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第五十三話 残酷な選択
しおりを挟む「断る」
俺は即答した。
「お前を殺すなど考えられない。絶対に断る」
【なぜですか? わたしはギル様が大嫌いな聖女で、今や魔族となった女ですよ】
確かに理屈で言えばローズを殺さない理由などないだろう。
未来で王都を半壊させたという第八魔王の力はあまりにも危険だ。
ガルガンティアを崩壊させたあとでその猛威を振るったのなら……
【今のわたしは、小指で王都を壊せます】
それくらいの危険はあってもおかしくない。
人類最強を自負する俺にとって殺さなくてはならない存在だ。
それでも。
「俺が、嫌だからだ」
【……】
「俺はお前を失いたくない。だから殺さない」
【既に魔族となった女を失いたくないなんて傲慢です】
「知ったことか。俺が必ず、お前を助ける方法を見つけ出す」
【……ほんと、どうしてこうなったんでしょうね】
くしゃり。とローズが顔を歪めた。
【どうせ助からない命、あなたに捧げてしまいたかったのに】
「……なに?」
【未来でアミュレリアを助けようとしてギル様は死にました】
ローズが手を掲げた瞬間、指先の爪がアミュレリアの首元まで伸びた。
【あなたがわたしを殺さないなら、わたしがこの女を殺します】
「……っ!」
【本来助かるはずがなかった命です。別に、構いませんよね?】
「やめろ──今すぐやめろ、ローズ!」
【やめてほしければ行動に移すしかありません、ギル様】
アミュレリアは恐怖のあまり硬直していて動けない。
いや、ローズの並々ならぬ執念の瞳が、彼女を射抜いているのだ。
アミュレリアの首筋に一筋に血が流れていく。
【5秒後に殺します。5、4、3】
「やめろ」
【2】
「やめてくれっ!!」
【1。残念です、ギル様】
ローズは容赦なくアミュレリアの首を跳ね飛ばした。
その寸前だった。
「あっぶなぁ~~~~」
硬い者同士が弾ける音が響き、ローズの爪は弾かれた。
颯爽と割り込んだ影が剣閃をひらめかせ、剣を振るったのだ。
「しかも硬い。僕の愛剣が刃こぼれしちゃってるんだけど」
「セシル……!?」
軍靴の音が鳴り響き、セシル率いる憲兵隊が雪崩れ込んできた。
ローズに向けて杖を向ける彼らはセシルの号令を待っている。
「君が居ながらどうしてこうなってるのかな?」
セシルはアミュレリアを庇いながら言った。
「そこの魔族を殺していないなんて、君らしくないじゃないか」
「お前……」
俺は奥歯を噛みしめる。
ローズを魔族と断じる彼の声音はすべてを知っていることを物語っていたから。
「すべて知って……あえてローズを側妃にしようとしたのか」
「あそこで太陽教会が政治に近付きすぎることをアピールすることが、彼女の望みだったからね。ま、もう人間じゃないんだし。用は終わった。殺しちゃっていいんじゃない?」
俺はセシルを殴り飛ばした。
「ふざけるなッ! 貴様、あいつをなんだと思って……!」
憲兵たちが俺に杖を向けるが、セシルは「いい」と制止した。
セシルは立ち上がり、俺と真っ向から向かい合う。
「ギル……いや、ギルティア・ハークレイ特務小官」
セシルはローズを指差して俺に命ずる。
「第八魔王ローズ・スノウを討伐せよ。これは命令である」
「……っ」
【わたしはギル様以外に殺されるつもりはありません】
凄まじい魔力のオーラがローズから噴き出し、地下室に吹き荒れた。
衝撃波だけで立っていられなくなるほど、その勢いはすさまじい。
「ぐあぁぁあああああああ!」
「なんという魔力……! 一級以下は退け! 狂い死ぬぞ!」
「あ、あんな化け物、勝てるわけない……!」
殺さず、しかし確実に戦闘不能にする魔力操作能力に俺は拳を握りしめた。
ローズの狙いは一目瞭然だ。
この場で自分を化け物だという印象付けさせ、俺に自分を殺させる。
──そうか。太陽教会を滅ぼすという意味は……まさか!
「連合軍の元帥の側妃として──元大聖女として再び名を轟かせ、その権威を一気に失墜させる! 元聖女が第八魔王になったなどという醜聞が広まれば、教会の権威が落ちることは必定……そのためにお前は、あの舞踏会でセシルのところへ……!」
【気付いたなら、早く殺してください】
ローズは言った。
【早くしないと……わたしでも持たない……げほ、げほッ!】
ローズは身体を九の字に折って吐血した。
べちゃべちゃぁ……と血だまりが彼女の足元に落ちていく。
元より神聖術でボロボロになっていた身体に魔王が宿ったのだ。
今、彼女の身体にどれだけの負担があるか分かったものではない。
【自滅するわけには……足りなイ……モット……だめ、まだ……っ!】
「ギル、早くローズを殺せ! それが彼女の救いになる!」
「ふざけるな! こんな、訳の分からない形であいつを失うなど……!」
【Alaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!】
瞬間、魔力が爆ぜた。
思わず腕を覆った俺の瞳に、ローズが消える瞬間が映る。
──助けて。
彼女の口が、そう動いたように思えた。
一瞬ののちに地上へ大穴を開けた彼女は姿を消す。
地下室に刺すような静けさが戻った。
「ローズ……!」
「こうなっては彼女は助からない。ギル、君が送るべきだ」
「貴様……!」
思わず襟首を掴み上げると、セシルは淡々と告げる。
「ローズさんが大事なら、代わりはいくらでもいる」
「ふざけるなッ!! 貴様、貴様はどれだけ……ローズの代わりなど、どこにも」
「人は誰かの代わりになんかなれない? 違うね、ギル。いい機会だから教えてあげよう。彼女は──」
「──そこから先は、私からお話しましょう」
俺とセシルの間に割り込んだ声は老成した男の声だった。
振り向けば、神官服に身を包んだ男が立っている。
憲兵隊が一斉に膝をついた。
「太陽教会枢機卿。イヴァン・アントニウス……」
「いかにも。ギルティア・ハークレイ。会えて嬉しいですよ」
そして彼は背を向けた。
「付いて来てください。彼女の秘密をお教えしましょう」
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