135 / 136
スタート!~ママチャリでの渋山峠ヒルクライム~
しおりを挟む
渋山峠ヒルクライムのスタート直後は緩やかなカーブが連続していて斜度もそこまではキツくは無い。まあ、『そこまでキツくは無い』と言っても斜度が10%を超えるコース後半に比べたらマシだというだけのことなのだが。そしてこの『斜度がそこまでキツくは無い』区間のうちに、坂を速く上ることに死力を尽くす者達所謂『ガチ勢』は速度を上げる……タイムを稼ぐ為に。
だが、トシヤもハルカもタイムなど求めてはいない。そう言えば聞こえが良いが、実のところハルカはともかくトシヤはロードバイクを駆ってしてもゴールの展望駐車場まで足着き無しで上れる保証が無い。そんなトシヤがママチャリで渋山峠を足着き無しで上りきれるわけが無いのだ。
もちろんハルカだってママチャリで渋山峠を足着き無しで上りきれるなんて最初っから思っていない。今日のママチャリでのヒルクライムは『チャレンジ』と言うより『遊び』なのだ。だが、やるからにはハルカもトシヤも真剣だ。とは言え、いくら真剣になったところで筋力や心肺機能が上がるものでは無い。スタートしたものの、恐ろしくペダルが重く、車体は悲しいぐらい前に進まない。
スタートしてから数十秒、トシヤの前でハルカがサドルから腰を浮かせた。シッティングでは上れないと判断し、ダンシングで上るつもりなのだ。それを見たトシヤも真似る様に腰を浮かせた。
ヒルクライムでシッティングからダンシングに移る時はギアを一枚か二枚上げるものだ。だが、ハルカのママチャリは変速機など付いていない。だから固定されたギアのままでペダルに体重を乗せる事になるのでクランクは軽々と回る……わけでは無かった。
固定ギアのママチャリはフロント34T・リア14Tで、ギア比は2.28というのが一般的らしい。フロント34T・リア14Tと言うとロードバイクのインナートップに近いギアだ。
いくら体重をペダルに乗せてもハルカの軽い体重ではなかなかクランクが回らない。体重に加えて筋力を駆使してなんとかジリジリと上ってはいるのだが、ハルカの筋力が尽きるのは時間の問題だろう。
トシヤはトシヤでハルカを真似て腰を浮かせたものの、『休むダンシング』が上手く出来無いので結局はシッティング以上に足が疲れてしまい、すぐに力尽きてしまうであろうことは火を見るより明らかだ。
「うわっ、ダメだ!」
早くもトシヤが声を上げながら足を着いた。ヒルクライムを始めてからまだほんの数分、距離にして十数メートルしか進んでいない。このペースだとゴールの展望台駐車場まで一時間、いや途中でへたばって動けなくなる事を考えると2時間ぐらいかかるかもしれない。
「これはえらいことになっちまったな……」
わかってはいたが、あらためて呟くしかないトシヤだった。
トシヤの声を背中に聞きながらもハルカはダンシングで進み続けた。もちろんハルカだって足着き無しでゴールまで上りきれるなんて思ってはいない。いつものハルカならトシヤの事を気遣って止まっていたに違い無い。しかし、この時のハルカは自分がママチャリで渋山峠をどこまで上れるものなのか試したかったのだ。
「くそっ、ハルカちゃんがどんどん上っていくのに……情けねぇ……」
呻く様に言うトシヤだが、本気を出したハルカに渋山峠で着いていけないのは出会った時からずっと変わっていない。もちろんトシヤも成長しつつはあるのだが、ハルカとの差を埋めるにはまだまだ至っていないのだから。
トシヤは『ハルカちゃんがどんどん上っていく』と言った。しかし、当然のことながらハルカとて調子よくひょいひょい上っているわけでは無い。いつものエモンダだったらインナーローからギアを二枚上げればダンシングのリズムが良い感じに決まり、軽快に上っていけるのだが、前述の様にママチャリの固定ギアではハルカの軽い体重ではクランクが思うように回せず、のろのろとしか進めない。だがトシヤがサドルに座り、足を着いてへたばっている……つまり完全に止まってしまっている間にハルカとトシヤの距離はどんどん広がっていく。
「いつまでもこうしちゃぁいられないな」
呟いたトシヤはサドルから尻を浮かすと上死点の位置にあった右のペダルに体重をかけた。だがクランクは足を着いて休む前と変わらずゆっくりしか回らない。トシヤの体重をもってしてもママチャリの固定ギアでは斜度に対してギア比が高過ぎるのだ。となるとペダルに体重をかけると共にハンドルを引き、脚力と背筋の力を必死に使って上るしかない。しかし、そんな力技が続くわけが無く、10メートルも進むか進まないかのうちにトシヤは力尽き、また足を着いてしまった。
「無理! 絶対無理! 上れるわけ無ぇっ!」
トシヤが思わず声を上げた。もちろんそれはハルカに向けて言ったわけでは無いのだが、その声はハルカの耳に入ったようだ。
「ギブアップ? らしくないわね」
ハルカは足を止めることも振り返ることもせず、ただ一言だけ言い、ゆるいカーブの向こうに消えていった。
ハルカの言葉が折れかけていたトシヤの心に火を点けた。初めて渋山峠を上った時、ハルカと出会った時、トシヤは全然上れなかった。だが、今はあの時とは違う。肉体的にも精神的にも少しは成長しているのだ。
「ギブアップ? いいや、まだだね!」
トシヤは自分に喝を入れるように言うとまたペダルを力いっぱい踏み、ハンドルを思いっきり引いた。
だが、トシヤもハルカもタイムなど求めてはいない。そう言えば聞こえが良いが、実のところハルカはともかくトシヤはロードバイクを駆ってしてもゴールの展望駐車場まで足着き無しで上れる保証が無い。そんなトシヤがママチャリで渋山峠を足着き無しで上りきれるわけが無いのだ。
もちろんハルカだってママチャリで渋山峠を足着き無しで上りきれるなんて最初っから思っていない。今日のママチャリでのヒルクライムは『チャレンジ』と言うより『遊び』なのだ。だが、やるからにはハルカもトシヤも真剣だ。とは言え、いくら真剣になったところで筋力や心肺機能が上がるものでは無い。スタートしたものの、恐ろしくペダルが重く、車体は悲しいぐらい前に進まない。
スタートしてから数十秒、トシヤの前でハルカがサドルから腰を浮かせた。シッティングでは上れないと判断し、ダンシングで上るつもりなのだ。それを見たトシヤも真似る様に腰を浮かせた。
ヒルクライムでシッティングからダンシングに移る時はギアを一枚か二枚上げるものだ。だが、ハルカのママチャリは変速機など付いていない。だから固定されたギアのままでペダルに体重を乗せる事になるのでクランクは軽々と回る……わけでは無かった。
固定ギアのママチャリはフロント34T・リア14Tで、ギア比は2.28というのが一般的らしい。フロント34T・リア14Tと言うとロードバイクのインナートップに近いギアだ。
いくら体重をペダルに乗せてもハルカの軽い体重ではなかなかクランクが回らない。体重に加えて筋力を駆使してなんとかジリジリと上ってはいるのだが、ハルカの筋力が尽きるのは時間の問題だろう。
トシヤはトシヤでハルカを真似て腰を浮かせたものの、『休むダンシング』が上手く出来無いので結局はシッティング以上に足が疲れてしまい、すぐに力尽きてしまうであろうことは火を見るより明らかだ。
「うわっ、ダメだ!」
早くもトシヤが声を上げながら足を着いた。ヒルクライムを始めてからまだほんの数分、距離にして十数メートルしか進んでいない。このペースだとゴールの展望台駐車場まで一時間、いや途中でへたばって動けなくなる事を考えると2時間ぐらいかかるかもしれない。
「これはえらいことになっちまったな……」
わかってはいたが、あらためて呟くしかないトシヤだった。
トシヤの声を背中に聞きながらもハルカはダンシングで進み続けた。もちろんハルカだって足着き無しでゴールまで上りきれるなんて思ってはいない。いつものハルカならトシヤの事を気遣って止まっていたに違い無い。しかし、この時のハルカは自分がママチャリで渋山峠をどこまで上れるものなのか試したかったのだ。
「くそっ、ハルカちゃんがどんどん上っていくのに……情けねぇ……」
呻く様に言うトシヤだが、本気を出したハルカに渋山峠で着いていけないのは出会った時からずっと変わっていない。もちろんトシヤも成長しつつはあるのだが、ハルカとの差を埋めるにはまだまだ至っていないのだから。
トシヤは『ハルカちゃんがどんどん上っていく』と言った。しかし、当然のことながらハルカとて調子よくひょいひょい上っているわけでは無い。いつものエモンダだったらインナーローからギアを二枚上げればダンシングのリズムが良い感じに決まり、軽快に上っていけるのだが、前述の様にママチャリの固定ギアではハルカの軽い体重ではクランクが思うように回せず、のろのろとしか進めない。だがトシヤがサドルに座り、足を着いてへたばっている……つまり完全に止まってしまっている間にハルカとトシヤの距離はどんどん広がっていく。
「いつまでもこうしちゃぁいられないな」
呟いたトシヤはサドルから尻を浮かすと上死点の位置にあった右のペダルに体重をかけた。だがクランクは足を着いて休む前と変わらずゆっくりしか回らない。トシヤの体重をもってしてもママチャリの固定ギアでは斜度に対してギア比が高過ぎるのだ。となるとペダルに体重をかけると共にハンドルを引き、脚力と背筋の力を必死に使って上るしかない。しかし、そんな力技が続くわけが無く、10メートルも進むか進まないかのうちにトシヤは力尽き、また足を着いてしまった。
「無理! 絶対無理! 上れるわけ無ぇっ!」
トシヤが思わず声を上げた。もちろんそれはハルカに向けて言ったわけでは無いのだが、その声はハルカの耳に入ったようだ。
「ギブアップ? らしくないわね」
ハルカは足を止めることも振り返ることもせず、ただ一言だけ言い、ゆるいカーブの向こうに消えていった。
ハルカの言葉が折れかけていたトシヤの心に火を点けた。初めて渋山峠を上った時、ハルカと出会った時、トシヤは全然上れなかった。だが、今はあの時とは違う。肉体的にも精神的にも少しは成長しているのだ。
「ギブアップ? いいや、まだだね!」
トシヤは自分に喝を入れるように言うとまたペダルを力いっぱい踏み、ハンドルを思いっきり引いた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる