獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

山の巡回④

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 山の村の裏手にある地獄谷は、山の民も利用する場所です。
 けれどこの度新しくサラマンダーのサラちゃんが移住する事になりました。
 地獄谷はサラマンダーの影響で、更に熱い場所となるでしょう。

 「サラちゃんは生き物食べないだろうけど、山のみんなに回覧板しなきゃだなー」

 知らずに何の準備も無く行って、火傷したら大変です。
 山の民は村長に言えば大丈夫でしょう。けれど他のモンスターや動物達はそうもいきません。
 モンスターや動物達は本能でわかっていそうですが、ホウレンソウは大事です。もしかしたら本能が不調の子もいるかもしれませんものね。
 三巳はキョロキョロ、フンフン目と鼻で辺りを探ります。

 「にゃはー、やっぱり近くはいないなー」

 サラちゃんを警戒してか、他の生き物の気配はありませんでした。

 「ま、巡回はまだ途中だしな。その時に回覧まわそう」

 三巳は天を仰ぎ見て、うーんと大きく背伸びをしました。耳も尻尾もうーんと伸びています。

 「よしっ、続き続きー♪」

 クルンと回って軽い足取りでピョーンピョーンと地獄谷を駆け降ります。
 地獄谷は硫黄の匂いが立ち込めて温泉好きには堪りません。でも今日は回覧を回すというお仕事も出来たので我慢です。今度ゆっくり卵を持って来ようと心に留めて降りていきます。
 
 地獄谷を過ぎると高原に出ました。高い木々の無い高原は、遮るものが無くて襲われやすそうですが、それでも住む生き物達はいます。
 中でも異色を放っている存在が、悠然と草を食んでいました。

 「タウろんこんちわー」

 三巳は胡坐を掻いて草を千切ってはパクリ。千切ってはパクリ。と食べるその後ろ姿をポンと叩いて挨拶します。
 振り向いたその顔は牛さんそのものでした。でも体は毛むくじゃらの人型です。ミノタウロスです。ミノタウロスが他の鹿さん達に混ざって草を食んでいたのです。

 『久し振りだモー。草食べるかモー?』
 「三巳草はいらないモー」

 おっとりと草を差し出すミノタウロスのタウろんに、三巳は能面の様な笑顔で首を横に振りました。語尾がうつっていました。
 タウろんは『そうかモー』といってパクリと草を食みました。

 「ここは相変わらず平和だなー」

 三巳は隣に座って高原を眺めました。過ぎる風が心地良いです。
 三巳の守る山はそもそも平穏ですが、高原の景色は静かに時が流れていてまた違った平和を感じます。

 『そうだモー。草おいしいモー。他のミノタウロスも草食べればいいのにモー』

 本来のミノタウロスは肉食です。冒険者達にとっては脅威となる存在ですが、タウろんは穏やかそのものです。
 なぜならタウろんはベジタリアンですから。

 「ここは変わりないか?」
 『草少ないモー』

 まったりしながら訪ねた三巳に、タウろんは悲しそうに草をパクリと食みました。

 「今年は雪多かったからなー。今度村に草分けて貰うか?」
 『村の草!おいしいモー!食べたいモー!』

 三巳が申し訳程度に提案すると、タウろんは身を乗り出して興奮気味に答えます。三巳の顔に草が飛びました。
 三巳は困った様に笑いながら、魔法で顔を綺麗に洗いました。
 タウろんは正座で反省しつつも、体を前後に揺らして『食べたいモー。おいしいモー』と興奮が冷めません。
 
 「そんなに村の草好きなら降りてくれば良いのにー」
 『人間怖いモー。人間もミノタウロス達怖いモー』

 何気なく言った三巳ですが、タウろんは悲しそうにのの字を描きます。

 「言葉通じればタウろんが優しい子ってわかるのになー」

 ゆっくり流れる雲を見ながら尻尾をブラブラさせて溜息が出ます。

 『仕方ないモー。人間は人間の言葉しかわからないモー』

 タウろんも牛の尻尾を切なげにフルリと振って溜息が出ます。
 暫し静かに空気が流れていきます。

 「ま、今度貰って来るから楽しみにしててな」
 『待ってるモー!』

 タウろんは喜びのあまり三巳を抱き上げて高い高いでクルクル回りました。
 三巳もタウろんも楽しそうな良い笑顔です。

 「そだ。忘れるとこだった。
 タウろん地獄谷の騒ぎ知ってるか?」

 両手を広げて高い高いを楽しんでいた三巳ですが、ここに来るまでの道程を思い出した事で思い出しました。
 
 『サラマンダーが住み着いたモー』

 タウろんは高い高いを続行したままで答えます。いい笑顔が止められません。

 「こんだけ近けりゃわかるか。
 そう、今は外出してるけど新しい移住希望者だ。山全体に回覧回してくれるか?」
 『わかったモー。草楽しみだモー』

 若干の不安は残りますが、タウろんは快く回覧を引き受けてくれました。モンスターなので文書はありませんが。伝言ゲームに近いのでしょうか。

 「よろしくなー。三巳も残りの巡回地で回しとくよ」
 『草おいしいモー』

 三巳は言いましたが、タウろんはもう頭の中が草でした。
 苦笑を漏らしつつ三巳は高原を離れました。
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