獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

風車小屋でカルチャーショック

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 カッタンコン。カッタンコン。
 夢見心地に耳に響く音で、だらりと下げた手足が無意識にピピクピクと動きます。

 「にゅ……。うにゅ……。ぬぅ……」

 音に合わせてふわりと香るのは優しい麦の匂いです。
 ふわり。ふわり。鼻を擽る匂いに、クン。クン。と顔がどんどん上向きになっていきます。
 そして「ぐぅぅぅぅぅ」とお腹の虫が長く低く鳴り響きました。
 お腹の音に触発されたのか涎が出て来た気配でやっとこお腹の虫の主、三巳が目を覚ましました。

 「おはよ……ござます……」
 「おはよう三巳」

 腕の中で目を擦る三巳に、クロがクスリと笑みを漏らして挨拶を返します。実際の今の時間が夕方前なのは今は端に置いています。

 「小麦粉の匂い」

 三巳が呟くと同時にまたもやお腹の虫が「ぐぅぅぅ」と鳴きました。

 「ふふふ。この香りを嗅ぐとお腹が空くねぇ」

 クロの言葉に呼応するかの様に丁度上まで上がっていた丸太が下に落ちて、その下の石の桶に入っていた麦を叩きました。すると麦の香りがふわりと三巳の鼻を掠めていきます。

 「え?斬新なんだよ」

 その光景に三巳は寝起きも忘れて唖然としました。
 だって想像していたのと違っていたのですから無理もありません。

 「うん?ああ、そうか。そういえばヴィーナ村も他の国も石臼で挽くのだものね」

 しかしクロには実家の麦といえば叩くものでしたし、移住生活中は小麦粉作りをしていなかったのか、言われるまで違う事に疑問を持ちませんでした。

 「石臼?」

 そんな親子の会話に働いていた猫獣人が耳をピクリと向けて目を光らせました。

 「石臼ってなんにゃ?もっと沢山小麦粉出来るにゃ?」

 そしてそれは風車小屋にいた猫獣人全員に伝播していきます。
 結果三巳は目をランランに輝かせた猫獣人達に囲まれてしまうのでした。

 「うぎゅ」

 そしてその目が低い位置にあることで初めてクロに抱っこされている自分に気付きます。

 「父ちゃん降りる。降ろして」

 実際の精神年齢は兎も角も、良い年した大人のつもりの三巳は顔を赤くしてクロの腕をペシペシ叩きます。
 クロは少し残念に思いながらもゆっくりと降ろしました。

 「ここ風車の中?」

 三巳は寝ている間に風車小屋に入っていたのに気付いてキョロキョロします。そして何故かデジャブを感じました。

 (うぬん?ついさっきも似たような瞬間移動感を味わったような気がするんだよ)

 勿論木陰から風車小屋に着いた時ですが、寝ぼけていた三巳はさっぱりと記憶に残っていませんでした。

 「んで麦挽き。挽き?叩きじゃなくて?」

 じっと見る先にあるのはカッタンコットンと麦を叩く丸太です。
 上を見上げれば成程、歯車的な物は見当たりません。丸太は太くて丈夫な縄に支えられ、縄の先は風車の羽から伸びる棒に巻き上げられ、一定の高さまで行くと棒から縄が外れて丸太が下に落ちて行きます。

 「斬新。寧ろどうやって縄外れてるんだ?」

 三巳の顔には「思ってたんと違う」と書いてあるようです。ポツリと呟いた声は勿論耳の良い猫獣人達はきちんと聞こえていました。

 「「「さあ?」」」

 そして揃って首を傾がれました。

 「ええ……。それ、壊れた時どうやって直すんだ?」

 珍しくちょっと引き気味の三巳です。

 「風車小屋は我らが守り神様がもたらしてくれたにゃ。だから壊れないのにゃ」

 なんと神製でした。

 「それって、神界的にダイジョブなのか?」

 チラリと母獣を見れば片眉を上げて応えます。

 『ここはまだ今より地上と神界が近かった頃に出来た孤島じゃ。今やれば批難されるだろうがの』

 つまり世界に歴史ありです。神界の在り様も歴史の中で変化して来たのでしょう。
 納得した三巳は頷くと猫獣人達に石臼の仕組みを教えてあげました。石臼は前世の祖母の家にあったので何となくなら説明出来ました。

 「へえ。それは便利にゃ。早速取り入れるにゃ」
 「良いのか?これって皆の守り神が作ってくれたんだろ?」
 「そうにゃ。だからお祈りするにゃ」

 言うが早いか猫獣人達はその場に膝を付き、手を合わせて目を閉じました。

 「「「守り神様、守り神様。どうか我等に石臼をお与えくださいにゃ」」」
 「えぇー……」

 神頼みです。ガチの神頼みです。他力本願ここに極まれりです。
 のんべんだらりが大好きな三巳も流石にドン引きました。
 そのまま成り行きを見守っていると、ふと気配を感じました。からかでは無く、からです。
 その気配は徐々に強くなっていき、最後に一度ピカリと光輝き、それが収まった後には丸太と石の桶が立派な歯車と石臼に置き換わっているのでした。
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