獣神娘と山の民

蒼穹月

文字の大きさ
上 下
148 / 368
本編

ライドゥーラの民達

しおりを挟む
***

 次の日、無断欠勤した宮本のスマホに江藤が電話した。いつもなら秒で繋がるのに、残念ながらそれがまったく繋がらないのである。LINEをしても、既読にもならないことを不審に思い、兄である雅輝に連絡を入れた。

「もしもし、雅輝。今大丈夫か?」

「おはよ、江藤ちん。朝からどうした?」

「それがよ、宮本のヤツが無断欠勤していてな。今までそんなことをしたことがないから、なにか知ってるかと思ってさ」

「俺はアイツから、なにも聞いてない。具合が悪くなったとかそういうのも、一切知らないが」

「わかった。ちょっと上にかけ合って、アイツの家にこれから行ってみる。なにかわかったら、また連絡するから」

 江藤は気落ちしながらスマホをオフにし、重たい腰をあげて、宮本の自宅に行くことの許可を得にいく。ダメだと言われたら、有給を使ってでも行こうと考えていたのに、あっさり認められたことにより、大手を振って宮本が住むマンションに向かった。

 恋人から渡されている合鍵を、不安な気持ちで使うことになろうとは、夢にも思わなかった。

「部屋でぶっ倒れて、冷たくなっていたらどうする……」

 震える手でなんとか開錠して、見慣れた扉を勇気を出して開け、奥歯を噛みしめながら中に入ったのだが。

「宮本がいない。どういうことだよ?」

 想像していたことが杞憂になったのはいいが、本人がいないことにふたたびぞわっとするものが、江藤の中に沸き起こった。

 どこかに連れ去られて拉致監禁、身代金の請求。それとも外で誰かと逢ってトラブルに巻き込まれて、怪我をして病院に搬送されている。それとも――。

 悪いことばかりが頭に浮かんでは消えていく現状を打破すべく頭を振って、散らばっているメモ帳をテーブルの上にかき集めた。なにか証拠が残っている可能性を、すべて潰していくために。

 真っ白なメモ帳の中に、ひとつだけ筆圧で凹んだものを見つけた。それを探るために、テーブルに置きっぱなしになっている鉛筆を使って、メモ紙の表面を薄く塗ってみる。

「パワースポット・みかさ山入口ちゅうしゃ場のわき水・ドジを直すべし・湧き水向かって左・ありがた系の恋愛長寿……。なんで恋愛成就じゃねぇんだ、あのバカ!」

 江藤は黒く塗ったメモ紙を破り、その場にへたり込んだ。宮本が行方不明の原因がわかってほっとして、力が一気に抜けてしまった。

 恋愛長寿――自分との恋愛を末永いものにしたい。そんな宮本の気持ちを察してしまい、涙が滲みそうになった。

「みずからの努力を怠り、パワースポットを使って、俺様との恋愛を長続きさせようなんてするから、山の神様に魅入られてしまうんだ」

 震える手でスマホを握りしめ、もう一度雅輝に連絡した。

「雅輝、何度も悪い。宮本の行方がわかったんだが――」

 江藤の説明を聞いた雅輝は、自分の仕事を中断して山に入ると言い出すが、それを断った。

「俺様は一度自宅に帰って、入山できる準備をする。だから迎えに来てほしいんだ。雅輝は三笠山のことについて詳しいんだろ? 行く道中にいろいろ聞きたいこともある」

 そうして一緒に、三笠山へ向かうことになった。
しおりを挟む
感想 118

あなたにおすすめの小説

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

処理中です...