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ドラゴニアでの学園生活

二人の想いとガルフの失敗

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 ある日の帰り道、ガルフはティアに尋ねた。

「ティアって、好きな人とかいないの?」

「えっ、どうして?」

 唐突に妙な事を聞かれて戸惑うティア。もしかしたらこの後『いなかったらボクと……』なんて告白に繋がるのかと期待した彼女だったが、その期待は一瞬にして脆くも崩れ去った。

「ジョセフとか、ミッシェルとか、どうなの?」

 ガルフが二人の名を出した途端、彼女は不機嫌になった。

「なんでそんな名前が出て来るの?」

「だって、ジョセフは男爵家でミッシェルは伯爵家だろ? その、何と言うか、王女の婿として家柄とか考えたらさ……」

 結婚相手に家柄が求められる、王女としては当然の事だ。もちろんそれは王子であるガルフも同じ事だろう。だからこそガルフの口からは聞きたく無い言葉だった。しかもガルフには彼等が王配の座を狙って近付いて来ているだけだと言ってあるのというのに。
 もちろんガルフはそれを知った上で、ティアの言った事が本心かどうか探りを入れたかっただけなのだが、そんな事は彼女にわかるわけが無い。ティアは悲しい目で黙り込み、歩みを早めた。もちろんガルフがその気になれば追いつけない事は無い。しかし彼女の背中に漂う空気がそれを許さなかった。今のガルフに出来る事は、ティアを見失わない様に後ろに着いて歩く事だけだった。

《ティアが言ってたっけ。『みんな私の事を一人の女の子ティアじゃ無くって、ドラゴニアの王ジェラルドの娘としか見てない』って。マズい事、言っちゃったかな》

 ガルフは猛烈に後悔したが、一度口から出てしまった言葉はもう戻せない。無言のまま城に帰った二人を見かけたデュークが一人になったガルフに声をかけた。ガルフが事の次第を説明したところ、デュークは一笑に付した。

「二人共、まだまだお若いですね」

 ガルフはデュークの言葉の意味が分からず、笑いながら去っていくデュークを立ち尽くして見送った。彼には男と女の機微がわかるにはまだもう少しかかる様だ。しかし、それをストレートに知る事になるのはこの直後のことだった。


「お兄ちゃん、お帰り。あれっ、どうしたの?」

 例によってメアリーの様子を見に行くと、彼女はガルフが浮かないをしている顔に目ざとく気付いた。ガルフは包み隠さずメアリーに今日学校であった出来事を話した。

《ボクは何を話してるんだ? 十二歳の妹に……》

 一気に話し終えたガルフは我に返り、少し恥ずかしくなった。それまで黙って聞いていたメアリーは、おもむろに口を開き、正直な感想を述べた。

「ティアお姉ちゃん、きっとお兄ちゃんのことが好きなんだよ」

《好き? ティアが? ボクの事を?》

 ガルフは遠い目をして考えを巡らせた。そもそも出会いからしていきなり彼女の裸を目撃するという、マイナスからのスタート。だが、そこからザーガイの群れから彼女を助け、お姫様抱っこで空を駆けた。そして一度バードリバーに帰った自分がドラゴニアに戻った時には手料理を用意してくれていた……これって、恋愛物の王道ストーリーではないか。
 しかも現在は彼女の父の好意で城に住まわせてもらっている。これで上手くいかない様ではどんな簡単なエロゲー、じゃなかった恋愛シュミレーションゲームもクリア出来ないだろう。
 もちろんガルフもティアに惹かれつつあった。ストレートな自己表現、その割に素直じゃ無いところ。わかりやすい喜怒哀楽でくるくる変わる表情、それに何と言っても見た目ははっきり言ってかわいい。本人は自分の王女と言う立場だけを考えて言い寄ってくるだけと言っているが、決してそんな事は無いだろう。もし彼女がマッチ売りの少女だったらマッチなど飛ぶ様に売れるに違い無い。
 しかし、ここで逆にティアが王女、ガルフが王子だという事が問題となってくる。二人共、王位の第一位継承者なのである。するとメアリーが冷やかす様に言った。

