獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

ほうれんそうと旅行の準備

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 三巳は今ロウ村長の家にお邪魔しています。
 ロウ村長の家には応接間があってフワンと沈むソファが置いてあります。
 三巳は居心地良さそうにソファに沈んでお茶を飲んでいます。
 ローテーブルを挟んだ前側にはロウ村長が同じくお茶を飲んでいます。

 「いやはやサラマンダーとはな。
 地獄谷には行けなくなるのか。温泉玉子美味いのに」

 ロウ村長は悩まし気に眉間にシワを寄せて肩を落としています。

 「んー?サラちゃんは気にしないんじゃないかなー。
 前より地獄谷が熱くなってるけど、そんなの魔法で何とでもなるしなー」

 気を揉むロウ村長を余所に、三巳はあっけらかんとしています。
 両手で持ったお煎餅をバリンと食べて尻尾を振る三巳に、ロウ村長は癒されて眉尻をだらし無く下げました。「そうか」と安堵の息を吐くとうむむと別の事を悩み始めます。

 「だがそれならそれで一度ご挨拶せねばな」

 神である三巳が神らしく無いので忘れがちですが、上位の存在にはそれ相応の対応というものがあるでしょう。
 ロウ村長は精霊であり、ドラゴンでもあるサラマンダーには誰と行くのが良いか真剣に悩みます。

 「挨拶行くなら帰ってきたらその旨伝えとくぞ?あと温泉玉子は三巳も食べる」

 キリリとさせて請け負いますが、温泉玉子がメインなのはその口元を見れば明白です。だってよだれが垂れそうになっていますから。

 「うむ。ではお願いしよう。ワシは回覧がてらみんなを集めて会議をするよ」
 「おー頼むなー。三巳はもう一枚お煎餅食べたら帰る」

 一際大きい一枚を取って言う三巳に、ロウ村長はほっこり癒されてから回覧作成を手掛けました。

 さて、報告は済んでお煎餅もたらふく食べて満足した三巳は、村の雑貨屋さんに顔を出しています。
 雑貨屋さんに入った三巳は、壁に掛けて並べてあるリュックや水筒を見て回っています。

 「あら~三巳じゃな~い。珍しいわね~」

 三巳が水筒を手に持って矯めつ眇めつ見比べていると、店の奥から膨よかでおっとりとした女性が出て来ました。

 「こんちわーミランダ。リリ用にリュックと水筒を見に来たんだけど」
 「まあ~何処かへお出掛け~?」
 「うん。プチ観光旅行をな」
 「良いじゃな~い、良いじゃな~い!
 それなら~これなんかどう~?ウサミミリュック~似合うと思うの~」
 「おお!可愛いな!」

 ミランダが取り出したのは丸みを帯びたオフホワイトのリュックでした。玉子型のリュックには大きなポッケが付いていて、上にある蓋を留める大きなボタンとのアクセントが良い味出しています。そして更にその上にピョンと立つ二つの長いウサミミが乙女心を刺激します。

 「ふふふ~この犬っこリュックも~、クルンと丸い尻尾がキュ~ト~でしょ~」
 「!柴もふ!」

 次に取り出したのは薄茶に白が混ざったリュックで、下から柴犬の尻尾がピョコンと出ていました。しかもリュックをしょって歩けば左右に揺れる仕様です。

 「これはリリが好きそうだ。しかも三巳と尻尾仲間だ」

 自分の尻尾とリュックの尻尾を交互に見た三巳は、嬉しそうに尻尾をブンブン振りそうになって、堪えました。外ならともかく狭い店内で大きな三巳尻尾を振れば、商品が散乱する大惨事になっていたことでしょう。代わりに耳を高速でピクピク振って落ち着かせています。

 「うふふ~お気に召した様で何より~。他にも羽リュックなんかもあるわよ~」
 「てっ!天使の羽……!」

 ニンマリと笑って徐に取り出したのは、ピンクのリュックに真っ白な翼が可愛らしく自己主張している物でした。それは正しく色んな場面で見かけたデフォルテ天使の羽。根元がクルンと渦を描いているのがいい味出しています。

 「これしょったリリは可愛さ倍増だなー。ロダに見せたら卒倒しちゃうんじゃないかな。ヘタレだから」
 「ああ~あの子~。卒倒。しちゃうかもね~」

 三巳とミランダはその様子を想像してクスクス楽しそうに笑いました。

 「まあ~リリちゃんは大人っぽくもあるから~、こういう大人向けのも~良いかもね~」

 そう言って取り出したのは、茶色で何とも実用的な地味目のリュックでした。
 それを見た三巳は、スンとした真顔で口をキュッと閉じてしまいます。

 (いや、うん。前世の三巳なら選んでたかもしれないけど、流石に多分まだ十代前半の少女には。なあ)

 確かにポケットが充実していて水筒を入れる専用ポケットまで有り、収納力も抜群そうです。でもそれはあくまで遊び用じゃない。決して遊び用ではありません。実用です。仕事用です。もしくはご年配の方向けです。

 「……今回は日帰りの予定だからそれはいいかな」

 真顔に何とか笑みを張り付けた三巳は、珍しく真面目な口調で丁重にお断りしました。
 もしリリが選んでいたとしても、自身のモフみで誘惑してでも可愛い方に誘導する所存です。大人のエゴと言われ様とも、可愛いリリに可愛くないリュックはお断り申し上げる三巳なのでした。

 「あら~そ~お?それは残念~」

 ミランダは本当に残念そうに「いいんだけどな~、実用的~」と言いながら地味リュックを壁に掛けました。
 三巳はホッと安心して他の三つを見比べて悩みます。悩んで悩んで悩んで。こっちに決めた!と思えばやっぱりこっちが良いかなと思い直すの繰り返しです。

 「可愛いがいっぱいで三巳一人じゃ選べないや。リリと相談してまた来ていいか?」
 「おふこ~す♪
 またのご来店~待ってるわ~」

 どうしても決められない三巳は諦めてリリに決めて貰う事にしたのでした。
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