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ただしい恋のはじまり中編
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チェリお姉さまとの邂逅から早いもので、一日が過ぎた今日。
話を聞いたチェリお姉さまの娘が是非ともすぐに会いたいと話に乗り気になってくださり、その日のうちに馳せ参じようとまでして頂けたとか。こちらの都合の確認も必要だろうとあちらの執事に止められたようだけれど。
けれども私としても早くお会いしたかったので、今日お会いすることとなったのです。
「どのようなご令嬢なのかたのしみね」
「左様でございますね姫様」
予定の時刻になったので、待ち合わせ場所の談話室へ行く。心持早足になってしまうのは楽しみにしていたので許してほしい。
談話室に入ると、すでに王妃とチェリお姉さま、それに初めて見る迫力美人がソファに座りくつろいでいた。
遅れてしまったのだろうかとエイに確認をするとそんなことはないようだ。彼女たちが早めについただけだろう。
「おまたせいたしましわ。アンジュでございます」
声をかけて迫力美人の傍まで寄ると、美人はニコリと笑んで立ち上がる。そのピンと背筋の張った立ち姿は、美しい容姿と相まって眼福だ。絵師を呼んで永久保存をしたい。
美人の相貌は希望通りにフォルと似ていたために胸が高鳴る。だからこそ彼女がフォルの従姉殿なのだろうと確信して近づいたのだけれども。
これはいけるのではないか。ただしく女性の彼女に恋心が移譲すればフォルと離れる寂しさは減るだろう。さらに内密に秘密を打ち明けちゃったりなんかしちゃって、実は両想いだったりして愛の逃避行なんかもいいかもしれない。昔と違って自給自足も出来ちゃうのではないだろうか。南の島で二人夕日を背にとか。
「こんにちは。お初にお目にかかる。私はファリステルという。気軽にファーさんとでも呼んでくれ」
片膝ついた迫力美人に恭しく片手を取られて想像の淵から戻ったが最後のは笑うところだろうか。途中までは騎士のように格好良く流れる動作だったけれど、チャーミングにウィンクをされて気が抜けてしまう。流石にファーさんはハードルが高いのでファルと呼ばせていただこう。
ファルは立ち上がる前に「ちゅ」と手の甲にキスを落とした。そしてビキンと見事に固まってしまう。美人に「ちゅ」された。フォルにも兄上達にもされたことないのに、勿論ほかの殿方となどは論外だ。それがまさかのご令嬢にされるなど誰にも想像などできないだろう。少なくとも祖国ではやらない。ぜったいやらない。おそらく。城から出たことないから周囲の話を聞きかじる程度だったけれどやらないはず。
「ふぁ、ふぁ、ふぁ」
「ふぁ?」
口が上手く動かせず同じ言葉を連呼してしまうと、ファルが首を傾げて同じ言葉を繰り返す。
「ふぁーさん!?オンナノコヤラナイちゅはオトコノコスル騎士チカイ。ハレンチヨ!?」
混乱してしどろもどろにあたふたと伝えると、苦笑して立ち上がるファル。
「恥ずかしがり屋さんだね。可愛い」
片手が私の顎に添えられて、持ち上げられ目と目があう。そして妖艶な笑みを作って色気を駄々洩れさせて言う。
背後のシィが「あれは伝説のアゴクイ!」とか呟いているが、それをかまう余裕はない。
顔が熱くなるのが確認できたので、あわてて、でも失礼にならない様に後退る。
「ファル。祖国では女性はお淑やかに振舞うものなのですっ。この国の方はそうではないのは理解しておりますっ。お言葉使いは慣れはしたけれど、流石に行動まで雄々しいのは慣れていませんのっ」
「おや、それは失礼。
あまりに可愛かったものだからつい」
おどけて舌を出すさままで妖艶で美しいとはどういうことだ。眼福である。離れたことで落ち着きも取り戻したしこのパーソナルスペースは維持したい。
「それよりも悲しいよ。アン。最初にふぁーさんと読んでくれたのに、なぜファルに直すんだい?」
「びっくりして頭が働かなかったからついですわ。正気の状態では私には恥ずかしくて少し難しいですわ」
軽くほおを膨らませて、ぷんとそっぽを向く。
「じゃぁ仲良くなって呼んでもらえるよう努力するとしよう」
にこやかに白い歯を煌めかせて言ってきたけど、キラキラエフェクトはフォルの親族間では標準装備なのだろうか。でも仲良くはなりたいので、その申し出は正直物凄く嬉しい。
「あら、それは楽しみですわ」
コロコロ笑って了承の意を述べると、ファルは目をパチクリさせて次いで目を細めて嬉しそうに笑む。
「本当に可愛らしい。オルにくれてやるのはもったいないね」
「まあ」
本当にぜひそうして下さい。期待を込めて見つめる。可愛らしく両手を合わせるのもわすれない。
「あらあらまあまあ。良かったわ二人とも仲良くなれそうで」
「そうだね。取り持つ必要もないようだ。すでに二人の世界を構築している様だよ」
横でソファに寛いで様子を見ていた王妃とチェリお姉さまが、嬉しそうに顔を見合わせて和やかに話している。
おや。王妃様よ、ファルに私が取られてもよいのですか。それはそれで悲しいのだが。
「余裕ですね伯母上。アンをフォルから奪っても良いのですか?」
「あらあら、あの子がそう簡単に手放すとは思えないから大丈夫よ」
不敵に笑うファルとコロコロ笑う王妃だが、別段空気は悪くない。むしろお互い楽しんでいる様だ。 そりゃ、普通に考えたら女性が男性から女性を盗る事など考えないだろうけど。そこを狙う私には障害が無いのはありがたいような眼中にないことへの感傷に浸るような複雑な心境だになる。
「ふむ。その余裕崩してみたくなりますね。
ではアン。二人きりでデートでもしようか」
で、で、で、!?でーと!?あの噂の!恋仲同士の男女が手と手をつなぎ一つのグラスを二つのストローで飲みあうキャッキャうふふな、嬉恥ずかし青春の一ページのやつですか!
