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4章

女神の夢

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 目を開けると、そこは黒い虚空の空間だった。

「…ここは?」

 周りを見渡しながら発した言葉は淋しく谺した。

「ここはあなたの夢の中です」

 背後から声がして後ろを振り向くと、美しい女性がいた。髪も肌も身に纏う服も全てが真っ白で、輝きを放っていた。

「あなたは?」

「私は女神リース。あなたをずっと待っていました」

「なぜ、女神が俺を?」

「…どうしてもあなたに伝えなければいけないことがあり、私はあなたの夢の中へ入りました」

 伝えたいこととは何だろうか?いや、それよりも女神って本当に存在したのか、など思うことは色々とあった。

「あなたが今後どのような選択をしていくかは分かりません…。しかし、ユーリアス・クラインが持つあの懐中時計だけはなんとしてでも取り返すのです」

「ま、待ってください。取り返す、と仰いましたか?まさか、あの懐中時計は本当に…」

「えぇ。あなたが推測している通りです。あの懐中時計は、私がシアン・シュドレーに与えた時空を操る能力を覚醒させるためのアイテムで、元はあなたが持っていたものです。いえ…正しくはあなたの本当の身体の持ち主が持っていたもの…。しかし、彼は時計を手放し、今はあの男が持っている…非常に厄介なことです」

「どういうことですか?時計を持っていないと、なにか問題があるのですか?」

「時空を操る能力を使うにあたって、最も重要なことは記憶です。実は、あの懐中時計は時空を操る能力を使った時に記憶を呼び起こすためのものでもあります。だからこそ、あの懐中時計を手放してしまえば能力に覚醒したこともそれに関する記憶も忘れ、そもそも能力を使うことが出来なくなるのです。いえ、出来なくなるはずだったのですが…」

 女神リースは神妙な面持ちで目を瞑った。

「…大丈夫ですか?」

「えぇ…」

「あの…では、つまり…私は今懐中時計を持っていないから、あなたからいただいた能力のことを忘れていたということですか?」

「まさに、その通りです」

 しかし、そうなると…シアン・シュドレーはいつ時空を操る能力を覚醒させ、使ったのだろうか?それに、ユーリアスに懐中時計を渡したタイミングも分からない。謎は生まれていくばかりだ。

「…そろそろ時間のようです。ごめんなさい。私の口からあなたに全てを話すことは出来ません。ただ、あなたが元の世界へ戻りたいか、それともこの世界でシアン・シュドレーとして生きるかいずれかの選択を選ぶとしても、必ずあの懐中時計を取り戻し記憶を呼び起こす必要があります。これだけは絶対に忘れてはなりません…お願い…どうか、彼の分まで…」

「待ってくれ、元の世界って…」

 俺の言葉に耳を傾ける様子はなく、女神リースは蝋燭の火がフッと消えるように姿を消してしまった。

 そして、目を開け飛び起きると、そこは朝日が差し込む寮の自分の部屋だった。

「シアン?」

 隣でイブリンが起き上がって、心配そうに声をかけてくれた。

「…大丈夫だ。少し、夢を見ていた…。起こして悪い」

「ううん、もう起きてたから大丈夫」

「そうか…」

「シアン、おはよ」

 ちゅ、と不意にイブリンが俺の頬にキスを落としてきた。

「な…にすんだ、お前」

「ふふ、昨日の上書き足りなかったかなと思って…」

「っ…!離れろ!許可してないことを勝手にするな!!」

 俺はこの異常な近さを見て今更になって正気を取り戻した。枕をイブリンの顔に押し付け、距離を取らせる。

「可愛かったなぁ、昨日のシアン」

「反芻するな。もう出てけ!」

「まぁまぁ、そう怒らず。一夜を共にしたんだから、もっとイチャイチャしようよ」

「変な言い方をするな!」

「ふふっごめん。つい楽しくなっちゃって…。お願い、顔見せて」

 耳が溶けそうな程優しい声色が聞こえて、俺はイブリンの顔に押し付けていた枕を渋々退かした。

 イブリンは俺の顔に手を触れて、まじまじと見てきた。

「眠れた?」

「ん、まぁ…」

「なら良かった。さ、一緒に朝ごはん食べよう」

 イブリンはそう言って、ベッドから降りて俺に手を差し伸べた。

 夢で見たことは鮮明に覚えていた。これからの不安は、きっとこいつにも勘づかれている。それぐらい彼は、俺のことをよく見ている。けれど、いつだって彼は俺の不安を払い除けようとしてくれるのだ。
 今なら、その優しさがよく分かる。そして、なぜそうしてくれるのかも…。

 だから、俺は彼が差し伸べてくれたその手を掴もう。

「ありがとな…」

 ありふれた言葉だが、自分が今感じている心からの思いを彼に伝えた。





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