獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

観光プランB~リリとロダの進展?~

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 ギクシャク。ギクシャク。
 三巳の隣でロダとリリが、油の切れたロボットの様なぎこちない動きをしています。
 お互いに意識し過ぎて顔を合わせられずにいるのです。時折りチラリと様子を伺いますが、視線が絡み合うと慌てて地面を向きます。

 「歯痒い……」

 三巳は体を掻き毟りたい様な顔で、二人の様子を伺っています。落ち着かないのか、先程から耳が忙しなくピコピコ動いています。

 『ロダ発情期モー?』
 「がぅ」
 「人間にはそゆの無いから。
 熊五郎も娘を嫁に出したく無い父親の顔しないであげてなー」

 コショコショ内緒話をする様に、口に人差し指を当ててシーっとする三巳ですが、人間にミノタウロスと熊の言葉はわかりません。わかるのは三巳の言葉だけなので、シーをするのは三巳だけで良いのです。

 「お?湧水の匂いがするぞ。ちょっと休憩するか?」

 観光しながらあても無くフラフラ道を進んで行くと、二股に別れた道の右側から微かな匂いを感じ取りました。

 「そ、そうだねっ。結構歩いたもんね」

 緊張感に耐え切れなかったロダが、一も二もなく賛成しました。
 リリもコクコク頷きます。
 三巳に導かれて右の道へ進むと、徐々に光鍾乳が大きく、そして増えて行きました。徐々に光量を増して、仕舞いにはトンネルのライト位にまで明るくなり、三巳も他のみんなも「おー!」と感嘆の想いが溢れて止まりません。
 何より感動したのはたどり着いた水場です。
 まるでトルコのパムッカレの様な透き通る青い水を讃える棚田。それを作り出す土台が光鍾乳石で出来ていて、静かに流れる水を輝きにかえています。
 更に頭上からは幾筋かの白い光の柱が差していて、優しく辺りを照ら出しています。どうやら地上との間に穴が空き、外の光を通している様子です。

 「「「……」」」

 自然が作り出した芸術に、一同は声も無く見惚れました。
 身動ぎもせず、幾時程かの静寂が辺りを満たしています。しかしそれも「ピチョン」という水滴が跳ねる音で霧散しました。
 ハッとした三巳が、水辺に寄って一番低い所にある水溜まりを覗き込みます。

 「これ、普通の水じゃないなー」

 さらりと言った三巳に、興味津々に反応したのはロダです。早足で近寄り同じ様に覗き込みました。

 「……これ、魔力が溶け込んでる……?」
 「お、よくわかったなー。御伽噺に良くある回復の泉とおんなじ感じだぞ」

 癒しと聞けば反応するのはリリです。同じく近寄り覗き込みます。
 リリが行けば熊五郎もタウろんも、ついでに肩の上の橙の妖精も近寄ります。

 『モー。なんだかとってもいい感じモー』
 「ぐるる~……」
 「回復の泉なら飲めるのよね」

 言うが早いか、リリは両手で器を作ると、水を掬い取って口に含ませます。すると途端に体に清涼感が染み渡りました。それだけでは無く、これまで体の奥深く傷ついていた何かがスッと解けていく感じがします。
 目を見開いたリリは、グルグル気持ち悪く渦を巻いていた魔力が、緩やかな渦に変わった様に感じました。
 そしてリリの凝って乱れていた魔力が確かな流れへ導かれる様を、三巳も正確に感じ取っていました。

 (魔力を回復させる泉とはね。
 流石に魔力が戻ったら三巳が獣神って気付くよなー)

 魔力を回復させる泉に進化したのは、一重にそこが三巳が寝床にしていた洞窟の一端だからです。三巳は全く気付いていませんが。
 それよりも獣神と気付いたリリが態度を改めたら悲しいな。と心配をしていました。三巳は今の関係が心地良くてお気に入りなのです。

