獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

ネルビーと獣神

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 「へ?」
 「わふ?」

 リリとネルビーの疑問の声が重なりました。
 何故ならモンスターになったと思った犬のネルビーが、モンスターになっていなかったと言われたからです。

 「いや、まあ。モンスターと言えばモンスターなのかもだけど、守護獣だからなー。
 どっちか言うと聖獣とか幻獣系……かな?」
 『そうですね、まだ成り立てなのでハッキリとした括りは無いようですが、獣神様に鍛えられたなら神獣系も有りではないでしょうか』
 「神獣って言えば神の御使いとかの事だろう?
 その犬っ子は三巳の眷属になるのか?それとも犬っ子保護した獣神かい?」

 訳もわからず混乱する当犬を置いて、獣神とサラマンダーと物作り妖精が井戸端会議を始めてしまいました。
 リリは守護獣ってモンスターより良いし凄いし、うちの子天才とか目を輝かせます。三巳の神獣なら獣神の神獣でモフモフが二倍で良い感じと思っています。

 「うーにゅぅぅ、多分それはネルビー次第だろーなー。
 三巳の眷属にするのは多分割と簡単だけど、それだとリリが亡くなってもずっとリリを想って生きてかなきゃならんしなー」
 『??よくわからないけど、おれはリリとずっと一緒が良い!』
 「ネルビー……」

 三巳の言にネルビーは元気いっぱいに答えます。
 リリは嬉しい半分、悲しい半分でネルビーの首筋を撫でました。一緒にいてくれるのは嬉しいけど、大好きな子には長生きもして欲しいのです。

 「ま、そーいう事らしいから、ネルビーはリリ専属の犬系の守護獣って事だなー」
 『よくわからないけどリリとずっと一緒か!?』
 「良くわからなくてもずっと一緒だから安心して良いぞ」
 「アオ―――――ン!!」

 三巳が太鼓判を押した事で、ネルビーは飛び跳ねて喜びの遠吠えを放ちました。
 そしてそのままリリの周りを駆け回っては、両前脚でリリにのし掛かって飛び跳ね踊り狂います。
 余りの喜び様にリリはもう嬉しいやら可笑しいやら、もうネルビーがそれで良いなら良いかと一緒に喜びをわかちあいました。

 「あ!ネルビーを助けて頂いたのに御礼をしていないわっ。助けてくださった獣神様は御一緒ではないの?」

 一頻り喜び一息ついた所で、リリはハタと気付きました。ネルビーの事でいっぱいで獣神に挨拶していない事に。
 不敬に過ぎると思い、眉尻を下げて困った様にキョロキョロ辺りを伺いますが、それらしい存在は影も形も見当たりません。

 「うん?一緒じゃないみたいだぞ?
 サラちゃんと一緒に来なかったんだな」

 初めから母獣がいない事は勿論三巳にはわかっていました。
 けれど何故一緒じゃないかまではわかりません。三巳はサラちゃんに説明を求めました。
 敬愛する獣神に求められて否やを言うサラちゃんではありません。居住まいを正して『ハイ』と肯くと、事の顛末を語り始めました。

 『先日獣神様と』
 「あ、待った。どっちも獣神じゃ混乱するから、三巳は三巳って呼んで欲しい」
 『左様ですね。では、お言葉に甘えまして。
 三巳様と別れた後、獣神様の神気を辿りネルビーの元へと戻りました。随分とあちこち探し歩かれた様で、初めに出会った場所から随分離れた村付近にいましたよ。
 獣神様もずっと共におり、ネルビーの成長を見守っておいででした。その時はまだ犬の範疇を超えていなかったのですが、獣神様に三巳様の事を交えてリリが見つかった事をご説明させて頂いたところ、「ならば共には行かぬ」と残られました』
 「そうかー。多分一応曲がりなりにも神族が二匹も揃うとネルビーの進化に影響を及ぼし兼ねないもんなー。
 それで、他に何か言ってたか?」

 サラちゃんの報告に、三巳は然もありなんとばかりにウンウンと頷きました。
 言われてサラちゃんは記憶を探ります。思考中尻尾を回すのが何とも愛らしく、和む三巳でしたが、『ああそう言えば』と続けられた報告に何故か嫌な予感を感じて冷や汗を流しました。

 『ネルビー殿とおられた獣神様は、三巳様のお母君でしたよ。
 三巳様が人間に肩入れし過ぎていないか心配しておられました」

 その言葉を聞いた三巳は、ギクンと身体を強張らせます。件の獣神が母獣なのは確信していましたが、母獣がどういう反応を示すのかは少し怖く思っていたのです。

 「人間、だけに肩入れは、してないぞう?人間も動物もモンスターもみんな平等に接しているつもりだぞう?……多分。
 ……母ちゃん、怒ってる風だった?」

 何やら三巳を中心に局地的な地震が発生しています。
 引き攣る笑みで恐る恐るサラちゃんを見上げて問えば、サラちゃんは様子の可笑しい三巳に首を傾げて、

 『はて、そんな事は無かったですよ』

 と答えました。
 三巳がホッと息を吐いたのも束の間、その直ぐ後に『ああ』と続けられてピキンと動きが止まります。

 『そう言えば三巳様がお小さい事を話した時は少し怖かったですね。
 たしか、「ほうまだその程度しか成長しておらなんだか」とか言って眼を金色に輝かせていました』
 「ぴぎゃん!」

 サラちゃんがその時の様子を思い浮かべながら真似て伝えると、三巳は全身の毛を逆立て跳び上がり震えました。そして耳はヘニョリと垂れ下がり、尻尾はフルフルと震えながら股の間にクルンと挟まります。三巳は股を挟んで目の前に来た自前の尻尾を抱き締めて涙目で蒼ざめて震えます。
 リリはそんな三巳を心配そうに、そして不思議そうに見つめて首を傾げました。

 「獣神としては、成長が遅いらしくてな。母ちゃんがそれで怒ってるとしたら、ちょっと、色々と、お説教がだな……」
 「怖いお母様なの?」
 「いや、普段は優しいんだ。ホント凄く。
 でもな、怒らすと、怖い。天変地異が起こる。リアルで」

 蒼褪めた顔でシオシオと小さく丸くなって震える三巳に、リリは可哀想と思うと同時に普段見れないプルプルなモフモフにキューンとします。縮こまる三巳をギュッと抱きしめると、赤くふにゃける顔でポンポンとあやしました。

 「サラちゃんと一緒に来てなくて良かった……」
 
 三巳はリリの温もりに縋り付く様に身を委ねると、震える声で安堵の声をもらします。

 『何でも一人で会いに行ったら御夫君が拗ねるから、連れて行く。と申していましたよ』
 「きゃいん!」
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