姫と王子の男女問題!?

蒼穹月

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いけない恋のはじまり!?後編

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   さてはて、城を出た私達一行は、たわいも無い会話をしながら馬に揺られていた。
 特段これといったトラブルもなく着いた先。
 それは祖国方面にある山の裏側、林の中でした。

 いや遠いなとは思ったのです。馬で行くと聞いた時には郊外に訓練所があるのかなとしか思わなかったのです。それが郊外どころか街も出て、どこに行くかと思えば山の裏手。拓けてるわけでもない山林。
 困惑は深まるばかりです。

 「王子。既に準備は万事整えています」

 急に王子の背後に気配が降りた。
 え?何?何処にも気配なかったよね。私達と王子しか居なかったよね。
 警護の者をなんで付けないかとは思っていたけど、実は隠れていたの?一応ウチの護衛騎士精鋭なんだけれど。誰も気付かなかったの?
 怖!?
 もしかしてこれは秘密の一旦?だとしたら確かに一筋縄ではいかない。公では学と農の国だとしておきながら、実は軍事国家だったとしたら・・・。冷戦出来たのは助かったかも。

 「報告ご苦労。
 それよりサスケには姫の側近くでは、気配を消すのは辞めて欲しい。姫に要らない心痛をかけて欲しくはないんだ」
 「む?
 失礼しました。狩りの癖でつい山中に入ると消してしまいました。
 姫様には申し訳なく、陳謝いたします」

 よく見ると初老前の野性味溢れるおじさまが、綺麗に腰を90度に曲げ謝罪をしてくる。
 いやそれより狩りって?影の者とかではなく?いやもしかしたら狩りとは言って戦のことかもしれない。危うく騙されるところだった。

 「すまないアンジュ姫。
 この者はサスケと言って、我が国随一の」

 隠密ですね。わかります。

 「猟師なのです」

 ・・・はい?

 「兵士でもなく?」

 「猟師です」

 なんでもない顔で言われても。

 「あの。訓練と猟師の方とはどの様な関係がございますの?」
 「山の事に置いてサスケの右に出る者はいないので、山に来る時は知恵と力を借りているのです」

  本当に只の猟師なの?猟師って精鋭騎士にも気配を読めないものなの?
 わからない。この国がわからない。
 背後では私の侍女が悲嘆に暮れ、護衛騎士が死んだ目をして固まっている。
 気持ちはわかるが立ち直って欲しい。私だって落ち込みたいのを我慢しているのだから。

 「そう、でしたの」

  なんとかそれだけ言う。
  
 「では、これより行います。準備はよろしいですか?」
 「はい」

 なんの衣服も帯剣も出来ている。心の準備は打ち砕かれているけれど、それを言ったら始まらない。訓練で大事も起きないだろうし大丈夫だろう。

 そう思っていた私は愚か者以外の何者でもなかったと、直ぐに思い知ることになる。


 所変わって、ここは先程いたところより更に川沿いに下ったところにある滝の裏の洞窟内である。
 滝の裏に通じる細い道ではなく。滝の上にある抜け穴から音を立てない様に、気配を消して入っている。サスケは気配を消した瞬間目の前にいるのに認識が上手く出来なくなった。猟師の定義が揺らぎそうになる。
 なぜそのような事をしているかというと、滝側の入り口には野盗が兵士と交戦中でした。
 意味わかりません。なぜ、訓練視察を希望して野盗と戦う事になるのでしょう。
 色々思うところはあるけれど、現在進行形でそれどころでは無いので息を潜むことに集中する。
 野盗達に見覚えが有り過ぎる事も今は置いておく。背後の侍女の笑顔が怖いけどそれも今はいい。
 それよりも現在いる先が重要だ。

 なぜなら、今現在いる場所は洞窟内最奥の野盗のリーダーらしき者の背後の壁の裏だからだ。

 本当に何がどうしてこうなった。

 表の様子はかすかに空いている壁の隙間から確認できるが、視線を読まれると危険なのでサスケが気配を伺い、時を待っている状態だ。
 現状はサスケによると、リーダーと思われる者と3人人間がいるらしい。指で人数を教えてくれている。配置まで器用に教えてくれる。
 無事城に戻れたら、ぜひともサスケについて言及したいと思う。

 「おい!まだ倒せないのか!
 こんな国の連中に後れを取るとは恥を知れ!」
 「そうは言うが、奴らの動きが奇怪過ぎて対処できていないらしいぞ」
 「それどころか、あちらはこちらの動きを読めているのか確実に鎮圧されつつあります!」
 「ちぃっ!しかたねぇ!
 お前らの軍と外に潜んでる奴らで挟み撃ちだ!
 出玉を惜しらず全力でかかれ!ここでしくじれば閣下に合わせる顔がねえ!」
 「了解いたしました!」

 最初のセリフから順に壁際にいるリーダー。ヒステリックなキンキン声。神経質な細面な、よくいる勘違い系貴族系だろうか。
 その横にいる男。重苦しい低い声から察するに強面大柄寡黙系だろうか。 
 広間の入り口前にいる男。息が乱れている。慌てて知らせに来たのだろう。くぐもった声から太ましい下っ端系。
 リーダーの指示に答えた入り口横に控えていた男。なんの変哲もないどこにでもいる声だ。モブ系だろう。
 
 2人の足音が遠ざかり、次いで遠くのほうで大群の足音が忙しなく遠ざかっていく。

 「どうなってんだ!閣下に言われて周囲の田畑を荒そうとすれば、たかが農民共に追われ、アンジュ姫の暗殺をしようにも兵士が少ねえのにどうやっても見つかって捕まる」
 「ああ。この国は何かがおかしい。でないと俺たち侯爵閣下の精鋭機動隊が手も足もでず、ただ仲間が捕まっていくのは納得いかない」

 苛立ちを隠そうともせず、地面が揺れそうなほど地団太をふむリーダーに、憮然と答える横の男。

 「う~ん。特に特別な事はないですよ?
 我が国は食が他国より群を抜いて豊富なお陰か、それを狙う盗賊や落ち武者達が結構な頻度で現れるので、その対処をしていたら国民全員が荒事対処のスペシャリストになっていただけです」

 リーダーを組み敷き王子が言う。
 
 「まあ、警備のもん待ってるより自分で対処した方が早いし被害もでねえしなぁ。
 王家に要請すんのは今回みたいな組織だった奴等の対処を手伝って貰うときくれぇか」

 簀巻きにされた寡黙男を足蹴にサスケが言う。

 急に消えたと思ったら、終わってた。

   気配が洞窟内の気配が2人になった途端、サスケが壁の隙間を横にスライドし一人分の隙間が出来た瞬間王子は迷わずまっすぐリーダーへと音も立てずに近づく。腕を取ったと思ったらリーダーは後ろ手に捻られうつ伏せに倒れて組み敷かれていた。
  こちらに気付いた横の男だったが、応戦する間も逃げる間も無く一瞬でサスケにぐるぐる巻きにされてもつれて倒れたところをサスケに踏みつけ抑えられる。
  これ、全てセリフを言い終わる前に片付いていた。
  余りの非常識な光景に、恐れ慄いていると、王子の元へ兵士が駆けつけて来た。

 「外も終わったようですね。出てきて大丈夫ですよアンジュ姫」

 兵士の報告を聞いた王子が招いてくれるので、大きく開いた壁から出ると、私の名を聞いたリーダーが手足を暴れさせて王子の手からぬけ出そうともがく。王子涼しい顔で微動だにしてないけど。

  野盗のリーダー改め、祖国の侯爵の手の者は、ガチムチマッチョだった。何あの筋肉羨ま妬ましい!こっちは美少女保つ為に筋肉を断腸の思いで諦めているのに。嫌がらせか。嫌がらせだな。声と見た目が合っていないのだよ。侍女や私の代わりにお仕置きして差し上げなさい。
  侍女と護衛騎士は、王子よりリーダーを譲り受け縛り上げる。カエルが潰れたような呻き声を上げた所を見るとかなりきつく締められているらしい。
  因みに横にいた野盗、改め祖国の者は低身長細形のナルシスト顔だった。

   それにしてもこの国に来る途中で襲って来た者がいたから祖国の手の者とは気付いていたけど。取り逃がしたと思ったら、野盗に身を落としていたのかと思えば、まさかの侯爵の指示だったとはね。この事は父上と兄上と姉上に報告しないと。私を猫可愛がりしている皆の事だから、きっと直ぐに侯爵は生まれた事を後悔する事になるでしょう。
  
  「お強いのですね、ドゥナフォルト王子」

   尊敬の眼差しで褒め称えると、王子は照れて紅潮した顔を隠しもせず、「ありがとうございます」とニコリと笑む。
   実際兄上に見せて頂いたどの剣舞より鮮やかな手腕で、かつ相手すら傷つけない流れる様な動作は派手さがないからこそ返って見惚れるものがあった。

   「結局訓練どころではなくなりましたけど、これからどうなさるの?」

  サスケと合流してからはあれよあれよと言われるまま、促されるままここまで来てしまったけど、そもそもの目的は訓練視察の筈。
   そう思い確認すると、王子には意味が伝わらなかったのか「ん?」と首を傾げられる。
   いやいや、こちらが首を傾げたい。傾げているけども。

   「これが鍛錬になっている事ですよ?」

   『は?』

   言葉の意味が分からず、私達は揃って傾げていた首を更に深く傾げることになる。

   「実戦に勝る経験は無いと言いますでしょう?」

   言うけど限度あるでしょう。

   つまりこの国には決まった型など無く、全て自己流という事。そりゃそれぞれ好き勝手動いてたら奇怪にも思うだろう。それで連携が取れているのか疑問だ。
   いや、取れているのだろう。でなければこんなに一瞬のうちに片付く訳がないだろう。そうで無く本当に連携もなく好き勝手に暴れられて倒されるなど、敵であっても同情をしてしまう。

   「さて、終わった以上長居する理由もありませんし戻りましょう」

   確かにその通りなので、表出口に向かう。
   後ろから簀巻き男を俵担ぎしているサスケと、どこから持ってきたのか棒に両手足を括り付けられたリーダーを侍女と護衛騎士が運ぶ。その姿に先日見た豚の丸焼きを連想するのは何故だろうか。
 
   向かいながらこれから彼らをどの様に扱うのか聞いてみると、事前に私の父上と話しがなされていたと聞き驚愕する。
   ひと月も前から問題になっていた様で、身元の確認と共に処遇のやり取りがあったらしい。その時の父上と兄上達と養母上達の怒髪天具合は相当の迫力があっそうで、書簡を運んだ者は暫く実家に引きこもってしまったらしい。うちの父上達が申し訳ない。
   一応この国の法で裁いていいそうだが、使者には「生まれた事を後悔するやり方で」と凄まれたそう。
   詳しくはこれから決められるそうだけれど、驚く事に死刑はこの国にはないとの事。けれど刑を執行された者の再犯率は今のところゼロらしい。何それ詳しく知りたい。知って父上に報告したい。

   洞窟内は分岐がいくつもあったけれど、サスケの案内で迷わず出口まで来ることが出来た。
 外を伺うと兵士に捕らえられた侯爵の手の者達(王子曰く国に登録されていない私兵らしい)が、護送用の馬車に載せられているのが見える。馬車内の人数はわからないが、見える範囲だけでも十数人はいる。一様に項垂れ、意気消沈している様だ。抵抗する素振りも見せないけれど、全員トップレベルの冒険者ではないかという暴れ具合に泣き出す者もいたことを思えば当たり前かもしれない。
 これが実戦のみで鍛えられた兵士と型通りの訓練ばかりしてきた兵士の違いなのか。そう思う度に遠い目をしてしまう。人並しか武術の心得がない私にはきっと理解が難しい問題なのだろう。

 取敢えずの荒事の終息と、知らない方が幸せだったかもしれない祖国との戦争で対等に渡り合った理由を知ることができて、気を抜きすぎて油断をしていた。
 外に出て、中天に差し掛かった太陽を仰ぎ眩しさに両手で太陽光を防いだ時にそれは、起こった。

 「アン!!」

 王子に抱き竦められ体を反転させられるのと、キンという鋭く甲高い音がすぐ間近でするのは同時だった。

 何が起きたかわからずに呆然と王子の顔を見る。その顔は音がした方向へ向いて、一部の隙も無い。
 片腕で私の体を抱く王子だがその力は強く、王子の胸から体を離せない。その為視界が狭く、王子の視線の先がよく見えないが、光を反射させながら近づく何かはかろうじて分かった。
 私を抱いている腕とは逆の腕が鋭く動き、何かが弾かれる。弾かれてやっとその何かが矢であることがわかる。
 何者かに弓で狙われていたと気づいた私は、王子に庇われていないとその弓に貫かれていただろう事が容易に想像出来て蒼褪める。震えて頽れそうになるが、王子にさせられている為にかろうじて留まれている。そうしている間も、片腕は矢を正確に弾いていく。その安心感と、見事な腕前と、隙のない真剣で精悍な顔つきに見惚れて、恐怖を忘れられる。このひと月あまり相対していた時の優しさと気安さとは違う男の顔のギャップに目が離せなくなる。

 立て続けに剣戟の音が響いて、止んだ頃に王子の胸の中から解放される。解放といってもその腕は未だに私から離れていないけれど。朝に抱きしめられた時とは違い、離れてしまったことがとても寂しく感じてしまい戸惑う。
 
 「アンジュ姫。お怪我はございませんか?」

 己が傷つけられたかのような痛まし気な顔で覗き込まれ、赤面して息を詰める。離れたいけど、離れたくもなくて自分の事なのに分からない相反する感情を制御できずに視線が揺れてしまう。

 「だい、じょうぶ、です。
 あの、ありがとう、ございます」

 しどろもどろではあるけれども何とかそれだけ答える。
 すると心底ほっとした顔で微笑まれ「よかった」と安堵で気が抜けた声で言われ軽く抱きしめられる。
 さらに全身真っ赤に染まってしまった自覚はあるけれども離れる気にはなれなかった。物凄く恥ずかしくはあるけれども。

   「王子、気持ちはわかりますが衆目の場です」

   先程捕縛完了の報告に来ていた兵士が咳払いをしてから、生暖かい目で言う。
   我に返った私は、急に周囲の視線、それも多くの生暖かいものを感じて慌てて両手を王子との間に挟み突っ張る。王子にとっては私程度の力は大したものではないだろうけど。それでも力を緩めて名残惜しげに離してくれる。そのほほが薄っすら紅を指しているのが嬉しくなる。
   ・・・なんで嬉しくなるんだろ。先程から自分を見失っている気がする。
   照れる顔を晒して、矢が飛んで来た方を確認して誤魔化す。遠く木々の合間から数人が見える。報告によると祖国からたまたまこのタイミングで送られて来た侯爵の私兵らしい。既に捕縛は完了しているので安心だ。詳しくは取り調べるだろうけれど、おそらく造兵に来たのに仲間が皆捕縛されていた為、たまたま丁度私が洞窟から出た所を遠くから狙ったのだろう。逃げ帰ればいいものを功を焦りでもしたかな?たまにいるよね、そういう浅慮な人。それでもその浅慮な行為に危うく命を落とす所だったのを王子に助けられた。その時の事を思い出し内心悶える。
   本当何というか、うわーーーーーって感じだ。

   「危険に合わせてしまい申し訳ありません。私の不徳の致すところです」

   しょんぼりとしている様は叱られたワンコの様で可愛い。

   「いいえ。元は私が無理を言って着いて来たのが悪いのです。
    それよりも殿下の方こそお怪我はごさいませんの?私を庇ったせいで殿下こそ危険に晒されたのです。大事が無ければよいのですけれど」

   王子の胸に手を置いたまま上目遣いで心配すると、あからさまに赤らみだらし無く緩んだ口を隠すかの様に口を手で覆われる。でも視線はしっかり私を熱の孕んだ目で見ている。

   「あれしきの事は何ともありません。御心配ありがとうございます」
   「よかった」

   心底安堵の為ホッと息を吐き、自然とほほが緩み笑みが作られる。
 
   周囲を確認していた斥候も戻り、安全を確認出来た為城に戻る。
   道中視線が合うと狼狽て晒し彷徨わせ、でも直ぐにまた王子を見てしまうという事を何度かしているうちに気づいたら城についていた。途中会話もしていた筈だけれど何故か何を話していたかよく覚えていない。
   事後処理の為に王の元へ向かった王子とは別れ疲弊した私は自室に戻らせてもらう。

   汚れた身を温泉で清め清潔な服に着替えたら、ふらふらとベットに近づきそのまま倒れ込む。
   そして今日の王子を思い出し反芻してはバタバタと暴れ、何ともなかった過去の王子の笑顔たちを思い出しては今更悶えて枕に顔を埋めて暴れる。ひとしきり暴れて落ち着いてきた頃に改めて自らを振り返る。

   本当に今日という日は(まだ夕方にもなっていないけれど)なんだったのだろう。
   軍事秘密を暴こうとして王子の男らしさに見惚れる結果になるとは。大体あんなに密着してハレンチなのにこうして離れると恋しくなるなんて。兄上達にだってこんな思いした事ないのに。思い出すだけで心臓がドキドキして破裂するのでは無いかと不安になる。宝探しをした時とは違う感じのドキドキに戸惑う。このドキドキの正体がわからないので侍女に聞くことにする。なぜか物凄く恥ずかしい気がするけれど。わからないままなのもモヤモヤして嫌だ。

   「侍女や。先程からドキドキが止まらないのだが、病気だろうか」
   「どの様にドキドキなさっていますか?」
   なにやらしたり顔で頷かれた。その目は生暖かい。
   「ドゥナフォルト殿下の事を思うたびに顔が熱くなり鼓動が早鐘をうつの」
   「それは嫌な感じですか?楽しい感じですか?」

 後方の別の侍女の口がニヤケているのを視線の端で捉えた。何さ、何なのさ。この生易しい空気に、居心地の悪さをかじる。

   「恥ずかしい。でも嫌じゃ無い」
   「それは他の者を思っても起こりますか?」
   「ううん。全然父上にも兄上達にも姉上達に母上達にもこんなドキドキ感じた事ない。他の人にも」
   「それは恋ですね」

   「へ?」

   「恋です」
   「いやいやいやいやいや。王子は王子だから男でしょう?」
   「左様ですね」
   「私は姫だけど王子だから男でしょう」
   「その通りでございます」
   「ダメでしょ!違うでしょ!恋は男女でするものでしょ!」
   「世の中には同性同士の夫婦もいるので特段珍しい事でもございませんよ。
   同性だから好きになるのではない、たまたま好きになったものが同性だっただけにございます」

   後方の侍女が何やら黄色い奇声を上げたが、心の安寧の為に突っ込まない方が良いと判断し、スルーする。
   でも侍女としては落第点なので後で私のいないところで教育して下さい。切実に。

   「恋?これが?」
   「姫様におかれては初恋ですので、戸惑われるのも無理はございません」

   いえ、初恋くらいは済ませてますよ。目の前の侍女ですけど、幼少期はお嫁さんにするといきまいていたものだ。今はそんな事もないし恥ずかしいから蒸し返す気も無いけど。

   「それはよくある子供の憧れで恋ではありません。姫様に慕われていたのは嬉しいですけれど」

   そこは心を読まないで欲しかった。そしてバッサリ切り捨てないで欲しかった。
   でも確かにあの時もこんなドキドキ感じた事は無かった。
   これは恋なの?
   自覚するとなおのこと顔が熱くなり、湯気が出る。頭がぐるぐるしてなにも考え付かなくなり、そして意識を手放した。

   気付いたら翌日でした。
   横には王子が私の手を握っています。何がおきたのでしょう。なんで、そんなに心配そうな顔をしているの?

   「おはようございます。お加減はいかがでしょうか」

   どうやら本当に熱を出して倒れていたらしく、心配された王子に寝ずの看病をされていた。
   朝から心臓に悪いです。握られた手を意識して熱が上がりそうです。

   「ご心配をおかけしました。もう大丈夫ですわ」
   「良かった。でも、今日は安静にしていてください」
   「でも」
   「安静にしてくださらないと心配で片時も離れてあげられませんよ」

   くすりと笑われて窘めなれる。
   それは困るので、不承不承軽く頷き了承すると、安心した王子に頭を撫でられどきりとする。

   「本当にアンジュ姫に大事がなくて良かったです」

   名前を呼ばれ、ふと今更ながら気付く。

   「殿下、お聞きしたいのですが、昨日お助け頂いた折に、アン。と呼ばれた様な気がします」

   状態を起こして殿下の手を握り返し、期待の眼差しを向けると王子は「っ」と紅潮して息を詰められる。蚊の鳴くような声で謝罪されるが、怒っている訳ではないので眉を下げて困る。

   「その様な顔をなさらないで?
    私、嬉しかったのです。ですのでこれからはアンとお呼びください」

   ニコリと微笑んで言うと、満面の笑顔で喜ばれる。

   「では、私のことはフォルと」
   「はい、フォル殿下」

   二人で嬉し恥ずかしがりながら一頻り笑い合う。

   「ふふ。それでは父と母も心配で気が気では無いようなので無事を知らせてきますね。
   また、様子を見にきます」
 
   王子が出て行った事を見届けると、盛大に息を吐き布団に顔を埋める。家族以外を愛称を呼びあうのは初めての経験でワクワクドキドキが止まらない。しかも王子の微笑みを見るとこれが好きな気持ちかと理解する。確かに今まで感じたことのない感覚だ。
   だからこそ問題が山積みになる。
   前提条件として、王位継承者に嫁いできている以上子は儲けなければならないだろう。しかし、私が男である以上それは無理な訳で。
   私は何故女に生まれなかったのかと落ち込む。だからといって女になりたい訳ではないけれど。
   ジレンマについ深く息を吐く。
   けれど男である以上、婚姻回避はやはり必須である。それも以前と違い嫌われたくないと思ってしまったので厄介だ。

   この国の軍事?秘密(割と理不尽)は知ることが出来た。
   今日からの目標は嫌われない(ここ重要)様に婚姻回避を目指し、出来れば唯一無二の親友になれればいいなぁ。それまでにこの恋というものを友情に変える努力もしよう。

   決意も新たに気合を入れる横で、侍女が「ですから無理ゲーです」と呟いているのは聞かなかった事にする。
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