で、で、で、でもでも、私達今知り合ったばかりです事よ!?内心悶え来るってしまうやつですよ!外には出しませんけれど!小さく口に手を当てて驚くに留めますけれど!
「私、でーとは初めてです」
「あら?以前フォルと街に降りなかったかしら」
「?あれは公務でしょう?」
王妃に首を傾げられたけれど、でーとと公務は違うよね。
首を傾げていると、王妃は困ったように笑い、チェリお姉さまとファルは豪快に笑い、背後でエイが遠い目で合掌し、シィが「殿下不憫」と死んだ目で呟いている。なぜだ、解せぬ。
「あの?」
「いやいや、いいんだよアンはそれで」
どうにもわからないので、どうしたものかと声を掛けると、ファルにそう言って笑いながら肩を抱かれる。
うん?良くわからないけれど良いと言うのだから良いのだろう。
若干納得はできないながらも不承不承に頷く。
「じゃあ、初めてのデートは私とどこへ行こうか。行きたいところはあるかい?」
「?でーとは手と手をつなぎ一つのグラスを二つのストローで飲みあう行為を言うのでしょう?」
肩を抱かれたまま軽快に笑うファルに疑問を口にすると、周囲で落雷が起きた。様な気がした。
「ちょっと、失礼。君の侍女をお借りしても?」
なんだと言うのだ。困り眉でそれでも頷くと、ファルはエイを伴いソファ上で笑顔を引きつらせ固まる王妃とチェリお姉さまの元へ行き、円陣を組まれる。疎外感だ。
円陣内では何やら話し合いが行われている。ファルがエイに何事か話し、エイがそれに答え、驚愕の空気がこちらにまで伝わる。だから、疎外感がだね、するわけでね、何故私は仲間に入れて貰えないのだろう。
エイ以外の全員がこちらをちらと見る。何故そんなに可哀そうな子を見る目をするのだ。
ファルが意を決した様子で円陣から離れて、こちらに戻ってきた。
「すまない。私とアンとでデートの定義が違うようだ。良ければ今日は私にエスコートさせて貰えないだろうか」
「まあ、喜んで」
そうか、そうだよね。これだけお国事情が違うのだから、でーとも違うものになるのだろう。そう納得する私を痛ましい顔で見るのはお止しなさいエイよ。
こうして私はファルにエスコートされて馬車に乗ることになった。良かった、乗馬ではなくて。以前のことがあるので乗馬は身構えてしまうから困るところだった。ちなみに二人きりとは言っても護衛騎士は隠れて警護についてくるらしい。そうだよね、こんなに美人だもの何かあっては大変。そう納得していたらエイに「一番心配なのは姫様です」と言われたのは納得できそうもない。この分だとエイもこっそり付いて来そうだ。
馬車に揺られて着いた先は郊外に存在する運河だった。運河は祖国にもないもので存在を知った時に行ってみたいと思ったひとつなので、予期せず来ることが出来て素直に喜ぶ。この運河は山間の湖から流れる川と海とを繋いでいるものを生活用水路として張り巡らしたものらしい。城付近には普通の河川しかないのでその違いにワクワクしてくる。
馬車を降りて運河沿いに建つ白くて可愛らしいカフェテリアに入ると、店員さんにテラスの運河に近い席へ案内してもらう。冬の寒さが身に染みるかと思ったけれど、そこかしこに置かれた達磨ストーブが寒さを和らげてくれている。それでも上着を脱げるほど暖かいわけではないので着たままだで座る。
ファルも座ると定員さんが暖かいお茶を「サービスです」とくれて、メニュー表を手渡される。
といっても、私はカフェテリアに入るのもメニュー表を見るのも初めてなのでどうしたらいいか判らない。困ってファルを見るとファルの持つメニュー表を私に見える向きでテーブルに置き、指で一つ一つ説明してくれる。けれどもそのどれもが祖国の城でもこちらの城でも食したことのないものだったので(後日エイに聞くとカフェならではのお洒落な創作料理どと聞いて成程と納得した)、すべてファルに一任する。ファルは店員さんを呼び鈴で呼んで、やってきた店員さんにメニューを見せて指をさしながらいくつか注文をしていく。その注文模様は呪文のようだった。
待っている間運河を眺めていると、時折小さな小舟に乗った人が通っていく。荷物を運んでいるおじさまやおばさまが多いけれど、何も荷物を載せずに人だけが乗っている細長い先が尖ったような小舟も通っていく。
「ファル。あれは何かしら」
「ん?ああ、あれは観光ゴンドラだね。ああして後ろに操舵の者がついて様々な場所を案内したり、馬車の代わりに運河を利用して連れて行ったりしている」
それは楽しそう!でも、どこで乗れるのだろう。キラキラした目でゴンドラが通り過ぎるのを見ていると、ゴンドラに乗っている人が手を振ってくれる。そういう時は手を振り返すと良いとファルに教わり振り返す。向こうも笑顔。私も笑顔だ。何これ楽しい!
