獣神娘と山の民

蒼穹月

文字の大きさ
上 下
90 / 368
本編

年の瀬

しおりを挟む
 クリスマスも終われば次は年末年始です。
 三巳が転生したこの星は、星の大きさと太陽との距離、ハビタブルゾーンが地球と太陽より遠いのか、一年が少し長いです。だから地球のカレンダーが当てはまりません。だから三巳は長い年月を掛けて、山の民達とカレンダーを作り上げました。
 カレンダーは代々村長宅に誰でも見られるように飾られています。

 「今年もあと少しで終わりだなー」
 「うむ。今年は災害もあったが、民も増えて村にはいつも以上の活気があった。
 新しい年が始まるまで気を抜かず、まったり生こう。」

 カレンダーを指差し数えて言う三巳に、ロウ村長は家の玄関先に超巨大な鏡餅を置いて答えました。その大きさはロウ村長よりずっと大きいです。

 「毎年の事ながらデカいよなー。
 作るの大変だったろ」
 「何の何の。代々レシピは受け継がれているから問題ない。
 この餅の大きさは山の民の人数に比例するから、その計算だけは大変だがな」

 労う三巳に、ロウ村長はガッハッハと大笑いします。
 確かにロウ村長は肉体労働の方が向いていそうな風態をしていますし、実際そうです。村長故にキチンと頭も使いますが、有事の際には先陣を切りたいタイプです。
 三巳も深く考えるのは苦手なタイプなので、割とロウ村長とは気が合います。
 「そうだなー」と一緒に笑ってウンウン頷きます。

 「ロウ村長が若かった頃は、机上の空論するより三巳と冒険してたもんなー」

 昔を懐かしみ言う三巳に、ロウ村長も目を細めて昔を思い出します。
 今とは違う名前で呼ばれていた若かりし頃は、良く三巳にくっ付いて山中を駆け回っていたものです。
 獣神である三巳の本気の山遊びは、下手をすれば何処ぞの王国騎士の訓練など、軽く凌駕する程激しくキツいものです。
 ロウ村長はそんな三巳の遊びにも付いて行く強者の一人だったのです。

 「それが今や立派に村長してる。
 三巳はとっても嬉しい。
 そして正月のお年玉をとっても楽しみにしている」

 三巳はロウ村長を上げるだけ上げて、さり気無くお年玉を強請りました。

 「がっはっは!そんな目で見上げても何時も通りしかあげないぞ!」

 ロウ村長は豪快に笑い、三巳を見下ろします。昔は見上げていた触り心地の良いフワフワな頭。今は見下ろしてピコピコと良く忙しなく動く耳を持つその頂に、大きく無骨な手でワシワシと撫でました。その触り心地は昔より随分指通りが良くなっています。毎日リリが欠かさずブラッシングをしているからです。
 三巳は「ちぇー」と口を尖らせて拗ねる、振りをして二へ~と目が嬉しそうに緩みました。

 (三巳のが年上なのに、ロウ村長は毎年くれるんだよなー)

 気分は孫にお年玉を貰うお婆ちゃんです。
 尤もお年玉と言っても金銭の存在しないこの村では、子供達に渡すのは別の物ですが。

 お正月の準備もみんな終われば、後はのんびり年越しを待つだけです。
 其々の家で思い思いに今年最後を家族で過ごします。
 家族といない三巳は、年毎に過ごし方が違います。山で過ごしたり、お呼ばれすればロウ村長の家にお邪魔したり。
 でも今年は違います。
 今年はロキ医師の元でリリとネルビーと一緒です。
 リビングで炬燵を囲んで温んでいます。
 炬燵は橙の妖精が作ってくれた物で、初めて目にしたそれを、山の民達は目を白黒させて驚いたものです。
 今ではこうして家族を団欒させる魔法の卓だと持て囃されています。人を駄目にする卓とも揶揄されていますが。
 今も四つの塊が首まですっぽり覆って出て来ません。

 「ぬは~。炬燵最高~。またこの至福に与れる日が来るとは~。まさに天国はここに有り~」

 もう何百年も炬燵の魅力を我慢してきた三巳は、思わず橙の妖精を五体投地で拝む程喜んだものです。

 「はわ~……。私もう出られる気がしないわ……」
 『おれもうココに住む……』
 「ほっほっ、これはワシにも治せない『出られない病』じゃのぅ」

 仲良くだらんと弛緩する四者は、次第にウトウトし始めます。
 特に三巳とネルビーが顕著で、頭をグラグラさせて夢の中まで秒読み体制です。

 「あー……年越し迎える前に寝そうだー……。
 うー……眠気覚ましにコーヒー入れよう」

 物凄く億劫な動作で何とか炬燵の誘惑から抜け出ると、両肩を摩り、ブルブル震える体を尻尾で包みながらキッチンに向かいました。

 「おーい三巳や、ワシにも一つおくれ」

 そこに全く誘惑に抗う気の無いロキ医師が声を掛けました。

 「おーわかったー。
 リリとネルビーはどうする?」

 一つ返事で了承した三巳は、キッチンから顔と尻尾だけ出して尋ねました。
 リリはンーと唸り考えましたが、ネルビーは苦虫を噛み潰したような顔で舌を出しました。

 『おれこーひー苦手だ。
 あんな苦いの人間は良く飲めるな』
 「私も、少し苦手だわ。
 砂糖とミルクたっぷりなら飲めるけど」

 二人の子供舌に三巳とロキ医師はフワリと笑いました。
 普段大人顔負けの働き振りを見せるリリも、矢張りまだまだ子供なんだと安心したからです。

 「じゃあ、リリとネルビーには砂糖とミルクたっぷりな」

 三巳は一つ尻尾をゆらりと揺らすと、お湯を沸かしに奥へ消えて行きました。
しおりを挟む
感想 118

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです

かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。 強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。 これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...