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第四十四話
しおりを挟む「な、なんで!?」
そこで声を上げたのは、意外にもリネット様でした。
先ほどまで王子に怖気づいていた彼女はどこへやら。
今は顔色を変えて身を乗り出しています。
「た、確かに私が作った魔導機巧人形がすぐに受け入れられないのは分かりますけど、でも……!」
「いやいや、違うよクウェンサ軍曹。君の問題じゃない」
セシル元帥が苦笑すると、サーシャが察したように呟きました。
「既存技術の保守……新しい芽を潰しにかかってきたのですね」
「さすがはグレンデル家の令嬢。その通りだ」
ギル様もどすのきいた声で言います。
「……つまりは現存技術の特許を持っている連中が、自分たちの利益のためにリネットの魔導機巧人形を否定していると、そういうことか」
「そういうこと」
リネット様は我慢できずに立ち上がりました。
「へ、兵士の命がかかってるんですよ! それでも変えないんですか! あの魔導機巧人形が戦場に配備されれば、確実に死者数は半減します。それでも!?」
「それでも変えないのが既得権益を有する者達だよ。クウェンサ軍曹」
セシル元帥は肩を竦めました。
「僕も相当根回ししたんだけどね。なにせ魔導機巧人形の技術は連合国軍全体が関わってる。その中には保守派の筆頭とも言える国もあって……」
二年後の、人類絶滅寸前の未来ならともかく、戦争が小休状態にある時にリネット様の魔導機巧人形を採用するわけにはいかないということですか。
「で、データなら提出しました。稼働実験ではあんなに多くの魔族を撃退して……!」
「──何より君たちの魔導機巧人形には禁忌にまつわる部分がある」
リネット様の顔が蒼褪めました。
「魔導機巧人形の関節部に使われる生体部品……」
「そ。あれ、人間の身体の一部だよね? どうやってあんなの調達してきたの?」
正確にいえばホムンクルスですけどね。
事情を知らないセシル様が柔らかな詰問口調で言います。
「連合議会からは異端審問にかけようという動きもあるんだけどな」
「そ、それは……」
「どういうことですの? あの魔導機巧人形、そんなにやばいものでしたの?」
リネット様はぎゅっと拳を握り、サーシャはおろおろしています。
ギル様の目がわたしに向きました。
もぐもぐ。そろそろ喋ってもいいということでしょうか。
「……ごくん。ここからはわたしの出番ですね。真打ち登場です」
「ローズ、口の端にクッキーが付いてるぞ」
「あ、失礼。ありがとう存じます」
わたしの口元のクッキーを取って推しが自分の口に入れました。
これはなかなかに……
え? ちょっと待って本気ですか?
「ギル、今の」
「黙れ。ローズ、さっさと交渉に戻れ」
「は、はぁ。では」
顔が熱いので風魔術を使って欲しいんですが。
身体が火照って仕方ありませんよ、もう。
「生体部品がどのこうのと言いますが」
わたしはにっこりと言います。
「聖女の存在を容認している連合軍が言える義理じゃないですよね」
セシル元帥の顔から笑みが消えました。
「……それとこれとは話が別だろう」
「同じですよ。なんでしたら、わたしの知るすべてを世界に公表しましょうか」
ここまで言えば、わたしがどこまで情報を握っているのか伝わっているでしょう。
事実、セシル元帥が顔色を変えました。
「ちょ、待ってくれ! そんなことをしたら」
「あら。何か問題になるようなことを隠してらっしゃるのですか? わたしはただ、神聖術の適性がある幼い子供たちを教育している神殿の現状についてお話しようと思っていただけですが?」
セシル元帥が苦虫を噛み潰したような顔になりました。
「君は……悪女だ」
「悪女で結構。普段はぷりてぃーな女の子と定評のあるわたしですが、これでもそれなりの影響力は持っていると自負しておりますよ」
「……君は一体、どこでそれを知った?」
