悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちあ

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1章

濡れ衣

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「シュレイ・アデスって、貧民街出身でアデス侯爵家の養子という、あの…?」

「やはり卑しい出の人間だ。やることが下品だな」

「確か、殿下たちと仲がよろしかったわよね?なるほど、変だと思ったの。自分の特異性を利用して殿下たちに取り入っていたのね」

「なんて浅ましいのかしら」

シアンに名を挙げられ、今までいち傾聴者だったシュレイ・アデスの周りからどんどん人が離席していき、彼は全校生徒の視線を一斉に受ける状況となった。

「貴様…シュレイが真犯人だと申したいのか?」

「いえ。重要なのは、この6名の罪を軽くするべきではないかとご意見しているのです」

「貴様が6名に指示し、シュレイに濡れ衣を着せようとしている可能性もあるではないか」

「ふっ何のためにそんな事をするのでしょうか?」

「分かりきったこと。第一王子の私とシュレイが親しい関係であることを知って、彼に目をつけたのだ。シュドレー公爵家はいつも私たち王族を落とし込む機会を伺っているからな」

「考え過ぎではありませんか?私はただ、事実を暴きたいだけなのです。彼らは、私の大事な友人たちですから」

「はっ嘯くでない。貴様の本性は知れている。第一に、シュレイが彫像を破壊して何になるというのだ?」

「そんなことは彼にしか分かりません。しかし、彼ら6名の証言から推測するに、彫像を破壊することに意味はなかったのではありませんか?シュレイ・アデスは自らの特別な魔力に驕って男たちを惑わす性格とお見受けします」

「貴様!シュレイを侮辱するな」

ユーリアスが眉間に皺を寄せ唸る。

「おっと…失言いたしました。申し訳ありません」

「貴様たちが策略したことだと必ず突き止めてみせる」

「あまり軽率なことは申し上げられない方がよろしいかと。お言葉ですが、あの特殊な彫像を6点も破壊するなんて、私たちの中で誰と誰に出来るとお考えですか?ご納得されないようでしたら、私たちの波長テストの結果をご覧になっていただいても構いません。私たちの中で相性が良いどのペアで魔法を使ったとしても、あそこまで破壊出来る程の魔法を実現することは出来ません。そう、シュレイさんと協力でもしない限りは」

「そもそも!シュレイが特異性の魔力を持つという証拠がどこにある?」

「そうですね…。ではちょうど全校生徒の皆様がいますから聞いてみましょうか。6名の証言が確かであれば、特異性の魔力を持つ故に誰の波長テストの結果でも彼の名は載っていないということです。そこで、殿下とドグナー様、タイル様、マークハルト様以外の全校生徒の皆様にお伺いしましょう。ご自分との相性の順位に、シュレイ・アデスという名が載っていた人は手を挙げてください」

コソコソと話していた生徒は一斉に静かになり周りを見渡す。当然、手を挙げる者は誰1人いなかった。

「現在は約600名の生徒が学園に在学しています。この人数でここまで誰1人として名が載っていないという事例は今まであったでしょうか?これで6名の証言はかなり信憑性が高いと分かっていただけただろう。そして、なぜシュレイ・アデスの名が載っていないのか。それは、シュレイ・アデスが特異性の魔力を持っているからとしか考えられません」

シアンが決定打を打った。

「貴様、シュレイを陥れる気か」

「ユーリアス、落ち着いてください。ひとまず今回は耐えて、後で調査をしてみましょう」

生徒会メンバーであるイグリム、サイラス、スヴェンがすかさずユーリアスの隣まで来て、イグリムが宥めるように肩に手を置いた。

「…お前たちの言い分は分かった。この件は1度持ち帰り、生徒会で調査する。その上で公平に判断し、6名とシュレイ・アデスの処置を告げる」

「お聞き入れいただき感謝申し上げます。どうぞ公平なご判断を」


こうしてまるで裁判のような空気の全校集会は終了した。




ぞろぞろと600人もの生徒が行列を作り、外に出ていく。俺は急いで1人になったシアンに声をかけた。

「シアン!どういうつもりであんなこと!」

「離せ」

「どうして…。分かってるよね?このままじゃシアン、危険な目に遭うんだよ!」

「…?なんでお前がそんなこと…」

目を合わせず下を向いていたシアンが俺の言葉に反応し、驚いた顔で見上げてきた。

「とにかく、しばらく逃げよう!」

「やめろっ!お前に関係ないだろ。もう関わるな!」

シアンの腕を強く握った俺の手はつねられ、その痛みで反射的に腕を離してしまった。そして、あっという間に彼は走り抜け600人の行列の中に消えていってしまった。




それから、またシアンを探したが結局どこをどう探しても見つけることが出来なくて、気づいたら朝を迎えていた。

つまり、今日が"あの事件"の日。
悪役令息シアンが、泥沼の運命から逃れられなくなった日。

日が照る昼休み、ゲームのシナリオ通り全校集会は講堂ではなく競技場で行われた。

石によって円形に造られた競技場では、舞台の中央に6人の男たちと1人の華奢な体つきをした男が怯えながら立ち、中央を囲うような観客席にはまるで話題の演劇を見に来たかのように高揚した様子を見せる600人の生徒が座っている。

指定された開始の時刻と共に、シアンたちと生徒会のメンバーが中央の舞台に上がってくる。
すると、わっと湧いた声がした。

生徒たちの注目の先は、ユーリアス・クラインだった。
彼は、制服ではなく王室の正装を着ていた。
まるで自分は今から第一王子として口上するとでも言いたげだ。

「ごきげんよう諸君。本日は、昨日の彫像損壊事件について調査したことを報告しよう」

また裁判のような厳しい空気感に包まれ、ユーリアスのこの言葉を皮切りに劇は始まってしまった。



「まず本題に入る前に、生徒会から全校生徒の皆に謝らなければならないことがある。確かに、シュレイ・アデスは特異性の魔力を持っている。また、察しの通り我々生徒会は私はじめメンバー全員がシュレイ・アデスの特異性の魔力について知っていた。もちろん、先生方もだ。何故テストの結果に彼の名を載せず、隠してきたのかは明白だ。彼の魔力が万人の石持ちと相性が合うと知られてしまえば、皆が彼を奪い合うようになり学園は騒然となるだろうと懸念し、国王自らが決められた」

ユーリアスが堂々とした表情でそう告げると、生徒たちがザワっとなった。

「国王自らだって?」

「どうしてあのような者のために…」

「ということは、やはり特異性の魔力は本物なのね」

観客の言葉など気にしないとでも言いたげにユーリアスは話を続ける。
 
「とはいえ、今まで重大な事実を隠して来たこと、深く詫びる。このような状況でこのように公言してしまうことは些か生徒会への不信感を募らせてしまうだろうが、どうか我らの意図を汲み取ってほしい。さて…第一王子として私は入学当初から、シュレイ・アデスがどのような人物か吟味してきた。まだ半年ではあるが、彼は実に誠実で一生懸命で優しい心根の持ち主だ。だからこそ、女神の愛と祝福を一身に受け、特別な魔力を持って生まれてきたのだと断言できよう。そんな彼が今、言われなき罪を着せられようとしている」

「どういうことだ?」という言葉が多数広がる。

「実行犯6名、お前たちは誠にシュレイ・アデスに誑かされて彫像を破壊したのか?」

「はっ、はい!彼から誘われ、一緒に魔法を使って像を破壊してしまいました」

「そうか。では、シュレイ・アデスよ。お前はそれを認めるか?」

「み、認めません!僕が女神様と初代国王様の彫像をあんなにボロボロにするなんて…増してや人を騙してまでそんなこと絶対にしていません!」

怯えていたシュレイだったが、自分の無実を証明するために真っ直ぐな瞳で全校生徒に訴えかけた。

「さてどちらが嘘を述べているのか、本日明らかにしよう。されでは調査結果を述べる。一昨日の夜、シュレイは寮の部屋で休んでいたと述べていたが、残念ながらアリバイを証明してくれる者はいなかった。よって確かにシュレイに犯行は行えた。加えて、破壊された像の各付近で杖を持った2人組の男たちが人目を気にしながら彷徨っていたという目撃情報がいくつか出ている。そのうち1名は6名のうちの1名ライン男爵家のフレイ・ライン。もう1名はフードを深く被って顔は見えなかったが背格好は非常にシュレイに似ていたという。そして、シアン・シュドレー、貴様の言う通りに身辺の友人たち全員の波長テスト見させてもらったが、どのペアを組み合わせたとしても確かに彫像を破壊することは不可能だと判明した。唯一、シアン・シュドレーとイブリン・ヴァレントの相性であれば彫像を壊せると予想できたが、イブリン・ヴァレントは一昨日の夜、友人の証言から確かなアリバイがあるため協力したとは考えられない。ここまで調べるに、確かに6名とシアン・シュドレーの言い分は筋が通りそうだ」

「ということはやはり、シュレイ・アデスとあの6名の仕業ということですね」

マウロがニッコリと笑って答えた。

「いや、シアン・シュドレー。お前が見ろと言ったお前自身のテストの結果に気になる点を見つけた」

「…」

ユーリアスは核心に迫る勢いでシアンを見た。

(まさか…ある筈の無いあれを見つけたのか?)

「お前の魔力の波長テストの結果を見て驚いた。5番目から下は、この実行犯6名の名が記されていた」

 「…だからなんだと?」

ようやくシアンはユーリアスの目を見て、言葉を発した。

「はっ、賢いのに分からないのか?つまり、お前と6人は相性的には魔法を使うことができる。お前とこいつらが共謀して彫像を破壊したとも考えられるってことだ」

大人しく聞いていたサイラスが横から口を挟む。

「なぜ私がわざわざそんな面倒くさいことをするんですか?そもそも、5番目から下の相性程度であの彫像が粉々に破壊できますか?」

「それは可能だ。これを使えばね」

イグリムが黒縁メガネを上げながら言った。
彼が手に持っている"これ"とは、なんと魔石だった。

「魔石は希少な物だし、そもそも学園に持ち込むことは禁じられている。だからなかなか見当がつかなかったが…。誰もが知る通り石持ちが魔石を使えば魔力は強化され、出力される魔法の威力も格段に高まる。つまり、5番目から下程度の相性だとしても魔石を使えば彫像も簡単に破壊可能だ」

「はっ…それなら、尚更私でなくとも可能だ。私は魔石なんて持っていないし、誰だって出来るだろう」

「いえ、残念ながらあなたが1番疑わしい。失礼とは存じておりましたが、寮のあなたの部屋を調べさせていただきました。すると、ベッドの下から使用済みの6つの魔石が見つかりました」

イグリムが袋から使用済みの証である光を失った土色の魔石を取り出した。

「魔石は1回きりの魔法でしか使えません。そして、使い終われば美しい輝きが消える。見ての通りこの6つの魔石は全て使用済みで、破壊された彫像の数とも合います。これは何を意味しているかお分かりですよね?」

「誰かが私を嵌めるためにベッドの下に仕組んだのかもしれないだろう?」

「…ああ、魔石を使用した割には知識が少ないのですね。天然の魔石は採掘した後、魔法庁で手のひらサイズに加工したらとても小さく注文先の家紋を刻印するんです。当然6つとも、シュドレー公爵家の家紋が刻まれていました。あなたが魔石を秘密裏に取り寄せ、仲間と共謀して魔法を使い彫像を破壊したのではありませんか?」

「…戯言を」

昨日とは打って変わって状況がひっくり返り、見ている生徒たちの態度もみるみる変化していくのが分かった。

「昨日はあのシアン様の珍しい姿に心を打たれましたけれど、殿下を陥れるための策略だったのね」

「考えて見れば、女神が特別にお与えした魔力を持つ者に女神の像が破壊出来るとは考えられないですわ」

「いつも撮り悪逆非道のシアン・シュドレーの仕業ということか…」

まるでつまらない三流演劇を見ているかのような軽い口調で話す生徒たちを見て、一人一人に殴り込みたくなる衝動に駆られたが必死に抑え込み、俺は冷静に考えることに努めた。

そもそも、なぜある筈の無い魔石がここにあるのか俺には分からなかった。
本来、魔石さえ出てこなければこんな展開は避けることが出来たはずなのだ。ゲームでは、オーリーとシアンはコンパネロの誓いをして無理矢理主従関係を結んだ後、取り引きで得た魔石洞から魔石を手にする。これを利用し、シュレイに濡れ衣を着せようと企てる。しかし、魔石を使ったことがバレ、現状のような事態に陥ってしまうのだ。しかし、そもそもこの事態は魔石がシアンの元に届かなければ起きることはない。その為には、シアンがオーリーとコンパネロになり取り引きを受けることが必要不可欠だったが、シアンはオーリーの申し出を断ったはずだ。では、あの家紋が刻まれた魔石はどこから出てきたのか?

「イブリン様、どうか耐え抜いてください」

脳内にハルノの声が魔法で伝達されてきた。

「…分かっている」

「これが終われば、どのようなやり方でも必ずシアン様をお救いする手立てを講じます。どうか、エルネのためにも目立たれないようにお願いいたします」

(シアン…俺は本当にただ見ているだけでいいのか…?)


しばらく沈黙が続き、6人の実行犯たちがもう耐えられないというようにお互いに目を合わせあって、ユーリアスの足元に跪いた。

「たっ大変申し訳ございません殿下!実は、全てシアン様のご命令でシュレイ様に濡れ衣を着せてしまいっ…」

「私もっ…大変なご無礼をしてしまい、なんて事を!し、信じてもらえないかもしれませんが、協力しなければ我が男爵家を潰すと脅されて仕方なく…」

「どうか、どうかお許しください!シアン様に楯突けば我が家門はどうなるか…!恐ろしくて、嘘の証言をしてしまいましたっ」

「どのような処罰でも私どもはお受けいたします!」



「どうやら、こいつらの方が往生際が良いようだ」

ユーリアスはニヤリと笑ってシアンを見た。

「お前たち、真実を語れ」


はい。包み隠さず申し上げます。シアン様はシュドレー公爵から魔石を受け取り、今回の企てを思いつかれました。
シアン様は殿下の大事な方、シュレイ様に目をつけたのです。そして、シュレイ様を探るうちに特異性の魔力を利用する策略を私たちに実行させました。最初は、女神や国王陛下に背くようなことはしたくないと申し上げました。しかし、命令に背けば家門を追い込むと脅され、言うことを聞かざるを得ませんでした。
私たち6名はシアン様に脅されて集められ、事前に指示を受けておりました。
そして一昨日の夜、私たちはそれぞれ6つの彫像の前に待機するように言われ、待っておりました。直に、顔が見えないようにフードを深く被ったシアン様が1つ目の像の前に立つ私の元へ現れました。シアン様が魔法石を手に握り締めたのを合図に、共に呪文を唱え魔法を使いました。すると今まで経験したことのない凄まじい威力で魔法が放出され、彫像を破壊してしまいました。私はとても怖くなりました。そんな怖気づく私を見て、シアン様は何食わぬ顔で「予定通り、シュレイ・アデスのせいにして自首しろ」と言い残し、2つ目の像がある方へ向かっていきました。なぜわざわざシアン様が自ら手間のかかる方法を行っているのか分かりませんでしたが、シアン様はシュレイ様と比べて少し背が高い程度で後ろ姿はよく似ています。後々調査をされ、目撃情報を増やしよりシュレイ様に疑いがかかるように自ら行動されるやり方を選ばれたのだと分かりました。
私たちはシアン様と魔石の力で強化した魔法を使ってそれぞれ6つの彫像を破壊すると、それからはお分かりかと存じます。翌日、シアン様に命じられた通り、私たち6名は自分たちがやったと生徒会で自首し、その原因はシュレイ様に誑かされたからだと証言いたしました。しかし、どんどん証拠が揃っていくうちに、深みにハマっていってしまうのが恐ろしくなりました。犯行の証拠になるか分かりませんが、この木の杖は一昨日シアン様がお使いになったものです。あの時だけの為にシアン様はわざわざ別の魔法杖をご用意されたようでして、6つ目の彫像を破壊した後破棄するようにと渡されました。

6人はユーリアスに発言権を与えられたことで、まるでようやく自分たちの役回りが来たと言わんばかりにペラペラとよく喋り、ユーリアスたちに媚びへつらって木の杖を取り出した。

「なるほど。シアン・シュドレーの持っている魔法杖と言えば、他の生徒のものと比べて上等で目立つものであったな。杖は人を選ぶというが、対してこの木の杖は、安価で比較的誰が使っても不自由ないためシュレイも同じものを持っている」