「お兄ちゃん、良かったね~。逆タマだよ逆タマ!」

 バードリバーは小さな国だ。ドラゴニアも小さな国ではあるが、知能の高い竜が人間の生活様式を真似て作った国であるが為、他国の良いところを積極的に取り入れた結果、経済・学術・文化等あらゆる面でバードリバーよりも遥かに水準の高い国となっているのだった。となればティアとガルフが結婚するとなればガルフが婿入りするのが得策だろうとメアリーは考え、彼女は『逆タマ』という言葉を使ったのだった。恐るべき十二歳である。
 しかし、ガルフもメアリーも知らない大きな問題が一つ残っている。もちろんそれは彼女、いや、彼女だけでは無い。ドラゴニアの国民が竜である事。人間であるガルフが竜達に受け入れられるものだろうか?

 ガルフは意を決してメアリーの部屋を出ようとした。ティアと話をする為に。しかし、ティアの悲しそうな目が脳裏に浮かんできて身体が動かなくなってしまった。

《何て言えば良いんだろう……》

 丁度その時、ティアはメアリーの部屋の扉の前に居た。ノックしようとしたが手が止まる。溜息を一つ吐いた彼女は自分の部屋へと戻るとベッドに横たわると頭から布団を被り、肩を震わせた。
 
 夕食の時間、いつもの様にメアリーのベッドの横で食事をするガルフ。食べ終わる頃にはデザートと紅茶が三人分運ばれ、ティアと共に食後のお茶を楽しむのだが、この日はデザートと紅茶が二人分運ばれてきただけだった。

《ティア、怒ってるのかな……》

 ほんの数時間会っていないだけだというのに何だこの喪失感は。ティアの存在の大きさにあらためて気付かされたガルフだった。

 眠れない夜が明けて、朝食の時間。さすがに朝はバタバタする(特に女の子は)のでティアが兄妹二人の朝食に乱入する事は無い。ガルフはぽそぽそとパンを齧りながら心ここにあらずといった体でしきりに時計を気にしている。

「お兄ちゃん、早くティアお姉ちゃんを呼びに行きたいんでしょ」

 勘の良い十二歳である。いや、誰でもわかる事か。それはともあれ朝、学校へ行く時間になると部屋までティアを呼びに行くのがガルフの日課だった。

「ティアお姉ちゃんとどんな顔で会えば良いんだろうって考えてるでしょ?」

 つくづく勘の良い十二歳である。図星を突かれて黙り込むガルフにメアリーは凄いアドバイスを与えた。

「女の子を落としたいなら、変に格好付けちゃダメ。素直にならなきゃだよ!」

 ……とんでもない十二歳である。もっともこのアドバイスはイケメンにしか適用されないのだろうが。もちろんガルフには適用されると思われる。

 そうこうしているうちにやっと時間になり、ティアの部屋に足を運ぶガルフ。扉の前で深呼吸し、ノックする。

「ティア、おはよう! 学校行く時間だよ」

 出来るだけいつも通りに振舞うガルフ。扉が開き、ティアが顔を出す。あまり眠れなかったのか、少し疲れた様子。心配になったガルフは思わず今日は休んだ方が良いのではと提案したが、彼女はそれを聞き入れなかった。

「ううん、大丈夫。ありがとう、行こ」

 ティアは言葉少なく答えると先に立って歩き出した。



 二人が城を出た後、デュークはジェラルドに耳打ちしていた。

「そろそろ頃合かと」

 ジェラルドは複雑な顔で答えた。

「そうか……汚れ役を押し付けてしまってすまんな」

「いえ、ティア様の為になるのでしたら……」

「方法は任せる。私が撒いた種、咎は私が受ける。よろしく頼む」

「御意に」

 頃合? ジェラルドが撒いた種? そして咎? ジェラルドは一体何をデュークに命じたというのだろうか? 


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