39 / 61
第三十九話 運命の改変
しおりを挟む「ローズ……!?」
「はい、ローズです」
ふふ、驚いているギル様を見るのは新鮮です。
魔族たちに囲まれて後ろを取られているところを見たときはぞっとしましたが、間に合ってよかったですね。
「結界は……なっ、結界が無事なのになぜ!?」
魔族の方がなんか言っています。答えは聖女だからですね。
龍脈を利用しない神聖術は結界と相性がよかったようです。
こう、ちょちょいとひねれば簡単に開きましたよ。
「君は……」
推しの尊い唇が動きました。
わたし如きに推し量れないほどの思考がギル様をよぎっています。たぶん。
「なぜ来た」
どすのきいた声でした。
わたしは答えます。
「ギル様を助けに来ました」
「俺に助けなど要らない。そもそも、君はもう限界だろう?」
「でも今、やられそうになってましたよね?」
「気のせいだ」
「そうですか。でも助けます」
ギル様の苛立ったように舌打ちが響きます。
「助けは要らんと言っている」
「でも助けます。仲間ですから」
「だから、貴様は仲間ではないと何度言えば──!」
「たとえギル様がどう思っていようとも!!」
わたしはギル様に向かって足を踏み出しました。
どすん、とたくましい胸を叩いて戸惑うギル様を見上げます。
「わたしが、助けたいんです」
「──」
「あなたばかりに辛いことを押し付けて戦いを見守るのは、もう嫌なんです」
ひゅ、とギル様が息を呑みました。
正しい言葉ではないかもしれません。
でもわたしは正直に思っていることを伝えることしか出来ません。
「……誰も、俺についてこれない」
「わたしが居ます。あなたを一人にさせません」
ギル様が引きはがそうとした手に手を重ねます。
血に濡れた冷たい手をぎゅっと握りしめて、温もりを伝えるように。
「……貴様は、俺の強さに並べると?」
「いいえ。あなたに並び立つ人なんて世界に一人だっていません」
「なら!」
「でも、あなたの弱点を補うことは出来ます」
ギルティア・ハークレイ様が千年に一人の逸材であることは確かです。
前世でも彼についていける人はついぞ現れませんでした。
わたしが推しの強さに並べるなんて、口が割けても言えません。
それでも。
「あなたの側にいることは出来ます」
「……っ」
「天才じゃなくても、魔術なんてなくても」
意地っ張りで、負けず嫌いで、仏頂面で、
「帰ってきたギル様に、おかえりなさいができます」
実は心の中が温かくて、ちょっぴり寂しがり屋な、わたしの推し。
「わたしは絶対に、あなたを一人にしません!」
わたしを引きはがそうとしていた手が、緩みました。
力なく腕を下げたギル様は消え入りそうな声でつぶやきます。
「もしも俺の仲間になれば……死んでしまうかも」
「その時は、幽霊になってギル様に憑りついちゃいましょうか」
一度死んでいる身ですしね。
冗談めかして微笑むと、ギル様は口の端を上げた。
「……それも、いいかもしれないな」
え、今、
「ギル様、今笑いました?」
「笑ってなどいない」
「嘘です! 絶対に笑いました!」
推しの笑顔! 思わず胸がきゅんとしちゃいましたよ!
普段がクールなだけに破壊力が抜群です!
尊すぎる~~~! 写真におさめて枕元に飾りたい~~~~!
「はぁ」
ギル様は呆れたようにため息。
「それより、状況は分かっているな?」
「Si。もちろんです」
わたしの周囲に展開しているのは五十人規模の魔族です。
ギル様がめちゃめちゃに殺したのでだいぶ減っています。
……推しの改めてすごさを感じます。
生身で身体能力に勝る魔族を五十人も斬り伏せるなんて。
しかも、それを鼻にかけないクールさですよ!
はぁ~~~~~~~~~しゅき! 推せる! 一生ついていきます!
「君を警戒して動いていないようだが。身体はどんな調子だ」
「神聖術はもう使えません。これ以上使ったら死にます。魔導機巧人形でお手伝いを」
「……なら結界を壊すか。来い、ローズ」
「きゃっ!?」
えぇぇええええええ!? この推し、いきなりわたしを背中に担ぎ上げたんですけど!?
推しにそんなことをされたらファンの心臓がどうなるか理解してます!?
