獣神娘と山の民

蒼穹月

文字の大きさ
上 下
9 / 368
本編

診療所にて〜謎の少女②〜

しおりを挟む
 「(ありがとう)」

 薬湯を飲み、一息ついて落ち着いた少女は改めてお礼を言います。
 喋れないので口パクですが。

 「落ち着いた様だな。良かった。
 名前は喉が治ったら教えてくれるか?」

 三巳は安堵して少女の頭を優しく撫でました。
 少女は一瞬ビクッとしましたが、優しく撫でられて安心します。
 三巳の問いにコクリと首を縦に振って応えました。
 それに満足した三巳は、ニカリと可愛い犬歯を覗かせて笑います。
 少女を支えている尻尾を優しく退かして、もう一度少女を横に寝かせてあげる三巳は、湯呑みと薬湯を入れている急須を持って立ち上がりました。

 「君が目覚めた事ロキ医師に伝えてくるな。
 薬湯ももう少し作って貰うよ」

 (犬歯、可愛いな)

 少女は三巳の犬歯に釘付けになりながら、コクリと頷きました。
 そして部屋から出て行く三巳の後ろ姿を見て、今度は尻尾に釘付けになりました。

 (尻尾もふもふ。大きい。グルーミングしたいな。
 ……ネルビー、ちゃんと逃げたかな。生きてると良いな。せめてあの子だけでも生きていて欲しい)

 少女は三巳と飼い犬を重ねて、部屋に誰も居なくなった途端に静かに涙を流しました。
 一体少女の身に何が起こったというのでしょう。
 神様的、というより獣的聴力で少女の啜り泣きの声を拾ってしまった三巳です。
 
 (直ぐ戻ろうかと思ったけど、少し一人にした方が良いかな)

 湯呑と急須をロキ医師に渡しながら思案する三巳です。
 
 「ロキ医師。食べ物は何かあげれるか?」
 「そうさのぅ。あの骨ばった体を見るに長らく真面な物は食べれておらんじゃろう。
 3分粥から様子を見て少しづつ上げていこうかの」
 「そっか……。
 ホントは魔法でパっと治せれば良いんだけどな」

 3分粥はあまりに味気ありません。三巳には耐えられそうにないその味を想像して、心の中で「うえ」と不味そうに舌をだして嫌がります。
 ロキ医師はそんな三巳に「かっかっか」と快活に笑って頭を撫でてあげます。

 「回復魔法はまだ練習中じゃからなぁ。歯痒かろう。
 尤も瀕死の重傷や火傷の跡程度のものでもない限りは、自己治癒力を損なわない為にも為るべく使わんほうがええがの」
 「うん。判ってる」

 判ってはいても心はもどかしさにモヤモヤとして、つい口を尖らせてしまう三巳です。
 先日からロキ医師の元で学んでいますが、自分自身が全く怪我をしない為、要領を得ないのです。
 山の民が怪我をした時に了承を得て、練習をさせて貰っていますが、そもそも山の民は滅多に怪我をしません。
 怪我をしないのは良い事なのですが、肝心な時にまだ上達していない現状が辛くて気分が沈んでしまいます。
 耳も尻尾もしょぼーんと垂れています。

 「嘆いておっても仕様がなかろう。
 出来る事を頑張るだけじゃよ。
 ほれ、粥を作って持って行ってあげなさい」

 ロキ医師は釜にお米を入れて三巳に渡してあげます。
 
 「うん。出来るだけ美味しく作る」

 にぱっと笑い釜を受け取った三巳は水場で米を研ぎ始めました。
 ロキ医師はそれを暖かい目で見守り、自らは新しい薬湯の準備を始めるのでした。
しおりを挟む
感想 118

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです

かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。 強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。 これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...