獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

とあるハンナの考察

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 わたくしが三巳様の守護するお山に移り住んでから随分と日が経ちました。
 初めて迎える冬の雪国に初めこそ戸惑いも御座いましたが、皆良く教え導いてくださり今日まで心穏やかに過ごせております。

 わたくしは主にリリ様とロキ医師の身の回りのお世話をしております。しかし雇われている訳ではなく、家族として家の事をしているに過ぎません。
 ここでの暮らしも慣れてきましたし、そろそろわたくしも村での仕事を探さねばなりませんね。三巳様のお言葉に「思い立ったが吉日」というのがございました。早速村を見回り出来る事を探してみましょう。

 「今日は。それは何をなさっているのでしょうか」
 「やあ今日は、ハンナ。雪に埋まったキャベツを掘り起こしているのさ」

 そう言われてみればこの辺り一帯は他より積雪が少ないですね。適度に雪は減らし、その下に保管しているのだとか。

 「お手伝いしても宜しいでしょうか」
 「おや。やってみるかい?冷たいから手袋をしたままで良いよ」

 快諾してくださった方に従いキャベツを掘り起こしてみました。見た目に反して中々に大変です。解けて水分を含み始めた雪は普段より重く感じます。

 「毎日どれ程作業なさっているのですか?」

 なんなくキャベツを掘り起こしていく男性に、己の稚拙さが際立ちます。わたくしではお手伝いにもなっていなそうですね。

 「毎日って訳じゃないさ。欲しい家が有れば言われただけ掘り起こす。今回は偶々頼む家が多かっただけだよ」

 必要な物を必要な分だけ収穫する。特に食料の不足し易い冬は野菜を少しだって無駄に出来ないのでしょう。
 わたくしは収穫を終えるまで手伝い、礼を言って別れました。わたくしは農家を手伝うには力不足が否めません。他を当たってみましょう。
 おや、ここは何時ぞやに万能ナイフをお作り頂いた鍛冶屋ですね。あの時のナイフは今まで手にした中でも一級品です。もしも他国に売ったならばとても良い値が付く事でしょう。今ではわたくしの大事な相棒です。今も護身用に隠し持っておりますが、ここでは活躍の場があまりありませんね。

 「今日は」
 「おん?ハンナさんか。どうした、刃こぼれでもしたか」
 「いいえ、只今就職活動の真っ最中でして。宜しければお手伝いさせて頂いても宜しいでしょうか」

 どちらかというと我の強いドワーフの親方っぽい雰囲気の鍛冶師ローグ。中背では有りますが、がっしりとした筋肉とぶっきらぼうな所がオーウェンギルド長を思い出し少し寂しい風が吹き抜けます。
 彼の方は今も精力的にご活躍されているのでしょうね。わたくしも負けずに頑張りましょう。
 ローグは片眉を上げてわたくしを見ています。

 「ふん。まあいい、何事も経験だ。やってみろ」

 打ち掛けの長い金属を渡されました。
 ローグはぶっきらぼうな物言いに反し、とても丁寧でわかりやすく教えてくれます。しかし鍛冶はとても繊細で難しいですね。一本作り上げはしましたが、これではろくに野菜も切れませんね。

 「まあ、初めてにしては上出来だろう。だかな、ハンナさんにゃもっとらしい仕事ってのがあるように思うがな」

 そう言ってローグはわたくしの処女作を「記念だ」とくださいました。
 さて?わたくしらしいとはどんなでしょうか。
 頂いた物を懐に仕舞い、また当て所なく歩きます。大分解けたとはいえ雪山が未だ残る中、皆一様に各々の仕事に従事しております。その中でわたくしだけ良い歳をした大人だというのに未だに定職にも就けず、情けない限りでございます。
 情けなくも少しばかり眉尻が下がってしまう中でとある光景を見ました。

 「これが"さかな"これが"にく"」
 「さかなー?」
 「違うよそれじゃあちかなだよ」

 何という事でしょう。子供が子供に字を教えております。
 わたくしは愕然としました。この村には学校が無かったのです!
 この村では小さい子にそれより大きい子が学んだ事を伝えて教える風習があった事を後にロキ医師より聞きました。
 確かに閉塞的な山の中、学術に関しては他国とそう変わらぬ知識を有しているとは思います。しかしあくまで一般的に必要な知識においてのみです。
 これから他国との交流が増えるだろうと推測される中、このままでは色々と不都合も出てきそうです。リリ様の大切な家族たる山の民達に不遇な目には絶対遭って欲しくはありませんね。
 わたくしは一念発起してロウ村長宅にご相談に伺いました。

 「学校?」

 ロウ村長はギルドに所属していただけあり、直ぐに学校というものを理解してくださいます。しかしこれまでの風習の中、特に不便の無かった山の民です。直ぐに色良い返事は有りませんでした。

 「今は良いがな。ハンナが居なくなった後も続けられない様であらば意味は然程あるまい。さてどうしたものか」

 言われてみればその通りです。今だけなんとかなっても意味は無いのです。その先も続く道筋が必要でしょう。
 ロウ村長は次の会合の議題に上げると約束してくださり、取り敢えずは風習に乗っ取り道すがら子供達に教えるに留める事となりました。

 「せめて広場を借りて黒板位は用意したいものですね」

 ポツリと漏らしただけの言葉は、

 「それは良いな。学校云々は兎も角有れば面白そうだ」

 と乗り気のロウ村長によって直ぐに叶う事となります。
 これなら学びたい子供達は広場に来て貰い、教えていく事が出来そうです。
 今日の出来事を家に帰り伝えると、リリ様もロキ医師も手放しに喜んでくださいました。
 わたくしもやっと山の民の一員になれた様でとても嬉しいです。
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