獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

お墓参り

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 「三巳~。お花は用意出来たかい?」

 サワサワと心地の良い風が吹く朝の日です。
 玄関に立つクロが家の奥にいるであろう三巳を呼んでいます。

 「うぬー!今行くー!」

 姿は見えなくても元気よく応える三巳に、クロはほっこりとした笑みを浮かべました。
 外へ目を向けると母獣が伏せた体で欠伸を掻いています。それにもほっこりしてまた笑っていると、奥からパタパタという軽い足取りが聞こえて来ました。

 「お待たせー!」

 やって来たのは勿論三巳です。島特有の衣装に身を包んだ三巳は、手に花束を持っています。向日葵を中心に夏の花がもっさり包まれていて、三巳らしさを表現しています。

 「それじゃあ行こうか」
 「うぬ!」

 クロが家から出て、三巳も出たらカラカラと音が鳴る扉を閉めてニンマリしちゃいます。

 (カラカラが心地良い)

 母獣が立ち上がる気配を感じて慌てて三巳も外へと向き直ります。
 三巳が花束を持ち、クロが御神酒を持ち、今日は祖母のお墓参りです。
 荷物を抱え、まだ起きている猫獣人達の少ない麦畑を歩き、風車小屋が有ったのとは別の丘へと歩いて行きます。

 「父ちゃん重くない?三巳持とうか?」

 力持ちな三巳と違ってクロは不老以外は普通の猫獣人です。その手に持つ御神酒は普通の一升瓶の大きさな上、硝子では無く陶器製だった為、縄で縛って持っているとはいえ重そうです。

 「大丈夫だよ。こう見えて私は力持ちだから」

 言われてそう言えば昨日は御神酒より思い三巳を抱っこしていたと気付きます。思い出したのでちょっぴし恥ずかしくなって頬を赤く染めています。でもまたして欲しいなーとも思っている顔をしています。

 「うにゅ。じゃあ三巳は御神酒の反対から父ちゃんを支えるんだよ」

 言うなり三巳はクロと手を繋ぎます。

 「おや、これは心強いねぇ」

 実際には手を繋いでいるだけですが、そんなことは関係ありません。ニシシと笑う三巳が可愛いのでそれで良いのです。
 手を繋いだままクロの案内で着いたのは、人里からは少し離れた丘でした。半分程登った所で振り返って見下ろせば、昨日の風車小屋は今の場所より低い位置に有ることがわかります。

 「猫じゃらしがいっぱい」

 一面に猫じゃらしがいっぱい生え、その隙間隙間にヨモギやドクダミなどの夏草が生えています。

 「とても心躍る場所だろう。つい手が出そうになる」

 風に揺れる猫じゃらしに、クロの瞳孔が細く獲物を見定めるものになっています。普段穏やかな父親をしていても猫の本質はある様です。
 三巳はボールに戯れるのが大好きです。しかし猫じゃらしに戯れたことはありません。素直に頷けず、困った様に空笑いしちゃいます。

 「子猫獣人達と猫じゃらしで遊んだら怒られるかな」

 困ってしまって取り敢えずそんなことを言ってみました。

 「いや。きっと喜ぶよ。もしかしたら大人達も混ざるかもしれないけれど」

 クロの言葉に猫じゃらしに群がり、我先にと飛び掛かる猫獣人達の姿が思い浮かびました。きっとそれはとても可愛らしいと、三巳はほっこりします。

 「何本か持ってって良い?」
 「勿論良いけれど、里にも沢山生えているよ」
 「じゃあ新鮮な方が良いかな」
 「ここのが一番大きいけれど」
 「何本か持ってくんだよ!」

 ということで帰り際にお土産を採取することに決定です。

 「因みに秋にはススキが一面に広がってそれはそれで心躍るよ」
 「ぬ。それは見たい。見たいけど、秋かー」

 秋だと山へ帰るのが冬になってしまいます。
 三巳は後ろ髪引かれるも頑張って我慢しました。

 「ふふ。時間はこれからもあるからね。今度はゆっくり出来る時間を作って来ようか」
 「うにゅ!約束なんだよ!」

 クロの提案に、三巳はパァッと破顔し大きく頷きました。

 (リリももう大丈夫な感じだし、もう何年か様子見たら改めて長期滞在しに来よう)

 そう考えた三巳はふと自分の考えに可笑しさが込み上げて来ました。

 (山から長い時間居なくなるなんて、リリが来る前は考えられなかったな。山に篭ってるのは安心で、こあいこと無くて、でも外に出たらまた忙しない人生になるのかなって思って、そしたらやっぱし人と関わるなんて考えれなくて。
 でもリリと逢って、母ちゃんからの試練だったけど長いこと人里に降りて、こあいことも有ったけど、でも触れ合えば良い人ばかりで、気付いたら山の民以外の人と触れ合うのこあく無くなってて。
 全部リリのお陰なんだよ)

 ちょっと前と今との自分の違いに、自分で可笑しくなったのです。
 帰ったらお礼を言おうと決めて、三巳はもう後半分の丘を登りました。
 頂上が近くなると、突然猫じゃらしが途絶えているのが見えました。猫じゃらしだけでなく草花一つ生えていなそうです。

 「父ちゃん上土だよ」
 「うん。そうだね」

 指差す三巳に、クロはニコニコと返します。
 あっさりと返されたので土の病気では無さそうだとそのまま歩を進めます。
 視線の先は丘の上から外さず歩いていると、チョンと立つ灰色の物が見えました。

 「んにゅぅ?石?岩?」

 まだ少し遠いのに見えて来たそれに、実際はもう少し大きいだろうと辺りを付けて岩かと判断します。

 「いやでも何で急に岩……」

 そこまで考えてある光景を思い出しました。
 実際に見たことがある訳ではないですが、何度も間接的に見たことのある人口加工の石。石というには重すぎて運べないけれど、歴史に名を残す、あのモアイ像です。
 見たところ一つしか無いけれど、今向かっているのがお墓ということも有り、いやいやスフィンクスかもしれないと首を緩く振ります。
 急に百面相をしだした三巳を、クロが不思議そうに見ています。

 「ん?んん?あ!いや人じゃない!猫!」

 目の良い三巳は目を凝らせばそれの形をハッキリ見ることが出来ました。
 そしてその形は猫の顔でした。
 まだ顔しか見えない石は、進むにつれてその全容がわかってきます。

 「うあっ!招いてるやつ!」

 石は招き猫の形をしていました。両方万歳バージョンです。
 その胸元には小判の代わりに、半球体の石が三巳達側に向かって斜めに掛けられています。

 「招く?ああ本当だねぇ。言われてみれば招いている様に見える。三巳は凄いねぇ、よく気付いたねぇ」

 ベタ褒めするクロは両手が塞がっていなければ三巳の頭を撫でていたところでしょう。代わりに繋ぐ手を緩く上下に振りました。

 「んぬふふふー♪大体何処にでも売ってたからなー♪」

 得意気に胸を張る三巳ですが、売っていたのが前世だとは言っていません。お陰でクロが首を傾げてしまいました。

 (売って……?私は見たことが無いけれど……リファラにでも有ったのかねぇ)

 そして勘違いをしました。
 勿論勘違いされたことに気付かない三巳は、未だ得意そうに胸を張って鼻歌を歌い始めています。

 『前の生での事であろう』

 代わりに母獣が補足をしてくれました。
 クロの耳元で直接伝えられたそれに、クロは「ああ」と得心が行き、三巳は得意気モードが途切れること無く丘の上に辿り着いのでした。
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