と、お小言を言いたいところだったのですが──
「背中は任せたぞ」
そんな可愛いことを言われたら、無限に頑張っちゃうじゃないですか!
「一人増えたくらいでなんだ! こっちぁまだまだいるんだよぉ!」
「魔導機巧人形に気を付けろ! アレは硬いぞ!」
「推しとの逢瀬を邪魔しないでくれますか」
不愉快です。せっかくギル様と密着して幸せなのに。
あんな奴らの声を聞いたら耳が腐ってしまいますよ。
「魔導機巧人形! ギル様の足場になりなさい!」
「奴らの狙いは結界装置だ! 行かせるな!」
ギル様は魔導機巧人形を足場にして魔族の上を飛び越しました。
魔族にも見破られていますが、狙いは結界装置です。
そして魔族たちが結界装置を守ろうと肉の壁を作るのは当然で──
「《焼き払え》」
「ぐあぁああああああああああああああああああああ!」
魔導機巧人形にとって、集団で固まった魔族は格好の的です。
そこに魔導機巧人形の火力をぶちこみ、わたしたちは逆側に踵を返します。
守りが手薄となった結界装置なんて壊してくださいって言ってるようなものですよ。
──……パリィン!!
立ちふさがった狼男ごと、ギル様の剣が装置を貫きます。
ガラスが割れるような音が響き、結界が溶けていきます。
「いえーい。ギル様ギル様、魔導機巧人形の運用どんな感じですか?」
「かなり良い。陽動、防御、攻撃、なんでも使える……これは戦争の歴史が変わるぞ」
「ふふーん。そうでしょう、そうでしょう」
なにせリネット様が作った魔導機巧人形ですからね!
彼女を引き入れたわたしの鼻も高々ってなもんですよ!
さて。結界を壊しちゃえばギル様に敵う相手はこの場にいません。
「「「…………」」」
ぎぎぎ、と。狼男たちがたてつけの悪い扉のような動きでギル様を見ます。
魔術を取り戻したギル様は手のひらで炎を弄びました。
「覚悟は出来ているな?」
不敵な笑顔。きゅんとしちゃいますね。
そこからはもう、圧倒的です。
ギル様がすべてを蹂躙するのに五秒もかかりませんでした。
「ギル様、お疲れさまでした」
「あぁ」
「さぁ帰りましょう。縦ロールさんも待ってますよ」
「誰だ縦ロールとは…………いや少し待て」
ギル様は地面に屈みこみ、何かを拾いました。
わたしが傾げていると、何やら近づいて来た頭に乗せます。
「これは……お花、ですか?」
「今回は」
ギル様は言いました。
「…………助かった。ありがとう」
「え」
思わず呆気に取られてしまいます。
ギル様はすたすたと隣を通り過ぎていきました。
……ちょ、ちょっと待ってください。
今、ギル様がお花を……わたしの、頭に。
「というかお礼、今、ギル様お礼言いました?」
「何のことだ?」
「いやいやいや、絶対に言いましたよ!」
「それより今回の戦闘だが、まずは君は無茶をしすぎだ。体調を考えた戦闘を考慮するように。大体君は命令違反が……」
「素直じゃないんだからもう! でも、そういうところも好きです!」
しまった。思わず心の声が迸ってしまいました。
でも、わたしの推しは冷血漢ですから、こんなこと言われても気にしないですよね。
そう思っていると、ギル様はゆっくり振り返りました。
「…………」
なぜだか目を見開いています。心なしかお顔が茹っているようにも。
「……君は、誰にでもそういうことを言うのか」
「いえ、ギル様だけですけど」
「それは、どういう意味だ」
わたしは胸に手を当てて笑います。
「もちろん推しへの愛です。わたしは常にギル様への愛で満ち溢れています」
「…………………………そうか」
あれ? ちょっとだけ不機嫌になった?
なぜだかむすっとしたギル様は風の魔術で宙を飛びました。
「俺は先に帰る。君はリネットとグレンデル嬢を拾って帰れ」
「えぇ!? 連れて行ってくれないんですか!?」
「知らん。二人で転移門まで行け」
「魔導機巧人形もあるんですけどぉ!?」
なんてこと!
ぴょんぴょん跳ねながら宙に向かって猛抗議です。
「薄情! 薄情すぎますよギル様! なんでこんなことするんですか!?」
「自分の胸に聞け」
はて。わたし、何かしちゃいました?