ニコニコ、ニコニコしながらゴンドラが来るたびに手を振っていたら、目の前に座るファルが組んだ手の甲に顎を載せて、愛しいものを見る目で私を見つめていた。なんだか気恥ずかしくてほほが赤らむのを感じる。
目のやり場に困っていると丁度飲み物が運ばれてきたのでホッとした。ファルには微笑みながら苦笑されたけれど。美人の微笑み苦笑はやはり美しかったです。眼福。
「まあ、飲み物に何か描いてありますわ」
運ばれてきた飲み物を見ると、可愛いカップに注がれた飲み物は、白いもこもこで覆われていて、そこに茶色く撫子の花が描かれている。
「気に入ってくれたかい?」
「ええ!とっても!
凄いわ、どうやって描かれているのかしら。それにこのもこもこは何で出来ているのかしら」
秘密を知りたくてカップにスプーンを落とすと、可愛く描かれていた撫子が崩れて白いもこもこと混ざってしまった。この世の終わりのように嘆いていると、ファルがくすくすと笑う。
「ひどいわ。私こんなに悲しんでいるのに笑うなんで」
ぷんとむくれ面をそらすと、さらに笑い「ごめんごめん」と謝られる。謝られてもそんなに笑われていたら誠意が見えないのに。
「あまりにも可愛かったから。良ければいつでもここに連れてくるから、そんなに悲しまないで?」
「絶対ですよ?約束ですからね」
また、いつでもこの不思議で可愛い飲み物が飲めるのであれば否やはない。
崩れてしまった撫子は悲しいけれど、また作って貰おうと決めて、今回は諦める。もこもこの正体はファルが教えてくれたので良しとする。
ゆっくりと口に運ぶ度に広がる香りを堪能しながら運河を眺めていた時間は、時間がゆっくりと過ぎていくようでとても落ち着くことが出来た。
飲み終わるころに店員さんがファルに「用意ができました。いつでもどうぞ」といって去っていったけれど、何だろう。一頻り首をひねっていたけど、ファルにカフェの横にある桟橋に連れられると、そこには一隻のゴンドラが止まっていた。何という事でしょう。ファルは私の為にゴンドラの予約をしてくれていたのです!
あまりの嬉しさに、はしたなくも両手を口に当て軽く飛び跳ねてはしゃいでしまいました。ファルに呆れられないといいけれど。はしたない行動に気付いてちらとファルを見ると、笑顔で手を差し出していた。
「お手をどうぞ。アン」
スマートにエスコートしたファルは美人というより格好良かったです。眼福。
キラキラエフェクトの星々に体を貫かれる感覚と眩しさにやられながらもゴンドラに乗り込み隣同士で座ると、操舵者が暖かいブラケットを貸してくれたのでありがたく使わせてもらう。
操舵者の方が操るゴンドラに揺られながら、ゆったりと街をめぐる。この時期の田畑は寂しいものだが麦やお米の季節になると壮大に広がる景色は見事なものらしい。残念ながら今は休耕しているのでそこはスルーして、と思ったら、麦もお米も無いけれど、運河沿いには冬の花々が植えられていてとても綺麗だった。お花を眺めながらもゴンドラはゆったりと進む。農耕地を過ぎると港街に出た。港では漁師や船乗り達が活気にあふれて仕事している。船着き場では屋台船(というらしい)が泊まっていて興味深く覗いていると、ファルに支持されてゴンドラは屋台に近づいていく。さらに近くで見学できて感動していると、ファルが屋台のおばさまにお金を渡して、代わりに香ばしい香りのお魚を受け取った。どうするのかと思ったら、2本のうちの一本を渡されて戸惑う。
これ、どうしたらいいんだろう。
首を傾げていると、ファルがそのお魚の背に豪快にかぶりついた。成程畑と同じか。瞬時に理解し納得して齧り付くと食べたことが無いくらい新鮮なお魚の味が口いっぱいに広がる。ぴりりと来る塩加減が絶妙だ。お魚もお野菜と同じで鮮度が命なのだと学んだ。夢中で食べている間もゴンドラはゆっくりと進む。このまま海を航海するのかと思ったら、港をぐるりと周り、別の運河の入り口に入っていく。
「ここは何処につながっているのかしら」
「ふふ。それはお楽しみさ」
確かに結末は先に知ってしまうと物語の面白みも欠いてしまうか。納得し運河任せにゆらゆらゆったり進んでいく。進んでいくと壮大な大きくずんぐりむっくりとした建物の前に出る。案内によると、ここは学術図書とのこと。
最近忘れかけていたけれど、ここは農と学の国でした。
「この裏には学術都市が広がっているんだ。そこでは生徒と教師が今日も新しい発見に余念がないよ。
オルも趣味と公務の一環でよくここを訪れているから、もしかしたら今日もいるかもね」
「オルとはフォルのことですわよね。最近時折出かけてらしたけれどもしかしたらこちらでしたのね」
「ああ。秋の収穫期も過ぎたから顔を出しているんだろう」
広い敷地のある図書館は端から端までがずいぶん長い。ゆったり揺られて眺めていると、図書館から出てきた人物と目が合う。
「アン!」
言わずと知れた、噂のフォルだ。
私を認め笑顔で手を挙げ呼び、駆け寄る。が、それが急に怪訝な顔になって速度が落ちる。それでも確実にこちらに来て、憮然とした顔でファルを睨んでいる。その顔は殺気だっていてちょっと怖い。
「なんでアルがいるんだ」
「おや。何かおかしいかい?」
不敵に笑うファルが私の肩を抱き寄せてる。私は急に重くなった空気にタジタジである。取り合えず口を挟める雰囲気では無いので黙って見守ることにする。
「なんでアルがアンと共にいる!?」
「それは伯母上にご紹介いただいたからだね」
「なんだと!?その手で来たか!アルだけには会わせないようにしていたのにっ」
「はっはっは。残念だが、これはアンからの申し出だよ」
「なっ、どういうことだい?アン」
殺気駄々洩れだった気配を一瞬のうちに消して、悲しみに打ちひしがれた顔で聞いてくるが。
「あの、なにかいけなかった?
わたしはただ同年代のお友達(という名の新しい恋候補)を作りたくて、リサお義母さんとチェリお姉さまにご紹介頂いたのだけれど」
「ちっ。伯母上の仕業か!!」
吐き捨てられました。こんなに荒ぶるフォルを見るのは初めてだ。
「爪が甘いのだよ。もっとも紹介されなくとも自ら会いに行くつもりだったがね」
「来るな!?」
悲鳴のように叫ばれるけれどこの二人従姉弟同士だよね。何故こうもフォルは嫌がっているのだろう。
「フォル、駄目だった?」
「!?アンは駄目じゃないよ!」
「では何故そんなに怖い顔をなさるの?」
身をすくめてファルにしがみ付き困った顔の上目遣いで問うと、フォルは息を詰めて絶望を感じたかのように蒼褪める。批難している訳ではないから、蒼褪められて申し訳なく思う。
「そこの操舵者よ、私も乗せて貰えないか」
「乗せてやりたいのは山々だがね、こっちも客商売だ。お客さんが否と言えば例え王子でも乗せれないよ」
凄いこの人一国の王子に言い切った。
驚愕で目を見開き感動と羨望でじっくりと見てしまう。これ、祖国でやったら即不敬罪で捕まるよ。
「わたしは構わないよ。
アンはどうだい」
「私も大丈夫です」
本当はファルと甘い恋を育てたかったけれど、フォルをほっては置けなくてコクリと頷く。
ゴンドラは学術図書用の桟橋に泊まり、フォルを乗せる。
「手を貸そうか?」
ニヤリと言うファルに対して、じろりと睨み「結構だ」と乗り込み前に座る。
「席を譲る気はないかアル」
「いやだね。こんなに寒い日にひと肌から離れてはか弱い私は風邪をひいてしまうよ」
腕を組んで憤懣とした面持ちでファルを睨むフォルと、しれっとおどけてみせるファルの対比がすごい。見えない火花を感じて関電しそうだ。
「よくいう。わたしより強いくせに」
驚いてまじまじとファルを見てしまうと。ニコリと笑みを返される。男性より強い女性がいるなんて、この国の常識をこの学術都市で学びたい。切実に。
「アン。ごめんよ、楽しんでいる所にお邪魔して」
「いいえ。私もフォルと一緒で嬉しいわ」
肩を落とし苦笑いで謝られるが、私も今はまだフォルの方が好きなようなので素直に嬉しい。この恋心に困りはしているけれど。
フォルも安心して屈託なく笑ってくれる。
「本当にごめん。情けないけど、アルが相手だと余裕が持てなくて。嫉妬で怖がらせてしまった」
嫉妬されてた!どうしよう、嬉しすぎて心臓が爆発してしまう!このままじゃいけないのに、好かれていると実感すればするほど、好きの気持ちが大きくなってしまう。落ち着け自分、正気になるのだ、このままでは国際問題だぞ!
真っ赤に茹る私を見て慈しむ目でファルが見ているが、今はそれどころではない。
「まったく。こんなに好かれていて余裕をなくすのはアンに失礼じゃないか」
好きって言わないでっ、さらに茹るから!!
湯気の吹き出す顔を覆い隠し下を向いてしまう。
「アン!可愛い!!」
よしてやめてさわらないで今はそっとしてっ。さらに体を丸めて縮こまらせてしまうから!
「ごめんね、アルにはいつも親しい友人を取られていたから気が気じゃなかったんだ」
「おや、人聞きの悪い。彼らだってオルから離れた訳じゃないだろ。私といる方が楽しんでいるだけで」
「だから嫌なんだ、その不遜とした態度で何故か皆に好かれて、アルの方が王子らしいとまで言われる私の身にもなって欲しいよ」
そんな経緯があったのか。知らなかった事とはいえそれは悪いことをしてしまった。でも、それが返って格好いいフォルの可愛い一面に巡り合い、恋の熱は留まることを忘れてしまった。急速に加速し成長するこの想いはもうどうしようもない。
「あの。私はフォルがその、・・・す・・・・す」
そろりと伺うように赤い顔を上げて、覚悟を決めて意を決して告白をしよう。その上で秘密を打ち明けよう。彼には誠実でありたい。国際問題になってしまうようなら、身を挺してでも止める努力をしよう。それよりこれ以上彼に嘘をつきたくない。
『す?』
意を決しても初めての告白にうまく言葉が紡げない。言いよどむ私の言葉を確認するように視線が集まり、異口同音で、言いよどみ先が言えない言葉を繰り返さし聞かれる。
ファルからは優しく見守られ、フォルからは期待に満ちた目で輝かれ、操舵者まで泊まって、期待に耳を傾けている。さらに気付いたけれど、護衛騎士が後方に乗ったゴンドラで割と近くまで来て、耳を傍立てていて、前方では案の定付けて先回りまでしていたエイが橋の上で見守っている。
ちょっと待って。この状態で言うの私。これハードル高くない?