「未来で」
「……答えるつもりはない、と?」
「お好きに解釈してくださって結構です」
わたしとセシル元帥が睨み合います。
他の人たちは話について行けていない感じです。
ギル様が怪訝そうに言いました。
「ローズ、何を隠している?」
「乙女には秘密がつきものですよ、ギル様」
「……」
「少なくとも、ギル様の不利益になるようなことではありません」
「そういうことではない」
む。推しが不機嫌になってしまいました。
仕方がないこととはいえ、心が痛みます。
「で、魔導機巧人形を認めるのですか? 認めないのですか?」
「……禁忌云々は別にしても、既得権益を崩すのは容易じゃない。魔導機巧人形の重用には時間が……」
「サーシャ。あれをください」
「……これですの?」
「あれで分かってくれましたか。ちょっと見直しました」
「わざわざ交渉がこじれた時用にと渡されたら誰だって分かりますわよ!?」
「そうですか?」
まぁ大切に持っていてくれたようで何よりです。
サーシャはわたしがまとめた書類をセシル殿下に差し出しました。
「……これは?」
「魔導機巧人形の権益を握っている奴らの不法取引記録」
「「「!?」」」
「脱税、収賄、人身売買、麻薬の製造、流通……嘘だろ、こんなのデタラメ」
「太陽神の聖名に誓います。そこに書かれているのはすべて事実です」
太陽教会において一番重い誓約。
さすがのセシル様も閉口したようです。
「あぁ、予備はとってありますからそれを捨てても無駄ですよ」
「……証拠は」
「書類に書いてあるでしょう。関係者の身元は調べればすぐに分かります」
ま、馬鹿正直に問いただせば握りつぶされる程度の証拠です。
二年後の未来の情報ですからあてになるかは分かりません。
ここで重要なのは真実よりも真実味なのです。
「それを使えばあなたも連合軍でそれなりに優位に動けるんじゃないですか?」
元帥と名がついていますが、実態は連合議会の使い走りです。
軍に関する決定権は握っているものの、セシル元帥にそこまで力があるわけじゃありません。現に、新型魔導機巧人形の実用化に難を示されたわけですからね。
「は、はは。はっはははははははははははは!」
セシル様は額を抑えて笑い出しました。
「負けた、負けたよ! 僕の完敗だ!」
「で?」
「ここまでお膳立てされて動けなきゃ元帥の名折れだよ──分かった。この件は僕が責任をもって預かろう。戦争を終わらせるための協力、本当に感謝する」
わたしたちは顔を見合わせ、ほっとした空気がその場に流れました。
まぁ当然の話ではあるんですけど、上手くいったようで何よりです。
最悪、ギル様と一緒に連合軍を抜けようと思っていましたが──
責任感の強い推しが人類を見捨てるとは思えなかったので、本当にうまくいって良かった。
「といってもここからが大変だよ。リネット軍曹。君は本当に頑張れるかい?」
「わ、私は」
リネット様がわたしのほうを見てきました。
わたしは全幅の信頼を置いた笑みをたたえます。
「……っ」
リネット様は決心したようにセシル元帥に向き直りました。
「はい。私はハークレイ小隊の魔導機巧人形担当なので。私が責任をもって進めます」
「何かあればグレンデル家が力になります。いつでも言いなさいな」
「ありがとう、サーシャ様」
かつてのわだかまりを捨てた二人は信頼し合う友達そのものです。
少しだけ嫉妬しますけど、リネット様が潰れないためならサーシャが入隊した甲斐もあったというところでしょうか。
「ところでローズさん。君、今は神殿から抜けてるんだよね?」
「抜けているというか、出向という立場を取っていますね」
「ふぅん。まぁちょうどいいか。それじゃ、一つ提案があるんだけどさ」
セシル元帥は笑って言いました。
「君、僕の側妃になる気はない?」
「…………は?」
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