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第十五話 追いかけてくる過去
しおりを挟む翌日、ルネさんに起こされてリビングに行くとリュカ様が席についていた。
朝食の並んだ席で優雅にコーヒーを飲む様は庶民の家に居るのが場違いなほど様になっている。
どうしてこんな綺麗な人がここに居るんだろう。
なんでメイドなんてしてるんだろう……。
そう思っていたら、リュカ様が私に気付いた。
「おはようライラ、今日も可愛いね」
「……」
私はそっと目を逸らした。
「お、おはようございます」
「え」
スタスタ、と歩いてお父さんの隣に。
リュカ様とは斜め前の席。いつもは隣だけど今日は無理だった。
「……ライラ?」
「何ですか」
「どうして目を合わさないの?」
ぐるりと顔を覗き込まれてサッと目を逸らす。
「今日はそういう日なんです。誰とも目を合わさない日なんです」
「……義父上、ライラにはそういう日が?」
「いやぁ、ただ照れてるだけですね」
「お父さん!」
(ちょっとは娘の気持ちを考えてよ! ばか! あほ!)
内心で激しい抗議の声をあげる。
リュカ様は「照れてる」と舌の上で言葉を転がして笑った。
「ふぅん。そうなんだ?」
「……知りませんっ」
ふん。とそっぽ向いた。
誰がなんと言おうと、今日はそういう日なのである。
決して、なぜかリュカ様と目が合わせられないとか。
ちょっと顔を見たら心臓が跳ねて落ち着かなくなるとかではない。
ないったらないんだから!
◆◇◆◇
と、そう思っていたんだけど──。
「ライラ? 今日も仕事終わったらお茶しない?」
「私、魔導書の研究がありますのでそれでは」
「そっか。じゃあ婚約する?」
「し、しません!!」
リュカ様が誘って来るとなぜだかその場から逃げ出したくなって。
「ライラ、今日村の古書店に行こうと思うんだけど。デートしない?」
「しません!」
「じゃあ結婚する?」
「~~~~~っ、しません!」
いつもの軽口になぜか顔が熱くなってしまって。
私はリュカ様から逃げてクローゼットの中で頭を抱えた。
(や、やっぱり無理~~~~~~~~~~~~~~!)
リュカ様の顔が! 見れない!
ちょっと名前を呼ばれるだけで動悸がする!
なにこれ全然落ち着かないんだけどなんて病気ですかっ?
(はぁ~……顔を見るなり逃げるのは失礼だよね……いや分かってるんだけどさ……)
普通の第二王子様なら今ごろ不敬罪で死んでいる。
それを言うなら、私はとっくに数えきれないほどの不敬を働いてるけども。
(なんでだろう。何がきっかけなのかな……)
心当たりが多すぎて分からない。
あの人はいつだってこっちが引いた線をやすやすと飛び越えてくる。
王子とか子爵とか身分の違いなんてあの人には関係ないんだろう。
……周りの目は、そうもいかないけど。
(お母さん……私、どうしたらいいのかな)
亡き母の形見の本を撫でてため息をつく。
父と母は仕事で知り合ってなし崩し的にと言っていたけど。
男女のあれこれはどれだけ勉強しても分からなくて、何度もため息が出てしまう。
ぐぅううう。
(お腹空いた……なんか食べ物ないかな……)
今日の仕事は既に終わって、もう午後の三時。
ちょうどおやつの時間だ。
頭を使いすぎて糖分を補給したい気分である。
「ライラ~? どこ~?」
一階を探し回るリュカ様から隠れつつ、自室に行く。
自分で言うのはなんだけど、女らしさのない部屋だな、と思う。
ベッドと本棚と机だけ。真新しいお化粧棚はルネさんが最近買ってきたやつ。
床にはこれまたルネさんが買って来た絨毯が敷かれていた。
赤と白のよく分からない模様が組み合わさったおしゃれな絨毯だ。
私にはこういうセンスがないからルネさんはすごいと思う。
「あれは……」
そんな絨毯の真ん中に──
「ショートケーキだ!」
ふわふわのスポンジにいちごが乗ったケーキ。
見るだけでよだれが出てしまうそうなそれを見てごくりと唾を飲む。
周りを見る。誰も居ない。
「……これ、私の部屋にあるってことは食べていいんだよね?」
もしかしたらお父さんが置いてくれたのかもしれない。
あの人は全然私を守ってくれないし権力によわよわで頼りないけど、たまにこういうことをする。言葉には出さないけど気遣ってもらえてる感じがして、ちょっぴり嬉しいのは内緒。ともあれ、こんなところにケーキなんて置いていたらネズミに食べられてもったいない。ここは私がちゃんといただいて糖分に変えるべきだろう。
「えへへ……いただきま──」
意気揚々とケーキのお皿を持ち上げたその時だった。
「ほえ?」
床に魔法陣が展開し、蒼い光が私を取り囲んだ。
──がしゃん!
魔力で出来た鉄格子が逃げ道を塞いでいる。
目を丸くする私の元へリュカ様がやって来た。
「ようやく捕まえたよ、ライラ」
「ぁ、ぁ」
「あんまり逃げるものだから強硬手段に出るしかなかったんだ。許してほしい」
リュカ様の声は耳に届かない。
頭がキーンとする。激しい頭痛に私は頭を押さえた。
「さ、大人しく僕の話を──ライラ」
「や、やめて」
鉄と黴の匂い、こぼれたインク、叩かれた頬、口の中に滲む血。
欲望に歪んだ口元、熱っぽい吐息、脂ぎった身体、振りまく香水……。
「来ないで。いや、いやぁあああああ!」
「ライラ!?」
私の脳裏に、思い出したくもない記憶が蘇ってくる──。
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