獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

人が集まれば思いもそれぞれに

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 三巳が必死の弁明をした結果、場の空気はなんだかわからない生暖かいものになっていました。
 武装した人達は戦意を削がれて剣をダラリと下げているし、神は味方だと信じていた人達は思ったのと違う神感に思考が迷子になっていました。
 唯一悪い事を止めようとしていた人達は、三巳のほんわかとした見た目と、間抜けな神柄にすっかり絆されていました。
 取り敢えず出だしから一戦始まる事は避けられ、オーウェンギルド長は肩透かしな気分です。

 (おいおい。なんだよこの状況。すっかり獣神のペースじゃねぇか)

 絶対に初っ端から痛い思いをすると思っていました。
 それでも敢えて好きにやらせていました。
 願いが叶わない事もあるのだと経験して貰う為に。
 勿論怪我をしない様に守るつもりでしたし、実際に其れを為せるだけの実力があったからこそ黙って付いてきたのです。
 なのに今、幸運な事にライドゥーラの民と対話する余裕がありました。
 オーウェンギルド長は動揺を決して顔に出さずに驚愕の目を三巳に向けました。

 「今日は、初めまして。私はリシェイラ・リズ・リファラといいます。
 今日は皆さんとお話がしたくてお邪魔したのですが……」

 ライドゥーラの民が落ち着いたのを見計らってリリが挨拶を始めました。
 けれどもリリにはそれより気になる事が出来ていました。
 ライドゥーラの民達の暮らし振りです。
 皆一様にボロボロで、生きて行くのがやっとという体に泣きそうになってしまいました。

 「あの、お怪我をされている方やご病気の方はいらっしゃいますか?少しなら薬を持ってきたので手当が出来ます。
 それが終わったら皆さんをリファラにご案内するので、そこで先ずは体をゆっくりと休めてください」

 お話し合いよりも健康を取り戻す事が最優先と判断し、泣くのを我慢して毅然とした態度でざっと健康状態のチェックを始めます。
 このテキパキとした動きに困惑を隠せないのはライドゥーラの民です。

 「それじゃあ姫さんは私達を恨んでいないのかい?」
 「恨む、と言うのがよくわかりません。だってあの時の事は皆さんが行った事では無いでしょう?」
 「けれど俺たちは止める事もしなかった」
 「……ライドゥーラの国政は、強い者が正義だと学びました。
 だとしたら皆さんが止めたとして、止められたのでしょうか。
 いいえ、きっと王が是と言えば止める事は出来なかったでしょう。それどころかもしかしたら国政違反として刑罰の対象になっていたかも知れません。
 私は、皆さんが無事で良かったと。そう思います」
 「「「~っ!」」」

 姫時代に培った国ごとの成り立ち。それを教えてくれた今は亡き先生に感謝をし、リリは思いを伝えられるこの瞬間を尊く思いました。
 その思いが籠った微笑みは、ライドゥーラの民の心を慰めるのに十分でした。

 「綺麗事だな!」

 けれど人が多くいれば考え方も其々です。逆に激昂する者もいました。
 武装した人達です。

 「世の中奪い取ったもん勝ちなんだよ!
 それを関係無い国の連中に助けられただけのあんたらが良い思いして、何で勝ち取った俺達がこんな目に遭わなきゃならないんだ!」

 これには三巳もカチンときます。
 オーウェンギルド長も怒気を放ちます。
 二人が「逆恨みも甚しい」と一歩踏み出す寸前。しかし息を吸ったその姿勢で動きを止めました。

 「その理屈で言ったらあたし達だって奪われても文句言えないんだよ!!」

 言おうとしていた言葉は、ライドゥーラの民が言ってくれたのです。
 それだけではなく、肝っ玉母ちゃんな女の人達の平手打ちがスパパーン!と小気味良く崖に響きました。

 「ひょあっ」 

 耳の良い三巳は、自分が痛そうな声を上げて耳を両手で押さえて塞ぎました。毛までボワンと膨らまし、なんだかちょっぴり涙目です。

 「やべぇ。つい口出すとこだったぜ……」

 後ろでオーウェンギルド長がボソリと言った言葉は、幸い誰にも聞かれませんでした。
 女の人達にキャンキャン説教をされ、武器も奪われ、強制武装解除された人達は弱り切ってタジタジです。
 女の人達は今迄溜まりに溜まった鬱憤を全てぶつけています。

 『ひ、人族の雌って……怖いぞ……』

 そのあまりの剣幕に同じく耳をペタリと閉じたネルビーが、リリの後ろにそっと隠れて震えています。

 「皆さんありがとうございます。けれどどうかその辺で止めてください」

 リリはライドゥーラの民同士で争う姿に胸を痛めました。痛む胸を押さえて訴え掛けます。

 「そしてそちらの方々も。
 私達は誰しも大切なものを奪われても良いとは思いません。奪われるのは辛いからです。
 そして自分が辛いと思う事は他の誰にも思って欲しくありません。それよりも手を取り合って助け合える間柄でいたい。
 皆さんもそうやって同じ国の人同士、手を取り合っているでしょう?今出来ている事は、例え範囲を広げたとしても出来るはずです。
 ただ、共に一歩を踏み出してください。
 これからの日々を、より良いものにしていく為に」

 他国の王族。それもまだ10代も半ば頃の少女に真摯に向き合われ、武装していた人達も流石に罰が悪い様に視線を彷徨わせます。仲間にお説教されたばかりだから尚の事居心地が悪いです。

 「ほら!大の大人のあんた達が怖い顔するから!こんなに優しい少女に気を使わせて恥ずかしいと思わないのかい!?」

 武装していた人達がうだうだしていると、又しても顔を般若に変えた女性陣が詰め寄りました。今の段階で一番怖いのは彼女達ですが、その自覚はありません。

 「す、すんませんっした!」

 お尻ぺんぺんされそうな勢いに、慌てて武装していた人達も顔を青褪めさせて土下座をするのでした。
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