獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

一姫とお内裏様

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 冬もピークが過ぎ、吹き行く風に何処か春が紛れ始める頃。日本でいう3月3日が来ようとしていました。

 「へ……?」

 作り中の包帯を両手に持って、間が抜けた声を漏らし固まったのはリリです。正式な診療所メンバーとなった祝いに村の皆からプレゼントされた医師服に身を包んだリリです。
 リリの前にはロウ村長の他、大人から最年長組までの女の人が数人います。

 「え?あの?」

 何拍かの間が空いた後、リリは戸惑いの声を漏らしました。

 「今年はリリちゃんも成人だからね。もう前からリリちゃんの代にはリリちゃんだって決めていたのよ」
 「村始まって以来初めての移住者で、村にいないタイプの美人さんだもの。こんな記念すべき日は中々ないわ」
 「私達の代でも満場一致で決まったのよ。大好きなリリには絶対一番高い所で好きな人と村の皆を見て欲しいって」

 仕事の邪魔はしないように一歩離れた所から捲し立てているのは、そうです。雛祭りの季節がやってきました。
 今年の一姫はなんとリリだそうです。
 リリは真っ赤になって狼狽えました。

 「そ、そんな。でも……」

 リリは嬉しい半分恥ずかしい半分で目を回しています。
 何故なら一姫に選ばれたという事は、お内裏様を指名するという事ですからね。リリにとってそれはロダ以外いません。
 リリは以前見た一姫とお内裏様の2人を思い出し、それを自分とロダに置き換えます。するとボボボッ!と音がしそうな勢いで顔を真っ赤に染め上げました。

 「「「ふふふふふ」」」

 その姿に集まった女の人達が目を細めてニコニコ嬉しそうに笑み揃えます。出会った頃の辛そうなリリを見守っていた女の人達にとっても、今の幸せそうなリリを見ているだけで幸せのお裾分けを貰った気分です。

 「ね!決まり!」
 「そういう訳だからリリのオダイリサマにはちゃんと声掛けておいてね!」

 言うだけ言った女の人達は軽快な笑みでそそくさと立ち去って行きました。

 「えっ、あのっ、ちょっとっ」

 止める間も無く立ち去られ、後ろ姿を見送るしか出来なかったリリは真っ赤な顔のまま呆然としてしまいました。
 「はっ」としたリリはキョロキョロと辺りを見渡します。見える範囲には誰もいません。
 ロキ医師は往診に出掛け、ハンナは買い出しに出掛けて、ネルビーは縄張りの見回りという名のお散歩に出掛けているからです。
 誰もいない事にホッと息を吐くと、そろそろと両手を持ち上げて熱い頬を包みました。

 「ロダ……」
 「何?」
 「ふにゃあああ!?」
 「えぇっ!?」

 呟き漏らした大好きな人の名前。誰もいないと思って呟いたその声に、まさかの本人から応えがあってさしものリリもビックリ仰天。勢い余って作り掛けの包帯をぶち撒けてしまいました。

 「ああっ大変!」

 直ぐに集めようとしますが熱い体が言う事を聞いてくれません。あたふたとしている間にロダが全て集めて綺麗に並べてくれました。

 「これで良い?」
 「うん。ありがとう」

 情けない自分を恥じて力なく笑うと、ロダがジッとリリを見つめてきました。どうしたのかとキョトリとした顔で視線を合わせると、

 「顔、赤いけど熱あるの?」

 と言ってロダの手がリリの額に伸びました。
 熱い顔にヒヤリとしたロダの手が触れます。

 「っっ」

 それだけでまた少し熱くなった気がします。
 ロダは思った通り熱を持った額に真剣な顔になりました。

 「やっぱり。ロキ医師には言っておくから今日はゆっくり休もう」

 あっという間も無くサッとお姫様抱っこされて、リリはドキンと胸を高鳴らせました。

 「あのっあのっ違うのよ。これはさっきミナミやミリーナさん達が来てね、雛祭りのお話をしてたのっ。それで……っ」

 そこまで言って言葉を止めたリリに、ロダは歩みを止めてじっとリリを見つめました。
 ロダにとっても雛祭りはドキドキと待ち遠しいイベントでした。何故ならもしもリリが一姫に選ばれたならば、その隣は自分でありたいと思っていたからです。

 「一緒に並んでくれる?」

 見つめ合い、どうしても側にいて欲しくて、気付いたらリリはすんなりとロダを誘っていました。
 ロダは喜びが込み上げ、胸を熱くさせました。

 「勿論」

 直ぐに出た答えは完結なもの。それでもその一言に思いは篭っていました。そしてロダは嬉しそうに破顔すると、

 「ありがとう……。ありがとうリリ。僕の最愛」

 そう言ってリリを抱きしめるのでした。



 さて待ち遠しい日は早く過ぎ行き、今日は雛祭り当日です。
 快晴に恵まれ、広場に作った雛壇も光を受けて威風堂々たる佇まいを見せています。
 雛壇の周りは例年に漏れず宴会前提の配置で観覧席があり、もう既にチラホラと集まり今か今かと待っていました。
 飾り付けもお料理も万全。あとは雛壇にお雛様達とお内裏様が並ぶだけです。今年はちょっと趣向を凝らそうと張り切ったミナミ達が、お雛様達の準備に少し手間取りました。けれどもその分満足のいく仕上がりになってお雛様達はとっても嬉しそうに、華やかに、一姫とお内裏様が来るのを待っていました。
 そして雛壇の裏側にある家から出たきた2人に感嘆の溜め息を漏らします。

 「ふわぁ、リリお姉ちゃんきれ~」
 「おひめしゃまがいる~」
 「似合ってるじゃん。ロダ」

 などなど口々に言われて2人は照れました。

 「ありがとう。初めて着たけれど、とっても素敵」
 「なんかこういう服は着慣れない。けど、リリと一緒に着れたのはとても嬉しい」
 「ロダ……。ふふ、私もとっても嬉しい」

 2人の世界があっという間にピンク色に染まり、女の子達はニヨニヨとした温かい眼差しが止まりません。

 「ほらほら、準備出来たなら並んで」

 大人の女の人もニヨニヨしながら、けれどもちゃんと子供達に指示をしました。
 小さい子から順に雛壇の前に出て自分の席に座って行きます。そしてその現れた姿を見て、お父さん達がビックリして目を見開き、2度見して、そして滂沱の涙を流しました。

 「「「うちの子が可愛い!」」」

 そうです。
 今年のお雛様は十二単衣の様な華やかな衣装に身を包んでいたのです。
 本物の十二単衣は人数分作るのは大変だし、そもそも作り方を三巳は知らないのでなんちゃって十二単衣です。けれどもだからこそ、女の人達が好きに想像し、創造し、村特有の祝い服が出来上がったのでした。
 今までは沢山の布を用意出来ませんでしたが、三巳が大量に買って来てくれたのでこの日の為に用意したのです。
 満を持しての祝い服に娘を持つパパ達が咽び泣いています。

 「もうお嫁に行かないで良いよ!ずっとうちに居れば良いよ!」

 とか言い出す人もチラホラいてちょっと雛壇の周りの宴会場がカオスになっています。
 そしてそれはロキ医師とハンナも例外では有りませんでした。
 最後の大トリとして現れたリリとロダの姿に、花嫁と花婿を連想して目に涙を浮かべています。

 「リリ様……お幸せそうで本当に宜しゅうございました」

 2人並んで微笑み合う姿は辛かった過去なんて全然連想出来なくて、ハンナはハンカチを目に当ててお嫁に出す母親気分です。

 「リリや、もう少し爺と居ておくれ……」

 何を話しているのでしょう。ロダが語りかけ、リリが花が咲いたような笑顔で答えています。
 ロキ医師は娘を嫁に出す気分で寂しさうにお酒を口にしています。

 「いや。まだ結婚してないからな~」

 たまたま通りかかった三巳がスンとした顔でツッコミましたが、雛壇に目が釘付けの2人には聞こえていません。

 「まあ、でも。本当に良い顔出来る様になって、三巳もとっても嬉しいんだよ」

 そう言って見上げた雛壇の最上段では、陽の光を受けて明るいリリの顔が輝いて見えたのでした。
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