ユーリアスは話を聞きながら、6人のうちの1人から木の杖を受け取る。

「ええ。僕は最初の実技試験でシアン様とペアを組んでいたので、彼がいつも使っている杖をよく見ていた。彼の杖は、他の生徒のものと違って外側がシルバーで覆われており、シンプルなデザインながらもよく目立ち、一目見て高価だと分かるものだった」

「ということは、犯行当日シアン・シュドレーが自分の杖を使ってしまえば誰かに見られた時、顔を隠していたとしても自分だとバレてしまう。だから、わざわざ木の杖を用意したということか」

「筋は通ります」

ユーリアスとイグリムがお互いに頷いた。

「女神の特別な愛と祝福を受けるシュレイ様…身に覚えのない罪を着せてしまい、大変申し訳ございまさんでした」

「許されようとは当然思いません。しかし、シアン様は躊躇わず人を陥れる人間なのです。殿下、シュレイ様…どうかそれだけは注意していただきたいのです…」

「そんな…そこまで自分自信を責めないでください。僕は心から謝罪している人を責めたりしません」

シュレイが謝罪する6人にそう言うと、すかさずユーリアスが間に入った。

「シュレイ、そなたは優しすぎる。こいつらは、そもそも最初から嘘をついていたのだ。今だって、誠に正しいことを言っているか信用できぬ」


「しかし、証拠がここまで出てくると彼らの話も强ち間違いではないのかもしれない」

イグリムがユーリアスにそう言うと、観客席がまたザワついた。

「やはり、シアン様の仕業で間違いないわね」

「しばらく学園で静かに過ごしていたと思っていましたけれど、悪逆非道の噂通りね」

「なんて狡猾で悪辣な行いだ」

俺はあまりの怒りに震え、気がついたら唇を血が滲むまで噛み締めていた。
これはただの濡れ衣事件では無い。
実は、濡れ衣に濡れ衣を被せ真実が隠された事件だ。

「シアン・シュドレー!」

ユーリアスが叫び場内を黙らせると、素早く鞘から剣を抜き取り、黙り続けるシアンの喉元に刃を向けた。

「証拠は出揃った。これでも貴様の仕業ではないと?」

ずっと俯いて見えなかったシアンの顔が今ははっきりと見えた。彼は思ったよりも大したことが無いような、淡々とした表情をしていた。
けれど目は違った。どこか諦めたような…最初から何も期待などしていなかったような、そんな虚ろな目をしていた。

俺はあなたのその目を知っている。
また、あなたは世界から爪弾きにされたのだ。
けれど、そんなことは彼にとっては何てことはないだろう。期待など当然するはずもなく、傷つきも、悲しみも、苦しみもしない。そんな感情は、とっくの昔に捨てたと言っていた。


―――俺には魔法が使えるんだ。胸の奥、心の奥、ずっとずっと深い所に感情という箱に鍵をかけられる魔法。その魔法は永久に解くことは出来ないんだ。幼い頃にこの魔法を使ったから、これからもこの世界で俺は生きていける。

彼の言葉を思い出し、俺は耐えきれずに立ち上がった。

「イブリン様、いけません」

「うるさい!今助けなければ、きっともう永遠に彼を助けられない!」

そうハルノに小さく怒鳴りたてた直後、競技場の空気がピリッと変わったのが分かった。

「…全く、馬鹿馬鹿しいですね。こんなに用意周到な証拠が揃うとは何とも滑稽です」

「何?」

ユーリアスが眉尻をピクリと動かすと、シアンは口角を僅かに上げて右目の眼帯の紐を解いた。

右目が明け透けになった瞬間、その場の時が止まったように感じられた。

暖かく優しい風が吹き、彼の金髪が川のせせらぎのように眩く靡かれた。
ちょうど真上に来た太陽が光を放つ金の瞳を更にこれでもかと輝かせ、憂いを帯びた彼の顔つきは悪逆非道という数々の下劣な言葉などまるで似つかわしくない清廉な美しさが纏われていた。

先程まで、この場にいる皆は彼を醜悪な人間だと信じて疑わず罵っていた。
しかし、この瞬間だけは彼の神々しく玲瓏な姿に誰もが魅入られ息を呑むのであった。







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