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第九話 悪役聖女vs英雄 ※ギルティア視点

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 草原を呑み込むような津波が聖女を呑み込んでいく。
 すべてを押し流す水の流れは聖女が浮上する暇すら与えない。

「……所詮は口だけだったか」

 思わずため息が出てくる。

 ──俺ことギルティア・ハークレイは聖女が嫌いだ。

 ともすれば魔族よりも嫌いと言っていいかもしれない。
 特に元・大聖女ローズ・スノウ。あいつはこの世で一番嫌いな存在だ。

 目を閉じればありありと思い出せる。
 仮面をつけたあの女の不気味な働きを──


 ◆


 人族と魔族の戦いが始まって数百年。
 戦場では毎日のように誰かが負傷し、誰かが死ぬ。
 いつ自分の番になるかもしれない恐怖の中で兵士は戦っている。

『聖女様。どうか我らに神の御導きを……』
Siシー。貴官に主の導きがあらんことを』

 過酷な戦場を支えているのが『聖女』という存在だ。
 地中を流れる龍脈の歪みからマナエネルギーを取り出し、魔術回路によってイメージを具象化させる魔術と違い、神聖力を用いた聖女だけが病気や怪我を傷を癒すことが出来る。この聖女のおかげで負傷者はいち早く戦線に復帰し、魔族の攻勢に立ち向かっていける。

『せい、じょさま。おたすけ、を』
Nonノン。戦闘不能を確認。私どもの祈りは不要と判断します』
『え』

 だが聖女は残酷だった。
 彼女たちが治療を施すのは戦場において必要な戦力だけだ。
 負傷者の実力を鑑みて、戦場の負担になると判断すれば治療を中断。
 すぐに治療をすれば助かる者すら容赦なく切り捨てる。

 残酷にして冷酷にして冷血なる女たち。
 俺も世話になったことはあるが、彼女たちの印象は最悪だった。

 特に大聖女ローズ・スノウ。
 あいつは優れた能力を持っているだけに数千人以上の仲間を救い、同じだけの仲間を見捨てた。

 その中には、俺の知己だった者も含まれている。
 所詮あいつも、教会の言いなりで治す者を選んでいるだけなのだ。

(何が聖女……! ただの人形ではないか!)

 聖女は神殿が才能ある子供を見出して育て上げた者たちだと聞いている。
 しかしその出自は誰も知らず、また常に仮面をつけているため、誰も顔を見たことすらない。唯一の例外が大聖女だが、あれは人族に希望を与えるための教会側の策略だろう。

 あぁ、そうだ。
 俺が最も気に食わないのは聖女というより教会だ。
 女を良いように聖女に仕立て上げている教会に腹が立って仕方がない!

 だからこそ、かつて教会代表だったあいつが気に食わないのだろう──。


 ◆


 益体もないことを思い出した俺は目を開ける。
 聖女は依然として津波に流されていくままだ。

『ギルティア様はわたしに指一本触れることが出来ません』

 ……この程度の実力でよく大口を叩いたな。

 そもそもの話、聖女は魔術師ですらない。俺に勝つというのが無理な話だろう。
 勝負の前に気付いていればよかったのに……俺は何を期待したんだか。

「お前程度に時間を割いた俺が馬鹿だった。さらばだ、聖女」

 割と本気で魔術は使ったが、傷付けるつもりは毛頭なかった。
 聖女は防御結界と呼ばれる神聖術を常時展開している。

 だから俺の魔術もある程度は防げるはずで、結界が割れたらすぐに強制転移させて負けを認めさせるつもりだった。

 とはいえ、わざわざ『勝負』を持ち出したくせにこの程度の実力だったのは残念だ。そろそろ終わりにさせてもらおう。まずは聖女の魔力を感知して……と、そこまで考えたその時だった。

「『大地隆盛テラ・ドラム』!」
「──は?」

 草原の大地が隆起し、津波の中から土の柱が出てきた。
 その頂点に立つ聖女は「んしょ」とバランスを取りながら、ドレスを整えている。

「ふぅ。推しの魔術理論を学んでおいて正解でした……まさか草原で溺れかけるとは」
「貴様……」

 聖女が俺を見てにっこりと笑う。
 その服には水滴の一滴すらついていなかった。

「ごきげんよう、ギルティア様。まさかこの程度で終わりだなんて言いませんよね?」
「……っ、ほざけ!」

 先ほどまで水に呑まれていたとは思えない余裕だ。
 まさか、やられたと見せかけていたのか? 
 ……あり得るな。あの悪女なら相手を油断させる技の一つや二つあるだろう。

 それにしても妙だ。

 聖女の使う神聖術は魔術の上位互換。
 儀式によって術式を付与し、人体の治癒や魔の浄化すら可能にしたものであり、星々の運動からマナエネルギーを取り出しおのれの力にする。

 その代わり、儀式で刻んだ術以外は使えなくなると聞く。
 威力が高い代わりに汎用性が効かない、故に選ばれたものしか使えないのだと。

 ──しかし、あいつは魔術を使った。聖女の身体で。一体どういう仕組みだ!?

「お前は一体何者だ」

 思わずその言葉が口をついていた。
 元・大聖女は優雅に髪を払い、微笑んで見せる。

「わたしはローズ・スノウ。あなたのファンです」
「──なるほど」

 すべて分かった。理解した。
 この、人を煙にまいたような態度こそが悪女たる所以なのだ。

「まともに答えるつもりはないようだな」

 ならば俺も全力で応えよう。

「《焔と踊る風の使者、星々の導きによりて顕れよ》」

 神代言語の詠唱と共に魔術陣が展開し、光の粒子が宙を舞う。
 一つ、二つ、数えるごとに加速度的に空気が熱され、じゅわっ!と地面が溶けた。灼熱の魔術を前にして、ローズは驚愕したように目を見開いた。

「ちょ、待ってください。もう・・その段階なんですか!?」
「は?」

 何を言っている?

「いやだってそれ・・は二年後の技術……ま、まさかこの時すでに開発していたんですか!?」
「何を言っているか知らんが……これに驚くということは、少しは魔術に関する知識があるようだな」

 そう、先ほどまで俺が使っていたのは従来の第二世代魔術。
 しかし、これから使うのはその二歩先をゆく、俺が開発した次世代の魔術だ。

 すなわち、第四世代魔術。

 従来の魔術は大地を流れる龍脈を使う必要があった。
 しかし、それだけでは龍脈から離れれば離れるほど魔術が弱くなってしまう。

 だから俺は、神聖術を参考にすることにした。
 つまりは空に目を向けたのだ。

 大地に龍脈が流れるように、この空にも天脈と呼ばれる線が走っている。
 この天と地の生命線からエネルギーを取り出し、おのれの魔力を融合させる。
 こうすれば、従来の十倍ほどの魔力効率で魔術が運用できる。

「お前は言ったな、ローズ・スノウ。俺はお前に指一本触れられないと」

 安い挑発に乗ったのだ。
 少しは楽しませてもらわねば損というもの。
 殺すつもりはないが──その大言だけは許さない。

「今から触りに行ってやろう」

 ヒク、と聖女の口元が引き攣った。

 俺は勝利を確信した。

「灰燼に帰せ。『焔竜王の咆哮イグニス・ロア・ブラスト』!」』

 煌めく炎の光線が、今度こそローズを呑み込んでいく。


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