317 / 368
本編
自宅なう
しおりを挟む
吹く風が冷たい季節になりました。
三巳の山の頂上はもうすっかり冬景色です。
折角帰って来たのに三巳はややゲッソリ気味です。
「つ、着いた……」
体に外傷は有りませんが身なりはボロボロです。それに釣られたようにヨロヨロと山頂に顔を向けて、安堵の溜息と同時に言葉が漏れています。
その後ろ姿を見ている母獣は鬼教官な佇まいです。
それをクロが宥めて……いえ愛でています。どんな母獣もクロにとっては愛しいのです。
『此処まで平和ボケしておるとは。困ったものじゃな』
おどろおどろしく言う母獣も無理はありません。
何故なら山への道中、母獣は危険と察知した場所へ嬉々として三巳を連れ回したからです。
勿論三巳が危険を察知したら引き返すつもりでした。
しかし怖い人達というのは隠れるのも上手いものです。見事に気付かず突っ込んで行く三巳に、母獣の方がこめかみを抑えて唸ったものです。
とはいえ最初こそは突撃しまくりだった三巳も、何度も同じ事をされれば学習します。
今ではすっかり怖い人達の気配は本能で悟る様になれました。
因みに突っ込まれた怖い人達は全員お縄についています。というより本性で、しかも村や街から離れていた故に神気を隠さず突っ込まれたのです。恐怖で救助要請と言う名の自首もしようってものです。
そりゃ怪獣が如くの足元で逃げ回るしか出来なければ怖いですよね。
三巳だって避けたいのに足元でチョロチョロされて踏みそうになって怖かったのです。お陰で心身共に疲弊中です。
「もう無い!?もう無いよな!?」
森に入るので人型になった三巳が必死の形相で前後左右上下確認します。耳も鼻も目もフルで使います。
しかし五感にも本能にも何も引っ掛かりません。なのでヘナヘナと腰を落として安堵の息を長く、それはもう長く吐き出しました。
「帰るんだよ!迅速に!今直ぐ!日が暮れる前に!」
というよりも母獣が新たな犠牲者を見つける前にです。
という訳で今までに類を見ない速さで三巳は自宅の玄関を潜り抜けました。
村の入り口では山の民達が出迎えてくれていました。しかし兎に角安心出来る場所に帰りたかった三巳は「ただいま」の挨拶だけ残して駆け抜けて行ったのです。
勿論残された山の民達はどうしたのかと心配してくれます。
『案ずるな。我から良ぉく言っておくのじゃ』
そして母獣の人の悪い笑みとクツリとした笑い方に、原因はこの神かと察しました。
「お手柔らかにしてやってくださいね」
山の民達は触らぬ神に祟りなしとばかりに一歩引いて、でも三巳の為にそれだけは言っておきました。
そうとは知らない三巳は尻尾を丸めて布団に包まっています。
外からは布団団子にしか見えません。
「三巳は……三巳はまったり生きたいんだよ……。こあいのいらないんだよ」
ピルピル震えながらジッとしていると、ガチャリと玄関が開く音がします。
三巳はわかり易くビクッと布団ごと飛び跳ねました。
『三巳よ。案ずるな』
その気配を正確に察知している母獣です。
とっても不自然な程に優しく声を掛けてきます。
『民達にお願いされたからのう。選ばせてやろう。
戦争の只中に落とすのと。
戦闘の只中に落とすのと。
地獄に落とすの。
どれが良いかのう。のう、三巳よ』
「ピッ!!」
声音とは裏腹に感じる空寒い空気に、三巳は反射で鳴き声を漏らします。
そして思いました。
(一個めと二個目。何が違うん?)
規模は違うでしょうがどちらも怖い事には変わりありません。三巳は青褪めた顔で布団を握る手に力を込めました。
『返答無しかえ?では全て行う』
「全部やだ―――!!」
黒い気配を感じた三巳は言葉を遮り、布団から飛び出して外へと全力の脱出を図ります。
しかし三巳の全力も母獣の前では赤子同然です。あっさりと前脚に伸されて肉球で踏み抑えられてしまいました。
『我が反抗期を許す訳なかろう。やると言ったらやるのじゃ』
クックックッと愉しそうに喉を鳴らす母獣vs轢き潰されたカエルの格好で喉を鳴らす三巳。果たしてその行方は……。
「そのどれも私は三巳とは離れなければいけないのかい?」
母獣の後ろで寂しそうにしているクロによって霧散しました。
クロは母獣の後ろ脚をふわり。ふわりとゆったり撫でています。
「愛しいひととも離れるのかい?折角家族が揃えたのに」
潤む両目を堪える姿に、さしもの母獣も慌てました。
『我がクロにその様な思いをさせる訳なかろうっ。ただでさえ出産に立ち合わせてやれなかったのじゃ。今暫くはゆっくりもしよう』
「愛しいひと……」
うんうんと頷く母獣に、クロはジーンと胸を暖かくして後ろ脚を抱き締めます。そして頭をグリ。グリ。と擦り付けて親愛を示します。
それに母獣もホッとしてクロの耳裏を舐めて愛を返します。
その前脚の下では三巳がホッとして全身を脱力させているのでした。
三巳の山の頂上はもうすっかり冬景色です。
折角帰って来たのに三巳はややゲッソリ気味です。
「つ、着いた……」
体に外傷は有りませんが身なりはボロボロです。それに釣られたようにヨロヨロと山頂に顔を向けて、安堵の溜息と同時に言葉が漏れています。
その後ろ姿を見ている母獣は鬼教官な佇まいです。
それをクロが宥めて……いえ愛でています。どんな母獣もクロにとっては愛しいのです。
『此処まで平和ボケしておるとは。困ったものじゃな』
おどろおどろしく言う母獣も無理はありません。
何故なら山への道中、母獣は危険と察知した場所へ嬉々として三巳を連れ回したからです。
勿論三巳が危険を察知したら引き返すつもりでした。
