上 下
59 / 61

第五十九話 あなたの腕に抱かれて

しおりを挟む

【させません】

 勝手に動きやがったわたしの手を、わたしは無理やり押し込めました。
 わたしの手はギル様の胸に触れる寸前で止まっています。
 ギリ、ギリと、わたしと魔王のせめぎあいが始まっていました。

「ローズ……!」
【ギル様、今のうちに……】

 さっきまでのわたしなら、殺してくれと頼んだでしょう。
 立って見てくださいよ、この姿。
 頭からは角が生えていますし、尻尾も揺れてるんですよ。

 こんな可愛くない姿、ギル様に見られたくありませんし。
 魔族に成り果てたわたしなんて、と悲観ばかりしていました。

 でも、もう違います。





 わたしが全身全霊で叫ぶと、ギル様が目を見開きました。
 言いたいことは分かっています。

(そんな都合のいい方法なんて、あるわけない)

 わたしの身体は既に魔王のもので、魂は魔族に変質しつつあります。
 方法なんて分かりません。どうやればいいのかも知らないです。
 わたしが死ぬことだけがギル様の救いになると思っていました。

 でもだからどうしたってんですか?
 わたしは推しに対する想いだけは、誰にも負けません。
 
 確かにローズ・スノウはホムンクルスで。
 初代聖女の細胞を培養したに過ぎない人間の成り損ないですけど。
 ギル様なら、きっとなんとかしてくれます。

 何よりわたしは思い出したんです。
 一度目の絶望を。恐怖を。決意を。

 そう──
 わたしはもう、我慢しないって決めたんですから!!

「よく言った」

 ギル様は微笑み、

「あとは任せろ」

 次の瞬間、わたしの口が熱いものに塞がれていました。
 目の前にギル様の綺麗な瞳が見えます。

 みえ、ます?

 え。
 え。
 え。

 待って。ちょっと待って。
 わたし、

【~~~~~~~っ!】

 驚天動地のわたしが思わずギル様を突き飛ばそうとします。
 最後の力をそんなところに使っていいのかって話ですけど、だってとにかく動揺して、ギル様の唇が触れて、うわ、舌が、嘘、ここまでやるのですか!?

【Alaaaaaaaaaaaaaaaaa!】


 わたしはハッ、と我に返りました。
 ようやくギル様の意図に気付いたのです。
 魔王がわたしの中で苦しんでいました。

「……っ」

 わたしの中にギル様の魔力が入り込み、魔王の思念を侵食してるのでしょう。
 第八魔王の意志が強すぎたのが幸いしたのか、区別はつきやすいはずです。
 わたしの聖女の部分だけを残して、魔王がやられていきます。


 …………いや、それはいいんですけど。


 この口づけ、いつまで続けるつもりですか!?

 さっきからずっと、ギル様の瞳が目の前にあって落ち着かないのですけど!
 しかもわたしと目が合ったことが分かると、ギル様が柔らかく目を細めるのですけど!

 はぁぁ~~~~~~~~なにそれ、好き!
 貪るように唇をついばまれて頭がくらくらします。

 というか。
 わたしを離すまいと抱きしめて口づけを続けるとか熱烈すぎて死ねます!?
 

【……フザ、ケルナ。コンナ、オカシナ、カンジョウ……!】

 あぁ、
 怒りと憎しみしか知らない哀れな第八魔王よ。

 お前はこの想いの尊さを知らないのですね。
 これは一種の病気のようなもので、全然消えてくれないのですよ?

 確かに戦争は悲惨で怒りと憎しみに満ちています。
 どうしようもない人間だってたくさんいるし。
 誰かの痛みを誰かが引き受けて世界は回っています。

 でもね。
 人類は愚かで救いがたくはあるけれど……。
 それでも、一つだけ確かなことがあります。

 愛は偉大だってこと。
 そう。 いつだって人間は、愛の力ですべてを解決してきたのですから!


 ──憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ好き。

 ──憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ好き好き好き好き好き好き好き好き。

 ──ニクイ好き。好き。好き。好き。好き、ギル様、大っっ好き!!


 第八魔王は魔族が集めた怒りと憎しみの権化です。
 ならばそれ以上に、わたしのギル様愛してるパワーでねじ伏せましょうとも。
 もちろんわたしだけじゃ絶対に無理でしたけど。

 弱った第八魔王になら──
 ギルティア・ハークレイは、絶対に勝ってくれるから!!

【コンナ、バカナ………コト、ガ……】
「ローズの口で、それ以上喋ってくれるな」

 ギル様はようやく口を離して、不敵に言います。

「俺の女の中から、消えろ、魔王っ!!」
【GIIIIIIIIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!】

 わたしの身体から黒い煙が噴出して、角や尻尾やらが消えていきます。
 わたしの中にいる第八魔王が消えていくのが分かりました。

 ……本当に、倒してしまったんですね。

「やっと──頼ってくれたな。ローズ」
「ギル様……」
「もう君にだけ背負わせない。君が背負う物は、俺も背負う」
「……はい」

 わたしはギル様の胸に頭を預けました。
 こうして触れていると、本当にどうしようもない愛おしさがこみ上げてきます。
 人間はよくもこんな心を制御しているものですよ、まったく。

