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29.食事にでも行かないか?
しおりを挟むもう4時を回ってしまっている時計を見て、またため息が出そうになるのを慌ててのみ込んだ。
出社予定時刻を30分過ぎているが、いまだ帰ってこない。
少しの誤差だというのは分かっているのだが、どうしても悪い想像が広がっている。
もし、もしこの出張中で復縁とかしてたら…
またまた深いため息を漏らすと、ドアの開く音がした。
「遅くなってすまない。」
私からすると待ちに待った登場だったのだが、さすが仕事のできる2人と言うべきか、着いてすぐ自らのデスクに向かい早速現在の社内の状況の確認をしている。
一見何事もなかったような2人…だが、私は見逃さなかった。
里佳さんがリーダーから離れる時、リーダーのお尻をパシンと叩いたこと。
表情はよく見えなかったが、なにやらリーダーが頷いてみせたことも。
なんだろう、なにかのシークレットサインとかそういうことだろうか。
私のネガティブな妄想はむくむくととめどなく膨らんでいった。
定時のチャイムが鳴り、みんなバタバタと帰り出す。
今日はもうビールでも買って帰ろうか、と完全に沈みきってしまった私も片付けをしようと立ち上がると、
「安田ちょっと、この書類……」
とリーダーに呼ばれた。
パッと嬉しくなる反面、なんとなく今は顔を見たくないな、とも思う。
けど仕事であり、部下が上司に逆らうわけにはいかない。
リーダーのデスクになるだけ急いで向かった。
「すいません、ミスがありましたか?」
くれぐれも表情を崩さず、仕事のことに意識を集中させる。
「いや、よくできてる。」
となぜかむしろ褒められた。
…ん?じゃあ、なんだ?
お互い謎の沈黙を続けると、ぼそりとリーダーは呟いた。
でも何を言ったのかよくわからなかったので「え?」と反射的に聞き返すと、
「いや…食事にでも行かないか?」
今度はちゃんと聞き取れる声で、想像もしていなかった言葉が返ってきた。
「…なぁ、ラーメンでいいのか?」
「はいっ、私ここのラーメン大好きなんですよっ!今日も行こうって思ってて!」
ラーメン屋お馴染みの匂いや温かさ、湿度、さらにちょっと頑固そうな店長もなんだか安心するから、お気に入りである。
ちょっと意外だな、とラーメンをすすりながらぼそっと言われた言葉にふと引っかかる。
…あれ、私もしかしなくても失敗した?
2人きりで食事の時にラーメンって…よく考えたら色気も何もない。
一瞬でポカポカと温まっていた身体が冷える。
あのっ、と謝罪しようと声をあげようとすると、
「…でも、ここのラーメンうまいな!」
豪快に麺をすすりながらリーダーが満面の笑みで言った。
前言撤回、こんなに素敵な笑顔が見れるならどう思われたっていい。
あとはお互い食べることに夢中になった。
「…その、ちょっと話してもいいか?」
最後の一麺まですすりきり、水を一口含んだ瞬間、リーダーが話しかけてきた。
すでに彼が食べきっていたことに気づかないほど夢中になって食べていたらしい自分が信じられないが、はい、と頷く。
正直何の話なのかは見当もつかない…が、里佳さんが関係するんだろう…とは思った。
私をわざわざ呼び出すなんて、よほど深刻なことがあったのだろうか。
瞬時に心の準備をする。
なるべく動揺せずに彼の力になれるように。
「あのっ、えっとだな……」
だが、なかなか話の本題に入っていかないリーダー。
こちらもなんだかうずうずしてしまって、リーダー?と声をかけ顔を覗き込むとすっと顔をそらされた。
少なからずショックを受け、妙な沈黙がまた始まる。
自分たちが静かになると、周囲の声が耳に入ってきた。
(ーねぇ、なに?ラーメン屋で告白?)
(いやー、ないわー。)
(せっかくいい男なのに台無しなんだけどー。)
ばっと後ろを振り返ると、家族づれだろうか。父親が一心不乱に麺をすする中で、母親と娘がヒソヒソと、でも余裕でここまで聞こえる声で話していた。
かっと顔に熱が集まる。
「…帰りながら話す。」
その時、伝票を取ってリーダーは突然立ち上がった。
…気まずかったのは一緒だったらしい。
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