話を聞いたチェリお姉さまの娘が是非ともすぐに会いたいと話に乗り気になってくださり、その日のうちに馳せ参じようとまでして頂けたとか。こちらの都合の確認も必要だろうとあちらの執事に止められたようだけれど。
けれども私としても早くお会いしたかったので、今日お会いすることとなったのです。
「どのようなご令嬢なのかたのしみね」
「左様でございますね姫様」
予定の時刻になったので、待ち合わせ場所の談話室へ行く。心持早足になってしまうのは楽しみにしていたので許してほしい。
談話室に入ると、すでに王妃とチェリお姉さま、それに初めて見る迫力美人がソファに座りくつろいでいた。
遅れてしまったのだろうかとエイに確認をするとそんなことはないようだ。彼女たちが早めについただけだろう。
「おまたせいたしましわ。アンジュでございます」
声をかけて迫力美人の傍まで寄ると、美人はニコリと笑んで立ち上がる。そのピンと背筋の張った立ち姿は、美しい容姿と相まって眼福だ。絵師を呼んで永久保存をしたい。
美人の相貌は希望通りにフォルと似ていたために胸が高鳴る。だからこそ彼女がフォルの従姉殿なのだろうと確信して近づいたのだけれども。
これはいけるのではないか。ただしく女性の彼女に恋心が移譲すればフォルと離れる寂しさは減るだろう。さらに内密に秘密を打ち明けちゃったりなんかしちゃって、実は両想いだったりして愛の逃避行なんかもいいかもしれない。昔と違って自給自足も出来ちゃうのではないだろうか。南の島で二人夕日を背にとか。
「こんにちは。お初にお目にかかる。私はファリステルという。気軽にファーさんとでも呼んでくれ」
片膝ついた迫力美人に恭しく片手を取られて想像の淵から戻ったが最後のは笑うところだろうか。途中までは騎士のように格好良く流れる動作だったけれど、チャーミングにウィンクをされて気が抜けてしまう。流石にファーさんはハードルが高いのでファルと呼ばせていただこう。
ファルは立ち上がる前に「ちゅ」と手の甲にキスを落とした。そしてビキンと見事に固まってしまう。美人に「ちゅ」された。フォルにも兄上達にもされたことないのに、勿論ほかの殿方となどは論外だ。それがまさかのご令嬢にされるなど誰にも想像などできないだろう。少なくとも祖国ではやらない。ぜったいやらない。おそらく。城から出たことないから周囲の話を聞きかじる程度だったけれどやらないはず。
「ふぁ、ふぁ、ふぁ」
「ふぁ?」
口が上手く動かせず同じ言葉を連呼してしまうと、ファルが首を傾げて同じ言葉を繰り返す。
「ふぁーさん!?オンナノコヤラナイちゅはオトコノコスル騎士チカイ。ハレンチヨ!?」
混乱してしどろもどろにあたふたと伝えると、苦笑して立ち上がるファル。
「恥ずかしがり屋さんだね。可愛い」
片手が私の顎に添えられて、持ち上げられ目と目があう。そして妖艶な笑みを作って色気を駄々洩れさせて言う。
背後のシィが「あれは伝説のアゴクイ!」とか呟いているが、それをかまう余裕はない。
顔が熱くなるのが確認できたので、あわてて、でも失礼にならない様に後退る。
「ファル。祖国では女性はお淑やかに振舞うものなのですっ。この国の方はそうではないのは理解しておりますっ。お言葉使いは慣れはしたけれど、流石に行動まで雄々しいのは慣れていませんのっ」
「おや、それは失礼。
あまりに可愛かったものだからつい」
おどけて舌を出すさままで妖艶で美しいとはどういうことだ。眼福である。離れたことで落ち着きも取り戻したしこのパーソナルスペースは維持したい。
「それよりも悲しいよ。アン。最初にふぁーさんと読んでくれたのに、なぜファルに直すんだい?」
「びっくりして頭が働かなかったからついですわ。正気の状態では私には恥ずかしくて少し難しいですわ」
軽くほおを膨らませて、ぷんとそっぽを向く。
「じゃぁ仲良くなって呼んでもらえるよう努力するとしよう」
にこやかに白い歯を煌めかせて言ってきたけど、キラキラエフェクトはフォルの親族間では標準装備なのだろうか。でも仲良くはなりたいので、その申し出は正直物凄く嬉しい。
「あら、それは楽しみですわ」
コロコロ笑って了承の意を述べると、ファルは目をパチクリさせて次いで目を細めて嬉しそうに笑む。
「本当に可愛らしい。オルにくれてやるのはもったいないね」
「まあ」
本当にぜひそうして下さい。期待を込めて見つめる。可愛らしく両手を合わせるのもわすれない。
「あらあらまあまあ。良かったわ二人とも仲良くなれそうで」
「そうだね。取り持つ必要もないようだ。すでに二人の世界を構築している様だよ」
横でソファに寛いで様子を見ていた王妃とチェリお姉さまが、嬉しそうに顔を見合わせて和やかに話している。
おや。王妃様よ、ファルに私が取られてもよいのですか。それはそれで悲しいのだが。
「余裕ですね伯母上。アンをフォルから奪っても良いのですか?」
「あらあら、あの子がそう簡単に手放すとは思えないから大丈夫よ」
不敵に笑うファルとコロコロ笑う王妃だが、別段空気は悪くない。むしろお互い楽しんでいる様だ。 そりゃ、普通に考えたら女性が男性から女性を盗る事など考えないだろうけど。そこを狙う私には障害が無いのはありがたいような眼中にないことへの感傷に浸るような複雑な心境だになる。
「ふむ。その余裕崩してみたくなりますね。
ではアン。二人きりでデートでもしようか」
で、で、で、!?でーと!?あの噂の!恋仲同士の男女が手と手をつなぎ一つのグラスを二つのストローで飲みあうキャッキャうふふな、嬉恥ずかし青春の一ページのやつですか!
