297 / 368
本編
猫と島と狼と
しおりを挟む
縁側を全開にした居間で、三巳がゴロゴロ寝転がっています。外から入る風に毛を揺らして気持ち良さそうです。
「うーにゅ。もー近場は見尽くした感あるんだよ」
クロは初日と二日目を除いて猫の集会に出席していたので三巳は1人で島を散策していました。しかし他神の体の上で好き勝手するのも憚られるので、遠出はし辛いと思っています。
残念な事に母獣は島に来てからずっとクロに付きっきりで相手にしてくれません。
「お暇様……。にゅーん。もーいっそ寝こけようか」
折角の観光里帰りなのに三巳は畳に顔を埋めてばかりです。
「おや、寝るのかい?」
尻尾をショボショボ垂らしていると、上からクロの声が聞こえてきました。
「うえっ!?あっ!?父ちゃん!?あれ!?集会は??」
いないと思っていた姿に、三巳はビックリして飛び起きます。そして現金な尻尾はショボンから一転、元気良くバッサバッサと振られています。
「情報交換は終わったよ。後は島内の政治的話し合いだから私は遠慮させて貰ったんだ。ずっと三巳を独りにしてしまっていたから」
眉尻を下げるクロに三巳は首を横に振ります。
「んーん。猫の集会が大事なのわかるし、優先させたの三巳だから」
そうです。猫獣人達に過去の話や外の情報が欲しいと集会に誘われた時、クロは実は断っていたのです。
しかし三巳が猫の集会は大事だと、前世で猫好きの友人が熱弁していた事を思い出して送り出したのです。ご近所付き合いの平和維持大事絶対です。
「それに里の皆が一緒に遊んでくれてたから楽しかったんだよ」
「そうかい?それは良かったけれど、少し寂しくもあるね」
苦笑を返すクロに、三巳はクロは子離れ出来てないなと自分を棚に上げて思いました。
「それじゃあ今日からは一緒にいられるのか?」
「勿論だとも」
「やった!三巳は父ちゃんが母ちゃんに初めて会った場所行ってみたかったんだよ!行ける!?」
「ふふふ、そう言えば話してなかったねぇ」
頷くクロについさっき迄寝る体勢だった三巳は直ぐにお出掛け準備を済ませました。
『そんなに知りたいものかのう』
教えるに吝かではないけれど、態々言って聞かせるものでもないと思う母獣は不思議な気持ちで三巳を見て嘆息します。
「三巳も女の子なんだよ」
クロが母獣の鼻筋を撫でて言えば、母獣は山の民の女の子達を思い出してそんなものかと呟きました。
「母ちゃんは何でこの島来たんだ?」
自由に過ごす島民を歩きながら和んだ目で見ていた三巳はふと疑問に思います。だって島が神様なら上陸しなくとも良さそうなものです。
『うん?そうさな、あの頃は確か神界の有り様の変革の時だったかの。我等が地上の者達に深く関わる事を良しとしない流れが来て、しかし此奴は一向に態度を改める気が無くての。たまたま近くにおった我が喝を入れに来たのじゃ』
「お、おぉ。母ちゃんの喝……」
母獣のお説教の怖さは身に染みて知る三巳です。自然と耳は垂れ下がり、尻尾はクルンと股を潜って前で丸まりピルピル震えてしまいます。
そこに島から「フン」と不遜な鼻息を漏らす気配を感じました。
「島神のじっちゃ?」
(もしかしたらばっちゃなのかもだけど、ていうか性別あるん?)
