獣神娘と山の民

蒼穹月

文字の大きさ
上 下
285 / 368
本編

里帰り

しおりを挟む
 さわさわと、長く伸びた草花を揺らし風が流れています。
 ふさりとした毛を生やし連なるのはふっくらとした麦で、それが一面に広がり風に揺れているのです。

 「ふあー。麦。麦。麦だらけー」

 山では見る事のないその圧巻の景色は、緩急があって風が通りやすくなっているからでしょうか。
 所々にある丘の上にはなんと風車がありました。
 それどころかたっぷりの水が緩やかに流れる川では水車まであります。

 「ボク達の里は風と水に恵まれてるにゃ。何代か前のご先祖様達が利用する事を思いついたらしいにゃ」

 ポッチャリ体型が可愛いらしい斑猫獣人が誇らし気に胸を張り、ピンと張った髭を揺らして説明してくれます。

 「み、三巳。地球で20世紀と21世紀を生きてきたのに、ちっとも考えつかなかった!」

 一応スマホもギリギリ使った経験がある三巳の衝撃は一入です。
 だって山には水車も風車も無いのです。

 『ほんにウチの子はアホウよのう』

 地球がどういう星かは知りませんが、三巳の阿呆さ加減はもう知っている母獣です。獣の姿で呆れと可哀想な者を見る目で我が子を見ています。
 クロの里では獣神である事は伝わっているので、母獣は早々に獣の姿に戻っていました。

 「そこが三巳の可愛いところだよ」

 風に揺れて一層毛並みをふさりふわりとさせる足元に触れながらクロが言います。
 念願かなって愛娘を連れて来れて嬉しい気持ちです。けれどもこれから実家と両親。つまり三巳の祖父母の墓参りも連れて行きたいので嬉しい気持ちはまだまだ発展途上です。

 「ふわーっ、ふわーっ、あ、あ、両方からカッタンコン、カッタンコン、ゴリゴリゴリって音がする!粉!?麦を小麦粉にしてるのか!?」

 風車といえば麦。水車といえば蕎麦を即座に連想した三巳が興奮で鼻をフンカフンカさせて言います。匂いで蕎麦が無いか確認しているのです。

 「うにゅぅ……。蕎麦は無しかー」

 しかし蕎麦の匂いはしませんでした。
 代わりに様々な高原野菜や果物の匂いを察知したので、口調は残念そうですがその口には涎が滴っています。

 「後で案内するにゃ」
 「良いのか!?関係者以外立ち入り禁止じゃない!?」
 「大丈夫にゃよ。クロ殿の娘にゃし、何より神様相手にそんな事出来ないにゃ」
 「うにゅぅ?三巳獣神だけど、ダメな時はちゃんとダメって教えて欲しいんだよ。でも、父ちゃんの子なので行こう!今!?今行く!?」
 「それも良いけれど、先に私の家に行かないかい?」
 「父ちゃんの家!行く!ばっちゃの匂い残ってるかな!?」

 里帰りで興奮している三巳は自重がありません。元々無いかもしれないけれど、辛うじてあった筈の自重は何処にもありません。
 直ぐにクロの手を引いて「早く早く」と急かしています。早く行かないとクロの母の匂いが消えてしまうと焦っているのです。

 「うぅん。流石に残って無いんじゃ無いかなぁ」

 何せ何百年も前の話です。
 クロはガッカリさせてしまうのを忌避して強く否定はしていませんが、絶対無いと思っています。

 (さて、強き思いは古より残るが、ふむ。今言うて無駄に期待を持たせるものでもなかろう)

 クロの横を歩く母獣は懐かしい風景に目を眇め、風に髭と毛並みを揺らしながら緩りと口端を上げて思うに留めました。

 「元気な子にゃ」
 「うにゃ。元気は良い子にゃ」
 「里の子達喜ぶにゃ」

 船の降り場からずっと一緒に歩いて来たので3人の獣人達ともすっかり仲良しです。
 ニコニコ笑顔に見守られ、急く気持ちを足に乗せて三巳はズンズンと先へ進みます。
 麦畑の天然壁で先が見えないのも楽しいです。

 「うな?道別れた?父ちゃんどっち?」
 「右だよ」
 「うぬ!」

 先が見えないのもあって、分岐点で止まってはクロに道を聞いてまた元気よく引っ張って行きます。
 そうして大人達に見守られながら麦畑が終わりを見せる頃合いに、小さな一軒家が目に入りました。

 「あー!あれ!?あれそう!?」
 「おやまあ、私が出た時のままだね。これは驚いた」

 三巳が元気よく指し示す一軒家を見て、クロは驚きの声を上げています。
 三巳は「うん」とも「そうだ」とも言われなかったので一軒家とクロを交互に見遣ります。そして懐かしさに潤むクロの目を見て頷きました。

 「うぬ。よし行こう」

 絶対あの家がそうだと確信したので早くクロを家の中に連れて行きたくなりました。言うが早いか繋いだままの手を引っ張り玄関までやって来ました。

 「おお、田舎のばっちゃの家みたいだ。引き戸懐かしい」

 昔ながらの木製の引き戸に始めて来たにも関わらず、郷愁の年が胸から沸き起こります。そして形を良く見ようと右に行ったり左に行ったりしました。

 「うぬぅ?鍵穴無い」
 「そうだね。私達も山の民と同じく、鍵を掛ける習慣は無いよ」
 「それだけ治安が良いのかー」

 クロの言葉に感心して言えば、クロは優しい微笑みからピシリと鋭い空気を発しました。
 普段のクロからは考え付かない空気に三巳は自然と背筋を伸ばしました。

 「私達猫科の獣人は縄張り意識が高いんだよ」

 クロの言葉は猫として聞くに当たり前な話な気がします。けれどもクロ達は猫獣人であって猫ではありません。
 つまりこの場合の縄張りは島外の人達に対して言っているのです。

 (そいえばさっき船長がこあい事言ってた……)

 ブルルと震えた三巳は、それ以上聞くことはしませんでした。

 (これもひとつの戦略的撤退……!くわばらくわばらなんだよ!)

 そう思う三巳の頭の中では、「シャー!」と威嚇しあう猫の姿があるのでした。
しおりを挟む
感想 118

あなたにおすすめの小説

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】徒花の王妃

つくも茄子
ファンタジー
その日、王妃は王都を去った。 何故か勝手についてきた宰相と共に。今は亡き、王国の最後の王女。そして今また滅びゆく国の最後の王妃となった彼女の胸の内は誰にも分からない。亡命した先で名前と身分を変えたテレジア王女。テレサとなった彼女を知る数少ない宰相。国のために生きた王妃の物語が今始まる。 「婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?」の王妃の物語。単体で読めます。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね

いくみ
ファンタジー
パトリシアは卒業パーティーで婚約者の王子から婚約破棄を言い渡される。 しかし、これは、本人が待ちに待った結果である。さぁこれからどうやって私の13年を返して貰いましょうか。 覚悟して下さいませ王子様! 転生者嘗めないで下さいね。 追記 すみません短編予定でしたが、長くなりそうなので長編に変更させて頂きます。 モフモフも、追加させて頂きます。 よろしくお願いいたします。 カクヨム様でも連載を始めました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...