で、で、で、でもでも、私達今知り合ったばかりです事よ!?内心悶え来るってしまうやつですよ!外には出しませんけれど!小さく口に手を当てて驚くに留めますけれど!
「私、でーとは初めてです」
「あら?以前フォルと街に降りなかったかしら」
「?あれは公務でしょう?」
王妃に首を傾げられたけれど、でーとと公務は違うよね。
首を傾げていると、王妃は困ったように笑い、チェリお姉さまとファルは豪快に笑い、背後でエイが遠い目で合掌し、シィが「殿下不憫」と死んだ目で呟いている。なぜだ、解せぬ。
「あの?」
「いやいや、いいんだよアンはそれで」
どうにもわからないので、どうしたものかと声を掛けると、ファルにそう言って笑いながら肩を抱かれる。
うん?良くわからないけれど良いと言うのだから良いのだろう。
若干納得はできないながらも不承不承に頷く。
「じゃあ、初めてのデートは私とどこへ行こうか。行きたいところはあるかい?」
「?でーとは手と手をつなぎ一つのグラスを二つのストローで飲みあう行為を言うのでしょう?」
肩を抱かれたまま軽快に笑うファルに疑問を口にすると、周囲で落雷が起きた。様な気がした。
「ちょっと、失礼。君の侍女をお借りしても?」
なんだと言うのだ。困り眉でそれでも頷くと、ファルはエイを伴いソファ上で笑顔を引きつらせ固まる王妃とチェリお姉さまの元へ行き、円陣を組まれる。疎外感だ。
円陣内では何やら話し合いが行われている。ファルがエイに何事か話し、エイがそれに答え、驚愕の空気がこちらにまで伝わる。だから、疎外感がだね、するわけでね、何故私は仲間に入れて貰えないのだろう。
エイ以外の全員がこちらをちらと見る。何故そんなに可哀そうな子を見る目をするのだ。
ファルが意を決した様子で円陣から離れて、こちらに戻ってきた。
「すまない。私とアンとでデートの定義が違うようだ。良ければ今日は私にエスコートさせて貰えないだろうか」
「まあ、喜んで」
そうか、そうだよね。これだけお国事情が違うのだから、でーとも違うものになるのだろう。そう納得する私を痛ましい顔で見るのはお止しなさいエイよ。
こうして私はファルにエスコートされて馬車に乗ることになった。良かった、乗馬ではなくて。以前のことがあるので乗馬は身構えてしまうから困るところだった。ちなみに二人きりとは言っても護衛騎士は隠れて警護についてくるらしい。そうだよね、こんなに美人だもの何かあっては大変。そう納得していたらエイに「一番心配なのは姫様です」と言われたのは納得できそうもない。この分だとエイもこっそり付いて来そうだ。
馬車に揺られて着いた先は郊外に存在する運河だった。運河は祖国にもないもので存在を知った時に行ってみたいと思ったひとつなので、予期せず来ることが出来て素直に喜ぶ。この運河は山間の湖から流れる川と海とを繋いでいるものを生活用水路として張り巡らしたものらしい。城付近には普通の河川しかないのでその違いにワクワクしてくる。
馬車を降りて運河沿いに建つ白くて可愛らしいカフェテリアに入ると、店員さんにテラスの運河に近い席へ案内してもらう。冬の寒さが身に染みるかと思ったけれど、そこかしこに置かれた達磨ストーブが寒さを和らげてくれている。それでも上着を脱げるほど暖かいわけではないので着たままだで座る。
ファルも座ると定員さんが暖かいお茶を「サービスです」とくれて、メニュー表を手渡される。
といっても、私はカフェテリアに入るのもメニュー表を見るのも初めてなのでどうしたらいいか判らない。困ってファルを見るとファルの持つメニュー表を私に見える向きでテーブルに置き、指で一つ一つ説明してくれる。けれどもそのどれもが祖国の城でもこちらの城でも食したことのないものだったので(後日エイに聞くとカフェならではのお洒落な創作料理どと聞いて成程と納得した)、すべてファルに一任する。ファルは店員さんを呼び鈴で呼んで、やってきた店員さんにメニューを見せて指をさしながらいくつか注文をしていく。その注文模様は呪文のようだった。
待っている間運河を眺めていると、時折小さな小舟に乗った人が通っていく。荷物を運んでいるおじさまやおばさまが多いけれど、何も荷物を載せずに人だけが乗っている細長い先が尖ったような小舟も通っていく。
「ファル。あれは何かしら」
「ん?ああ、あれは観光ゴンドラだね。ああして後ろに操舵の者がついて様々な場所を案内したり、馬車の代わりに運河を利用して連れて行ったりしている」
それは楽しそう!でも、どこで乗れるのだろう。キラキラした目でゴンドラが通り過ぎるのを見ていると、ゴンドラに乗っている人が手を振ってくれる。そういう時は手を振り返すと良いとファルに教わり振り返す。向こうも笑顔。私も笑顔だ。何これ楽しい!
ニコニコ、ニコニコしながらゴンドラが来るたびに手を振っていたら、目の前に座るファルが組んだ手の甲に顎を載せて、愛しいものを見る目で私を見つめていた。なんだか気恥ずかしくてほほが赤らむのを感じる。
目のやり場に困っていると丁度飲み物が運ばれてきたのでホッとした。ファルには微笑みながら苦笑されたけれど。美人の微笑み苦笑はやはり美しかったです。眼福。
「まあ、飲み物に何か描いてありますわ」
運ばれてきた飲み物を見ると、可愛いカップに注がれた飲み物は、白いもこもこで覆われていて、そこに茶色く撫子の花が描かれている。
「気に入ってくれたかい?」
「ええ!とっても!
凄いわ、どうやって描かれているのかしら。それにこのもこもこは何で出来ているのかしら」
秘密を知りたくてカップにスプーンを落とすと、可愛く描かれていた撫子が崩れて白いもこもこと混ざってしまった。この世の終わりのように嘆いていると、ファルがくすくすと笑う。
「ひどいわ。私こんなに悲しんでいるのに笑うなんで」
ぷんとむくれ面をそらすと、さらに笑い「ごめんごめん」と謝られる。謝られてもそんなに笑われていたら誠意が見えないのに。
「あまりにも可愛かったから。良ければいつでもここに連れてくるから、そんなに悲しまないで?」
「絶対ですよ?約束ですからね」
また、いつでもこの不思議で可愛い飲み物が飲めるのであれば否やはない。
崩れてしまった撫子は悲しいけれど、また作って貰おうと決めて、今回は諦める。もこもこの正体はファルが教えてくれたので良しとする。
ゆっくりと口に運ぶ度に広がる香りを堪能しながら運河を眺めていた時間は、時間がゆっくりと過ぎていくようでとても落ち着くことが出来た。
飲み終わるころに店員さんがファルに「用意ができました。いつでもどうぞ」といって去っていったけれど、何だろう。一頻り首をひねっていたけど、ファルにカフェの横にある桟橋に連れられると、そこには一隻のゴンドラが止まっていた。何という事でしょう。ファルは私の為にゴンドラの予約をしてくれていたのです!
あまりの嬉しさに、はしたなくも両手を口に当て軽く飛び跳ねてはしゃいでしまいました。ファルに呆れられないといいけれど。はしたない行動に気付いてちらとファルを見ると、笑顔で手を差し出していた。
「お手をどうぞ。アン」
スマートにエスコートしたファルは美人というより格好良かったです。眼福。
キラキラエフェクトの星々に体を貫かれる感覚と眩しさにやられながらもゴンドラに乗り込み隣同士で座ると、操舵者が暖かいブラケットを貸してくれたのでありがたく使わせてもらう。
操舵者の方が操るゴンドラに揺られながら、ゆったりと街をめぐる。この時期の田畑は寂しいものだが麦やお米の季節になると壮大に広がる景色は見事なものらしい。残念ながら今は休耕しているのでそこはスルーして、と思ったら、麦もお米も無いけれど、運河沿いには冬の花々が植えられていてとても綺麗だった。お花を眺めながらもゴンドラはゆったりと進む。農耕地を過ぎると港街に出た。港では漁師や船乗り達が活気にあふれて仕事している。船着き場では屋台船(というらしい)が泊まっていて興味深く覗いていると、ファルに支持されてゴンドラは屋台に近づいていく。さらに近くで見学できて感動していると、ファルが屋台のおばさまにお金を渡して、代わりに香ばしい香りのお魚を受け取った。どうするのかと思ったら、2本のうちの一本を渡されて戸惑う。
これ、どうしたらいいんだろう。
首を傾げていると、ファルがそのお魚の背に豪快にかぶりついた。成程畑と同じか。瞬時に理解し納得して齧り付くと食べたことが無いくらい新鮮なお魚の味が口いっぱいに広がる。ぴりりと来る塩加減が絶妙だ。お魚もお野菜と同じで鮮度が命なのだと学んだ。夢中で食べている間もゴンドラはゆっくりと進む。このまま海を航海するのかと思ったら、港をぐるりと周り、別の運河の入り口に入っていく。
「ここは何処につながっているのかしら」
「ふふ。それはお楽しみさ」
確かに結末は先に知ってしまうと物語の面白みも欠いてしまうか。納得し運河任せにゆらゆらゆったり進んでいく。進んでいくと壮大な大きくずんぐりむっくりとした建物の前に出る。案内によると、ここは学術図書とのこと。
最近忘れかけていたけれど、ここは農と学の国でした。
「この裏には学術都市が広がっているんだ。そこでは生徒と教師が今日も新しい発見に余念がないよ。
オルも趣味と公務の一環でよくここを訪れているから、もしかしたら今日もいるかもね」
「オルとはフォルのことですわよね。最近時折出かけてらしたけれどもしかしたらこちらでしたのね」
「ああ。秋の収穫期も過ぎたから顔を出しているんだろう」
広い敷地のある図書館は端から端までがずいぶん長い。ゆったり揺られて眺めていると、図書館から出てきた人物と目が合う。
「アン!」
言わずと知れた、噂のフォルだ。
私を認め笑顔で手を挙げ呼び、駆け寄る。が、それが急に怪訝な顔になって速度が落ちる。それでも確実にこちらに来て、憮然とした顔でファルを睨んでいる。その顔は殺気だっていてちょっと怖い。
「なんでアルがいるんだ」
「おや。何かおかしいかい?」
不敵に笑うファルが私の肩を抱き寄せてる。私は急に重くなった空気にタジタジである。取り合えず口を挟める雰囲気では無いので黙って見守ることにする。
「なんでアルがアンと共にいる!?」
「それは伯母上にご紹介いただいたからだね」
「なんだと!?その手で来たか!アルだけには会わせないようにしていたのにっ」
「はっはっは。残念だが、これはアンからの申し出だよ」
「なっ、どういうことだい?アン」
殺気駄々洩れだった気配を一瞬のうちに消して、悲しみに打ちひしがれた顔で聞いてくるが。
「あの、なにかいけなかった?
