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第十二話

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 あの日から俺はニーナへの思いを胸に秘めてきた。
 俺なんかがニーナを幸せに出来る筈がないからな。
 なのにバクシーさんはそんな俺にニーナと夫婦になって欲しいと言う。
 更にはここに来てニーナまで乗り気になって、俺はこの思いをどうしたら良いのかわからなくなった。

 「アスター。貴方の心のままを伝えても良いのですよ」

 茫然と我ながら間抜けな顔を晒していると、テルロが出会った当初とは違う穏やかで暖かみのある笑みで促してきた。その笑みからは親愛の情が伝わってくる。
 テルロは初めから俺の事を思って行動してくれていた。
 別の兵士が交代に来て俺を殴った一件から、ずっとテルロが側にいて見守り、時に叱り導いてくれていた。
 俺はなんだかとても泣きたくなった。

 「良いのかな?こんな俺でも、また求めても良いのかな」
 「勿論ですとも」
 「あったり前ぇよ!」
 「当たり前だよっ」

 行き場を求めて彷徨わせた瞳は、その全てで優しい景色を映し出した。
 俺はもう流れる涙を止めなかった。
 代わりに笑う。

 「俺は……ニーナが好きだ」

 笑って告白する。
 今迄の人生の中で一番下手くそな告白だ。
 泣いてるのが格好悪いし、泣きながら笑うなんてさらに格好悪い。その上告白のセリフすら素っ気なく、気の利いた言葉の一つも言えていない。

 それなのに。

 ニーナは大きな茶色の目をいっぱいに潤ませてくれた。

 「あー……。ゴメン。なんか……今の嬉しすぎて」

 溢れ落ちる涙を両手でゴシゴシ拭いて言葉を詰まらせるニーナに、俺の方が嬉しくて言葉が詰まる。

 「……そんなに擦るな。ああ、ほら赤くなってる……」

 ソッとニーナの両手を取って顔を覗けば、ソバカスの散る顔を赤く染めていた。両目はさらに赤く、少し腫れてしまっている。

 「うわー、今きっと不細工な顔してるよー」

 恥ずかしがるニーナが顔を俯けて隠すのを、敢えてそっと顎に手をやり上げてやる。そしてその目に精一杯の俺の微笑みを映す。

 「とても綺麗な顔をしているよ」

 今の正直な気持ちを伝え、未だにポロポロ涙を零す眦にキスを落とした。
 すると慣れていない行為だったのか、「ひえっ!?」と可愛らしく驚きの声を上げて涙を引っ込めた。
 その様子に思わずクスリと笑ってしまう。

 「むー。アスター君揶揄ってる?」
 「揶揄っていない。ニーナは可愛い」

 口を尖らせる姿すら愛おしく、俺はその可愛い顔にキスの嵐を降らせた。

 「ひゃっ!?うひっ!?」

 その一つ一つに反応を返すニーナに初々しさを感じて嬉しくなる。
 クスクス。クスクス。笑みが溢れて止まらない。このキスと同じ様に。

 「あ――。良いとこ邪魔して悪いがよ、俺達がいる事忘れねぇで貰えるか」
 「もひゃ―――!?」

 同じく苦笑いでクスクス笑うバクシーさんに、ニーナが全身を茹らせて飛び上がった。可愛いな。
 その勢いのままヨレヨレと駆け去ると、奥さんの影に隠れてしまった。端からいつもは強気な瞳をチラリと覗かせる姿が可愛くて目尻が下がる。

 「がっはっは!いやー良く言った!これで正式に俺の義息子として扱えるってもんだな!」
 「あらあらまあ。元々そう扱っていたでしょうに」
 「ばっか、俺ぁこれでも遠慮してたってんだ」

 バクシーさんも奥さんもとても嬉しそうに破顔してくれる。
 俺もこの二人の義息子になれるなんてとても嬉しい。
 みんなでニコニコと喜びを分かち合っていたのに、ここでテルロが笑顔のまま爆弾を落としてきた。

 「しかしそうなると私の身の置き場も変えねばなりませんね」

 俺を祝福するその口で、そんな悲しい事を言う。
 俺はショックを受けて情け無い顔を晒してしまった。

 「テルロ……何処かに行ってしまうのか?」

 城から一人放逐されてから今迄。ずっと側にはテルロがいた。
 莫迦だった時も、心を入れ替えて四苦八苦している時も、いつだってテルロが俺を教え導いてくれていたんだ。
 それなのに、テルロがいなくなる?
 そんなの考えてもみなかった。
 けれどもテルロは良い人だ。騎士としてもきっと求められる素晴らしい人材。
 それを俺なんかの為に何時迄も縛り付けておく方が可笑しかったんだ。
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