獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

出来る事

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 陽が沈み、空が赤と紺のグラデーションが掛かる頃、今日の仕事を切り上げた三巳とロダが帰ってきました。

 「三巳殆どお役に立ててないんだよ」

 ションモリと耳と尻尾を垂らした三巳がトボトボと歩いています。

 「はははっ。三巳は直ぐ調子に乗るからね」

 手伝っては歌って踊り、手伝っては歌って踊りを繰り返していた三巳を、ロダも通りすがりにバッチリ見ていました。

 「でもみんな楽しくお仕事してたから、盛り上げるのも悪い事じゃ無いと思うよ」

 実際にテンション上げ上げになった人やモンスター達が、脅威のスピードで修繕修復をして行く様は圧巻でした。これも一重に適材適所というのでしょうか。

 「それなら良かった、と。おーい!リリ~!」

 尻尾をわっさわっさと振る三巳は、後片付けをしているリリを発見して大きく手を振りました。

 「三巳、ロダ。お仕事お疲れ様」

 リリは片付けの手を止めて振り向きました。その顔は何処かスッキリとしていて、生き生きと輝いています。
 そしてロダはリリに労われたのが、「お帰りなさい、あなた」と言われた旦那さんな自分を連想させて悶えました。
 三巳はそんな目尻を下げるロダを放って置いてリリに駆け寄ります。

 「リリもお疲れ様なんだよ。ネルビーも……って、ネルビーなんか拗ねてないか?」

 視線をリリの足元に移すと、クルンと寝そべっているネルビーが、眉間に皺を寄せて不機嫌に鼻をピスピスやっていました。

 「それが昨日の子供達が来てからあの調子なの」

 リリも視線をネルビーに移して苦笑します。
 それにネルビーは心外だとばかりに「ウー」と唸って頭を上げました。

 『むー!おれ!おれ!リリ虐める奴はやっつけるんだぞ!
 でもちっこいのはやっつけられないし、待てされたから我慢してたんだぞ!
 おれリリの守護獣なのに!守れなかったんだぞ!悔しいんだぞ!』

 ロダの耳にはキャンキャン吠えてる様にしか聞こえませんが、それでも憤りと葛藤と悲しみが伝わる鳴き声でした。
 三巳とロダはリリを心配して眉尻を下げます。

 「昨日のって……。大丈夫か?リリ」
 「うん。みんなとっても良い子達なの。私の方がお姉さんなのに、心を救われた気がするわ」

 そう言って安らかに微笑むリリに、三巳は何があったんだと混乱しました。けれどリリの周りの空気がとても優しかったので、良いなら良いかとニパリ笑みを返します。

 「そうかー。それは良かったな。
 子供達も。辛い様なら山に連れ帰る事も考えてたけど、大丈夫そうなのかな?」
 「ふふ。三巳も子供達の為に考えてくれてありがとう。
 きっと大丈夫よ。強くて優しい、人の痛みがわかる子達だから。ここで真っ直ぐ生きていけるわ。でも、もしも山に住みたい子達がいたら一緒に帰っても良いのかしら」
 「勿論。とはいえ今は復興が先だからな。もう少し大きくなるまでここで見守ろう」
 「ええ」

 リリは子供達が帰っていった方角を見て頷きました。
 三巳も同じ様に見て、満足そうに大きくワサリと尻尾を振ります。星がチラつき、手元が暗く覚束なくなる中、それでもきっと子供達の笑い声で賑やかだったんだろうと情景が目に浮かぶようでした。
 三巳は浮かんだ情景を瞼の裏に閉じて、視線をリリの手元にやりました。そして作業を途中で中断させていた事に気付きます。

 「それじゃあリリの片付け手伝うかな」
 「僕も手伝うよ」
 「ふふふ。ありがとう。でももう終わるから大丈夫よ」

 リリは言う通りササっと手際良く片付けを終えます。
 その姿はあちこちで何度もリリがお姫様だと聞いていても、ちっともそうだとは思えない働き振りです。リファラの民の一員として、その場で出来る事を本当に一生懸命やっていました。
 その姿を見て三巳は思いました。

 (リリはキチンと前を向いて生きて成長しているんだな)

 山にいた時も、人前では決して悲しみの涙を見せずに微笑みを絶やしませんでした。今もとても綺麗に微笑んでいます。
 それはいつだって過去を乗り越えようと未来を目指し、今を生きているから人の目に輝いて見えるのです。
 だからこそ三巳はリリに惹かれたのです。
 今リリは過去と向き合った事でその輝きが増しています。その横顔は少し前よりずっと大人びて見えました。

 (三巳は何が出来ているのかな、何が出来るのかな)

 眩しそうにリリを見る三巳は、ふと旅の目的を思い出したのでした。
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