わたしはただ同年代のお友達(という名の新しい恋候補)を作りたくて、リサお義母さんとチェリお姉さまにご紹介頂いたのだけれど」
「ちっ。伯母上の仕業か!!」
吐き捨てられました。こんなに荒ぶるフォルを見るのは初めてだ。
「爪が甘いのだよ。もっとも紹介されなくとも自ら会いに行くつもりだったがね」
「来るな!?」
悲鳴のように叫ばれるけれどこの二人従姉弟同士だよね。何故こうもフォルは嫌がっているのだろう。
「フォル、駄目だった?」
「!?アンは駄目じゃないよ!」
「では何故そんなに怖い顔をなさるの?」
身をすくめてファルにしがみ付き困った顔の上目遣いで問うと、フォルは息を詰めて絶望を感じたかのように蒼褪める。批難している訳ではないから、蒼褪められて申し訳なく思う。
「そこの操舵者よ、私も乗せて貰えないか」
「乗せてやりたいのは山々だがね、こっちも客商売だ。お客さんが否と言えば例え王子でも乗せれないよ」
凄いこの人一国の王子に言い切った。
驚愕で目を見開き感動と羨望でじっくりと見てしまう。これ、祖国でやったら即不敬罪で捕まるよ。
「わたしは構わないよ。
アンはどうだい」
「私も大丈夫です」
本当はファルと甘い恋を育てたかったけれど、フォルをほっては置けなくてコクリと頷く。
ゴンドラは学術図書用の桟橋に泊まり、フォルを乗せる。
「手を貸そうか?」
ニヤリと言うファルに対して、じろりと睨み「結構だ」と乗り込み前に座る。
「席を譲る気はないかアル」
「いやだね。こんなに寒い日にひと肌から離れてはか弱い私は風邪をひいてしまうよ」
腕を組んで憤懣とした面持ちでファルを睨むフォルと、しれっとおどけてみせるファルの対比がすごい。見えない火花を感じて関電しそうだ。
「よくいう。わたしより強いくせに」
驚いてまじまじとファルを見てしまうと。ニコリと笑みを返される。男性より強い女性がいるなんて、この国の常識をこの学術都市で学びたい。切実に。
「アン。ごめんよ、楽しんでいる所にお邪魔して」
「いいえ。私もフォルと一緒で嬉しいわ」
肩を落とし苦笑いで謝られるが、私も今はまだフォルの方が好きなようなので素直に嬉しい。この恋心に困りはしているけれど。
フォルも安心して屈託なく笑ってくれる。
「本当にごめん。情けないけど、アルが相手だと余裕が持てなくて。嫉妬で怖がらせてしまった」
嫉妬されてた!どうしよう、嬉しすぎて心臓が爆発してしまう!このままじゃいけないのに、好かれていると実感すればするほど、好きの気持ちが大きくなってしまう。落ち着け自分、正気になるのだ、このままでは国際問題だぞ!
真っ赤に茹る私を見て慈しむ目でファルが見ているが、今はそれどころではない。
「まったく。こんなに好かれていて余裕をなくすのはアンに失礼じゃないか」
好きって言わないでっ、さらに茹るから!!
湯気の吹き出す顔を覆い隠し下を向いてしまう。
「アン!可愛い!!」
よしてやめてさわらないで今はそっとしてっ。さらに体を丸めて縮こまらせてしまうから!
「ごめんね、アルにはいつも親しい友人を取られていたから気が気じゃなかったんだ」
「おや、人聞きの悪い。彼らだってオルから離れた訳じゃないだろ。私といる方が楽しんでいるだけで」
「だから嫌なんだ、その不遜とした態度で何故か皆に好かれて、アルの方が王子らしいとまで言われる私の身にもなって欲しいよ」
そんな経緯があったのか。知らなかった事とはいえそれは悪いことをしてしまった。でも、それが返って格好いいフォルの可愛い一面に巡り合い、恋の熱は留まることを忘れてしまった。急速に加速し成長するこの想いはもうどうしようもない。
「あの。私はフォルがその、・・・す・・・・す」
そろりと伺うように赤い顔を上げて、覚悟を決めて意を決して告白をしよう。その上で秘密を打ち明けよう。彼には誠実でありたい。国際問題になってしまうようなら、身を挺してでも止める努力をしよう。それよりこれ以上彼に嘘をつきたくない。
『す?』
意を決しても初めての告白にうまく言葉が紡げない。言いよどむ私の言葉を確認するように視線が集まり、異口同音で、言いよどみ先が言えない言葉を繰り返さし聞かれる。
ファルからは優しく見守られ、フォルからは期待に満ちた目で輝かれ、操舵者まで泊まって、期待に耳を傾けている。さらに気付いたけれど、護衛騎士が後方に乗ったゴンドラで割と近くまで来て、耳を傍立てていて、前方では案の定付けて先回りまでしていたエイが橋の上で見守っている。
ちょっと待って。この状態で言うの私。これハードル高くない?
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