 「?三巳?急に元気無いけどどうかしたのかしら」

 耳も尻尾もしゅーんと垂らした三巳に、リリが心配そうに顔を覗き込みます。
 リリの中の魔力はまだまだ使える状態にありません。魔力が発動出来ない原因は、悪夢で何度も魘される、トラウマの所為なのです。
 三巳は自分の事の様に心を痛めますが、同時に少しホッとしてしまい自己嫌悪します。

 「んにゃ、何でも無いよー。何でも無いけど三巳も飲んどくかなー」

 まだまだ完全回復には至らなかったリリは、未だ三巳の正体に気付いていません。
 二ヘラと眉尻下げて笑った三巳は、誤魔化す様に水をガブガブ飲みました。

 「この水、持って帰って良いかなぁ」
 「あ、私も欲しい。治療の幅が広がるかもしれないもの」

 隣で水を味わい、検分していたロダが三巳に聞きました。
 それに便乗してリリも手を上げます。

 「良いけど空の水筒あるのか?」
 「へへー、何処かで改良版水魔法使うかと思って余分に持って来てたんだー」

 ロダが照れ臭そうにしながら、リュックから空の水筒を二つ取り出します。一つをリリにあげます。

 「今回は出番無さそうだけど」

 ロダは苦笑しながら水筒の蓋をキュポンと外し、泉の中に沈み込ませました。
 リリもロダもギリギリまで水を入れて、しっかりと蓋を閉めます。

 「回復の泉を改良するなら錬金術師か薬剤師の領分だものね」

 クスクス笑いながら言うのはリリです。リリは医師見習い故に薬剤師としても見習いなので、やり甲斐溢れる素材にワクワクが止まりません。これでもっと山の民の役に立てると思うと嬉しいのです。

 「うん。リリの薬楽しみにしてる」

 ニコリと笑んで視線を合わせると、ふと視線が絡みました。そのまま時が止まったかの様に動かなくなってしまいます。
 ほおを染めて見つめ合う二人に、三巳は(またかー)と呆れ果てました。リリがトラウマを超えられるのは喜ばしいですが、流石に毎回こうだともどかし過ぎです。

 「おいおい、恋人同士ったって、良い加減オイラ達を蚊帳の外は寂しいってもんだい」
 「恋っ!?」
 「!ちっ、違うわ!?」

 ピンク色な空間を壊したのは橙の妖精でした。何故かリリとロダが恋人同士だと勘違いしていたのです。一度は邪魔しない様に静観していた橙の妖精でしたが、流石に二度目は心を鬼にして進言しました。
 それに真っ赤な顔で飛び上がったロダですが、真っ赤な顔のリリに両手をブンブン振って全力否定されて頽れました。白目を剥いた目からは大量の滝が流れています。

 「ロダが好きなのはミナミって女の子なのよっ」

 リリは池で見たロダとミナミの事を未だに勘違いしていました。そしてリリの中でロダとミナミが恋人同士にまで発展させていました。好きな子がいるのに他所から来た自分にも優しくしてくれるロダに、勘違いしちゃ駄目よ!と自己完結させていました。全部誤解ですが。ロダの想いは何一つ正しくリリに届いていなかったのです。
 滂沱の涙を流して落ち込むロダの横で、リリが如何にロダとミナミが仲良しか語っています。すべて内情を知らない憶測ですが。

 「だからロダはミナミの事が大好きでっ、私もロダが大切だから応援し」
 「違うからね!僕が好きなのはミナミじゃないから!ミナミはどっちかって言うと兄弟みたいなものだからっ!」

 ハートをグサグサに刺されまくって瀕死の重傷を負っていたロダは、しかしリリの「恋の応援」までは聞きたくありませんでした。ガバリと起き上がると、勢いよく捲し立てます。
 その勢いに、リリもやっと自分が勘違いしていたと気付きます。ポケッと可愛らしく口を開けて呆けてロダを見上げました。そして自分に良くしてくれたロダの姿が走馬灯の様に脳内を駆け巡り、全身真っ赤に染め上げました。

 「う~ん。結局二人は両片想い、って事で良いのかな」

 リリとロダが二人の世界を作る中、不思議そうに見上げた橙の妖精がポツリと呟きました。
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