獣神娘と山の民

蒼穹月

文字の大きさ
上 下
300 / 368
本編

クロの回想 続きの2

しおりを挟む
 ふわりと鼻先を撫でる柔らかくも芳しいもの。
 もっと触れたくて鼻をヒクヒクさせて、私は起きた。

 「しろ……」

 目を開けて最初に飛び込んできたのは一面の白銀。
 ふわりふわりと揺れている。

 『起きたか。手当てはしたが、大事ないか』

 白銀が大きく揺れて、声がする。
 あの、涼やかな声だ。

 「貴女だったのにゃ」
 『うむ。我が声を掛けた故、ぬしには怖い思いをさせたな。すまぬ。猫獣人の子よ』

 白銀が動き、私はそれに包まれて寝ていたと気付く。
 体勢が崩れない様に揺れる白銀に手を着けば、それはとても暖かい。
 驚いていると、ペロンと耳を舐められた。
 目をパチクリさせて見上げると、黄金の輝きと目が合った。優しく凪ぎ、黄金色に輝く綺麗な瞳と。

 『して、大事ないかえ?猫獣人の子よ』

 同じ事を2度聞かれてハッとする。
 そういえば神気に切り刻まれて海に落ちそうだったんだ。
 パタパタと体中を確認すると、傷付いたであろう場所が全て薬を塗られ、深い傷の所は包帯が巻かれていた。

 「貴女が手当てしてくれたのですにゃね。ありがとうございますにゃ」

 お礼を言ったら何故か目を眇められた。

 『主は我らに巻き込まれたのじゃ。すまぬな、巻き込むつもりは無かったのじゃが』
 「いいえ、いいえ神様。私が貴女に一目お会いしたかったのですにゃ」

 我ながら目に熱が篭っているのを感じる。
 神様もそれに気付いたのか瞠目した。

 『……今、島のが主を返せと喚いて煩い。じゃが、主の人生。決めるのは主ぞ』

 返す?
 はてと思い改めて周囲を見回し、その景色に目を見開いた。

 「島じゃないにゃ!?」
 『クックック。今かえ?そう、主は今一番近くの別の大陸におる』
 「にゃ!?島神様のお外にゃ!?出れたのかにゃ!?」
 『……今まで出れなかったのか』
 「にゃ~……。漁には出るけど、一定の範囲を超えると島神様に戻されるにゃん」
 『彼奴……。ほんに済まぬのう。そういう風に地上の者達を翻弄せぬ様、神界にて深く関わらぬと総意になったのじゃが……』
 「皆は疑問にも思って無いにゃ。……寧ろ島神様の外に行きたがると嫌われるにゃ……」

 そう。島神様のお顔の上にあって、私だけがその外に興味を持っていた。
 初めは早くに亡くなった父を思ってだったと思う。
 当時幼かった私はその意味がわからず、島神様の所にいないという事は、それ以外の所にいるんだと、島神様の外に行きたいと言ってしまった。
 それからは皆に白い目で見られる様になって、それがいけない事なんだと幼心に理解した。
 それでも一度思った外の世界は、年を重ねる毎に、父がこの世の何処にも居ないという理解と共に、次第にただの憧れとなって心に積もっていった。
 尤も、それを自ら口に出す愚行は起こさなかったけれど。けれども多分皆気付いていた。だからずっと私は村八分だったのだと理解している。

 『何と嘆かわしい。完全に飼い猫ではないか』

 猫……。
 外のひとにそう言われてそうだなと思い、思わずクスリと笑ってしまった。
 確かに外に出る事を極端に怖がるペットはいる。島を家と例えるなら確かに私達は家猫なのだろう。たまたま私だけが外を怖がらなかっただけの家猫。
 けれども飼われる猫は主人に大切にされる。そして私達猫獣人族も、ずっと島神様に守られて平穏に暮らしてきた。

 「帰った方が良いのかにゃぁ……」

 でも帰っても皆白い目で見そうだ。こんな私をそれでも友と呼んで親しくしてくれていたアッシュ達も、今度こそ離れて行くかもしれない。
 それでも。

 「離れがたいにゃぁ……」

 無意識に白銀の毛並みを撫でて呟いていた。
 ピクリと毛並みが揺れて、見上げて見た黄金の瞳に、漏れ出た事を悟る。
 ポポポッと私の黒い毛並みが赤くなった錯覚がする。
 ドキドキとする鼓動に初めて出逢った、それも神様に不敬にも恋焦がれていると自覚する。いや、そもそも声を聞くより前からこのひとに逢いたい気がして気が急っていた。

 『……そうさの。我とてよもや我に運命など有るとは思わなんだ』

 優しい声で、私はふわふわの大きな尻尾に包まれた。

 「出逢いは運命かもしれないにゃ。けれども貴女を求めるているのは運命では無く、私の心なのにゃ。定められた訳では無く、私が貴女に惹かれているのにゃ」

 運命は切っ掛けに過ぎない。そこから心がどう求めるかは自分次第。そう思い、黄金の瞳を見つめてそう言えば、黄金の輝きが見開かれた。そしてゆるりと細められる。

 『そうか。そうであるの。我とて我が意志は我のものじゃ』

 そして鼻先をペロンと舐められた。
 嬉しくなって大きな口に鼻を擦り付ける。本当は鼻にしたかったけれど、高い所にあって出来そうにない。

 『魂が惹かれ合うたのじゃ』

 そう言われて体がポッと熱くなる。
 私の片想いではないのだと、そうその優しく揺れる黄金の瞳が伝えてくれる。

 「私は貴女を想っていても良いのでしょうかにゃ」

 逸る鼓動を抑えて聞けば、しかし黄金の瞳は諭す様に眇められた。

 『我と番うは世の理りより離れる事になる。その覚悟が必要じゃ』

 神族は悠久の時を生きると聞く。
 実際に島神様も我等の遠い遠い祖先からお見守りくださっている。
 この方と共に行くならば、母さんや、アッシュ達とは違う時の流れを生きる事になるのだろう。
 それがどういう事か、今の私にはわからない。
 わからないがお側にいたい。
 けれども中途半端な気持ちで応えたくはない。
 大事に想いたい。
 私は白銀の毛並みに顔を埋めて瞑目した。
 ポカポカと伝わる温もりが心地良い。

 「……貴女との事を簡単に考えたくは無いのですにゃ。暫くの猶予を頂けませんかにゃ」

 不敬だと思いながらも黄金の瞳を見つめて問えば、それは優しく細められた。

 『勿論だとも。猫獣人の子。我との事を大切に思うてくれるのは嬉しいものよのぅ』

 鼻と鼻を擦り合わせて、私はその温もりにしばし身を委ねた。
しおりを挟む
感想 118

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです

かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。 強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。 これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

処理中です...