犯罪者の異世界転移

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異世界編

小西 12話

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「──私の事は、思い出してくれましたか? 私はアルマさんの事を、思い出せましたか? 掃除とかご飯とか、上手にできなくてごめんなさい。初めて会った時から、ほんとのおじいちゃんみたいですぐに、大好きになりました。おじいちゃんって言ったらアルマさんは怒りそうだけどね。名前の無い私に、ギブの名を名乗って良いと言われた時は、本当に嬉しかった。こんな優しいアルマさんが村長だから、みんなも私に優しくしてくれたのかな。もし、私にもしもの事があれば、コニシさんの事を宜しくお願いします。あの人は、不器用であまり喋らない人だけど、すごく優しくて、アルマさんが作った鳥さんをすごく大事に持ってたりする人です。コニシさんの事も、アルマさんに感じる様な、不思議な物を感じます。でも頼れるお兄さんって感じではなくて、ちょっと分からないんだ。苦しくて、何だか目を見ると照れ臭くて、でももっとコニシさんの事が知りたくて、すごく変な気持ちです。アルマさん、もし全部を思い出しても、ギブの名をくれますか?クルルさんは嫌じゃないかな?本当は思い出すのが、少し怖かったりします。でも、きっと大丈夫と信じて、普段上手に言えない気持ちを手紙に書きました。みんな、本当に大好きです。ありがとう──」


 アルマさんの一人娘であるクルルさんから渡された、1通の手紙が俺の手元にあった。
 視界が波打つが、泣いてはいられない。


 諦めないと、そう決めた。



「父さんもロキさんもいないから、あなたに渡すのがいいかなと思ったの。あの子の、お兄さんなんでしょ?それを持って、早くこの村から出ていった方が良いわ」

 気丈に振る舞う所は、父譲りだな。本当は、泣きたくて堪らない筈だ。
 俺を、殴りたくて堪らない筈だ──

 俺は黒い灰となった討伐隊を持ち帰ると、皆に歓迎を受けた。記憶が、戻ったのだ。
 そして、ある程度の経緯と最後の魔力の暴走を話すと皆唖然としていたが、遅れて憎しみに変わるのが見てとれた。
 一部の人間は鬼の脅威と記憶の事から、感謝を示す表情が見て取れたが、元々は村のほとんどの人間が反対していた討伐だ。それが村の有力者の全滅を伴って、余所者だけが帰還ともなれば悲しみや怒りの矛先が向いて当然だろう。
 何より、瀕死ではあったといえ仲間を殺したのは、この俺だ。

「そうします。あの、最後に教えてくれませんか。涼子がどうやってここに来て、どんな生活をしていたのか」

「私も詳しくは知らないけど、父さんと会った時は、森の中にいたらしいよ。何か、クルマだっけ?それを操縦してて気付くと森で、2回夜を越したって言ってたわ。父さんが連れてきて、後は想像通りかな。気にするなって言う父さんと、何でも手伝おうとするリョウコちゃんが居ると、賑やかだったなあ。リョウコちゃんの話になると必ず出てくる、定番のお兄さんがまさかコニシ君だったなんてね」

「ありがとう、ございます。」

 涙は堪えたが、嗚咽までは堪えきれなかった。泣きたいのは、クルルさんも同じなのに。


「私、信じてみる」

「え?」

「私以外には言ってないんでしょ。千鶴石の事」

「そうですね。もし、その話をして希望を持ったとしても、俺が見境なく人を殺したのは、変わりませんから。なら、俺はこの罰を受けないといけないと思います」

「綺麗事だね。自信が無いだけじゃない」

「自信、ですか」

「千鶴石を世界中の隅から隅まで、血眼になって探して、何があっても絶対に俺が蘇らせるって、そう言えないんでしょ」

 クルルさんの目には、涙が浮かんでいた。

「だから、私だけには言ってよ! 絶対に父さんと、また一緒にいさせてやるって!リョウコちゃんも、ロキさんも、皆も、全部元通りにするって! 言ってよ!」

 絶叫の様に泣き叫ぶクルルさんを見て、自分の無力さにもう何度目になるか分からない嫌気がさした。

「絶対に蘇らせる、とは言えません。けど、俺はこの村から逃げる訳ではありません。絶対と言うなら、俺はこの命が続く限り千鶴石を追い続けます。夢物語だろうと、笑われても絶対です。それだけは、信じて下さい」

「よし! 私は信じる。ずっと信じてるからね」

 クルルさんは涙を乱暴に拭い、ごめんねと言って背を向けたがすぐに何かを手にして戻ってきた。

「はいこれ、ネックレス。大事な物なんでしょ。討伐に行く前に、何かあったらいけないからって置いていったの」

「ありがとうございます。ほんとに何から何まで」

「お礼は、千鶴石でね」

「頑張ります」

 俺がそう言うと、一つ間が流れた。

「いかないと、ね。あぁ、一人は寂しいなあ」

「俺が借りてる部屋に、忘れ物をしていっていいですか」

「何を置いてくの?」

「見てのお楽しみです」

「分かった。ちゃんと取りに来てね。街での事とかは、大丈夫?」

「ロキさんにある程度の事は、教わりましたから」

「そっか、じゃあちょっとの間お別れだね」

「はい、本当にお世話になりました」

「じゃあ」

「じゃあ」

「いってきます」

「いってらっしゃい」


 俺の部屋の愛くるしい小鳥は、少しでもあの広い家を埋めてくれるだろうか。

 形見にはしない。
 このネックレスも──
 鉄の小鳥も──
 この村も全部。




 夜の森は危険だと言われていたが、昼間だと村の人の目がある。
 街まで歩いて5回の夜は越さなければならないと、ロキさんに教わったがそれ以上に時間が掛かると見ていた方がいい。


 目指すは、多種族が共存する【ジング】。


 ここで世界の事を、もっと知らなければいけない。
 そして、俺には死なない強さが必要だ。

 忌まわしくも、命を救ってくれた雷を指先から【発現】させる。
 生きているかの様にうねると、辺りを目を突く光が照らす。

 これを、「使える」様にならないとな──






 その日は何事も無く夜が明け、道中に子供の鬼や、二足歩行の猪の魔物に対峙し肝が冷えたが、難とか進み続けて3日が経つ。
 出発する際にクルルさんが持たしてくれた、食料や飲料も心許なくなってきていた。
 進行方向はこれでいいのかと、慣れない野宿での睡眠不足でふらふらと森を歩いていると、村に着いた。

 あまり対人で好印象を与える方では無いが、意を決して村に入るとすぐに人を捕まえれた。

「旅の者だが、ここで一夜過ごさせて頂ける場所は無いだろうか」

 ロキさんに教えられた通り、公務に就いている場合や相応の人間に対して以外の人間には、この口調でなければいけない筈だ。

「あ、あぁ、村長の家はあれだ。でかいから分かるだろ。あそこで聞いてくれ」

「助かる」

 話し掛けられたのが余程驚いたのか、男は俺が背を向けても呆然としている様な気配がした。


 特別目立つ程大きな訳では無い家を訪ねると、娘だと思われる女性に居間の様な所へ通された。
 ここでは呆然と人の顔を見るのが、流行っているのか女性も妙な顔で俺を見ていた。
 昨日は偶然水場を見つけたので体を清めたが、臭うのかもしれない。

 居間の様な場所で座っていると、浅黒く日焼けした男性が忙しなく入室し、俺を見て目を見開いた。


「何と縁起の良い! あなたは、神の遣いか?」

 


 
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