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本編
そば打ち名人現る
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人の出入りが多くなった春麗らかな日に、背中に籠を背負った親娘が診療所にやって来ました。診療所に来ているとはいえ、怪我も病気も無さそうな親娘です。
「はいよお邪魔するよ」
籠を「よいせ」と背負い直し、母親が中に聞こえる様に言いました。そして返事も聞かずに中まで入って来ます。
女の子も両手で抱えた籠を落とさない様に付いて行きます。
「おお、ミオか。三巳に話は聞いとるよ。
山菜そばをリリとネルビーに作ってくれるんだってなぁ。ありがとうのぅ」
ロキ医師がゆっくりな足取りで中からやって来ました。二人が来訪する事を事前に聞いていたのです。
「ミオラもいるよ!ミオラお母さんのお手伝いで一緒に作るんだよ!」
母親の後から女の子、ミオラもロキ医師の目に映る様に両手を籠ごと上げて主張します。
昨年の春にミオラが自慢していた山菜そばを作って貰おうと、三巳が山菜採りの帰りに寄ってお願いしていたのです。
ミオラはそれに誇らしい思いで付いて来ました。
「ほっほっほ。ミオラもありがとうのぅ」
「うん!」
ロキ医師がホケホケ笑ってミオラの頭を優しく撫でれば、ミオラは満面の笑顔で良い返事をしました。
ロキ医師はミオとミオラをキッチンへ案内します。キッチンでは三巳とリリが道具の準備を終わらせた所でした。三人が来た事で場所を空けます。
『そばー!』
その空いたスペースをネルビーが尻尾を振って駆けてゆきます。そしてミオのお腹に前脚を乗せてフンフン匂いを嗅ぎまくります。
「あははっ!擽ったいよネルビー!」
ネルビーの言葉がわからないミオは、ただ懐かれてる様にしか思っていないので、モフ毛を有り難く堪能しました。
『そばっそばっ!』
ネルビーはネルビーでミオの脇に鼻を突っ込んで、籠の中の匂いを一心に嗅いでいます。それを横で見ていたミオラが目を輝かせました。
「ネルビー!ミオラも!ミオラもー!」
籠を高く上げてピョンピョンジャンプでお強請りします。
人間の言葉を理解出来るネルビーは、ミオラも山菜そばを強請る仲間と勘違いしました。
『そばっそばっ!』
ミオラに合わせてネルビーもピョンピョンジャンプします。
思ったのと違う反応を返されたミオラですが、一緒にジャンプするのも面白くてキャラキャラ笑顔が絶えません。
「ほらほら、そこまでにして山菜そば作るよ」
愛娘の愛らしい姿に和むミオでしたが、今日の目的を忘れてはいませんでした。籠を台に置くと中の物を出して並べます。
ミオラも真似して籠を置いて中に入っていたネギを「うんしょ」と台に並べます。
「ゼンマイのアク抜きは終わらせてあるよ」
「どれ……うん。良い色だね。
それじゃあ下拵えをしよう」
「しよー!」
三巳も今朝採れた山菜をミオに見せました。
ミオは満足そうに頷くと、エプロンを着けて腕まくりをしました。横でミオラも真似をします。
手を肘近くまで良く洗ったミオとミオラは、早速お鍋にそばつゆとトッピングの山菜を作っていきます。
三巳達はその間使い終わった器具を邪魔にならない様に片付けていきます。
「凄いわ。あんなにテキパキ素早く料理が出来て」
ミオの慣れた動きにリリは感心し通しです。
「あははっ!主婦やってるとね、手際なんてよくなるもんだよ!あたしだって若い頃はそりゃあマゴついたもんさ」
豪快に笑って口を動かしていても、ミオの手は滑らかに、息を吸う様に淀みなく動いています。
その横ではミオラがマゴつきながら一生懸命に母親の真似をしてお手伝いしてきました。
リリはその親子の様子にクスリと和み、そして昔に比べて大分働き者の手になった自分の両手を嬉しそうに見つめました。
「私もなれるかしら」
「「なれるさ」」
希望を込めて手を握り締めたリリに、三巳とミオの言葉が重なります。それが確信に満ちた言いようだったので、リリは嬉しくなって破顔しました。
「うん!」
そうこうしている内に、ミオはあっという間に下拵えを終えました。
作り方を覚えようと横目でチラチラ見ていたリリですが、あまりの早さに何をしたのか全くわかりませんでした。
「ミオのはもう職人芸だから。
リリはリリの味を作れば良いんだよ」
ショボンと落ち込んでしまったリリに、両手が塞がっていた三巳はモフモフ尻尾でポンポンさせて慰めます。
「うん……。でも、やっぱりちょっと残念。ちょっと悔しい、な」
「はは、これから幾らでも機会があるさ」
「そうよね、諦めなければ道は開ける。ものね」
リリは希望に目を輝かせてミオを見つめました。
三巳達は昨年の何かに怯えた様子のリリを思い出し、そして今リリが普通の子と同じ様に人生を謳歌し始めた事に、心の底から嬉しく思いました。
「さて、それじゃあそばを打つよ」
ミオは蕎麦の実を取り出して石臼で挽き始めました。
「?そば粉は無かったのかしら」
それに疑問を持ったリリがポソリと三巳に尋ねます。
「いんや。十割蕎麦は蕎麦粉の鮮度?が命らしいぞ。何でも蕎麦粉にした後は油分だか水分だかが悪くなって、水だけじゃ繋がらなくなるらしい」
三巳も釣られてポソリと曖昧に返します。長く生きていても専門家では無いので、三巳にもわかっていない事が沢山あるのです。
蕎麦粉が完成したらこね鉢でこね始めます。三巳もリリもミオラもネルビーも、興味津々に見学します。けれど塊になる過程も、伸ばして細く平にする過程も繊細で難しそうな為、ネルビーが早々に飽きて庭に遊びに行き、次いで三巳がソワソワとジッとしていられなくなった為にリリが庭に連れて行き、結局作り方を最後まで見ていたのはミオラだけになっていました。
暫くたった頃、中からミオラが元気良く駆け出て来ました。
「リリ姉ちゃん!出来たからみんな連れて来てだって!」
ミオラはフンスとお手伝い頑張った自分偉い感を前面に押し出して伝えます。
「ありがとう。直ぐ行くわ」
リリはお礼を言うと、土だらけになった三巳とネルビーの毛並みを綺麗にしてからダイニングに向かいました。
「ふわわ~ツヤツヤ~良い匂い~」
席に着けばほかほかの山菜そばが出来上がっていました。湯気にのって良い香りが鼻孔を擽ります。ネルビーの分もちゃんと食べやすい器に用意されています。真ん中には盛り蕎麦も用意されていました。
「さあ、召し上がれ!」
「「「いただきます!」」」
ミオの合図にみんなが一斉に食べ始めました。
「ふわぁ!美味しい!コレがそばのコシなのね!」
『んまんまんま』
「おお、竹の子入ってる。他にも今採れない山菜も。水煮保存してたのか?嬉しいな」
「ほっほっほ、相変わらずミオラのそば打ちは絶妙じゃのう」
「んふふ~♪ミオラの自慢のお母さんだよ!」
ゼンマイだけでなく、昨年の山菜達をふんだん使った豪華山菜そばに、みんな箸が止まらずあっという間に食べ切ってしまいました。
盛り蕎麦まで綺麗に食べ終わった後は、蕎麦湯で締め括り、みんな揃って大満足で膨れたお腹をさするのでした。
「はいよお邪魔するよ」
籠を「よいせ」と背負い直し、母親が中に聞こえる様に言いました。そして返事も聞かずに中まで入って来ます。
女の子も両手で抱えた籠を落とさない様に付いて行きます。
「おお、ミオか。三巳に話は聞いとるよ。
山菜そばをリリとネルビーに作ってくれるんだってなぁ。ありがとうのぅ」
ロキ医師がゆっくりな足取りで中からやって来ました。二人が来訪する事を事前に聞いていたのです。
「ミオラもいるよ!ミオラお母さんのお手伝いで一緒に作るんだよ!」
母親の後から女の子、ミオラもロキ医師の目に映る様に両手を籠ごと上げて主張します。
昨年の春にミオラが自慢していた山菜そばを作って貰おうと、三巳が山菜採りの帰りに寄ってお願いしていたのです。
ミオラはそれに誇らしい思いで付いて来ました。
「ほっほっほ。ミオラもありがとうのぅ」
「うん!」
ロキ医師がホケホケ笑ってミオラの頭を優しく撫でれば、ミオラは満面の笑顔で良い返事をしました。
ロキ医師はミオとミオラをキッチンへ案内します。キッチンでは三巳とリリが道具の準備を終わらせた所でした。三人が来た事で場所を空けます。
『そばー!』
その空いたスペースをネルビーが尻尾を振って駆けてゆきます。そしてミオのお腹に前脚を乗せてフンフン匂いを嗅ぎまくります。
「あははっ!擽ったいよネルビー!」
ネルビーの言葉がわからないミオは、ただ懐かれてる様にしか思っていないので、モフ毛を有り難く堪能しました。
『そばっそばっ!』
ネルビーはネルビーでミオの脇に鼻を突っ込んで、籠の中の匂いを一心に嗅いでいます。それを横で見ていたミオラが目を輝かせました。
「ネルビー!ミオラも!ミオラもー!」
籠を高く上げてピョンピョンジャンプでお強請りします。
人間の言葉を理解出来るネルビーは、ミオラも山菜そばを強請る仲間と勘違いしました。
『そばっそばっ!』
ミオラに合わせてネルビーもピョンピョンジャンプします。
思ったのと違う反応を返されたミオラですが、一緒にジャンプするのも面白くてキャラキャラ笑顔が絶えません。
「ほらほら、そこまでにして山菜そば作るよ」
愛娘の愛らしい姿に和むミオでしたが、今日の目的を忘れてはいませんでした。籠を台に置くと中の物を出して並べます。
ミオラも真似して籠を置いて中に入っていたネギを「うんしょ」と台に並べます。
「ゼンマイのアク抜きは終わらせてあるよ」
「どれ……うん。良い色だね。
それじゃあ下拵えをしよう」
「しよー!」
三巳も今朝採れた山菜をミオに見せました。
ミオは満足そうに頷くと、エプロンを着けて腕まくりをしました。横でミオラも真似をします。
手を肘近くまで良く洗ったミオとミオラは、早速お鍋にそばつゆとトッピングの山菜を作っていきます。
三巳達はその間使い終わった器具を邪魔にならない様に片付けていきます。
「凄いわ。あんなにテキパキ素早く料理が出来て」
ミオの慣れた動きにリリは感心し通しです。
「あははっ!主婦やってるとね、手際なんてよくなるもんだよ!あたしだって若い頃はそりゃあマゴついたもんさ」
豪快に笑って口を動かしていても、ミオの手は滑らかに、息を吸う様に淀みなく動いています。
その横ではミオラがマゴつきながら一生懸命に母親の真似をしてお手伝いしてきました。
リリはその親子の様子にクスリと和み、そして昔に比べて大分働き者の手になった自分の両手を嬉しそうに見つめました。
「私もなれるかしら」
「「なれるさ」」
希望を込めて手を握り締めたリリに、三巳とミオの言葉が重なります。それが確信に満ちた言いようだったので、リリは嬉しくなって破顔しました。
「うん!」
そうこうしている内に、ミオはあっという間に下拵えを終えました。
作り方を覚えようと横目でチラチラ見ていたリリですが、あまりの早さに何をしたのか全くわかりませんでした。
「ミオのはもう職人芸だから。
リリはリリの味を作れば良いんだよ」
ショボンと落ち込んでしまったリリに、両手が塞がっていた三巳はモフモフ尻尾でポンポンさせて慰めます。
「うん……。でも、やっぱりちょっと残念。ちょっと悔しい、な」
「はは、これから幾らでも機会があるさ」
「そうよね、諦めなければ道は開ける。ものね」
リリは希望に目を輝かせてミオを見つめました。
三巳達は昨年の何かに怯えた様子のリリを思い出し、そして今リリが普通の子と同じ様に人生を謳歌し始めた事に、心の底から嬉しく思いました。
「さて、それじゃあそばを打つよ」
ミオは蕎麦の実を取り出して石臼で挽き始めました。
「?そば粉は無かったのかしら」
それに疑問を持ったリリがポソリと三巳に尋ねます。
「いんや。十割蕎麦は蕎麦粉の鮮度?が命らしいぞ。何でも蕎麦粉にした後は油分だか水分だかが悪くなって、水だけじゃ繋がらなくなるらしい」
三巳も釣られてポソリと曖昧に返します。長く生きていても専門家では無いので、三巳にもわかっていない事が沢山あるのです。
蕎麦粉が完成したらこね鉢でこね始めます。三巳もリリもミオラもネルビーも、興味津々に見学します。けれど塊になる過程も、伸ばして細く平にする過程も繊細で難しそうな為、ネルビーが早々に飽きて庭に遊びに行き、次いで三巳がソワソワとジッとしていられなくなった為にリリが庭に連れて行き、結局作り方を最後まで見ていたのはミオラだけになっていました。
暫くたった頃、中からミオラが元気良く駆け出て来ました。
「リリ姉ちゃん!出来たからみんな連れて来てだって!」
ミオラはフンスとお手伝い頑張った自分偉い感を前面に押し出して伝えます。
「ありがとう。直ぐ行くわ」
リリはお礼を言うと、土だらけになった三巳とネルビーの毛並みを綺麗にしてからダイニングに向かいました。
「ふわわ~ツヤツヤ~良い匂い~」
席に着けばほかほかの山菜そばが出来上がっていました。湯気にのって良い香りが鼻孔を擽ります。ネルビーの分もちゃんと食べやすい器に用意されています。真ん中には盛り蕎麦も用意されていました。
「さあ、召し上がれ!」
「「「いただきます!」」」
ミオの合図にみんなが一斉に食べ始めました。
「ふわぁ!美味しい!コレがそばのコシなのね!」
『んまんまんま』
「おお、竹の子入ってる。他にも今採れない山菜も。水煮保存してたのか?嬉しいな」
「ほっほっほ、相変わらずミオラのそば打ちは絶妙じゃのう」
「んふふ~♪ミオラの自慢のお母さんだよ!」
ゼンマイだけでなく、昨年の山菜達をふんだん使った豪華山菜そばに、みんな箸が止まらずあっという間に食べ切ってしまいました。
盛り蕎麦まで綺麗に食べ終わった後は、蕎麦湯で締め括り、みんな揃って大満足で膨れたお腹をさするのでした。
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