獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

村の名前

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 村に移住者がやって来ました。
 それも人族とモンスターとそのハーフです。
 人族は親を亡くした子供達が数人と大人が2人。モンスターが1人とハーフの赤ちゃんが1人です。
 人族の大人の内1人はモンスターの奥さんですが、もう1人の姿にビックリする人がいました。

 「まあ!」

 ハンナです。
 ハンナは口に手を当てて驚くと、頬を赤くしてそのもう1人に近寄ります。

 「お久し振りですわ。まさか貴方が来て下さるとは思いませんでした」

 ハンナの嬉しそうな、浮かれているような様子に、リリとロダは顔を合わせてニマリと口を弧に描きました。そしてスススと離れて2人の世界にしてあげます。

 「ああ、久しいな。まあ俺もまさか入れるとは思って無かったんだがよ」

 片手を上げて軽い挨拶を返したのはなんとオーウェンギルド長だったのです。
 ハンナはハニカミ乙女の顔を見せています。

 「いつまで此方に居られるのですか?」
 「連れて来たリファラの民が落ち着く迄だな」
 「まあ!それではリファラからギルド長が居なくなってしまいますわ」
 「案ずる事はねえ。引き継ぎはもう済ませてある。今のリファラならもう俺の力はいらないさ」

 どうやらリファラのギルド長を辞めて来ていた様です。
 これにはハンナだけでなく耳の良い三巳もビックリ仰天して飛び上がってしまいました。

 「オーウェンギルド長ギルド長じゃ無くなっちゃったのか!?」
 「やっぱ聞いてたな獣神娘」
 「ぬ。うぬ……」

 オーウェンギルド長には空の上から見ていた事がバレています。三巳は悪戯がバレた子供の顔で視線を彷徨わせます。

 「そういう訳で今日からは秘められし獣神の村出張所のギルド長に就任されたからよ。よろしく頼むぜ獣神娘」

 片眉を上げたオーウェンギルド長にニカッと歯を見せて笑われた三巳は、ポカンと口を開けて固まってしまいました。言われた意味を理解しようとして頭の中で情報がグルグルしてしまっています。

 「秘められし獣神の村と呼称が決まったのですか?」

 固まる三巳を置いてハンナは話を進めます。そうした方が三巳には良いと判断したのです。

 「おう、まあ仮だけどな。何せ村自体に名前が無いんじゃよ」

 オーウェンギルド長は肩をすくめます。
 それに目をパチクリさせるのは山の民達です。

 「そう言えば村は村で通じてたからな」
 「名前って昔は有ったのか?」
 「さあねぇ。聞いた事ないけど」

 困惑する山の民達が三巳を見ますが未だに三巳は口を開けたままです。聞ける状態にはまだ無いと判断し、知っていそうな人はいないか考えました。

 「橙なら知っているかもよ。俺達より長生きだしな」
 「確かにそうかも。でもまあ今までだって無くて不便は無かったしな」
 「そうだな。他の国の人達がわかれば良いんじゃないか?」
 「それもそうだ。という訳で三巳の村で今後行くとするか」

 三巳本人そっちのけで進んだ村の名前命名に、流石に三巳もハッとしてブルブル顔を横に振りました。

 「それは止めて欲しい!なんだかとっても恥ずかしいんだよ!?山の村じゃ駄目なのか!?」

 オーウェンギルド長を振り仰ぎ真に迫る勢いで聞きます。
 それにニマニマしながら面白がったオーウェンギルド長です。一応仮にも獣神の一員なのに相変わらずただの子供と変わらない三巳がちょっと可愛く思いました。

 「山にある村はここだけじゃ無いぜ。呼び名は無いと流石にリファラやウィンブルドンの連中が困るだろうがよ」

 わざとらしく肩を竦めると三巳も狼狽え無意味に腕をあっちこっちに動かします。耳も垂れ下がり尻尾も元気なくふわりそわりと揺れています。

 「にゅあっ、あっ、うぅー……。それじゃあ、それじゃあ名前考えてロウ村長!」

 何も良い案が浮かばなかった三巳は、某青い猫のロボットに助けを求める少年の様にロウ村長に縋り付きました。
 ロウ村長はそれを受け止め大きく笑いながら頭を撫でてくれます。

