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3章
もしもの話
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「シアン、着いたよ」
色々と考えていると、いつの間にかイブリンの邸に帰ってきていた。
「…そういえば、お前が第二王子ならこの家は…?」
「特別に用意してもらったんだ。王宮に泊まるってなると、緊張しちゃうと思って。それにオーリーには話してないしね」
「あいつには黙ってるつもりか?」
「俺は話してもいいと思ってたんだけど、ハルノが嘘つけないタイプのオーリーにはまだ黙ってた方がいいって…」
「あぁ…それもそうだ」
俺たちは話しながら、馬車を降りた。
「この後、どうする?街を見学してみない?」
「……いや、疲れた。しばらく休みたい」
「そっか…。ごめんね、せっかく来てくれたのにあんな話をして。ゆっくり休んで。俺も部屋にいるから、何かあったら呼んで」
「心配するな…俺に構う必要はない」
今はこいつの優しさも、素直に受け取ることが出来なかった。国王との謁見の際の話を聞いて、イブリンはただ自分の役目に従って俺に優しくしてきただけなのかもしれないと思ったからだ。
自分が何者なのかと途端に疑い始めると、不思議なことに何故こんな自分なんかに優しくしてくるのかと他人の善意も疑うようになってくる。こんな状態で、俺は誰かとまともに話せるような気がしなかった。
「…シアン」
「1人になりたい」
俺は一方的にこの言葉だけを言い残して、自分の部屋へ籠った。
------------------------------
シアン・シュドレーに憑依する前の俺は、大手企業の社長の父を持ついわゆる金持ちの家の息子であった。俺は一人息子で、後継者故に父からは熱心すぎる教育を受けてきた。勉学・武道・習い事から始まり、日々の生活の在り方まで俺は全て父に管理されてきた。なぜなら、完璧な後継者となるため。
幼い頃から、父が求める生き方をなぞっていくだけの毎日を過ごしていた。
きっと、世間を知らずにいられればこれが異常だと感じることはなかっただろう。
成長するに従って、周りの人間と違うことを俺は知ることになった。
普通の家庭では、勉強や習い事で一番をとれば父親は褒めてくれるらしい。普通の家庭では、母親は子どもが好きな料理を作ってくれるらしい。普通の家庭では、子どもが失敗をしても父親は叩いたり殴ったりはしてこないらしい。普通の家庭では、実の息子に父親は欲情しないらしい。
いつからだったか忘れたが、父は俺の成長を確かめるためと言って度々服を脱ぐように指示してきていた。それから、成長するに従って次第に俺の体に触れるようになり、どんどんその触り方は厭らしくなっていった。
世間一般で言えば、性的虐待。父から言わせれば、後継者になる為に必要な身体検査。
父の言うこと、やることが全て正しいと幼い頃から教えられてきた俺にとっては、世間とズレていると分かっていても、否定出来るはずもなかった。
ましてや、俺の心が必死で助けを求めていたとしても父の前では簡単に打ちひしがれるのだ。
俺は、父にこんなのはおかしい、と言って背いたことがあった。しかし、父は俺を殴ってこう言った。
「これは、お前のためなのだ。お前を愛しているから、お前のためにここまでやっているんだ」
それを聞いて、愛って最悪なものだなと思った。
母や周りの大人に助けを求めることもあった。しかし、母は物心つく頃から俺に関心を持たず、ただ空気のようにそこに存在しているだけだった。「助けて」と幼い俺は言ったが、母は目を合わせることはなく、話を聞いたり声を出す素振りも無かった。いや、正しくは最後に目があった時は覚えている。俺が父に初めて犯された日、母は1度だけ汚いものを見るかのような目つきで俺を見たのだ。それからは、俺は母に助けてもらおうとするのを諦めた。
周りの人間もそうだ。父に怯えるばかりで、誰も俺の話を真剣に聞く者はいなかった。
そうした環境に身を置いていると、いよいよ俺は自分の生き方を察してくるものだ。
自分がどうやってこの先、父の望むように生きられるのか…?
方法は1つだった。感情が邪魔だ。ひたすら、自分の感情を消しさって流れに身を任せて生きていけばいい。そうやって、俺は感情を閉じ込めた箱に何重もの鍵をかけた。
「怖い」「辛い」「憎い」「痛い」「苦しい」「悲しい」「寂しい」「気持ち悪い」「誰か助けて」、そんな数々の自分の感情を閉じ込める魔法を俺は自分にかけた。昔から感情を表に出さず取り繕うことは得意だったから、簡単なことだった。
そうやって、俺は現実世界で心を切り離して生きていった。いつも体はそこにあるのに、心は世の中を遠く俯瞰したところに置いていた。
そんな風に生きていたからなのか、俺は高校に上がると育成ゲームや攻略ゲームを何となくするようになった。ゲームの世界は、俺が生きている世界と似ていた。
何かをする目的がそこにはあって、ただ決められた動きをする。その世界ではプレイヤーに感情が伴って生きているように見えるが、実際は画面の外で本物が存在していて、計算高く体を操り、言葉を選んでいるだけに過ぎない。俺の名前のプレイヤーがゲームの中にいようと、そこには本当の俺など存在しない。
今考えると、俺の生き方はゲームをしている時のようだった。本当の感情を持つ自分と体を切り離し、それぞれ別世界に置いた。ただ、父の言う通りに生きるという目的のため、俺は決められた動きをして、決められた言葉を吐く。画面の外に感情は置き去りにして、世界を俯瞰して…ただ抜け殻の身体を操っていたに過ぎない。
果たして、それで俺は生きていると言えるのか、俺はそれを考えることもやめた。
だから、画面の外にいる俺は何人たりとも侵入者を入れたくはなかった。
けれど…1人。たった1人だけ、画面の外にいる俺に向けてノックをしてくる人物がいた。
____?年前。
「あっ、それって…『愛と光の魔法』だよね!!」
石段に座ってゲームをしていた俺に重い前髪で顔を覆う背の高い男が元気よく声をかけてきた。
「…」
「それ面白いよね!君も好きなの?」
「……」
無視をされていると分からないのか、俺は睨みつけてそっぽを向いた。
「俺、○○!君は?」
「俺に話しかけてくるな」
「どうして?俺、そのゲームやってる奴見たことないから、ただ嬉しくて…」
「俺は、このゲームやってんのはただセールになってて安かったからってだけど。お前はこんなBLゲーム好きとか…ホモ?」
俺は突き放すように、嘲笑してそう言った。
「違くて!その…実はね、内緒なんだけど…そのゲーム作ったのが俺の母親でさ。だから、つい話しかけちゃった。へへ」
「…ふーん。くそどうでもいい」
俺は、そう言い残してその場を離れた。
しかし、何を思ったのかこれがきっかけで男はよく俺に話しかけてくるようになった。
「じゃじゃーん!母の書斎から、非売品の攻略本借りてきちゃった。前、あの場面に躓いてたみたいだから」
「…いらん。つきまとうなって言ってるだろ。どっか行け」
「見て見て。ここは、こうするといいらしいよ」
話を聞かず、男は分厚い本を広げ俺の隣に座って説明をし始めた。
そうやって、男は俺の話を聞かずにいつも強引に話を逸らしては、傍に居続けた。
俺を見つけると、必ず笑って寄ってくる。まるで犬のようだと思った。前髪が長いから、前にテレビで見たあの犬に似ている。オールドイングリッシュシープドッグってやつ。
その犬と男を重ね合わせると、自然と口角が上がってしまった。
「…実はね、この『愛と光の魔法』は事実上母の最後の作品なんだ。3年前、母は心臓を患ってからずっと入院してて、とてもゲームを作れるような状態じゃない。だから…このゲームをやってくれてる人をみて思わず声をかけちゃった」
「…そうか」
こういう時、感情を閉じ込めた俺はなんて言うのが正解なのか分からなかった。というよりも、こんな話を聞いても何か感じることはなかったのだ。自分の感情を捨てた俺が、こいつの気持ちを考えて適切な言葉を言うことが出来るはずがなかった。
「○○の家族はどんな人たち?」
「別に、普通だよ。うちは、ちょっと金持ちってだけ」
「そうなんだ。すごいな…」
純粋に彼が言った言葉通りにずっと捉えられていればそれでいいと思っていた。
しかし、彼は思ったよりも勘が鋭く、早くに俺の家庭のことを察するようになったのだ。彼は、それを知ると何度か俺に訴えた。
「警察に行こう。絶対にこんなの間違ってる。俺にとって、あなたは大切な人なんだ。あなたを助けたい」
切に彼はそう言った。俺は何度言われても、余計なことをするなと言った。
どうせ無駄だと思っていたからだ。
だが彼は行動に出た。俺の父親の前に現れて、もう俺に関わるなと言った。
父は一瞥して、
「自分の息子をどうしようと他人のお前には関係ない。あれは私のものだ」と言った。
プツンと何かが切れたように、彼は父を殴った。
「あの人は物じゃない。感情がある1人の人間だ!どうしてそんな簡単なこともわからないんだ!」と彼はなぜか泣いて叫んでいた。
どうして自分のことじゃないのに、彼が泣いているのか…俺はそればかりが気になった。
その数日後、彼の母が死んだ。
何故死んだのかは分からない。
ある日の夜、誰にも気づかれずに急に亡くなったらしい。
病室の前まで俺は行った。
自分の母の亡骸を黙って見下ろす彼の背中は何か物語っているようで、ジリジリと目に焼き付いて離れなかった。
その姿を見て俺は足を止め、病室には入らずに静かに来た道を戻った。
それから、数週間後。
彼は、明るい顔でまた俺に話しかけてきた。
しかし、彼のあの時の背中を思い出すと、俺は彼を直視することが出来なくて、無視をし続けた。けれど、やはりそれだけで彼は諦めたりしなかった。
それどころか、何度も俺に大嫌いな愛の言葉を囁いては屈託なく笑ってくるのだ。
あんなことがあって、変わらずにどうしてそんな目で俺を見つめ、どうしてそんな言葉を俺に言えるのか、少しこいつの心の中を覗いてみたくなった。
「…この、シアン・シュドレーって○○に似てるよね」
「俺に?はっ…確かに。父親に逆らえないところとかな」
「多分、彼は自分ではどうすればいいか分からないんだ。自分がどう感じてるのか、自分がどうしたいのか…自分のことを彼は分かってない。だから、結局ずっと父親に囚われ続けるしかないんだ」
「……そんなんだから、処刑なんてされちまうのか。俺の行き着く先もこうなんだろうな」
「絶対にそんなことはさせないよ」
「…」
「そうだなぁ、あなたがもし…シアン・シュドレーに転生したら…」
「転生?」
「もしも、の話!あなたがシアン・シュドレーに転生したら……俺が隣国の王子になって颯爽と助けてみせるよ。処刑なんて絶対にさせない。そして、死ぬほど幸せにするから」
「……ばーか」
俺はそう言って、彼にデコピンを食らわした。彼は、何が楽しいのか重い前髪から僅かに見える涼しげな顔をくしゃっと砕いて笑った。
色々と考えていると、いつの間にかイブリンの邸に帰ってきていた。
「…そういえば、お前が第二王子ならこの家は…?」
「特別に用意してもらったんだ。王宮に泊まるってなると、緊張しちゃうと思って。それにオーリーには話してないしね」
「あいつには黙ってるつもりか?」
「俺は話してもいいと思ってたんだけど、ハルノが嘘つけないタイプのオーリーにはまだ黙ってた方がいいって…」
「あぁ…それもそうだ」
俺たちは話しながら、馬車を降りた。
「この後、どうする?街を見学してみない?」
「……いや、疲れた。しばらく休みたい」
「そっか…。ごめんね、せっかく来てくれたのにあんな話をして。ゆっくり休んで。俺も部屋にいるから、何かあったら呼んで」
「心配するな…俺に構う必要はない」
今はこいつの優しさも、素直に受け取ることが出来なかった。国王との謁見の際の話を聞いて、イブリンはただ自分の役目に従って俺に優しくしてきただけなのかもしれないと思ったからだ。
自分が何者なのかと途端に疑い始めると、不思議なことに何故こんな自分なんかに優しくしてくるのかと他人の善意も疑うようになってくる。こんな状態で、俺は誰かとまともに話せるような気がしなかった。
「…シアン」
「1人になりたい」
俺は一方的にこの言葉だけを言い残して、自分の部屋へ籠った。
------------------------------
シアン・シュドレーに憑依する前の俺は、大手企業の社長の父を持ついわゆる金持ちの家の息子であった。俺は一人息子で、後継者故に父からは熱心すぎる教育を受けてきた。勉学・武道・習い事から始まり、日々の生活の在り方まで俺は全て父に管理されてきた。なぜなら、完璧な後継者となるため。
幼い頃から、父が求める生き方をなぞっていくだけの毎日を過ごしていた。
きっと、世間を知らずにいられればこれが異常だと感じることはなかっただろう。
成長するに従って、周りの人間と違うことを俺は知ることになった。
普通の家庭では、勉強や習い事で一番をとれば父親は褒めてくれるらしい。普通の家庭では、母親は子どもが好きな料理を作ってくれるらしい。普通の家庭では、子どもが失敗をしても父親は叩いたり殴ったりはしてこないらしい。普通の家庭では、実の息子に父親は欲情しないらしい。
いつからだったか忘れたが、父は俺の成長を確かめるためと言って度々服を脱ぐように指示してきていた。それから、成長するに従って次第に俺の体に触れるようになり、どんどんその触り方は厭らしくなっていった。
世間一般で言えば、性的虐待。父から言わせれば、後継者になる為に必要な身体検査。
父の言うこと、やることが全て正しいと幼い頃から教えられてきた俺にとっては、世間とズレていると分かっていても、否定出来るはずもなかった。
ましてや、俺の心が必死で助けを求めていたとしても父の前では簡単に打ちひしがれるのだ。
俺は、父にこんなのはおかしい、と言って背いたことがあった。しかし、父は俺を殴ってこう言った。
「これは、お前のためなのだ。お前を愛しているから、お前のためにここまでやっているんだ」
それを聞いて、愛って最悪なものだなと思った。
母や周りの大人に助けを求めることもあった。しかし、母は物心つく頃から俺に関心を持たず、ただ空気のようにそこに存在しているだけだった。「助けて」と幼い俺は言ったが、母は目を合わせることはなく、話を聞いたり声を出す素振りも無かった。いや、正しくは最後に目があった時は覚えている。俺が父に初めて犯された日、母は1度だけ汚いものを見るかのような目つきで俺を見たのだ。それからは、俺は母に助けてもらおうとするのを諦めた。
周りの人間もそうだ。父に怯えるばかりで、誰も俺の話を真剣に聞く者はいなかった。
そうした環境に身を置いていると、いよいよ俺は自分の生き方を察してくるものだ。
自分がどうやってこの先、父の望むように生きられるのか…?
方法は1つだった。感情が邪魔だ。ひたすら、自分の感情を消しさって流れに身を任せて生きていけばいい。そうやって、俺は感情を閉じ込めた箱に何重もの鍵をかけた。
「怖い」「辛い」「憎い」「痛い」「苦しい」「悲しい」「寂しい」「気持ち悪い」「誰か助けて」、そんな数々の自分の感情を閉じ込める魔法を俺は自分にかけた。昔から感情を表に出さず取り繕うことは得意だったから、簡単なことだった。
そうやって、俺は現実世界で心を切り離して生きていった。いつも体はそこにあるのに、心は世の中を遠く俯瞰したところに置いていた。
そんな風に生きていたからなのか、俺は高校に上がると育成ゲームや攻略ゲームを何となくするようになった。ゲームの世界は、俺が生きている世界と似ていた。
何かをする目的がそこにはあって、ただ決められた動きをする。その世界ではプレイヤーに感情が伴って生きているように見えるが、実際は画面の外で本物が存在していて、計算高く体を操り、言葉を選んでいるだけに過ぎない。俺の名前のプレイヤーがゲームの中にいようと、そこには本当の俺など存在しない。
今考えると、俺の生き方はゲームをしている時のようだった。本当の感情を持つ自分と体を切り離し、それぞれ別世界に置いた。ただ、父の言う通りに生きるという目的のため、俺は決められた動きをして、決められた言葉を吐く。画面の外に感情は置き去りにして、世界を俯瞰して…ただ抜け殻の身体を操っていたに過ぎない。
果たして、それで俺は生きていると言えるのか、俺はそれを考えることもやめた。
だから、画面の外にいる俺は何人たりとも侵入者を入れたくはなかった。
けれど…1人。たった1人だけ、画面の外にいる俺に向けてノックをしてくる人物がいた。
____?年前。
「あっ、それって…『愛と光の魔法』だよね!!」
石段に座ってゲームをしていた俺に重い前髪で顔を覆う背の高い男が元気よく声をかけてきた。
「…」
「それ面白いよね!君も好きなの?」
「……」
無視をされていると分からないのか、俺は睨みつけてそっぽを向いた。
「俺、○○!君は?」
「俺に話しかけてくるな」
「どうして?俺、そのゲームやってる奴見たことないから、ただ嬉しくて…」
「俺は、このゲームやってんのはただセールになってて安かったからってだけど。お前はこんなBLゲーム好きとか…ホモ?」
俺は突き放すように、嘲笑してそう言った。
「違くて!その…実はね、内緒なんだけど…そのゲーム作ったのが俺の母親でさ。だから、つい話しかけちゃった。へへ」
「…ふーん。くそどうでもいい」
俺は、そう言い残してその場を離れた。
しかし、何を思ったのかこれがきっかけで男はよく俺に話しかけてくるようになった。
「じゃじゃーん!母の書斎から、非売品の攻略本借りてきちゃった。前、あの場面に躓いてたみたいだから」
「…いらん。つきまとうなって言ってるだろ。どっか行け」
「見て見て。ここは、こうするといいらしいよ」
話を聞かず、男は分厚い本を広げ俺の隣に座って説明をし始めた。
そうやって、男は俺の話を聞かずにいつも強引に話を逸らしては、傍に居続けた。
俺を見つけると、必ず笑って寄ってくる。まるで犬のようだと思った。前髪が長いから、前にテレビで見たあの犬に似ている。オールドイングリッシュシープドッグってやつ。
その犬と男を重ね合わせると、自然と口角が上がってしまった。
「…実はね、この『愛と光の魔法』は事実上母の最後の作品なんだ。3年前、母は心臓を患ってからずっと入院してて、とてもゲームを作れるような状態じゃない。だから…このゲームをやってくれてる人をみて思わず声をかけちゃった」
「…そうか」
こういう時、感情を閉じ込めた俺はなんて言うのが正解なのか分からなかった。というよりも、こんな話を聞いても何か感じることはなかったのだ。自分の感情を捨てた俺が、こいつの気持ちを考えて適切な言葉を言うことが出来るはずがなかった。
「○○の家族はどんな人たち?」
「別に、普通だよ。うちは、ちょっと金持ちってだけ」
「そうなんだ。すごいな…」
純粋に彼が言った言葉通りにずっと捉えられていればそれでいいと思っていた。
しかし、彼は思ったよりも勘が鋭く、早くに俺の家庭のことを察するようになったのだ。彼は、それを知ると何度か俺に訴えた。
「警察に行こう。絶対にこんなの間違ってる。俺にとって、あなたは大切な人なんだ。あなたを助けたい」
切に彼はそう言った。俺は何度言われても、余計なことをするなと言った。
どうせ無駄だと思っていたからだ。
だが彼は行動に出た。俺の父親の前に現れて、もう俺に関わるなと言った。
父は一瞥して、
「自分の息子をどうしようと他人のお前には関係ない。あれは私のものだ」と言った。
プツンと何かが切れたように、彼は父を殴った。
「あの人は物じゃない。感情がある1人の人間だ!どうしてそんな簡単なこともわからないんだ!」と彼はなぜか泣いて叫んでいた。
どうして自分のことじゃないのに、彼が泣いているのか…俺はそればかりが気になった。
その数日後、彼の母が死んだ。
何故死んだのかは分からない。
ある日の夜、誰にも気づかれずに急に亡くなったらしい。
病室の前まで俺は行った。
自分の母の亡骸を黙って見下ろす彼の背中は何か物語っているようで、ジリジリと目に焼き付いて離れなかった。
その姿を見て俺は足を止め、病室には入らずに静かに来た道を戻った。
それから、数週間後。
彼は、明るい顔でまた俺に話しかけてきた。
しかし、彼のあの時の背中を思い出すと、俺は彼を直視することが出来なくて、無視をし続けた。けれど、やはりそれだけで彼は諦めたりしなかった。
それどころか、何度も俺に大嫌いな愛の言葉を囁いては屈託なく笑ってくるのだ。
あんなことがあって、変わらずにどうしてそんな目で俺を見つめ、どうしてそんな言葉を俺に言えるのか、少しこいつの心の中を覗いてみたくなった。
「…この、シアン・シュドレーって○○に似てるよね」
「俺に?はっ…確かに。父親に逆らえないところとかな」
「多分、彼は自分ではどうすればいいか分からないんだ。自分がどう感じてるのか、自分がどうしたいのか…自分のことを彼は分かってない。だから、結局ずっと父親に囚われ続けるしかないんだ」
「……そんなんだから、処刑なんてされちまうのか。俺の行き着く先もこうなんだろうな」
「絶対にそんなことはさせないよ」
「…」
「そうだなぁ、あなたがもし…シアン・シュドレーに転生したら…」
「転生?」
「もしも、の話!あなたがシアン・シュドレーに転生したら……俺が隣国の王子になって颯爽と助けてみせるよ。処刑なんて絶対にさせない。そして、死ぬほど幸せにするから」
「……ばーか」
俺はそう言って、彼にデコピンを食らわした。彼は、何が楽しいのか重い前髪から僅かに見える涼しげな顔をくしゃっと砕いて笑った。
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