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ハルカ、痛恨のパンク
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ハルカの背中の向こうに最終ヘアピンが見え、トシヤは呟いた。
「もうちょっとだ。あともうちょっとでゴールだ」
ココまで来れば本当にゴールまでもうちょっとだ。タイムアタックを行う者にはこのヘアピンを抜ければあとはゴールまで最後のもがきどころ。だがトシヤにはもがく力など残っている筈が無い。ただハルカの背中を追ってゴールまで耐えるだけだ。
緩いカーブを幾つか抜けると、右カーブの向こうにそれまで山肌を覆っていた間知石が切れ、青々とした草が生い茂る山肌が剥き出しになっているのが見えた。あの山肌の上は展望台、長く辛い渋山峠ヒルクライムのゴールだ。
先週トシヤが足を着いたのはこの右カーブだ。初めて足着き無しで上りきるのはハルカと一緒に上った時にと自ら足を止めたあの日から一週間、遂にその瞬間が間も無く訪れようとしているのだ。
いよいよ最後の左カーブ、このカーブを抜けたらゴールだ。ハルカと共に足着き無しで渋山峠を上りきるという目標を達成出来る。そうしたら……言っちゃうか、自分の気持ちを。先週足を着いたのはハルカと一緒に上った時に初めての足着き無しを達成したいと思ったから、ハルカが好きだという事を。
だが、その直後に悲劇は訪れた。プシュッという音がしたかと思うとハルカのエモンダが挙動を乱し、止まったのだ。
――パンクだ! ――
トシヤも状況を理解し、ハルカの後ろで止まった。
「ハルカちゃん、大丈夫?」
声をかけたトシヤにハルカが怒鳴り声を上げた。
「バカ! 何止まってるのよ、ゴールは目の前だってのに!」
ハルカが止まった所はゴールの駐車場からほんの数メートル手前の地点だった。と言うか、ハルカの言う通り駐車場の入口が目の前に見えている。だがトシヤは何の迷いも無くハルカの後ろで止まったのだ。せっかく暑い中を苦しい思いで上って来たのに全てが水の泡だ。
しかしトシヤは何事も無いかの様に言った。
「そのまま走ったらリムがガリガリになっちゃうね。もうソコだから押して行こうか」
言うとトシヤはリアクトから降り、押しながらハルカに並んだ。
「ちょっと休んでパンクの修理しようか」
トシヤに促されてハルカもエモンダから降り、二人はロードバイクを押してゴールの駐車場へと入った。
いつもなら展望台からの絶景を楽しみながらスポーツドリンクを飲んだり写真を撮ったりするのだが、今日はエモンダのパンクを修理しなくてはならないのでトシヤとハルカは駐車場の隅に立て掛け、並んで座った。
「どうして止まっちゃったの? もうちょっとで足着き無しで上れるトコだったのに」
ボトルに口も付けずにハルカが尋ねた。
「パンクしたんだから仕方無いよ。まあ、足着き無しは次回のお楽しみってトコだな。それよりハルカちゃん、水分摂らないと脱水症状起こしちゃうよ」
汗を拭きながら屈託無い笑顔で言うトシヤにハルカの目から大粒の涙が零れ落ちた。
「ごめんなさい。私のせいで……ごめんなさい、本当にごめんなさい……」
トシヤが先週足を着いた理由を知らないハルカは自分が今日、トシヤが渋山峠を足着き無しで上りきる事が出来るチャンスを潰してしまったと思っているのだ。
「いや、だからパンクだから仕方無いって。ハルカちゃんのせいなんかじゃ無いって」
トシヤが言うが、ハルカは首を横に振り、自分を責める様に言った。
「でも、アソコからだったら……トシヤ君はそのままゴールして待っててくれれば良かったのに。私は一人で押して行くのに……」
確かにアソコからならトシヤが一度ゴールしてからハルカを待っていても、駐車場で折り返してハルカの元に戻っても数秒しかかからないだろう。だが、そんな事はトシヤだって百も承知だ。その上であの時迷う事無く止まったのだ。だからトシヤはこの時も迷わなかった。
「ハルカちゃん、先週俺は敢えて足を着いたんだよ。初めての足着き無しはハルカちゃんと一緒に上った時にって思ったから」
予想外の言葉に涙を流しながらキョトンとするハルカにトシヤは更に言った。
「先週一人で上った時、前を見てもハルカちゃんが前を走ってないのが凄く寂しかったんだ。だからハルカちゃんが止まったら、俺も止まっちゃうんだよ」
これはもう、実質ハルカを好きだと言ってる様なモノだ。顔を赤くするトシヤにハルカはそっと口を開いた。
「それって……」
そこまで言ってハルカは口を噤んでしまった。この後に続く言葉は? トシヤは生唾を飲み込んだ。もちろん「私の事が好きってコトなんだよね」という言葉が続く事を期待して。
「それって、一人じゃ上れないってコト? 情けないわねぇ……」
「え……いや、違……そーゆー意味じゃ……」
期待を裏切るハルカの言葉にトシヤは愕然とした。
ハルカって鈍いのか? いや、どうやらそうでも無いらしい。
「しょうがないわね。じゃあ、また一緒に上ってあげるわよ。来週の日曜日も再来週の日曜日も、それからその次の週も……」
そう言ったハルカは涙を流しながらも口元には笑みが浮かんでいた。だが、トシヤは不満そうな顔となった。
それに気付いたハルカは言い方が気に障ったのだろうかと俯いてしまった。トシヤは何が気に入らなかったのだろう? 狂喜乱舞してもおかしくないシーンだと言うのに。
「日曜日だけ? 俺は毎日でも一緒に走りたいな。なんたって、もうすぐ夏休みなんだからさ」
何の事は無い、要はハルカがもうすぐ夏休みだと忘れていて『日曜日』と連呼していたのだが、夏休みが楽しみで仕方が無いトシヤはハルカが日曜しか一緒に走ってくれない様に言ったのが悲しかったのだ。
トシヤの言葉にハルカの顔がぱあっと明るくなった。
「うん! 行こっ、せっかくだから峠だけじゃ無く色んなトコに走りに行こうよ!」
顔を上げ、目を輝かせて言うハルカにトシヤは嬉しそうに頷いた。
「夏休みが楽しみだな。じゃあ一息吐いたことだし、パンク修理しようか」
「うん! パッパッとやっちゃおうか」
トシヤの声に元気良くハルカが答え、二人はエモンダのパンク修理を始めた。
「もうちょっとだ。あともうちょっとでゴールだ」
ココまで来れば本当にゴールまでもうちょっとだ。タイムアタックを行う者にはこのヘアピンを抜ければあとはゴールまで最後のもがきどころ。だがトシヤにはもがく力など残っている筈が無い。ただハルカの背中を追ってゴールまで耐えるだけだ。
緩いカーブを幾つか抜けると、右カーブの向こうにそれまで山肌を覆っていた間知石が切れ、青々とした草が生い茂る山肌が剥き出しになっているのが見えた。あの山肌の上は展望台、長く辛い渋山峠ヒルクライムのゴールだ。
先週トシヤが足を着いたのはこの右カーブだ。初めて足着き無しで上りきるのはハルカと一緒に上った時にと自ら足を止めたあの日から一週間、遂にその瞬間が間も無く訪れようとしているのだ。
いよいよ最後の左カーブ、このカーブを抜けたらゴールだ。ハルカと共に足着き無しで渋山峠を上りきるという目標を達成出来る。そうしたら……言っちゃうか、自分の気持ちを。先週足を着いたのはハルカと一緒に上った時に初めての足着き無しを達成したいと思ったから、ハルカが好きだという事を。
だが、その直後に悲劇は訪れた。プシュッという音がしたかと思うとハルカのエモンダが挙動を乱し、止まったのだ。
――パンクだ! ――
トシヤも状況を理解し、ハルカの後ろで止まった。
「ハルカちゃん、大丈夫?」
声をかけたトシヤにハルカが怒鳴り声を上げた。
「バカ! 何止まってるのよ、ゴールは目の前だってのに!」
ハルカが止まった所はゴールの駐車場からほんの数メートル手前の地点だった。と言うか、ハルカの言う通り駐車場の入口が目の前に見えている。だがトシヤは何の迷いも無くハルカの後ろで止まったのだ。せっかく暑い中を苦しい思いで上って来たのに全てが水の泡だ。
しかしトシヤは何事も無いかの様に言った。
「そのまま走ったらリムがガリガリになっちゃうね。もうソコだから押して行こうか」
言うとトシヤはリアクトから降り、押しながらハルカに並んだ。
「ちょっと休んでパンクの修理しようか」
トシヤに促されてハルカもエモンダから降り、二人はロードバイクを押してゴールの駐車場へと入った。
いつもなら展望台からの絶景を楽しみながらスポーツドリンクを飲んだり写真を撮ったりするのだが、今日はエモンダのパンクを修理しなくてはならないのでトシヤとハルカは駐車場の隅に立て掛け、並んで座った。
「どうして止まっちゃったの? もうちょっとで足着き無しで上れるトコだったのに」
ボトルに口も付けずにハルカが尋ねた。
「パンクしたんだから仕方無いよ。まあ、足着き無しは次回のお楽しみってトコだな。それよりハルカちゃん、水分摂らないと脱水症状起こしちゃうよ」
汗を拭きながら屈託無い笑顔で言うトシヤにハルカの目から大粒の涙が零れ落ちた。
「ごめんなさい。私のせいで……ごめんなさい、本当にごめんなさい……」
トシヤが先週足を着いた理由を知らないハルカは自分が今日、トシヤが渋山峠を足着き無しで上りきる事が出来るチャンスを潰してしまったと思っているのだ。
「いや、だからパンクだから仕方無いって。ハルカちゃんのせいなんかじゃ無いって」
トシヤが言うが、ハルカは首を横に振り、自分を責める様に言った。
「でも、アソコからだったら……トシヤ君はそのままゴールして待っててくれれば良かったのに。私は一人で押して行くのに……」
確かにアソコからならトシヤが一度ゴールしてからハルカを待っていても、駐車場で折り返してハルカの元に戻っても数秒しかかからないだろう。だが、そんな事はトシヤだって百も承知だ。その上であの時迷う事無く止まったのだ。だからトシヤはこの時も迷わなかった。
「ハルカちゃん、先週俺は敢えて足を着いたんだよ。初めての足着き無しはハルカちゃんと一緒に上った時にって思ったから」
予想外の言葉に涙を流しながらキョトンとするハルカにトシヤは更に言った。
「先週一人で上った時、前を見てもハルカちゃんが前を走ってないのが凄く寂しかったんだ。だからハルカちゃんが止まったら、俺も止まっちゃうんだよ」
これはもう、実質ハルカを好きだと言ってる様なモノだ。顔を赤くするトシヤにハルカはそっと口を開いた。
「それって……」
そこまで言ってハルカは口を噤んでしまった。この後に続く言葉は? トシヤは生唾を飲み込んだ。もちろん「私の事が好きってコトなんだよね」という言葉が続く事を期待して。
「それって、一人じゃ上れないってコト? 情けないわねぇ……」
「え……いや、違……そーゆー意味じゃ……」
期待を裏切るハルカの言葉にトシヤは愕然とした。
ハルカって鈍いのか? いや、どうやらそうでも無いらしい。
「しょうがないわね。じゃあ、また一緒に上ってあげるわよ。来週の日曜日も再来週の日曜日も、それからその次の週も……」
そう言ったハルカは涙を流しながらも口元には笑みが浮かんでいた。だが、トシヤは不満そうな顔となった。
それに気付いたハルカは言い方が気に障ったのだろうかと俯いてしまった。トシヤは何が気に入らなかったのだろう? 狂喜乱舞してもおかしくないシーンだと言うのに。
「日曜日だけ? 俺は毎日でも一緒に走りたいな。なんたって、もうすぐ夏休みなんだからさ」
何の事は無い、要はハルカがもうすぐ夏休みだと忘れていて『日曜日』と連呼していたのだが、夏休みが楽しみで仕方が無いトシヤはハルカが日曜しか一緒に走ってくれない様に言ったのが悲しかったのだ。
トシヤの言葉にハルカの顔がぱあっと明るくなった。
「うん! 行こっ、せっかくだから峠だけじゃ無く色んなトコに走りに行こうよ!」
顔を上げ、目を輝かせて言うハルカにトシヤは嬉しそうに頷いた。
「夏休みが楽しみだな。じゃあ一息吐いたことだし、パンク修理しようか」
「うん! パッパッとやっちゃおうか」
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