神秘的で、彼の持つ杖はその身分を明らかにするのに十分だった。

「そこの魔法使い。何者だ、止まれ!」

 門衛が青年を制止する。
 青年の貴族然とした高級感あふれる装いを見て門衛は姿勢を改めた。

「もしかして貴族の方でしょうか?」
「はい」

 青年は言った。

「ここでキャロライン夫人によるパーティーが行われていると聞きました。招待状はないのですが、主にお伝えいただけますか」
「失礼ですが、何か約束はされていますか?」
「いえ。していません」

 門衛はこそこそと囁き合い、青年の対処を話し合う。

「どうする。貴族だから断るわけにもいかないし」
「門衛長に伝えてこい。どうせあの人さぼってるだろ。仕事させろ」
「貴族で魔法使い……この人って、まさかあの人じゃ……」
「──まぁ、ルガール卿ではないですか!」

 明るい声が門の向こうから響いて来た。
 華やかな貴族の女性たちが青年──ルガールに近付いてくる。

「どうしてこちらに? まさか夫人のパーティーに招待されていたのですか?」
「まぁまぁ! ルガール卿がパーティーに出席するなんて……!」
「いつもはどんな催しにも出席なさらないのに、どういう風の吹き回しですか?」
「もしかして、お目当ての女性が居たのかしら?」

 青年──ルガールは肩を竦めた。

「まぁ、そのようなものです」

 きゃー! と女性陣から黄色い悲鳴があがる。

「誰!? 一体誰なの!? 『青牡丹の君』の心をつかんだ令嬢は!?」
「今まで何人もの女性を袖になさってきたのに、まさか今!?」
「僅か十八歳で魔塔に認められた公爵様がお見初めになった人……誰なのか気になります!」
「まさか私では……?」
「「「それはない」」」

 盛り上がる令嬢たちをよそにルガールは取り繕った顔で問いかけた。

「ご令嬢たちはどこへ?」
「実はパーティーがもう終わりましたの。今から帰るところですわ」
「そうですか……」
「よろしければ、ルガール卿の意中の方を呼んできましょうか?」
「いえ結構です」

 ルガールはすげなく言った。

「どうやら遅かったようです。出直すことにします」
「あの閣下、よろしければ後日お茶でも──」
「結構です」

 ルガールは馬車に戻った。
 車窓の外で名残惜しそうな令嬢たちの声が聞こえてくる。

 ──相変わらず冷たいわ。さすがは『青牡丹の君』ね」
 ──本当に気になるわ。一体誰なのかしら。あの方の心を射止めたのは。

 ルガールは車窓の外に笑顔を向ける。
 それだけで令嬢たちは黄色い悲鳴をあげた。

「出してくれ」

 馬の嘶きと共に馬車は走り出す。
 向かい側に座る侍女がからかうように目を細めた。

「主様ぁ。いつの間に思い人が出来たんですぅ?」

 ルガールは取り繕った笑みを脱ぎ捨てた。
 すん、と真顔になったルガールは侍女に凄む。

「俺がミーシャ以外の女性にうつつを抜かすとでも?」
「……ですよねぇ」

 侍女は肩を竦めた。

「相変わらずシスコン拗らせてますねぇ」
「ミーシャは俺の天使だ……あんな完璧な存在が居るか?」
「いないっすねぇ。主様の妹御とは思えないくらいです」
「それは俺もそう思う」

 ルガールは真顔で頷いた。

「ミーシャは出来た女だ。ミーシャ以外の女は俺を見た目で判断するクズばかりだからな」
「そりゃあ、中身がこんなシスコンだと知ったら誰も寄り付かないでしょうねぇ。いっそのこと曝け出しては?」
「いやだ。俺はミーシャの前ではカッコいい兄でいたい」
「ダメだこのシスコン、もうどうしようもないですぅ」

 侍女は諦めたように天を仰いだ。

「どこかに居ないですかねぇ。主様を受け入れてくれる寛大な心を持つ女性は……」
「ふん。俺は一生ミーシャと添い遂げるぞ」
「公爵が妹と添い遂げるとか言わないでください本気で引きますぅ」

 それにしても、とルガールは思う。

(先ほど感じた気配……あれは、まさか……)


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