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単独ヒルクライム! ~トシヤの想い~
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その頃トシヤとマサオは渋山峠の第一ヘアピンを過ぎ、第二ヘアピンを目指していた。
第一ヘアピンを過ぎると道幅が狭くなり、斜度10%超のつづら折れが続く。そう、ココからが渋山峠ヒルクライムの本番なのだ。
「おいマサオ、大丈夫か?」
まだ少しは余裕の残っているトシヤが振り返って声をかけるとマサオから威勢の良い答えが返ってきた。
「当然だろうが! そう言うお前こそ大丈夫なのかよ?」
もちろんマサオは全然大丈夫では無い。それまで何とかトシヤに食らいついて上っていたのが、少しずつ距離が離れ始めているのがトシヤの目にも明らかだ。だが、空元気でも無いよりはマシだ。
「ったりめぇだ!!」
ペダルを回すトシヤの足に力が込もる。もうすぐトシヤにとって『関所』と言える第二ヘアピンだ。前回上った時も、その前に上った時もココで疲れきり、心が折れて足を着いてしまっている。だが今回はホイールを替えた効果によって足にまだ余裕が残っている。それに何と言っても気合の入り方が違う。
とは言うものの本格的に上る前、試しに第一ヘアピンまで上った代償がトシヤを苦しめる。だが弱音を吐くわけにはいかない。前回は足着き二回で上った。今回の目標は足着き無し、悪くても足着き一回だ。それを達成する為にはこんな所で足を着いてなどいられないのだ。
「あーっ、ペダル重ぇ!」
トシヤが唸るが、ギアはもちろんインナーローだ。もうギアは使い切っている。となると『休むダンシング』で足を休ませたいところだがトシヤはそれが出来無い。『休むダンシング』のつもりが余計に足が疲れるという痛い目には何度も遭って懲りている。
トシヤはひたすらシッティングのまま、サドルの前に座ったり後ろに座ったりして使う筋肉を変えながらペダルを回し、第二ヘアピンをクリアした。
だが、遂にココでマサオが音を上げた。
「トシヤ、俺はもうダメだ。俺に構わず行け! ハルカちゃんに根性見せんだろ!?」
第二ヘアピンは鋭く右に曲がり込みながら上っている。マサオはヘアピンの入口で足を着き、トシヤが走っているであろう右上方に向けて叫んだ。
「おう、悪いが、展望台で待ってるぜ」
もとよりトシヤは止まる気は無い。大声で叫び返すと懸命にペダルを回し続けた。
第二ヘアピンを抜け、黙々とペダルを回しているうちにトシヤの頭に何故か今までのの事が思い浮かんだ。初めて渋山峠を上った時にハルカとルナに出会い、第一ヘアピンで心が折れた。二回目は第二ヘアピンまでもたどり着けなかった。三度目は足を何度も着いたものの、遂に上りきる事が出来た。あの時はハルカとの間接キス騒ぎは第二ヘアピンだった。
トシヤの頭にハルカの顔が思い浮かんだ。
――もう少し走ったら駐車場があるから――
ハルカの声が聞こえた様な気がした。だが、ハルカは前には居ない。四度目は足着き二回で上る事が出来た。あの時も前をハルカが走っていた。
そう、トシヤは二回渋山峠を上りきっている(マサオと上った東側ルートは『裏』と呼ばれるコースなので対象外だ)が、その二回共ハルカが一緒だった。ハルカに励まされて、ハルカのお尻いや背中を追いかけて走るのが楽しかった。だが、今は目の前を走るハルカの姿は無い。トシヤがココから先を一人で上るのは初めてなのだ。
「『もう少し走ったら』って、駐車場までめっちゃ遠かったじゃんかよ……」
