獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

嵐を抜けて

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 大荒れの海原を抜けて今、船は休息の為に島に上陸中です。

 「この島って予定の島じゃないって言ってだけど、どこなんだよ?」

 陸地の草っ原で大の字で寝転がる三巳は疲労困憊です。
 最初の船客の魔法で流された船を戻すのがとても大変だったのです。その船客も、嵐を抜けた瞬間に船員も他の船客もこぞってお説教をしたので流石に堪えた様子で項垂れていました。
 もっとも無事に抜けれたのでその程度で済んだのです。そうでなければそのツケは命を持って償う事になっていたでしょう。他の人達の命を道連れにして。

 「流石に嵐の中を3日いるとは思わなんだ」

 涼しい顔で胡座で座るのは人型になった美女母です。
 船室は人目がないのでずっと獣型でしたが、今は島の上なので人目を気にしているのです。

 「私は頑張る三巳の応援とお世話で楽しかったよ」

 船をこっそり操って難破しない様にしていた三巳は一時も気を緩める事が出来ず、ご飯もクロに食べさせて貰ってやっとの状態だったのです。

 「流された場所が悪かったらしいんだよ。船員さんも半ば諦めてる人がいたし、結構危なかったんだって」
 「そうなのかい?それは三巳が頑張った甲斐もあるねぇ。お手柄だよ」
 「にゅひしししっ。そうかな?そうかなぁ?三巳凄く頑張ったんだよ!」

 手放しに褒められた三巳は気分が良くなって少し元気を取り戻しました。大の字に広がる足の間から、尻尾をふさふさ上下に振って嬉しそうにしています。

 「それで。結局ここは何処なんだよ?」

 体をゴロンと回転させてうつ伏せになると、美女母を見上げて問いかけます。
 美女母は「ふむ」と顎に手をやり島を見渡します。

 「無人島の様じゃの。我が以前来た時には無かった故、比較的新しい島であろう」
 「母ちゃんの以前って……どれだけ前なんだよ……」

 三巳が見る限りこの島には結構な植物が実り、動物もそこそこいます。出来たてほやほやならば動物は渡鳥が精々であった事でしょう。

 「さて、の。我とて生きた全てを覚え置いておる訳ではない。その様な些末、とんと覚えておらぬわ」

 ふいと横を向いてしまった美女母です。
 三巳ですらもう何百年か生きているのです。その母ならばそれこそ何千であっても不思議はありません。
 三巳は嘆息すると勢いを付けて起き上がりました。

 「おや。もう良いのかい?」
 「うぬ。十分休んだんだよ。ちょっと食料調達のお手伝いしてくる」

 そう言ってターっと駆け出した三巳を見送り、クロは髭を戦がせました。

 「私も壊れてしまった幌の修繕を手伝ってくるよ。愛しいひとは休んでいておくれ」
 「そうか。海に落ちぬよう気を付けるのだぞ」

 船へと向かうクロを見送る美女母は、船が一望できるこの原っぱで堂々と休息を取るのでした。

 さてはて食料調達隊に合流した三巳は、さっそくその鼻の良さが役に立っていました。

 「うぬ!こっちから甘い香り!あっちは刺激的な香り!ほいでそっちは酸っぱい香りがするんだよ!」

 木々に囲まれた森の中で三巳が鼻をフンフンさせて次々と指を差していきます。

 「獣人の子がいると頼りになるものだな」
 「いやハーフだろ。あの黒猫の獣人と美女の」
 「ああ、ありゃ中々にない魅力的な女だな。旦那に夢中で俺達には歯牙にも掛けないどころか邪魔しようものなら怖いのが残念だ」
 「何だよお前狙ってたのか」
 「当たり前だろ!?あんな美人!異種族に渡すなんて人族に対する冒涜だ!」
 「いやぁ。でも三巳ちゃんも可愛いぞ。ありゃ将来美人さんになるだろ」
 「おいおい何年先まで待つ気だ?良いとこまだ12歳。多く見積もっても14ってとこだろ」
 「いやそれがさ、聞いた話じゃもう成人してるらしいぞ」
 「「「何!?」」」
 「……世の神秘か……」
 「合法ロ」
 「さっきから全部聞こえてるんだよ」

 ゴクリと喉を鳴らしたおじさんの言葉は、しかしジト目で見やる三巳の言葉で止まりました。

 「もー!ごはん探す気あるのか!?ごはん大事!絶対なんだよ!?」

 プンプンと地団駄踏んで鼻息を荒くする三巳に、おじさんやお兄さん達は逆に和んでいきます。

 「ケモ耳の女の子……可愛いな……」
 「ああ。俺、これなら何ヶ月でも船旅耐えられそうだわ」
 「三巳は早く父ちゃんの実家行きたいの!」
 「そうかそうか。三巳ちゃんはお父さんのお家に里帰り中なんだね。それじゃあおじさん達も頑張って協力しないとな」

 成人と聞いても全く説得力のない見た目のお陰か、おじさんやお兄さん達は皆こぞってやにさがった顔で三巳を子供扱いしてきます。
 しかし三巳は子供扱いになれているのかそれを気にしていません。それよりご飯大事絶対です。漸く動き出した人達に満足気に頷き尻尾を大きく揺らしています。

 「うにゅ!じゃあ三巳は酸っぱいの見てくるんだよ!もしかしたらレモンかも!」

 何かで船旅にはレモンが良いと聞いた事があった気がする三巳です。思い出したら吉日とばかりに酸っぱいの目掛けて駆けて行きました。
 残った人達も動き出します。
 その大半が三巳を追う形で。

 「おい。三巳ちゃんとは俺が行く。お前達は他を当たれよ」
 「何言ってやがる。知らない島だぞ。何があるかわからねぇんだ。ここは人生経験の多い俺が」
 「いやいや。臨機応変に動ける俺達冒険者が」

 やいのやいの騒ぎ出す人達ですが、そうこうしているうちにも三巳の背中はどんどんと見えなくなっています。

 「ほら!三巳ちゃんは私達が付いてくから!男共はあっち!」

 結局女性の冒険者の迫力のある声で、男の人達は皆すごすごと他の場所へとバラけて行くのでした。
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