「お慕いしています、ギル様」
「あぁ、俺もだ。ローズ」

 そうしてわたしたちは再び顔を近づけて。

 ぽとり、と。

 わたしの小指が落ちました。

「あ」

 落ちた小指は光の粒になって消えていきます。

 ……あぁ、そうですか、もう。

 ギル様は愕然と目を見開きました。

「そんな……なぜだ。魔王は、確かに!」
「はい。ギル様のおかげで魔王は倒しました」

 でも、それ以前にわたしは限界でしたからね。
 耐用年数を遥かに超えて生きた特異個体と言えど、ここが限界でしょう。

 神聖術の使い過ぎに、魔王化までしたのです。
 むしろ今、形が残っていることが奇跡と言えました。

「これが寿命です。仕方ありませんね」
「……っ、嫌だ。嫌だ嫌だ。俺は、もっと君と……!」

 子供のように駄々をこねるギル様。
 彼らしくないそんな仕草も、わたしを思ってこそだと思えば嬉しいです。

 わたしだって、本当はもっとこの人と生きていたい。
 その想いを確かめたばかりなのに、現実は残酷なものです。

 ……とはいえ、まだ少しだけ時間が残されていました。

「ねぇギル様」

 わたしは口元に笑みを浮かべてギル様を見ます。


「最期に、デートしませんか?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

聖女じゃないからと婚約破棄されましたが計画通りです。これからあなたの領地をいただきにいきますね。

和泉 凪紗
恋愛
「リリアーナ、君との結婚は無かったことにしてもらう。君の力が発現しない以上、君とは結婚できない。君の妹であるマリーベルと結婚することにするよ」 「……私も正直、ずっと心苦しかったのです。これで肩の荷が下りました。昔から二人はお似合いだと思っていたのです。マリーベルとお幸せになさってください」 「ありがとう。マリーベルと幸せになるよ」  円満な婚約解消。これが私の目指したゴール。  この人とは結婚したくない……。私はその一心で今日まで頑張ってきた。努力がようやく報われる。これで私は自由だ。  土地を癒やす力を持つ聖女のリリアーナは一度目の人生で領主であるジルベルト・カレンベルクと結婚した。だが、聖女の仕事として領地を癒やすために家を離れていると自分の妹であるマリーベルと浮気されてしまう。しかも、子供ができたとお払い箱になってしまった。  聖女の仕事を放り出すわけにはいかず、離婚後もジルベルトの領地を癒やし続けるが、リリアーナは失意の中で死んでしまう。人生もこれで終わりと思ったところで、これまでに土地を癒した見返りとしてそれまでに癒してきた土地に時間を戻してもらうことになる。  そして、二度目の人生でもジルベルトとマリーベルは浮気をしてリリアーナは婚約破棄された。だが、この婚約破棄は計画通りだ。  わたしは今は二度目の人生。ジルベルトとは婚約中だけれどこの男は領主としてふさわしくないし、浮気男との結婚なんてお断り。婚約破棄も計画通りです。でも、精霊と約束したのであなたの領地はいただきますね。安心してください、あなたの領地はわたしが幸せにしますから。 *過去に短編として投稿したものを長編に書き直したものになります。

無価値と呼ばれる『恵みの聖女』は、実は転生した大聖女でした〜荒れ地の国の開拓記〜

深凪雪花
ファンタジー
 四聖女の一人である『恵みの聖女』は、緑豊かなシムディア王国においては無価値な聖女とされている。しかし、今代の『恵みの聖女』クラリスは、やる気のない性格から三食昼寝付きの聖宮生活に満足していた。  このままこの暮らしが続く……と思いきや、お前を養う金がもったいない、という理由から荒れ地の国タナルの王子サイードに嫁がされることになってしまう。  ひょんなことからサイードとともにタナルの人々が住めない不毛な荒れ地を開拓することになったクラリスは、前世の知識やチート魔法を駆使して国土開拓します! ※突っ込みどころがあるお話かもしれませんが、生温かく見守っていただけたら幸いです。ですが、ご指摘やご意見は大歓迎です。 ※恋愛要素は薄いかもしれません。

聖女追放。

友坂 悠
ファンタジー
「わたくしはここに宣言いたします。神の名の下に、このマリアンヌ・フェルミナスに与えられていた聖女の称号を剥奪することを」 この世界には昔から聖女というものが在った。 それはただ聖人の女性版というわけでもなく、魔女と対を成すものでも、ましてやただの聖なる人の母でもなければ癒しを与えるだけの治癒師でもない。 世界の危機に現れるという救世主。 過去、何度も世界を救ったと言われる伝説の少女。 彼女こそ女神の生まれ変わりに違いないと、そう人々から目されたそんな女性。 それが、「聖女」と呼ばれていた存在だった。 皇太子の婚約者でありながら、姉クラウディアにもジーク皇太子にも疎まれた結果、聖女マリアンヌは正教会より聖女位を剥奪され追放された。 喉を潰され魔力を封じられ断罪の場に晒されたマリアンヌ。 そのまま野獣の森に捨てられますが…… 野獣に襲われてすんでのところでその魔力を解放した聖女マリアンヌ。 そこで出会ったマキナという少年が実は魔王の生まれ変わりである事を知ります。 神は、欲に塗れた人には恐怖を持って相対す、そういう考えから魔王の復活を目論んでいました。 それに対して異議を唱える聖女マリアンヌ。 なんとかマキナが魔王として覚醒してしまう事を阻止しようとします。 聖都を離れ生活する2人でしたが、マキナが彼女に依存しすぎている事を問題視するマリアンヌ。 それをなんとかする為に、魔物退治のパーティーに参加することに。 自分が人の役にたてば、周りの人から認めてもらえる。 マキナにはそういった経験が必要だとの思いから無理矢理彼を参加させますが。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

処理中です...