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17.上がりましたっ!

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「上がりましたっ!!」

まるで締め切り前の漫画家のような勢いで、皆次々に鬼塚リーダーの元へとデータを持っていく。
彼の机の上には、わんさかと溜まりに溜まった資料たちが山のように積み重なっていた。

それにリーダーは素早く目を通し、判別をしていく。

「これはやり直ししてくれ。これは大丈夫だからすぐに印刷にかけるように。」

彼の声の元で皆慌ただしく動いている。

明日は大事な取引先にするプレゼンテーションの日だ。
それは、我が社の有望株である鬼塚リーダーに託された一大プロジェクトである。

今日は同じ部署の私達もその準備につきっきりだった。

と、いってもみんなで頑張って手伝ったお陰か、ようやく目処がついてきた。

「…ここまでできればもう大丈夫だ。後は1人でやる。みんなもう帰っていい。」

さすがに、普段は涼しい顔で仕事をこなしているリーダーの顔にも、今回ばかりは少し疲れの色がうかがえる。

皆、その言葉を聞いた途端に、帰り仕度を始めた。


『ーーっっかぁあ……やっっっっとおわったぜ。
結局これ、リーダーの点数稼ぎに今日一日付き合わされただけだよな?』
『それだよな。リーダーにしか関係ないし。』


ボソボソと社内では愚痴が漏れている。
実際、今日一日みんな、自分の業務を差し置いてリーダーのために働いていた。

…まぁ、皆が不満を持つのも仕方がないのかもしれないなぁ…。
そう言われているリーダーも、気づいてるのか気づいてないのか涼しい顔してパソコンを叩いて…

何気なくリーダーを見た直後、私は立ち上がりリーダーの方へ詰め寄った。

「…リーダー。何か、ありましたか?」

よく注意深く見てみると、リーダーはあの無表情……いや、むしろ通り越して少し青ざめた様子すらみえる。

何も答えない彼から視線をそらし、パソコンの画面を覗き込む。

『強制削除』

そこにはードクロのマークが怪しく点滅を繰り返していた。

「…リーダー、これ…」

思わず声が漏れ、静かな社内に私の声が響き渡る。

「…データをうつそうとUSBをさしたらこのザマだ。」

苦々しげに呟いた彼は、どうにかして復旧を図ろうとしているが打つ手立てはなさそうだった。

私たちのパソコンは全てリーダーの親パソコンに連動している。
ましてや今回のデータはリーダーのためだけの一度きりのデータなので、バックアップもリーダー1人で行うものとなっていた。


『なぁ、今の聞いたか?』
『努力、水の泡じゃん、こうなったらさ。』
『でもさ、あのリーダーが失敗なんてやばくね?』
『早く帰らないと巻き込まれるかもよ?』
『だよ。私たちがいなくても、大丈夫。』

『ーだって。あの、リーダーだもの。』

心無い声が私の耳に届く。
きっと、それは、彼の耳にも。

あのリーダーって何よ。
この人は、完璧な超人なんかじゃないのに。

今だって、きっと1人だけで抱え込んで自分だけでなんとかしようとしてた。

それは、彼の優しさなんじゃないの?

「リーダー。とりあえず書類で印刷されたものをもう一度入力し直しましょう。そして別のUSBに取り込むんです。」

私は自分のパソコンの確認を行った。
今日作業したデータは消えているけど、他のものに損害は見当たらない。
念のためウイルス対策ソフトをスキャンし直す。
そして席に着き打ち込みを開始した。

自分1人で抱え込んで、それを当たり前かのようにこなしてしまうリーダー。
なら、私に出来ることは、そんな彼を支えることだけだ。

しばらく呆然と私の様子をリーダーは見ていたが、すぐに私物のパソコンを取り出すと書類の山に手を伸ばした。

周囲は未だざわついている。

『おい、どーするよ。』
『でも、これ終わらないと、明日リーダー…』
『じゃあお前残れよ』

全部聞こえてはいたが私は気にしてないフリをして作業を続けていた。
ただ、このままじゃ厳しいかもしれない。
私とリーダーだけでは、きっと深夜を回っても終わらないだろう。
それでも、心の中だけで(残ってくれ、残ってくれ)と願っていると、パソコンの起動音が響いた。

「さぁー、もうひと仕事するかっ!
リーダー、今度みんなに差し入れですよっ!
リーダーの点検ミスが原因なんですからね!?」

そう言って、早苗がカタカタとパソコンを叩き始めた。

「さなえっ…!」

思わず彼女の方をみると、早くしろとでも言うように画面を指差してくる。

彼女の様子をみて1人、また1人と皆が再び席に戻り始めた。
これなら数時間で終わりそう、そう思うとやる気がみなぎってくる。

そっとリーダーを盗み見ると、彼は作業そっちのけでみんなの様子を気の抜けた顔で見渡していた。
パッと目があったので、私は笑みを隠すことも出来ないまま画面をちょいちょいと指差した。



「おわったぁぁぁぁああああ!!!」

なんと2時間ほどで作業は全て終わった。
みんな終わった終わったというように背伸びをする。
やりきった感溢れる表情があちらこちらで見受けられた。

私もパソコンをシャットダウンし立ち上がる。
ぼちぼち帰ろうとしていると、リーダーがドアの前に立ちはだかっているのが視界に入った。

帰ろうとしていたものも帰路を断たれ落ち着かない様子でキョロキョロしている。
気がつくと皆がリーダーをじっと見つめていた。

彼はしばらく下を向いていて表情が伺えなかったが、おもむろに顔を上げはっきりと聞こえる声で言った。

「…今日は私のために手伝ってくれてありがとう、すまなかった。」

深々と頭を下げたリーダーを見て、皆少し戸惑った。

ーリーダーが、私たちに、感謝をした。

普段鉄仮面エリートと呼ばれている彼が、部下に感情を表現したのはこれが初めてだった。

…いえいえ。

皆、首を横にカクカクと壊れかけの操り人形のように揺らすことしかできなかった。

ようやく彼が席に戻ると、再び時間が動き出し、1人、また1人とドアをくぐっていく。

私も同じように帰ろうと書類を持ったリーダーがやってきた。

「え、何かミスがありましたか?」

焦って小声で問いかけると、


ー遅くなったから送ってく。

待っとけ。


それよりもっと小さな声で囁かれ、私はあっさりとイスにカムバックした。



ーごめんなさい。

残業バンザイ。
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