獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

雪と斜面と子供達

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 冬の良く晴れた青空の下、

 ズザゾゾゾ―――ッ!

 と雪を擦る音と、

 「「「きゃ―――!」」」

 という子供特有の甲高い声がキンと冷えた空気の中に響いています。
 何の騒ぎかと大人が目を向けた先では、村の広場に設けられた小高い雪山にちみっ子から年長組まで子供達が集まっていました。
 子供達は年長のお兄さんお姉さんに見守られながら雪山を「よいしょ。うんしょ」と登って行きます。その手には浅い箱の様なそうでない様な板を持って皆で上まで運んでいます。
 頂上まで辿りついた子供達はその板を真っ直ぐ雪の上に乗せて、その上に乗りました。一番前はちみっ子です。真ん中に年少組で最後尾は年中組が乗って、板の前方から出ている紐に皆で捕まりました。

 「準備出来たね。それじゃあ行くよ~」
 「「はーい♪」」
 「それ~♪」

 年中組のお姉さんの掛け声で板は雪山を

 ズサゾゾゾ―――!

 と滑り落ちて行きました。

 「「「きゃ―――♪」」」

 そして上がる子供特有の甲高い声です。
 そうです。ソリです。村の子供達は集まって皆でソリを楽しんでいたのです。

 「すごいすごい~!そりってたのしいね!」
 「クリスマスプレゼントに入っていた時は何に使う箱かと思ったけど」
 「箱にしては浅いし長細いし底が反っていたから意味がわからなかったよね」

 クリスマスプレゼントの中に入っていた物ですが、初めて見るものだったので今まで置物置きに使われていたのです。それを見た三巳が慌てて使い方を広めた所、あっと言う間に子供達の心を鷲掴みしたのでした。
 とはいえ人口の雪山とはいえちみっ子だけで遊ぶのは危険なのでこうして年長組が見守っているのです。
 もう既にサンタさんは三巳である事を知っている年長組は、三巳の慌てふためく姿にクスリと笑みを漏らしたのは秘密です。

 「あの時の三巳は可愛かったわね」
 「本当。小さい頃は頼れるお姉さんだったのに、いつの間にかやんちゃな妹を見てる気分よね」
 「んふふっ、ほんとそうね♪」

 年長組となれば三巳と見た目年齢が一緒です。それでも友達より妹よりになるのは三巳が自由神じゆうじんだからでしょう。考えるより先に体が動くタイプの三巳は目が離せないと、特に女の子達は思っているのでした。

 「ほいじゃ次はワイの番やな!」

 そこに掛かる大人の声。年長組は苦笑いで声の主を見ました。
 雪山の下、ちみっ子に混ざってソリを持つのはイケメンのお兄さんです。

 「とらおじちゃんっ、ぼくとっ!ぼくとのろ!」
 「んあー!あたちもっのりたいっ」
 「ほーかほーか。皆元気があって良え子やな!ほな一緒に乗ろか」

 とらおじちゃんと言われて相好を崩しているのは、なんと年神のトラ獣神でした。
 トラ獣神は何が気に入ったのか時折ふらりとやって来てはこうして子供達と遊んでくれています。生粋の獣神であるトラ獣神には名前が無いので、本神ほんにんの希望もあって「トラおじちゃん」と呼ばれて親しまれていました。立ち位置的には三巳の叔父さん的な感じに捉えられています。
 そんな当の三巳はというと、

 「むむむ。こんなに人気になるとは思わなかったんだよ。次のクリスマスには大小色んなソリを作るんだよ」

 と腕を組んで真剣に悩んでいました。
 むしろその横で伏せている母獣のトラ獣神を見る目の方が怖いです。また来たのかと言わんばかりです。

 「ちょいと三巳」

 そこへロウ村長がズボズボと雪を踏みしめてやって来ました。

 「んぬ?どうしたんだ?」

 三巳は考えるのを止めて振り返ります。

 「いやな、あのソリというのの大きくて丈夫なのを作れんか?」
 「んにゅ?大丈夫なんだよ。あれも丈夫だから大人も乗れるんだよ」

 三巳はロウ村長も乗りたいのかと思いました。

 「いやいや。ワシが乗るんじゃなくて、荷運びに良さそうだと話に出てな」

 手を横に振るロウ村長に、三巳は「ああ」と納得しました。
 元々ソリは遊び用ではなく、人や物を運搬するのに使う物です。この世界には魔法が有るのでそこまで必要性を感じませんでしたが、有って困る物ではありません。

 「そういう事なら、ロナとミキとミランダとだいやんに話してみるんだよ」

 山の民の生活は山の民で賄います。何より三巳の知識は遊び止まりなので、安全を考えるならしっかり知識のある専門家に委託するのが最善と言うものです。
 三巳の言葉にそれを良く知るロウ村長は頷きました。

 「よろしく頼む」
 「うにゅ。任されたんだよ」

 こうして村にまた新たな道具が加わるのでした。
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