しかし怖い人達というのは隠れるのも上手いものです。見事に気付かず突っ込んで行く三巳に、母獣の方がこめかみを抑えて唸ったものです。
とはいえ最初こそは突撃しまくりだった三巳も、何度も同じ事をされれば学習します。
今ではすっかり怖い人達の気配は本能で悟る様になれました。
因みに突っ込まれた怖い人達は全員お縄についています。というより本性で、しかも村や街から離れていた故に神気を隠さず突っ込まれたのです。恐怖で救助要請と言う名の自首もしようってものです。
そりゃ怪獣が如くの足元で逃げ回るしか出来なければ怖いですよね。
三巳だって避けたいのに足元でチョロチョロされて踏みそうになって怖かったのです。お陰で心身共に疲弊中です。
「もう無い!?もう無いよな!?」
森に入るので人型になった三巳が必死の形相で前後左右上下確認します。耳も鼻も目もフルで使います。
しかし五感にも本能にも何も引っ掛かりません。なのでヘナヘナと腰を落として安堵の息を長く、それはもう長く吐き出しました。
「帰るんだよ!迅速に!今直ぐ!日が暮れる前に!」
というよりも母獣が新たな犠牲者を見つける前にです。
という訳で今までに類を見ない速さで三巳は自宅の玄関を潜り抜けました。
村の入り口では山の民達が出迎えてくれていました。しかし兎に角安心出来る場所に帰りたかった三巳は「ただいま」の挨拶だけ残して駆け抜けて行ったのです。
勿論残された山の民達はどうしたのかと心配してくれます。
『案ずるな。我から良ぉく言っておくのじゃ』
そして母獣の人の悪い笑みとクツリとした笑い方に、原因はこの神かと察しました。
「お手柔らかにしてやってくださいね」
山の民達は触らぬ神に祟りなしとばかりに一歩引いて、でも三巳の為にそれだけは言っておきました。
そうとは知らない三巳は尻尾を丸めて布団に包まっています。
外からは布団団子にしか見えません。
「三巳は……三巳はまったり生きたいんだよ……。こあいのいらないんだよ」
ピルピル震えながらジッとしていると、ガチャリと玄関が開く音がします。
三巳はわかり易くビクッと布団ごと飛び跳ねました。
『三巳よ。案ずるな』
その気配を正確に察知している母獣です。
とっても不自然な程に優しく声を掛けてきます。
『民達にお願いされたからのう。選ばせてやろう。
戦争の只中に落とすのと。
戦闘の只中に落とすのと。
地獄に落とすの。
どれが良いかのう。のう、三巳よ』
「ピッ!!」
声音とは裏腹に感じる空寒い空気に、三巳は反射で鳴き声を漏らします。
そして思いました。
(一個めと二個目。何が違うん?)
規模は違うでしょうがどちらも怖い事には変わりありません。三巳は青褪めた顔で布団を握る手に力を込めました。
『返答無しかえ?では全て行う』
「全部やだ―――!!」
黒い気配を感じた三巳は言葉を遮り、布団から飛び出して外へと全力の脱出を図ります。
しかし三巳の全力も母獣の前では赤子同然です。あっさりと前脚に伸されて肉球で踏み抑えられてしまいました。
『我が反抗期を許す訳なかろう。やると言ったらやるのじゃ』
クックックッと愉しそうに喉を鳴らす母獣vs轢き潰されたカエルの格好で喉を鳴らす三巳。果たしてその行方は……。
「そのどれも私は三巳とは離れなければいけないのかい?」
母獣の後ろで寂しそうにしているクロによって霧散しました。
クロは母獣の後ろ脚をふわり。ふわりとゆったり撫でています。
「愛しいひととも離れるのかい?折角家族が揃えたのに」
潤む両目を堪える姿に、さしもの母獣も慌てました。
『我がクロにその様な思いをさせる訳なかろうっ。ただでさえ出産に立ち合わせてやれなかったのじゃ。今暫くはゆっくりもしよう』
「愛しいひと……」
うんうんと頷く母獣に、クロはジーンと胸を暖かくして後ろ脚を抱き締めます。そして頭をグリ。グリ。と擦り付けて親愛を示します。
それに母獣もホッとしてクロの耳裏を舐めて愛を返します。
その前脚の下では三巳がホッとして全身を脱力させているのでした。
10
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

前世の記憶さん。こんにちは。
満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。
周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。
主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。
恋愛は当分先に入れる予定です。
主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです!
小説になろう様にも掲載しています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

愛されない皇子妃、あっさり離宮に引きこもる ~皇都が絶望的だけど、今さら泣きついてきても知りません~
ネコ
恋愛
帝国の第二皇子アシュレイに嫁いだ侯爵令嬢クリスティナ。だがアシュレイは他国の姫と密会を繰り返し、クリスティナを悪女と糾弾して冷遇する。ある日、「彼女を皇妃にするため離縁してくれ」と言われたクリスティナは、あっさりと離宮へ引きこもる道を選ぶ。ところが皇都では不可解な問題が多発し、次第に名ばかり呼ばれるのはクリスティナ。彼女を手放したアシュレイや周囲は、ようやくその存在の大きさに気づくが、今さら彼女は戻ってくれそうもなく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる