獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

猫と島と狼と

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 縁側を全開にした居間で、三巳がゴロゴロ寝転がっています。外から入る風に毛を揺らして気持ち良さそうです。

 「うーにゅ。もー近場は見尽くした感あるんだよ」

 クロは初日と二日目を除いて猫の集会に出席していたので三巳は1人で島を散策していました。しかし他神たにんの体の上で好き勝手するのも憚られるので、遠出はし辛いと思っています。
 残念な事に母獣は島に来てからずっとクロに付きっきりで相手にしてくれません。

 「お暇様……。にゅーん。もーいっそ寝こけようか」

 折角の観光里帰りなのに三巳は畳に顔を埋めてばかりです。

 「おや、寝るのかい?」

 尻尾をショボショボ垂らしていると、上からクロの声が聞こえてきました。

 「うえっ!?あっ!?父ちゃん!?あれ!?集会は??」

 いないと思っていた姿に、三巳はビックリして飛び起きます。そして現金な尻尾はショボンから一転、元気良くバッサバッサと振られています。

 「情報交換は終わったよ。後は島内の政治的話し合いだから私は遠慮させて貰ったんだ。ずっと三巳を独りにしてしまっていたから」

 眉尻を下げるクロに三巳は首を横に振ります。

 「んーん。猫の集会が大事なのわかるし、優先させたの三巳だから」

 そうです。猫獣人達に過去の話や外の情報が欲しいと集会に誘われた時、クロは実は断っていたのです。
 しかし三巳が猫の集会は大事だと、前世で猫好きの友人が熱弁していた事を思い出して送り出したのです。ご近所付き合いの平和維持大事絶対です。

 「それに里の皆が一緒に遊んでくれてたから楽しかったんだよ」
 「そうかい?それは良かったけれど、少し寂しくもあるね」

 苦笑を返すクロに、三巳はクロは子離れ出来てないなと自分を棚に上げて思いました。

 「それじゃあ今日からは一緒にいられるのか?」
 「勿論だとも」
 「やった!三巳は父ちゃんが母ちゃんに初めて会った場所行ってみたかったんだよ!行ける!?」
 「ふふふ、そう言えば話してなかったねぇ」

 頷くクロについさっき迄寝る体勢だった三巳は直ぐにお出掛け準備を済ませました。

 『そんなに知りたいものかのう』

 教えるに吝かではないけれど、態々言って聞かせるものでもないと思う母獣は不思議な気持ちで三巳を見て嘆息します。

 「三巳も女の子なんだよ」

 クロが母獣の鼻筋を撫でて言えば、母獣は山の民の女の子達を思い出してそんなものかと呟きました。

 「母ちゃんは何でこの島来たんだ?」

 自由に過ごす島民を歩きながら和んだ目で見ていた三巳はふと疑問に思います。だって島が神様なら上陸しなくとも良さそうなものです。

 『うん?そうさな、あの頃は確か神界の有り様の変革の時だったかの。我等が地上の者達に深く関わる事を良しとしない流れが来て、しかし此奴は一向に態度を改める気が無くての。たまたま近くにおった我が喝を入れに来たのじゃ』
 「お、おぉ。母ちゃんの喝……」

 母獣のお説教の怖さは身に染みて知る三巳です。自然と耳は垂れ下がり、尻尾はクルンと股を潜って前で丸まりピルピル震えてしまいます。
 そこに島から「フン」と不遜な鼻息を漏らす気配を感じました。

 「島神のじっちゃ?」

 (もしかしたらばっちゃなのかもだけど、ていうか性別あるん?)

 流石に島そのものの神様です。何処にいても会話は聞こえているようです。声は聞こえませんが母獣との間に火花が散った気がします。

 (そいえば猫獣人達は島神のじっちゃに頼り切り。って事は……)

 「説得失敗したん?」

 恐る恐る上目遣いに聞けば、母獣から怒気が立ち昇ります。

 「ぴゃっ!」

 と悲鳴を上げた三巳はサササッとクロの横に隠れます。

 『此奴ときたら己は猫の為のみにあると抜かしおった』

 (あ……)

 そのセリフで三巳は何かを悟った気がします。
 そう。島神が猫の下僕筆頭かもしれないという、その事実をです。

 「ふふふ、あの時は大変だったねぇ。私達を離さないと海に齧り付く島神様と、私達から、ひいてはこの世界から引き離そうとする愛しいひとが神力を爆発させていて。あの時は各地で天変地異が起きたらしいよ」
 「おぅふ」

 母獣の昔のヤンチャ振りに、世間に「ウチの母がすみません」と謝りたくなった三巳です。しかし言って母獣の怒りの矛先が自分に来たら嫌なので黙っています。

 『結局他の神々も出張って、もう取り返しの付かない程の家猫化していた島民に限り、そのままで良しとなったのじゃ』
 「いえねこか」

 何かパワーワードっぽく聞こえた三巳が繰り返し、クロが困った様に眉尻を下げて苦笑いをします。

 「愛しいひととはその折りに出逢ったのさ」

 懐かしそうに目を細めて頬を赤くするクロですが、直前に聞いた内容から恋が繋がらなくて複雑な顔をしています。

 「いえねこと出逢って、恋って始まるん……?」
 『何を言う。クロは当時から広い目を持った良い男じゃったぞ』

 三巳の疑問を母獣が間髪入れず否定して、本人より誇らし気にフフンと胸を反らします。
 三巳はそんな母獣を見上げ、そして良くわからないけど何か凄い気がしてクロを尊敬の目で見ました。

 「そうだねぇ。あの当時の島は本当に閉鎖的で、島神様が猫獣人以外の全てを拒絶していたからねぇ」
 「ふへぇ!?」

 のほほんと言うクロですが、三巳はビックリして島にいる人達を思い浮かべました。

 「え?え?だって、人族や他の獣人の人も居たんだよ?」
 「ふふふ、本当にねぇ。今じゃ他の島へも行けるしね」
 「ええええ??前は行けなかったん!?」

 自由こそ全てな三巳が驚愕で戦慄いています。
 その後ろで母獣が黒いオーラを出して鼻に皺を寄せ、犬歯を剥き出しにして「フンッ」と鼻息を漏らしました。

 『猫獣人を猫可愛がりしたい島神の奴が囲い込んだ故の弊害よ。我がクロの心を射止めて連れ去った時の奴の顔はスッと胸が空いたわ』
 「母ちゃんてば……」

 クックックと人の悪い笑いをする母獣に、三巳は犬猿の仲だなと、鎖に繋がれた飼い犬を塀の上から馬鹿にする猫の図を思い描くのでした。
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