獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

スイカ割り

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 川の岸辺にシートを敷いて焚き火をしています。
 焚き火の周りには石が積み上げられていて、その上に大きくて平たい石が乗っています。そこからジュージューと油が滴り焼ける音と美味しそうな匂いが辺りを満たしています。

 「ぱふー。美味しかったー。やっぱり川に来たらバーベキューなんだよ」
 「ふふふ喜んで貰えて良かったわ」
 「お野菜もこの様にして食べるとまた違った美味しさがありますね」

 侍女たるもの栄養バランスは大切にです。
 ハンナは野菜嫌いの子供達もこれなら食べるかなと感心しています。

 「さてさて三巳や。もうそろそろいーんでないかい?」

 横になり、満足気にお腹をさする三巳に影が差しました。
 スイカです。視界いっぱいに塞がるスイカからミナミの声がします。

 「うぬっ。今日のメインイベント、スイカ割りをしよう♪」

 三巳はスイカを両手で掴むと勢い良く立ち上がります。
 そして尻尾収納から目隠しと長い棒を取り出しました。

 「???その細い布は何に使うのでしょう」

 スイカ割りを知らないハンナは想像で布をスイカに巻き付けました。けれどもスイカ割りという言葉にしっくりこなくて首を傾げます。

 「こー使うんだよ♪」

 そこへスイカと棒をリリとミナミに預けた三巳がサッとハンナの側に来てパパッと目隠しをしてしまいました。
 急に視界を奪われたハンナは混乱します。

 「三巳!?何をするのですか!?」

 目が見えないなりにも気配はわかります。ハンナは三巳がいるであろう方向を見て言いました。目隠しを手で確認をしていますが取る気配はありません。

 「スイカ割りは周りの声だけでスイカの位置を特定して棒で割る遊びなんだよ♪だから気配読みは封印っ」

 言うが早いか、三巳は尻尾の一振りでハンナが気配を読めない様にしてしまいました。
 するとハンナは暗闇に独りぼっちになってしまった気持ちになります。

 「ほい。これ持って、ほんで皆の声でスイカの位置を特定して、ここだっ!てとこで棒を思いっきし当てて割るんだよ。因みに命中させるの結構ムズイ」
 「な、成る程……。何とも難易度の高い遊びですね。まるで特訓の様です」

 ハンナは侍女頭を務めていた能力の高い人です。
 けれどもその能力は初めから備わっていた訳ではありません。主人を守る為にそれはもう沢山の過程を経てその地位に上り詰めたのです。

 (これはメイド時代に侍女になる為の特訓に似ていますね。
 確かその時に如何なる場合でも主人の場所を見つけられる様にする特訓をしました。特にリリ様はお忍びで城を抜け出す事が多かったのでその能力はとても役に立ちました)

 まだリリが小さかった頃、お転婆だった姿を思い出してクスリと笑みが漏れます。

 「良いでしょう。見事わたくしが当ててみせます」

 気合の入ったハンナに、周りも「わー!」と歓声が上がります。

 「じゃあ手始めにその場で10回転してな」
 「は?」

 声から察するにとても人の良い笑みを浮かべているであろう三巳の、とんでもない言葉にさしものハンナも口をパカリと開けました。
 ハンナが理解を示す前に三巳はハンナの腕を掴んで、

 「こうやって素早く10回な」

 とコマの様に1回まわします。
 つまり回転は11回する形になりました。
 ハンナはそれがどういう状態を生み出すのか瞬時に悟り、不安な気持ちになってしまいます。けれども自分を奮い立たせて棒を強く握りしめます。

 (これは満身創痍でも事を成し遂げるというハードな特訓……!)

 「相手にとって不足はありません。侍女頭を務めたわたくしの誇りにかけてやってみせましょう」

 そう言うとハンナは残像が見える速さで10回転してみせ、ピタリと動きを止めました。
 その動きは玄人然としていて、三巳達は思わず拍手と感嘆の声を漏らします。

 「では参ります」
 「うにゅ。そいじゃーそのまま真っ直ぐ進んで」
 「はい」

 手始めに三巳の指示に従い本当に真っ直ぐに進みます。全くブレません。何処までも真っ直ぐです。

 「う、うぬ」

 あまりの完璧ぶりに三巳は遊びを忘れて見入ってしまいます。

 「これは……侍女っていうのを舐めてたわ」
 「ふふふ。ハンナは凄いでしょう。私の自慢の家族なのよ」
 「リリはこんなにぽやぽやしてるのにね」
 「あら、私そんなにぼんやりしてるかしら」
 「……いや、そうでもないか。割と行動力あったわ」

 ミナミは存外似た者同士なのかもしれないと苦笑して頭を掻きました。

 「何処まで真っ直ぐ進めば良いのでしょう」

 真っ直ぐ進むハンナが指示が無いので聞いてきました。

 「そうね、左手の方に少し曲がって真っ直ぐよ」
 「はい少しですね」

 リリが手をメガホン替わりに口に当てて指示を出します。
 ハンナはリリの指示なら間違えない自信があります。「少し」の度合いを読み取り本当に少し向きを変えました。それだけでもう殆どスイカを目掛けて歩いています。

 「こりゃ簡単に終わりそうだわ」

 ミナミも熱が覚めた顔で空笑いします。
 そしてハンナは皆の思惑通り見事に絶妙な位置で絶妙な力加減でスイカを綺麗に割ったのでした。

 「動かない的ならこんな所でしょうか」

 その見事さに三巳達がパチパチ拍手をする中で、目隠しを取るハンナは格好良いです。
 リリは直ぐにハンナに駆け寄り褒めちぎっています。
 そんな中。ミナミはふと気付きました。

 「動かない的……」

 そうです。ハンナの言葉に気付いたのです。
 そしてニヤリと人の悪い笑みを浮かべました。

 「なら動かしてみせようじゃない♪」

 言うが早いかミナミは残ったスイカを魔法で浮かせて縦横無尽に動かし始めました。

 「第2ランウドよっ、ハンナ!」
 「これは……!良いでしょう。受けて立ちます」

 リリに褒められてとっても誇らしい気持ちでいっぱいのハンナはその誘いに嬉々として乗りました。ミナミと同じくニヤリとした笑みを上品に浮かべています。

 「あちゃー。ミナミは運動会系だからなー。火が点いちゃったか」
 「こりゃ私達の出番は無さそうね」
 「ふふふ。ハンナもミナミも楽しそうで嬉しいわ」

 ミナミの事を良く知る幼馴染で友達だからこその呆れた笑い声に、リリも頷き同意して皆でシートに戻りました。座って観戦する事にしたのです。
 そこを飛び出すのは三巳とネルビーです。

 「にゃー♪それは楽しそうなんだよー♪♪」
 『わおーん!おれも!おれも丸いの齧りたい!』

 どうやら猫にマタタビな物が三巳とネルビーには多い様ですね。
 モフモフ尻尾が2つ喜びに振られて駆け回る様を、リリ達は微笑ましく談笑しながら見守るのでした。

 尚、この後スイカは皆で美味しく頂きました。
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