呟きながらペダルを回すがスピードアップするどころか今の速度を維持するのが精一杯だ。それでもペダルを回すしか無い。そうしないと止まってしまうのだから。
トシヤはひたすらにペダルを回し続けていると、やっと左カーブの向こうに駐車場が見えた。
少し広くなっている駐車場を見ると足を着いて休みたくなるが、そこは我慢だ。トシヤは誘惑に打ち勝って駐車場に吸い込まれる事無くその先にあるヘアピンに進入し、必死にペダルを回した。今のトシヤにとって大事なのは思い出の中のハルカでは無い。またハルカと一緒に走る為にはココで止まって休むワケにはいかないのだと強く思いながら。
ヘアピンを抜けたあたりから最終ヘアピンまではまた者度がキツくなる。トシヤの足は悲鳴を上げる寸前で、心臓もバクバク言い、呼吸も荒い。だがココが我慢のしどころだ。トシヤの頭にまたハルカの顔が浮かんだ。
今、トシヤが渋山峠を上っている事などハルカは知る由もない。ハルカを想って上るのは完全にトシヤの独りよがりだ。だが、誰かを想って力が湧くのならそれで良い。ヒルクライムは自分との戦い、心の拠り所は必要なのだから。
駐車場のヘアピンを超えたら次に目指すのは最終ヘアピンだ。そこまで来ればもうゴールは目前、残すは数百メートルだ。
とは言っても、その最終ヘアピンまでが長い。距離こそココまで上って来た事を考えれば長くは無いが、ココまで上って来たからこそ残り距離と共に残存体力も少なくなっているのだ。しかも最終ヘアピンまでは斜度10%超のつづら折れが続く。体感的には渋山峠で最もしんどい区間と言っても過言では無いエリアにトシヤは今から突入するのだ。
駐車場のヘアピンを越えてから、いったい幾つのカーブを曲がっただろう? カーブを曲がる度に『このカーブを抜けたら最終ヘアピンが見える』と期待しながらペダルを回すトシヤだったが、最終ヘアピンは一向に姿を現さない。もっともトシヤの記憶など曖昧と言うかあやふやと言うか……今までハルカのお尻、いや背中ばかり見て上っていたのだから景色よりもハルカの後ろ姿の方が記憶に焼き付いているのだ。
そして疲れて真っ直ぐ走る事もままならないトシヤが緩やかな左カーブを抜け、短い直線を上っていると遂に見えた。最終ヘアピンだ。
ココまで来れば上りきったも同然、トシヤの顔に生気が蘇った……事などあるワケが無い。トシヤはへろへろふらふらと最終ヘアピンをクリアと言うか、なんとか通り抜けた。
最終ヘアピンを抜けたら斜度が少し緩くなる。だが、体力が尽きる一歩、いや半歩手前のトシヤは速度を上げられない。だがそんな事はどうでも良い。今はまだ上りきる事だけが目標なのだ。してはならないのは足を止める事。それさえしなければ待望のゴールに到着出来るのだから。
そんなうちに左側に伸びていた山肌を固めている間知石が切れ、剥き出しの山肌に草が生い茂っている上に車が停まっているのが見えた。ゴールの展望台駐車場だ。
――ゴールだ――
トシヤの口から安堵の溜息が漏れた。
第一ヘアピンを過ぎると道幅が狭くなり、斜度10%超のつづら折れが続く。そう、ココからが渋山峠ヒルクライムの本番なのだ。
「おいマサオ、大丈夫か?」
まだ少しは余裕の残っているトシヤが振り返って声をかけるとマサオから威勢の良い答えが返ってきた。
「当然だろうが! そう言うお前こそ大丈夫なのかよ?」
もちろんマサオは全然大丈夫では無い。それまで何とかトシヤに食らいついて上っていたのが、少しずつ距離が離れ始めているのがトシヤの目にも明らかだ。だが、空元気でも無いよりはマシだ。
「ったりめぇだ!!」