自分の胸に聞いてみましたけど、答えは返ってきませんでした。
まぁ怪我しなくてよかったですけどね!
生きててくれてありがとございます!
「ギル様の薄情者ぉおお~~~~~!」
返事は山びこしか返ってきませんでした。残念。
14
お気に入りに追加
3,043
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~
石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。
しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。
冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。
自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。
※小説家になろうにも掲載しています。
異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)
深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。
そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。
この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。
聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。
ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。
聖女じゃないからと婚約破棄されましたが計画通りです。これからあなたの領地をいただきにいきますね。
和泉 凪紗
恋愛
「リリアーナ、君との結婚は無かったことにしてもらう。君の力が発現しない以上、君とは結婚できない。君の妹であるマリーベルと結婚することにするよ」
「……私も正直、ずっと心苦しかったのです。これで肩の荷が下りました。昔から二人はお似合いだと思っていたのです。マリーベルとお幸せになさってください」
「ありがとう。マリーベルと幸せになるよ」
円満な婚約解消。これが私の目指したゴール。
この人とは結婚したくない……。私はその一心で今日まで頑張ってきた。努力がようやく報われる。これで私は自由だ。
土地を癒やす力を持つ聖女のリリアーナは一度目の人生で領主であるジルベルト・カレンベルクと結婚した。だが、聖女の仕事として領地を癒やすために家を離れていると自分の妹であるマリーベルと浮気されてしまう。しかも、子供ができたとお払い箱になってしまった。
聖女の仕事を放り出すわけにはいかず、離婚後もジルベルトの領地を癒やし続けるが、リリアーナは失意の中で死んでしまう。人生もこれで終わりと思ったところで、これまでに土地を癒した見返りとしてそれまでに癒してきた土地に時間を戻してもらうことになる。
そして、二度目の人生でもジルベルトとマリーベルは浮気をしてリリアーナは婚約破棄された。だが、この婚約破棄は計画通りだ。
わたしは今は二度目の人生。ジルベルトとは婚約中だけれどこの男は領主としてふさわしくないし、浮気男との結婚なんてお断り。婚約破棄も計画通りです。でも、精霊と約束したのであなたの領地はいただきますね。安心してください、あなたの領地はわたしが幸せにしますから。
*過去に短編として投稿したものを長編に書き直したものになります。
無価値と呼ばれる『恵みの聖女』は、実は転生した大聖女でした〜荒れ地の国の開拓記〜
深凪雪花
ファンタジー
四聖女の一人である『恵みの聖女』は、緑豊かなシムディア王国においては無価値な聖女とされている。しかし、今代の『恵みの聖女』クラリスは、やる気のない性格から三食昼寝付きの聖宮生活に満足していた。
このままこの暮らしが続く……と思いきや、お前を養う金がもったいない、という理由から荒れ地の国タナルの王子サイードに嫁がされることになってしまう。
ひょんなことからサイードとともにタナルの人々が住めない不毛な荒れ地を開拓することになったクラリスは、前世の知識やチート魔法を駆使して国土開拓します!
※突っ込みどころがあるお話かもしれませんが、生温かく見守っていただけたら幸いです。ですが、ご指摘やご意見は大歓迎です。
※恋愛要素は薄いかもしれません。
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
婚約破棄され、聖女を騙った罪で国外追放されました。家族も同罪だから家も取り潰すと言われたので、領民と一緒に国から出ていきます。
SHEILA
ファンタジー
ベイリンガル侯爵家唯一の姫として生まれたエレノア・ベイリンガルは、前世の記憶を持つ転生者で、侯爵領はエレノアの転生知識チートで、とんでもないことになっていた。
そんなエレノアには、本人も家族も嫌々ながら、国から強制的に婚約を結ばされた婚約者がいた。
国内で領地を持つすべての貴族が王城に集まる「豊穣の宴」の席で、エレノアは婚約者である第一王子のゲイルに、異世界から転移してきた聖女との真実の愛を見つけたからと、婚約破棄を言い渡される。
ゲイルはエレノアを聖女を騙る詐欺師だと糾弾し、エレノアには国外追放を、ベイリンガル侯爵家にはお家取り潰しを言い渡した。
お読みいただき、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる