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本編
自宅なう
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吹く風が冷たい季節になりました。
三巳の山の頂上はもうすっかり冬景色です。
折角帰って来たのに三巳はややゲッソリ気味です。
「つ、着いた……」
体に外傷は有りませんが身なりはボロボロです。それに釣られたようにヨロヨロと山頂に顔を向けて、安堵の溜息と同時に言葉が漏れています。
その後ろ姿を見ている母獣は鬼教官な佇まいです。
それをクロが宥めて……いえ愛でています。どんな母獣もクロにとっては愛しいのです。
『此処まで平和ボケしておるとは。困ったものじゃな』
おどろおどろしく言う母獣も無理はありません。
何故なら山への道中、母獣は危険と察知した場所へ嬉々として三巳を連れ回したからです。
勿論三巳が危険を察知したら引き返すつもりでした。
しかし怖い人達というのは隠れるのも上手いものです。見事に気付かず突っ込んで行く三巳に、母獣の方がこめかみを抑えて唸ったものです。
とはいえ最初こそは突撃しまくりだった三巳も、何度も同じ事をされれば学習します。
今ではすっかり怖い人達の気配は本能で悟る様になれました。
因みに突っ込まれた怖い人達は全員お縄についています。というより本性で、しかも村や街から離れていた故に神気を隠さず突っ込まれたのです。恐怖で救助要請と言う名の自首もしようってものです。
そりゃ怪獣が如くの足元で逃げ回るしか出来なければ怖いですよね。
三巳だって避けたいのに足元でチョロチョロされて踏みそうになって怖かったのです。お陰で心身共に疲弊中です。
「もう無い!?もう無いよな!?」
森に入るので人型になった三巳が必死の形相で前後左右上下確認します。耳も鼻も目もフルで使います。
しかし五感にも本能にも何も引っ掛かりません。なのでヘナヘナと腰を落として安堵の息を長く、それはもう長く吐き出しました。
「帰るんだよ!迅速に!今直ぐ!日が暮れる前に!」
というよりも母獣が新たな犠牲者を見つける前にです。
という訳で今までに類を見ない速さで三巳は自宅の玄関を潜り抜けました。
村の入り口では山の民達が出迎えてくれていました。しかし兎に角安心出来る場所に帰りたかった三巳は「ただいま」の挨拶だけ残して駆け抜けて行ったのです。
勿論残された山の民達はどうしたのかと心配してくれます。
『案ずるな。我から良ぉく言っておくのじゃ』
そして母獣の人の悪い笑みとクツリとした笑い方に、原因はこの神かと察しました。
「お手柔らかにしてやってくださいね」
山の民達は触らぬ神に祟りなしとばかりに一歩引いて、でも三巳の為にそれだけは言っておきました。
そうとは知らない三巳は尻尾を丸めて布団に包まっています。
外からは布団団子にしか見えません。
「三巳は……三巳はまったり生きたいんだよ……。こあいのいらないんだよ」
ピルピル震えながらジッとしていると、ガチャリと玄関が開く音がします。
三巳はわかり易くビクッと布団ごと飛び跳ねました。
『三巳よ。案ずるな』
その気配を正確に察知している母獣です。
とっても不自然な程に優しく声を掛けてきます。
『民達にお願いされたからのう。選ばせてやろう。
戦争の只中に落とすのと。
戦闘の只中に落とすのと。
地獄に落とすの。
どれが良いかのう。のう、三巳よ』
「ピッ!!」
声音とは裏腹に感じる空寒い空気に、三巳は反射で鳴き声を漏らします。
そして思いました。
(一個めと二個目。何が違うん?)
規模は違うでしょうがどちらも怖い事には変わりありません。三巳は青褪めた顔で布団を握る手に力を込めました。
『返答無しかえ?では全て行う』
「全部やだ―――!!」
黒い気配を感じた三巳は言葉を遮り、布団から飛び出して外へと全力の脱出を図ります。
しかし三巳の全力も母獣の前では赤子同然です。あっさりと前脚に伸されて肉球で踏み抑えられてしまいました。
『我が反抗期を許す訳なかろう。やると言ったらやるのじゃ』
クックックッと愉しそうに喉を鳴らす母獣vs轢き潰されたカエルの格好で喉を鳴らす三巳。果たしてその行方は……。
「そのどれも私は三巳とは離れなければいけないのかい?」
母獣の後ろで寂しそうにしているクロによって霧散しました。
クロは母獣の後ろ脚をふわり。ふわりとゆったり撫でています。
「愛しいひととも離れるのかい?折角家族が揃えたのに」
潤む両目を堪える姿に、さしもの母獣も慌てました。
『我がクロにその様な思いをさせる訳なかろうっ。ただでさえ出産に立ち合わせてやれなかったのじゃ。今暫くはゆっくりもしよう』
「愛しいひと……」
うんうんと頷く母獣に、クロはジーンと胸を暖かくして後ろ脚を抱き締めます。そして頭をグリ。グリ。と擦り付けて親愛を示します。
それに母獣もホッとしてクロの耳裏を舐めて愛を返します。
その前脚の下では三巳がホッとして全身を脱力させているのでした。
三巳の山の頂上はもうすっかり冬景色です。
折角帰って来たのに三巳はややゲッソリ気味です。
「つ、着いた……」
体に外傷は有りませんが身なりはボロボロです。それに釣られたようにヨロヨロと山頂に顔を向けて、安堵の溜息と同時に言葉が漏れています。
その後ろ姿を見ている母獣は鬼教官な佇まいです。
それをクロが宥めて……いえ愛でています。どんな母獣もクロにとっては愛しいのです。
『此処まで平和ボケしておるとは。困ったものじゃな』
おどろおどろしく言う母獣も無理はありません。
何故なら山への道中、母獣は危険と察知した場所へ嬉々として三巳を連れ回したからです。
勿論三巳が危険を察知したら引き返すつもりでした。
しかし怖い人達というのは隠れるのも上手いものです。見事に気付かず突っ込んで行く三巳に、母獣の方がこめかみを抑えて唸ったものです。
とはいえ最初こそは突撃しまくりだった三巳も、何度も同じ事をされれば学習します。
今ではすっかり怖い人達の気配は本能で悟る様になれました。
因みに突っ込まれた怖い人達は全員お縄についています。というより本性で、しかも村や街から離れていた故に神気を隠さず突っ込まれたのです。恐怖で救助要請と言う名の自首もしようってものです。
そりゃ怪獣が如くの足元で逃げ回るしか出来なければ怖いですよね。
三巳だって避けたいのに足元でチョロチョロされて踏みそうになって怖かったのです。お陰で心身共に疲弊中です。
「もう無い!?もう無いよな!?」
森に入るので人型になった三巳が必死の形相で前後左右上下確認します。耳も鼻も目もフルで使います。
しかし五感にも本能にも何も引っ掛かりません。なのでヘナヘナと腰を落として安堵の息を長く、それはもう長く吐き出しました。
「帰るんだよ!迅速に!今直ぐ!日が暮れる前に!」
というよりも母獣が新たな犠牲者を見つける前にです。
という訳で今までに類を見ない速さで三巳は自宅の玄関を潜り抜けました。
村の入り口では山の民達が出迎えてくれていました。しかし兎に角安心出来る場所に帰りたかった三巳は「ただいま」の挨拶だけ残して駆け抜けて行ったのです。
勿論残された山の民達はどうしたのかと心配してくれます。
『案ずるな。我から良ぉく言っておくのじゃ』
そして母獣の人の悪い笑みとクツリとした笑い方に、原因はこの神かと察しました。
「お手柔らかにしてやってくださいね」
山の民達は触らぬ神に祟りなしとばかりに一歩引いて、でも三巳の為にそれだけは言っておきました。
そうとは知らない三巳は尻尾を丸めて布団に包まっています。
外からは布団団子にしか見えません。
「三巳は……三巳はまったり生きたいんだよ……。こあいのいらないんだよ」
ピルピル震えながらジッとしていると、ガチャリと玄関が開く音がします。
三巳はわかり易くビクッと布団ごと飛び跳ねました。
『三巳よ。案ずるな』
その気配を正確に察知している母獣です。
とっても不自然な程に優しく声を掛けてきます。
『民達にお願いされたからのう。選ばせてやろう。
戦争の只中に落とすのと。
戦闘の只中に落とすのと。
地獄に落とすの。
どれが良いかのう。のう、三巳よ』
「ピッ!!」
声音とは裏腹に感じる空寒い空気に、三巳は反射で鳴き声を漏らします。
そして思いました。
(一個めと二個目。何が違うん?)
規模は違うでしょうがどちらも怖い事には変わりありません。三巳は青褪めた顔で布団を握る手に力を込めました。
『返答無しかえ?では全て行う』
「全部やだ―――!!」
黒い気配を感じた三巳は言葉を遮り、布団から飛び出して外へと全力の脱出を図ります。
しかし三巳の全力も母獣の前では赤子同然です。あっさりと前脚に伸されて肉球で踏み抑えられてしまいました。
『我が反抗期を許す訳なかろう。やると言ったらやるのじゃ』
クックックッと愉しそうに喉を鳴らす母獣vs轢き潰されたカエルの格好で喉を鳴らす三巳。果たしてその行方は……。
「そのどれも私は三巳とは離れなければいけないのかい?」
母獣の後ろで寂しそうにしているクロによって霧散しました。
クロは母獣の後ろ脚をふわり。ふわりとゆったり撫でています。
「愛しいひととも離れるのかい?折角家族が揃えたのに」
潤む両目を堪える姿に、さしもの母獣も慌てました。
『我がクロにその様な思いをさせる訳なかろうっ。ただでさえ出産に立ち合わせてやれなかったのじゃ。今暫くはゆっくりもしよう』
「愛しいひと……」
うんうんと頷く母獣に、クロはジーンと胸を暖かくして後ろ脚を抱き締めます。そして頭をグリ。グリ。と擦り付けて親愛を示します。
それに母獣もホッとしてクロの耳裏を舐めて愛を返します。
その前脚の下では三巳がホッとして全身を脱力させているのでした。
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