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スタート!~ママチャリでの渋山峠ヒルクライム~
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渋山峠ヒルクライムのスタート直後は緩やかなカーブが連続していて斜度もそこまではキツくは無い。まあ、『そこまでキツくは無い』と言っても斜度が10%を超えるコース後半に比べたらマシだというだけのことなのだが。そしてこの『斜度がそこまでキツくは無い』区間のうちに、坂を速く上ることに死力を尽くす者達所謂『ガチ勢』は速度を上げる……タイムを稼ぐ為に。
だが、トシヤもハルカもタイムなど求めてはいない。そう言えば聞こえが良いが、実のところハルカはともかくトシヤはロードバイクを駆ってしてもゴールの展望駐車場まで足着き無しで上れる保証が無い。そんなトシヤがママチャリで渋山峠を足着き無しで上りきれるわけが無いのだ。
もちろんハルカだってママチャリで渋山峠を足着き無しで上りきれるなんて最初っから思っていない。今日のママチャリでのヒルクライムは『チャレンジ』と言うより『遊び』なのだ。だが、やるからにはハルカもトシヤも真剣だ。とは言え、いくら真剣になったところで筋力や心肺機能が上がるものでは無い。スタートしたものの、恐ろしくペダルが重く、車体は悲しいぐらい前に進まない。
スタートしてから数十秒、トシヤの前でハルカがサドルから腰を浮かせた。シッティングでは上れないと判断し、ダンシングで上るつもりなのだ。それを見たトシヤも真似る様に腰を浮かせた。
ヒルクライムでシッティングからダンシングに移る時はギアを一枚か二枚上げるものだ。だが、ハルカのママチャリは変速機など付いていない。だから固定されたギアのままでペダルに体重を乗せる事になるのでクランクは軽々と回る……わけでは無かった。
固定ギアのママチャリはフロント34T・リア14Tで、ギア比は2.28というのが一般的らしい。フロント34T・リア14Tと言うとロードバイクのインナートップに近いギアだ。
いくら体重をペダルに乗せてもハルカの軽い体重ではなかなかクランクが回らない。体重に加えて筋力を駆使してなんとかジリジリと上ってはいるのだが、ハルカの筋力が尽きるのは時間の問題だろう。
トシヤはトシヤでハルカを真似て腰を浮かせたものの、『休むダンシング』が上手く出来無いので結局はシッティング以上に足が疲れてしまい、すぐに力尽きてしまうであろうことは火を見るより明らかだ。
「うわっ、ダメだ!」
早くもトシヤが声を上げながら足を着いた。ヒルクライムを始めてからまだほんの数分、距離にして十数メートルしか進んでいない。このペースだとゴールの展望台駐車場まで一時間、いや途中でへたばって動けなくなる事を考えると2時間ぐらいかかるかもしれない。
「これはえらいことになっちまったな……」
わかってはいたが、あらためて呟くしかないトシヤだった。
トシヤの声を背中に聞きながらもハルカはダンシングで進み続けた。もちろんハルカだって足着き無しでゴールまで上りきれるなんて思ってはいない。いつものハルカならトシヤの事を気遣って止まっていたに違い無い。しかし、この時のハルカは自分がママチャリで渋山峠をどこまで上れるものなのか試したかったのだ。
「くそっ、ハルカちゃんがどんどん上っていくのに……情けねぇ……」
呻く様に言うトシヤだが、本気を出したハルカに渋山峠で着いていけないのは出会った時からずっと変わっていない。もちろんトシヤも成長しつつはあるのだが、ハルカとの差を埋めるにはまだまだ至っていないのだから。
トシヤは『ハルカちゃんがどんどん上っていく』と言った。しかし、当然のことながらハルカとて調子よくひょいひょい上っているわけでは無い。いつものエモンダだったらインナーローからギアを二枚上げればダンシングのリズムが良い感じに決まり、軽快に上っていけるのだが、前述の様にママチャリの固定ギアではハルカの軽い体重ではクランクが思うように回せず、のろのろとしか進めない。だがトシヤがサドルに座り、足を着いてへたばっている……つまり完全に止まってしまっている間にハルカとトシヤの距離はどんどん広がっていく。
「いつまでもこうしちゃぁいられないな」
呟いたトシヤはサドルから尻を浮かすと上死点の位置にあった右のペダルに体重をかけた。だがクランクは足を着いて休む前と変わらずゆっくりしか回らない。トシヤの体重をもってしてもママチャリの固定ギアでは斜度に対してギア比が高過ぎるのだ。となるとペダルに体重をかけると共にハンドルを引き、脚力と背筋の力を必死に使って上るしかない。しかし、そんな力技が続くわけが無く、10メートルも進むか進まないかのうちにトシヤは力尽き、また足を着いてしまった。
「無理! 絶対無理! 上れるわけ無ぇっ!」
トシヤが思わず声を上げた。もちろんそれはハルカに向けて言ったわけでは無いのだが、その声はハルカの耳に入ったようだ。
「ギブアップ? らしくないわね」
ハルカは足を止めることも振り返ることもせず、ただ一言だけ言い、ゆるいカーブの向こうに消えていった。
ハルカの言葉が折れかけていたトシヤの心に火を点けた。初めて渋山峠を上った時、ハルカと出会った時、トシヤは全然上れなかった。だが、今はあの時とは違う。肉体的にも精神的にも少しは成長しているのだ。
「ギブアップ? いいや、まだだね!」
トシヤは自分に喝を入れるように言うとまたペダルを力いっぱい踏み、ハンドルを思いっきり引いた。
だが、トシヤもハルカもタイムなど求めてはいない。そう言えば聞こえが良いが、実のところハルカはともかくトシヤはロードバイクを駆ってしてもゴールの展望駐車場まで足着き無しで上れる保証が無い。そんなトシヤがママチャリで渋山峠を足着き無しで上りきれるわけが無いのだ。
もちろんハルカだってママチャリで渋山峠を足着き無しで上りきれるなんて最初っから思っていない。今日のママチャリでのヒルクライムは『チャレンジ』と言うより『遊び』なのだ。だが、やるからにはハルカもトシヤも真剣だ。とは言え、いくら真剣になったところで筋力や心肺機能が上がるものでは無い。スタートしたものの、恐ろしくペダルが重く、車体は悲しいぐらい前に進まない。
スタートしてから数十秒、トシヤの前でハルカがサドルから腰を浮かせた。シッティングでは上れないと判断し、ダンシングで上るつもりなのだ。それを見たトシヤも真似る様に腰を浮かせた。
ヒルクライムでシッティングからダンシングに移る時はギアを一枚か二枚上げるものだ。だが、ハルカのママチャリは変速機など付いていない。だから固定されたギアのままでペダルに体重を乗せる事になるのでクランクは軽々と回る……わけでは無かった。
固定ギアのママチャリはフロント34T・リア14Tで、ギア比は2.28というのが一般的らしい。フロント34T・リア14Tと言うとロードバイクのインナートップに近いギアだ。
いくら体重をペダルに乗せてもハルカの軽い体重ではなかなかクランクが回らない。体重に加えて筋力を駆使してなんとかジリジリと上ってはいるのだが、ハルカの筋力が尽きるのは時間の問題だろう。
トシヤはトシヤでハルカを真似て腰を浮かせたものの、『休むダンシング』が上手く出来無いので結局はシッティング以上に足が疲れてしまい、すぐに力尽きてしまうであろうことは火を見るより明らかだ。
「うわっ、ダメだ!」
早くもトシヤが声を上げながら足を着いた。ヒルクライムを始めてからまだほんの数分、距離にして十数メートルしか進んでいない。このペースだとゴールの展望台駐車場まで一時間、いや途中でへたばって動けなくなる事を考えると2時間ぐらいかかるかもしれない。
「これはえらいことになっちまったな……」
わかってはいたが、あらためて呟くしかないトシヤだった。
トシヤの声を背中に聞きながらもハルカはダンシングで進み続けた。もちろんハルカだって足着き無しでゴールまで上りきれるなんて思ってはいない。いつものハルカならトシヤの事を気遣って止まっていたに違い無い。しかし、この時のハルカは自分がママチャリで渋山峠をどこまで上れるものなのか試したかったのだ。
「くそっ、ハルカちゃんがどんどん上っていくのに……情けねぇ……」
呻く様に言うトシヤだが、本気を出したハルカに渋山峠で着いていけないのは出会った時からずっと変わっていない。もちろんトシヤも成長しつつはあるのだが、ハルカとの差を埋めるにはまだまだ至っていないのだから。
トシヤは『ハルカちゃんがどんどん上っていく』と言った。しかし、当然のことながらハルカとて調子よくひょいひょい上っているわけでは無い。いつものエモンダだったらインナーローからギアを二枚上げればダンシングのリズムが良い感じに決まり、軽快に上っていけるのだが、前述の様にママチャリの固定ギアではハルカの軽い体重ではクランクが思うように回せず、のろのろとしか進めない。だがトシヤがサドルに座り、足を着いてへたばっている……つまり完全に止まってしまっている間にハルカとトシヤの距離はどんどん広がっていく。
「いつまでもこうしちゃぁいられないな」
呟いたトシヤはサドルから尻を浮かすと上死点の位置にあった右のペダルに体重をかけた。だがクランクは足を着いて休む前と変わらずゆっくりしか回らない。トシヤの体重をもってしてもママチャリの固定ギアでは斜度に対してギア比が高過ぎるのだ。となるとペダルに体重をかけると共にハンドルを引き、脚力と背筋の力を必死に使って上るしかない。しかし、そんな力技が続くわけが無く、10メートルも進むか進まないかのうちにトシヤは力尽き、また足を着いてしまった。
「無理! 絶対無理! 上れるわけ無ぇっ!」
トシヤが思わず声を上げた。もちろんそれはハルカに向けて言ったわけでは無いのだが、その声はハルカの耳に入ったようだ。
「ギブアップ? らしくないわね」
ハルカは足を止めることも振り返ることもせず、ただ一言だけ言い、ゆるいカーブの向こうに消えていった。
ハルカの言葉が折れかけていたトシヤの心に火を点けた。初めて渋山峠を上った時、ハルカと出会った時、トシヤは全然上れなかった。だが、今はあの時とは違う。肉体的にも精神的にも少しは成長しているのだ。
「ギブアップ? いいや、まだだね!」
トシヤは自分に喝を入れるように言うとまたペダルを力いっぱい踏み、ハンドルを思いっきり引いた。
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