 「獣神娘の山の事だろう。獣神娘が考えないのか?」

 それに疑問を呈するのはオーウェンギルド長です。情けない姿の三巳に呆れて眉間に皺が寄っています。

 「村は山の民のものだから三巳は深く関与はしないんだよ」
 「へー、そうだったのか。の割にずっぷりと」

 浸っているなと続けたかったオーウェンギルド長ですが途中で口を閉ざしました。
 そっとハンナに首を振られ、更には山の民達も顔でそれは言わないお約束感を全面に出していたからです。
 オーウェンギルド長は三巳の甘やかし振りにチベットスナギツネの顔で口を引き結ぶのでした。

 「?どーしたんだろ。まーいっか。
 んで、何か思いつかないか?」

 途中で顔が変わったオーウェンギルド長を不審に思いつつも三巳の懸念事項は今は村の名前にあります。気にしない事にしてロウ村長に一生懸命お願いします。

 「ふむ。そうさな……」

 ロウ村長は三巳の頭を撫でながら顎を摩り考えます。

 (三巳は嫌がるがワシらにとって大切な守護神である事に変わりは無い。出来れば三巳っぽさが残る名にしたいものだ)

 考えて、考えて。そしてふと居合わせた山の民一同を見回しました。その目は何処かワクワクしています。
 名は必要ないと言ってはいてもいざ付くとなれば気になるのでしょう。
 ロウ村長は三巳三巳なら信仰者山の民信仰者山の民だと苦笑いです。
 さてどうしたものかと考えていると、山の民の中から挙手をする者がいるのに気が付きました。温泉施設で見事な彫刻を作った者です。

 「ロジャどうした」

 ロウ村長が問うと、ロジャと呼ばれた山の民は近寄りロウ村長に何やら耳打ちをしました。
 ロウ村長はそれに「ほう。ふむ」と相槌を打ちます。
 ロジャが離れるとロウ村長はニカッと人の悪い笑みをしました。悪戯を思い付いたと言わんばかりの顔に、三巳はぞぞぞっと背筋を震わせます。

 「何言われたんだ?」

 三巳が思わず聞くとロウ村長はニッコリ笑顔を作ります。

 「村の名前の案を貰ってな。ワシは賛成だがさて他の者がどうかわからん。聞き終わるまで待っててくれるか」
 「ぬ。う、うぬ」

 三巳は作り笑顔にたじろぎながらも山の民の事だからと大人な気持ちで我慢します。
 三巳が歯を食いしばって我慢している間に山の民達は伝言ゲームよろしく耳打ちを始めました。
 その内容を聞いた山の民達は一様にニコッとして、そして三巳を見てニコーともニマーともつかない笑みを向けたのです。
 笑顔だけが降り注ぐ三巳は強張った笑みでドキドキします。

 (三巳の名前入れてないよな!?な!?三巳信じてるからな!?皆の名前の頭文字取ってミロも同じだからな!?三巳から取ったって三巳知ってるんだから!)

 ドキドキする中で居合わせた山の民達全員に話が行き渡ったみたいです。
ロウ村長はウムと頷くと

 「反対の者はいるか?」

 と、問います。
 シーンとした空気が流れて皆が賛成だとその顔からも見て取れました。
 ロウ村長はもう一度ウムと頷くと徐に口を開きます。

 「では満場一致でヴィーナとする!」

 ロウ村長が宣言すると山の民達は一斉に歓声を上げました。
 三巳も「ミ」の字も「ロ」の字も何なら狼っぽさも無い名前に一瞬ポカンとして、直ぐにニマーッと笑みを深めました。

 「三巳っぽさが無い!三巳もそれなら良いんだよ!」

 そして三巳も大賛成で村の名前が初めて付いたのでした。

 なお、「ヴィーナ」は「ミロのヴィーナス」から来ています。実はちゃっかり「ミ」の字も「ロ」の字も含みに入れた名前だというのは、地球の芸術作品をたまにポロリする程度の三巳には到底分かり得ないのでした。
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