獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

リリの過去

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 ウィンブルドン邸の応接間で、三巳達は豪奢なソファに腰掛けています。
 リリを挟んで両隣に三巳とロダが、足元にネルビーがお行儀良くお座りをしています。

 「さて、貴国の事を話す前に、ご友人方は何処まで事情をご存知なのでしょうか」

 真向かいに座ったウィンブルドン伯爵が、手を組み推し量る目で三巳とロダを見ます。
 その言葉にリリはビクッとしてしまいました。
 それはそうでしょう。今迄リリは自分の過去を話して来なかったのですから。
 そして故郷の事を聞くという事は、リリの過去も知られる可能性があるという事です。

 「……聞かれるの辛いなら席外すぞ?」

 三巳がリリの硬く握り締めた手をそっと包んで言いました。
 リリは硬く引き結んだ口をカタカタ言わせています。それでもゆっくりと三巳の目を、そしてロダの目を見つめました。
 ネルビーは痛まし気にリリの足に顎を乗せて、「きゅ~ん」と鳴きました。

 「ううん……。ずっと、話さなければ、と思っていたの」
 三巳の、ロダの、そしてネルビーの目に勇気付けられたリリは、長く息を吐き出すと、意を決して口を開きました。

 「ウィンブルドン伯爵様も、何が有ったのか聞いて頂けますか?」
 「私で宜しければ、勿論」

 頷き、ウィンブルドン伯爵は人払いをしました。
 今応接間には四人と一匹しかいません。
 リリはカラカラになる喉を、目の前の紅茶で潤します。
 ギュッと目を瞑り、震える両手をティーカップを握り締める事で押さえます。そして細く長く息を吐くとティーカップを握り締めたまま話し始めました。

 「私の本名はリシェイラ・リズ・リファラ。
 故郷はリファラ王国。私はその国の国王を父に持って生まれました」

 この言葉に三巳とロダは(お姫様だったのか!)と大層驚きましたが、話しの腰を折らない為にお口にチャックをしました。
 そして涙を堪え、堪え切れない滴がたまに頬を伝り、震えながら語られる内容に、この場にいた全員が激怒し、リリとリファラ王国の人々を痛ましく思いました。

 要約すると、
 一国の姫として生まれたリリは、他国の王子と婚約を結びました。けれどその婚約者が何故か城の人々を苦しめ、国を火の海に落としたのです。
 当時まだ今より幼かったリリは、侍女頭に連れられ森に隠されました。その侍女頭も囮りとなって行ってしまったきり、行方がわからなくなってしまいました。
 侍女頭の代わりにネルビーがリリを国外に連れ出しましたが、元婚約者の追ってが迫り、ネルビーもまた囮りとなり離れ離れになってしまったのです。

 「家族がみんな居なくなってしまって、でも助けて貰った命も粗末に出来なくて、転々として気付いたら三巳の所にいたのです」

 それからの山の民達の献身に、リファラ王国を知り、好ましく思っていたウィンブルドン伯爵は、三巳とロダに深く感謝しました。

 「リリ良い子だからな。助けるのは当然なんだよ」
 「うん。それに今はリリの知識にいっぱい助けて貰ってる」

 三巳とロダは誇らし気に胸を張ります。
 リリは本当に良い友人を得たと胸がジ~ンと暖かくなりました。

 「それで体も良くなり、多くの医学と薬学も教えて貰えたので、まだ困ってる民がいるなら救い出さねばと思っていました」

 三巳とロダに勇気を貰ったリリは、毅然と前を向いて言いました。
 リリはロキ医師の元で学びながら、ずっと故郷のことを案じていました。でも体の傷は癒えても心の傷がずっと痛んでいて、中々言い出せずにいたのです。
 今回の三巳のお出掛けは、そんなリリに最後の一押しをしてくれる良い切っ掛けになったのでした。

 「そうでしたか……。
 お小さくとも矢張り姫君ですね。
 わかりました。娘を助けて頂いた恩が御座います。以前お力になれなかった分も含めて手助けをさせて頂きたい」

 ウィンブルドン伯爵はニコリと優しく笑うと、力強く頷き申し出ました。

 「有難う御座います。とても助かります」

 こうしてウィンブルドン伯爵の協力を得られた三巳達は、数日ウィンブルドン伯爵邸に滞在する事になりました。
 リリとしてもウィンブルドン伯爵令嬢が心配だったので、滞在中は毎日処方薬を作るのでした。
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