獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

準備OK!お出迎え!

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 優しい温かな風が通りを抜ける朝の事です。
 この日は朝から山の民達が診療所の周りに集まっていました。
 診療所、その奥のロキ医師宅のキッチンからは、春の風に乗って美味しそうな匂いが流れてきます。昨日に引き続き、三巳の料理が次々と増えているのです。

 「あああああ~」

 当の三己は時折ソワソワチラチラ外を伺い、変な声を上げながら尻尾を不規則に揺らしています。

 「ふにゅほほほほっ」

 その声が上がる度に奇怪で、落ち着きがなかったり、嬉し気だったりと、見ている周囲の方がドキドキしてきます。

 「コラコラ、気持ちはわかるが久し振りの家族団欒だ。ワシ等は邪魔せん様に普段通り生活しよう」

 見兼ねたロウ村長がパンパンと軽快に手を叩いてみんなの意識を逸らしました。
 山の民達は気になる気持ちを抑えて苦笑を漏らしながら其々の仕事に戻って行きました。子供達を残して。
 子供達は好奇心が旺盛で、大人程我慢が利きません。三巳の様子を楽しそうに窓から覗いてきます。子供特有の高い声でキャイキャイ騒いで、まるでカエルの大合唱です。
 子供達の声をBGMにしながらも、三巳の手は淀みなく動いて行きます。途中途中で作り立てのお菓子を子供達のお口に雛鳥宜しく餌付けする余裕振りです。

 「よし、これで準備万端だな♪」
 「ふふふ、お疲れ様」

 料理の数々が揃ったら、事前にロウ村長に許可を貰った広場に運んでいきます。

 「母ちゃんな。物凄ーくでっかいんだ。今の三巳よりずっとずっと大きいから、村の入り口近くの広場借りたんだよ」

 リビングに案内しないのかと不思議がるリリに、三巳は説明します。
 けれどもリリは三巳の獣姿はワンコしか知りません。中型犬程度のワンコからずっとずっと大きくてもそれ程大きくは無さそうです。

 「中央広場じゃダメなの?」
 「中央広場も大きいんだけどな。そこまでの道のりが母ちゃんには狭いから」

 首を傾げるリリに、三巳は魔法で絵を描いて大きさを表現してあげました。
 その大きさたるや、リリが今まで見た中でも最大級でビックリします。

 「因みに三巳の本性はこれくらい」

 母獣の絵の隣に三巳の獣姿の大きさを描いて比較を示します。
 本性がワンコと思っていたリリはまたしてもビックリです。カルチャーショックです。

 「???ワンコじゃないの?」

 目を大きく開けて聞くリリに、三巳は当時の事を思い出してニッコリ笑います。

 「あー。あれは玉遊びするのに変身した姿なんだよ」 

 リリは三巳らしい理由にクスリと笑いが漏れました。

 「それじゃあ私はまだ本当の三巳を知らないのね」
 「んん?気になるなら今度背中に乗せたげるぞ?動き回るなら高原が良いかな」
 「本当!?約束ね!」

 三巳の提案に、リリは花を咲かせる様に喜びます。くるりと反転して三巳の正面からキラキラ目を輝かせて約束を取り付けました。

 『わふ!おれも乗りたい!』

 配膳のお手伝いをしていたネルビーもここぞとばかりに手を……いえ、鼻を高く上げます。

 「うん、みんな一緒だぞ」

 三巳が快く承諾すれば、ネルビーはハイテンションに飛び回りながら料理を運んで行きました。
 零れ難い物を頼んでるとはいえ、流石に三巳もリリもハラハラドキドキです。でもあまりに楽しそうで、止めてしまうのが忍びなく、苦笑いしながら見守ります。
 三己とリリの心配を他所に、ネルビーは上手にバランスを取って飛び回っています。結局器用に落とさない様に最後まで運び終わる事が出来ました。

 「よし。これで準備完了だな。手伝ってくれてありがとうな!」
 「ふふ、お疲れ様♪」
 『わふ!』

 飾り付けまで終わらせて、達成感に満ち溢れた三巳とリリは小さくハイタッチを交わしました。
 ネルビーも飛び上がって前脚を合わせています。

 「それで三巳のご両親はどこまで来てるのかしら?」
 「んーと……、もう直ぐそこだな!」
 『わふぅ!獣の神の匂い近いぞ!』

 忙しくて気付きませんでしたが、思っていたより近かった気配に、三巳は耳と尻尾をピーン!と立たせて慌てます。
 ネルビーの鼻にまで匂いが来るほど近い気配に、三巳は慌てて村の入り口に駆け寄ります。
 随分と古い記憶でも、鮮明に覚えている母獣。その頭がある高さを見上げてまだかまだかと待ちわびます。

 「……?」

 けれどもかなり近いところまで気配がするのに、一向にその影すら見当たらない事に首を傾げる事になりました。

 「あれ?もう見えても良い位近いのにな?」
 「もしかして三巳みたいに小さな動物に変身してるのかもしれないわね」
 「あ。そりゃそうかー。素のままの大きさで森を歩いたら、木々がバキバキ倒れてるよな」

 改めて目線を下げて待ちわびます。
 リリの隣ではネルビーが初めから目線を下げて待っていました。一緒に旅をしていたから初めから承知していたのです。

 『わふ?』

 でも三巳がわかってなかった事がわからずに、首を傾げています。考えてもわからなかったので直ぐに前に向き直りましたが。
 そうして改めて待つ事しばし、森の木々の合間から、漸く二つ並んだその影が見えたのでした。
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