流石に島そのものの神様です。何処にいても会話は聞こえているようです。声は聞こえませんが母獣との間に火花が散った気がします。
(そいえば猫獣人達は島神のじっちゃに頼り切り。って事は……)
「説得失敗したん?」
恐る恐る上目遣いに聞けば、母獣から怒気が立ち昇ります。
「ぴゃっ!」
と悲鳴を上げた三巳はサササッとクロの横に隠れます。
『此奴ときたら己は猫の為のみにあると抜かしおった』
(あ……)
そのセリフで三巳は何かを悟った気がします。
そう。島神が猫の下僕筆頭かもしれないという、その事実をです。
「ふふふ、あの時は大変だったねぇ。私達を離さないと海に齧り付く島神様と、私達から、ひいてはこの世界から引き離そうとする愛しいひとが神力を爆発させていて。あの時は各地で天変地異が起きたらしいよ」
「おぅふ」
母獣の昔のヤンチャ振りに、世間に「ウチの母がすみません」と謝りたくなった三巳です。しかし言って母獣の怒りの矛先が自分に来たら嫌なので黙っています。
『結局他の神々も出張って、もう取り返しの付かない程の家猫化していた島民に限り、そのままで良しとなったのじゃ』
「いえねこか」
何かパワーワードっぽく聞こえた三巳が繰り返し、クロが困った様に眉尻を下げて苦笑いをします。
「愛しいひととはその折りに出逢ったのさ」
懐かしそうに目を細めて頬を赤くするクロですが、直前に聞いた内容から恋が繋がらなくて複雑な顔をしています。
「いえねこと出逢って、恋って始まるん……?」
『何を言う。クロは当時から広い目を持った良い男じゃったぞ』
三巳の疑問を母獣が間髪入れず否定して、本人より誇らし気にフフンと胸を反らします。
三巳はそんな母獣を見上げ、そして良くわからないけど何か凄い気がしてクロを尊敬の目で見ました。
「そうだねぇ。あの当時の島は本当に閉鎖的で、島神様が猫獣人以外の全てを拒絶していたからねぇ」
「ふへぇ!?」
のほほんと言うクロですが、三巳はビックリして島にいる人達を思い浮かべました。
「え?え?だって、人族や他の獣人の人も居たんだよ?」
「ふふふ、本当にねぇ。今じゃ他の島へも行けるしね」
「ええええ??前は行けなかったん!?」
自由こそ全てな三巳が驚愕で戦慄いています。
その後ろで母獣が黒いオーラを出して鼻に皺を寄せ、犬歯を剥き出しにして「フンッ」と鼻息を漏らしました。
『猫獣人を猫可愛がりしたい島神の奴が囲い込んだ故の弊害よ。我がクロの心を射止めて連れ去った時の奴の顔はスッと胸が空いたわ』
「母ちゃんてば……」
クックックと人の悪い笑いをする母獣に、三巳は犬猿の仲だなと、鎖に繋がれた飼い犬を塀の上から馬鹿にする猫の図を思い描くのでした。
「うーにゅ。もー近場は見尽くした感あるんだよ」
クロは初日と二日目を除いて猫の集会に出席していたので三巳は1人で島を散策していました。しかし他神の体の上で好き勝手するのも憚られるので、遠出はし辛いと思っています。
残念な事に母獣は島に来てからずっとクロに付きっきりで相手にしてくれません。
「お暇様……。にゅーん。もーいっそ寝こけようか」
折角の観光里帰りなのに三巳は畳に顔を埋めてばかりです。
「おや、寝るのかい?」
尻尾をショボショボ垂らしていると、上からクロの声が聞こえてきました。
「うえっ!?あっ!?父ちゃん!?あれ!?集会は??」
いないと思っていた姿に、三巳はビックリして飛び起きます。そして現金な尻尾はショボンから一転、元気良くバッサバッサと振られています。
「情報交換は終わったよ。後は島内の政治的話し合いだから私は遠慮させて貰ったんだ。ずっと三巳を独りにしてしまっていたから」
眉尻を下げるクロに三巳は首を横に振ります。
「んーん。猫の集会が大事なのわかるし、優先させたの三巳だから」
そうです。猫獣人達に過去の話や外の情報が欲しいと集会に誘われた時、クロは実は断っていたのです。
しかし三巳が猫の集会は大事だと、前世で猫好きの友人が熱弁していた事を思い出して送り出したのです。ご近所付き合いの平和維持大事絶対です。
「それに里の皆が一緒に遊んでくれてたから楽しかったんだよ」
「そうかい?それは良かったけれど、少し寂しくもあるね」
苦笑を返すクロに、三巳はクロは子離れ出来てないなと自分を棚に上げて思いました。
「それじゃあ今日からは一緒にいられるのか?」
「勿論だとも」
「やった!三巳は父ちゃんが母ちゃんに初めて会った場所行ってみたかったんだよ!行ける!?」
「ふふふ、そう言えば話してなかったねぇ」
頷くクロについさっき迄寝る体勢だった三巳は直ぐにお出掛け準備を済ませました。
『そんなに知りたいものかのう』
教えるに吝かではないけれど、態々言って聞かせるものでもないと思う母獣は不思議な気持ちで三巳を見て嘆息します。
「三巳も女の子なんだよ」
クロが母獣の鼻筋を撫でて言えば、母獣は山の民の女の子達を思い出してそんなものかと呟きました。
「母ちゃんは何でこの島来たんだ?」
自由に過ごす島民を歩きながら和んだ目で見ていた三巳はふと疑問に思います。だって島が神様なら上陸しなくとも良さそうなものです。
『うん?そうさな、あの頃は確か神界の有り様の変革の時だったかの。我等が地上の者達に深く関わる事を良しとしない流れが来て、しかし此奴は一向に態度を改める気が無くての。たまたま近くにおった我が喝を入れに来たのじゃ』
「お、おぉ。母ちゃんの喝……」
母獣のお説教の怖さは身に染みて知る三巳です。自然と耳は垂れ下がり、尻尾はクルンと股を潜って前で丸まりピルピル震えてしまいます。
そこに島から「フン」と不遜な鼻息を漏らす気配を感じました。
「島神のじっちゃ?」
(もしかしたらばっちゃなのかもだけど、ていうか性別あるん?)
流石に島そのものの神様です。何処にいても会話は聞こえているようです。声は聞こえませんが母獣との間に火花が散った気がします。
(そいえば猫獣人達は島神のじっちゃに頼り切り。って事は……)
「説得失敗したん?」
恐る恐る上目遣いに聞けば、母獣から怒気が立ち昇ります。
「ぴゃっ!」
と悲鳴を上げた三巳はサササッとクロの横に隠れます。
『此奴ときたら己は猫の為のみにあると抜かしおった』
(あ……)
そのセリフで三巳は何かを悟った気がします。
そう。島神が猫の下僕筆頭かもしれないという、その事実をです。
「ふふふ、あの時は大変だったねぇ。私達を離さないと海に齧り付く島神様と、私達から、ひいてはこの世界から引き離そうとする愛しいひとが神力を爆発させていて。あの時は各地で天変地異が起きたらしいよ」
「おぅふ」
母獣の昔のヤンチャ振りに、世間に「ウチの母がすみません」と謝りたくなった三巳です。しかし言って母獣の怒りの矛先が自分に来たら嫌なので黙っています。
『結局他の神々も出張って、もう取り返しの付かない程の家猫化していた島民に限り、そのままで良しとなったのじゃ』
「いえねこか」
何かパワーワードっぽく聞こえた三巳が繰り返し、クロが困った様に眉尻を下げて苦笑いをします。
「愛しいひととはその折りに出逢ったのさ」
懐かしそうに目を細めて頬を赤くするクロですが、直前に聞いた内容から恋が繋がらなくて複雑な顔をしています。
「いえねこと出逢って、恋って始まるん……?」
『何を言う。クロは当時から広い目を持った良い男じゃったぞ』
三巳の疑問を母獣が間髪入れず否定して、本人より誇らし気にフフンと胸を反らします。
三巳はそんな母獣を見上げ、そして良くわからないけど何か凄い気がしてクロを尊敬の目で見ました。
「そうだねぇ。あの当時の島は本当に閉鎖的で、島神様が猫獣人以外の全てを拒絶していたからねぇ」
「ふへぇ!?」
のほほんと言うクロですが、三巳はビックリして島にいる人達を思い浮かべました。
「え?え?だって、人族や他の獣人の人も居たんだよ?」
「ふふふ、本当にねぇ。今じゃ他の島へも行けるしね」
「ええええ??前は行けなかったん!?」
自由こそ全てな三巳が驚愕で戦慄いています。
その後ろで母獣が黒いオーラを出して鼻に皺を寄せ、犬歯を剥き出しにして「フンッ」と鼻息を漏らしました。
『猫獣人を猫可愛がりしたい島神の奴が囲い込んだ故の弊害よ。我がクロの心を射止めて連れ去った時の奴の顔はスッと胸が空いたわ』
「母ちゃんてば……」
クックックと人の悪い笑いをする母獣に、三巳は犬猿の仲だなと、鎖に繋がれた飼い犬を塀の上から馬鹿にする猫の図を思い描くのでした。
10
お気に入りに追加
115
あなたにおすすめの小説

前世の記憶さん。こんにちは。
満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。
周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。
主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。
恋愛は当分先に入れる予定です。
主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです!
小説になろう様にも掲載しています。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです
かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。
強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。
これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる