獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

船旅再開

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 「あおーん!」

 良く晴れた航海日和の朝。三巳は船の先端でワンコ座りして遠吠えをしています。
 船の帆が直り、天気も上々なので船旅再開と相成ったのです。
 そこで三巳は海に乗り出す直前に、お世話になった島に挨拶の遠吠えをしていたのです。遠吠えなら遠くまで届くという単純な理由での遠吠えです。
 すると島のあちこちから「あおあお!」や「うおーん!」など、様々な生き物達が鳴いて応えてくれました。
 三巳はニッコリすると大きく手を振ってから船室へと駆けて行きました。途中で船員さんから廊下は走るなと注意されて早歩きになっていましたが。

 「お別れは済んだのかい?」
 「うにゅ」

 ニコパと笑い頷く三巳をクロは撫でます。

 「それじゃあまた長い航海の始まりだね」
 「うにゅ。無人島の場所はわかったのか?」
 「うん。星の位置と流された方角と距離から計算して大凡の場所を導きだしたらしいよ」
 「おお!凄い!流石プロの船乗り!」

 閉ざされたグランへは並みの船乗りでは辿り着けません。今回の様な突発的な嵐や渦潮が突如発生する事が多い為、知識も経験も操舵技術も高レベルで必要になるのです。

 「もしかして三巳のお助け必要無かった?」

 そしてふとそこに思い至ります。
 クロは無言で慈愛の笑みを浮かべ、うんともすんともなく三巳の頭を優しく撫でてくれます。
 返事を貰えなかった三巳はそれだけで何となく察し、自分の行動が頓珍漢だったと感じて遠く彼方に目をやりました。
 船室から見える空は快晴です。

 (良ー天気だなー)

 現実逃避気味に思う三巳を、全て察している母獣がクツクツと笑っています。勿論確信犯な母獣なのです。

 「まあでも、三巳が手助けすればあまり遅くならないで済むかもしれないからね。今回だってイレギュラーがあったけど、比較的早く無人島に漂着出来ていたよ」
 「そうかな?そうだと良いんだよ」

 クロの慰めもあって気分が浮上した三巳は尻尾を一つ振りました。

 「それじゃあ三巳甲板で釣りしてくる」
 「おや、私も一緒して良いかい?」
 「勿論!父ちゃんも一緒に釣りしよー!」
 「愛しいひとはどうするかい?」
 『人型は面倒故、此処に居る。何、クロに悪さしよう輩が居れば直ぐにわかるでな』

 ニヤリと口端を上げる母獣の姿に三巳は部屋を出ながら

 (父ちゃんも父ちゃんに近付く人も平和であれ)

 と祈るのでした。
 
 甲板へ出てみると潮風が体を通り抜けて尻尾を揺らしてきます。風を気持ちよく受けながらキョロキョロと目的の場所を探せばをれは直ぐに見つかりました。
 甲板横に設けられている船客の暇潰し様に作られた釣りスペースです。長い船旅なのに娯楽が少ないので暇潰し用兼食料確保用に用意されているのです。

 「先客発見なんだよ」

 釣り場を見ればそこには商会長のパドウィックと冒険者のエイミーとその仲間の男性がいます。

 「お。三巳じゃねーか。こっち空いてるぞ」

 そう言って手招きしてくれたのはエイミーの仲間の男性です。

 「ありがとーなんだよ、えっと……」
 「俺か?俺はブラインってんだ。宜しくな」
 「一応私達のリーダーよ。ほぼ雑用だけど」
 「一応って、ひでぇな」

 ブラインは良く焼けた小麦色の肌で、ニッと笑うと白い歯が眩しく写るサーファーを思わせる風体の男性です。エイミーの軽口にカラカラ笑う姿から人の良さが伺い知れます。
 軽口を言ったエイミーもその姿に安らぎを感じていると三巳は察しました。

 (うぬ。冒険者のパーティとかいうの怖そうなイメージだったけど、ブラインがリーダーのパーティなら楽しそうなんだよ)

 嬉しくなって無意識に振られる尻尾に、居合わせた面々が和みます。

 「釣果はどんな?」

 早速ブラインの隣に座った三巳は、船で貸し出している釣り竿の準備を始めます。餌は生き餌は可哀想なのでやっぱりルアーです。
 更に隣に座るクロも三巳に併せてルアーを使います。クロはお魚大好きなので先程から喉がゴロゴロなって楽しみなのが丸わかりです。

 「まずまずだな。パドウィックの旦那も渋ってるぜ」

 パドウィックは商人らしく釣れた魚は船の食料として売るらしいです。
 三巳は鼻をフンフンさせて近くにある魚の量を匂いで測りました。

 「うぬ。渋め」
 「だろ」

 ざっと数えるまでも無く数匹しかいませんでした。
 とはいえ三巳は釣りという行為そのものを楽しみに来ているので、釣果は関係ありません。むしろ食べられないだけ釣れても魚が可哀想になるので釣れなくて良いとさえ思っています。

 「てやっ」

 なので気にせず竿を振ってなるべく遠くへルアーを飛ばします。
 隣のクロは真剣に海を見て魚がいそうな場所を目掛けて竿を振ります。三巳とは違う場所に落ちたルアーに髭をサワリとそよがせて瞳孔は縦に細くなっていました。獲物を狙う狩人の目です。

 「親父さん……。マジだな」
 「うにゅ。父ちゃん魚大好きだから」

 (多分マグロの刺身食べたら病み付きになるやつ)

 三巳はそう思いながら、この世にぢゅーるだかちゅるりんだかな名前の食べ物が無くて良かったと思うのでした。

 (下手したらご飯全部ちゅるちゅるしてるのになってたんだよ)

 ちょっと戦慄した三巳なのでした。
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