上 下
2 / 61

第二話 反撃開始です

しおりを挟む
 
 太陽暦五六八年、火の月の第三水曜日。
 この日、ユースティアは大聖女として連合国軍主催のパーティーに出席します。

 彼女が聖女の力に目覚めるまでは大聖女を務めていたわたしです。
 お母様から貰った大切なドレスを妹に貸すのもやぶさかではありませんでした。

 そして、ユースティアはドレスに消えない染みを作ります。

 舞踏会で男性にワインをかけられたそうですが、間違いなく嘘ですね。
 お母様から貰った金糸の入った白いドレスはこの日以来、着られなくなりました。ドレスを受け取ったわたしに「ごめんなさ~い」とわざとらしく謝るユースティアには殺意を覚えたものですよ。

 もちろん、今世ではそんなことさせません。

「サイズは大丈夫かしら?」
「ぴったりだわ! さすがお姉さまね!」

 わたしの目の前でくるりと一回転するユースティア。

「でもいいのかしら。お姉さまの大切なものなのに」
「いいのです。可愛い妹のためなのですから」
「わーい♪ お姉さま大好き!」
「そうですか?」

 わたしは口元に手を当てます。
 危ない、危ない。気持ち悪すぎて吐き気がしてしまいました。
 この笑顔でどれだけの嘘をつけば気が済むんでしょうね、この子は。

「あの、もし汚したらごめんね……?」

 上目遣いでそんなことをいう始末です。

「構いませんよ」

 だってそれ、
 先々代の大聖女が使っていたお古ですからね。

「でも、出来れば大切に扱ってくださいね?」
「うん!」

 ぶっちゃけ今の流行とはかけ離れたものです。
 まぁ、無知なこの子はそんなこと何も分かってないと思いますけど。

 わたしに嫌がらせをしたいがためにドレスを借りに来たはずですし。
 恥をかくのは自分になるとは知らず、彼女はニヤニヤしてします。

「ぶふ」
「お姉さま、どうしたの?」
「なんでもありません」

 あぁ、まずい、まずいです。表情筋が限界です!
 ダメです、わたし。ここは堪えないと……ぷふッ、あぁ、おかしい!
 思わず顔をそむけましたが、バレてませんよね?

「ローズ。さっきの話だが」

 こちらの様子を見ていた司教様が口を開きます。
 わたしはわざとらしくユースティアのほうを見てから振り返りました。

「司教様。先ほどの話は出来れば聞かなかったことに……」
「お姉様! なんの話をしていらっしゃるの?」

 ほら、食いついて来ました。
 相変わらずわたしの弱みを握ろうと精力的ですね。

「いいえ、ユースティア。あなたに関係のある話では……」

 プライドの高い彼女は絶対にこう返します。

「えぇー? でも、私って大聖女だし。聖女であるお姉さまのお話はちゃんと聞いておかなきゃって思うんだけどー?」

 大聖女マウント、いただきました!
 あなたなら必ず言ってくれると信じていましたよ。
 思い通りに動いてくれてありがとう存じます。神に感謝を!

「そうだな、大聖女様にも聞いてもらったほうがいいだろう」
「……そうですか」

 司教様がおもねるように言いました。
 わたしの時とは態度が全然違いますね?

 まぁ無理もないかもしれません。
 なにしろ大聖女は民衆の表に立って救世の英雄と呼ばれる存在です。
 天候を操作したり、未来を予知したり、豊穣の祈りを捧げることが出来ます。

 一方、聖女は前線で兵士の傷を癒したり、瘴気を浄化したりと地味な働きです。
 わたし以外にも聖女はたくさんいますし、ありふれた存在とすらいえます。

「ふんふん……え、お姉さま聖女やめたいの!?」
「ユースティア……実はわたし、もう疲れたの……」

 出来るだけ悲壮に見えるように俯きます。
 目だけ動かして前を見ると、ユースティアの口元が歪みました。

「そっかー、そうなんだ。ふーん?」

 あぁ本当に、この子は動かしやすくて助かります。

「まぁお姉さまも聖女やって長いもんね。最年長でしょ?」
「そうですね」
「長年働いたおかげで、そんなに痩せて不気味な髪になっちゃったんだもんね?」

 わたしはユースティアが上から目線で言う髪に触りました。
 雪のように白い髪です。身体の線も細く、骨のようだとはよく言われます。
 まぁ、髪の毛は生まれつきなんですけどね。

「……えぇ、さすがに無様でしょうか」
「うんうん。やっぱり聖女は華やかじゃないとね。適材適所ってあるよねー」

 つまり私がブサイクで見るに堪えないということでしょうか?
 ニヤニヤわたしを見下ろしている彼女の考えは手に取るように分かります。
 まったく、本当にクズですね。この子は。

「ユースティア。わたしのことはいいですから、舞踏会楽しんでください」
「うん! お姉さまありがとう!」

 ユースティアはご機嫌そうに舞踏会に向かいました。
 わたしの弱点を見つけて、嫌がらせが出来て、さぞ楽しいでしょうね。

 そんなあなたは絶対に気付かないのでしょう。

 ──わたしがドレスに細工・・をしていることなんて。

 流行遅れ?
 先々代のお古?

 その程度は細工のうちに入りません。
 これは戦いなのですから。

 ねぇユースティア。
 わたしの攻撃はまだ終わってませんよ?
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

元妻は最強聖女 ~愛する夫に会いたい一心で生まれ変わったら、まさかの塩対応でした~

白乃いちじく
恋愛
 愛する夫との間に子供が出来た! そんな幸せの絶頂期に私は死んだ。あっけなく。 その私を哀れんで……いや、違う、よくも一人勝手に死にやがったなと、恨み骨髄の戦女神様の助けを借り、死ぬ思いで(死んでたけど)生まれ変わったのに、最愛の夫から、もう愛してないって言われてしまった。  必死こいて生まれ変わった私、馬鹿?  聖女候補なんかに選ばれて、いそいそと元夫がいる場所まで来たけれど、もういいや……。そう思ったけど、ここにいると、お腹いっぱいご飯が食べられるから、できるだけ長居しよう。そう思って居座っていたら、今度は救世主様に祭り上げられました。知らないよ、もう。 ***第14回恋愛小説大賞にエントリーしております。応援していただけると嬉しいです***

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

姉の陰謀で国を追放された第二王女は、隣国を発展させる聖女となる【完結】

小平ニコ
ファンタジー
幼少期から魔法の才能に溢れ、百年に一度の天才と呼ばれたリーリエル。だが、その才能を妬んだ姉により、無実の罪を着せられ、隣国へと追放されてしまう。 しかしリーリエルはくじけなかった。持ち前の根性と、常識を遥かに超えた魔法能力で、まともな建物すら存在しなかった隣国を、たちまちのうちに強国へと成長させる。 そして、リーリエルは戻って来た。 政治の実権を握り、やりたい放題の振る舞いで国を乱す姉を打ち倒すために……

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

【完結】婚約破棄された令嬢が冒険者になったら超レア職業:聖女でした!勧誘されまくって困っています

如月ぐるぐる
ファンタジー
公爵令嬢フランチェスカは、誕生日に婚約破棄された。 「王太子様、理由をお聞かせくださいませ」 理由はフランチェスカの先見(さきみ)の力だった。 どうやら王太子は先見の力を『魔の物』と契約したからだと思っている。 何とか信用を取り戻そうとするも、なんと王太子はフランチェスカの処刑を決定する。 両親にその報を受け、その日のうちに国を脱出する事になってしまった。 しかし当てもなく国を出たため、何をするかも決まっていない。 「丁度いいですわね、冒険者になる事としましょう」

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...