ペダルを回すトシヤの足に力が込もる。もうすぐトシヤにとって『関所』と言える第二ヘアピンだ。前回上った時も、その前に上った時もココで疲れきり、心が折れて足を着いてしまっている。だが今回はホイールを替えた効果によって足にまだ余裕が残っている。それに何と言っても気合の入り方が違う。
とは言うものの本格的に上る前、試しに第一ヘアピンまで上った代償がトシヤを苦しめる。だが弱音を吐くわけにはいかない。前回は足着き二回で上った。今回の目標は足着き無し、悪くても足着き一回だ。それを達成する為にはこんな所で足を着いてなどいられないのだ。
「あーっ、ペダル重ぇ!」
トシヤが唸るが、ギアはもちろんインナーローだ。もうギアは使い切っている。となると『休むダンシング』で足を休ませたいところだがトシヤはそれが出来無い。『休むダンシング』のつもりが余計に足が疲れるという痛い目には何度も遭って懲りている。
トシヤはひたすらシッティングのまま、サドルの前に座ったり後ろに座ったりして使う筋肉を変えながらペダルを回し、第二ヘアピンをクリアした。
だが、遂にココでマサオが音を上げた。
「トシヤ、俺はもうダメだ。俺に構わず行け! ハルカちゃんに根性見せんだろ!?」
第二ヘアピンは鋭く右に曲がり込みながら上っている。マサオはヘアピンの入口で足を着き、トシヤが走っているであろう右上方に向けて叫んだ。
「おう、悪いが、展望台で待ってるぜ」
もとよりトシヤは止まる気は無い。大声で叫び返すと懸命にペダルを回し続けた。
第二ヘアピンを抜け、黙々とペダルを回しているうちにトシヤの頭に何故か今までのの事が思い浮かんだ。初めて渋山峠を上った時にハルカとルナに出会い、第一ヘアピンで心が折れた。二回目は第二ヘアピンまでもたどり着けなかった。三度目は足を何度も着いたものの、遂に上りきる事が出来た。あの時はハルカとの間接キス騒ぎは第二ヘアピンだった。
トシヤの頭にハルカの顔が思い浮かんだ。
――もう少し走ったら駐車場があるから――
ハルカの声が聞こえた様な気がした。だが、ハルカは前には居ない。四度目は足着き二回で上る事が出来た。あの時も前をハルカが走っていた。
そう、トシヤは二回渋山峠を上りきっている(マサオと上った東側ルートは『裏』と呼ばれるコースなので対象外だ)が、その二回共ハルカが一緒だった。ハルカに励まされて、ハルカのお尻いや背中を追いかけて走るのが楽しかった。だが、今は目の前を走るハルカの姿は無い。トシヤがココから先を一人で上るのは初めてなのだ。
「『もう少し走ったら』って、駐車場までめっちゃ遠かったじゃんかよ……」
呟きながらペダルを回すがスピードアップするどころか今の速度を維持するのが精一杯だ。それでもペダルを回すしか無い。そうしないと止まってしまうのだから。
トシヤはひたすらにペダルを回し続けていると、やっと左カーブの向こうに駐車場が見えた。
少し広くなっている駐車場を見ると足を着いて休みたくなるが、そこは我慢だ。トシヤは誘惑に打ち勝って駐車場に吸い込まれる事無くその先にあるヘアピンに進入し、必死にペダルを回した。今のトシヤにとって大事なのは思い出の中のハルカでは無い。またハルカと一緒に走る為にはココで止まって休むワケにはいかないのだと強く思いながら。
ヘアピンを抜けたあたりから最終ヘアピンまではまた者度がキツくなる。トシヤの足は悲鳴を上げる寸前で、心臓もバクバク言い、呼吸も荒い。だがココが我慢のしどころだ。トシヤの頭にまたハルカの顔が浮かんだ。
今、トシヤが渋山峠を上っている事などハルカは知る由もない。ハルカを想って上るのは完全にトシヤの独りよがりだ。だが、誰かを想って力が湧くのならそれで良い。ヒルクライムは自分との戦い、心の拠り所は必要なのだから。
駐車場のヘアピンを超えたら次に目指すのは最終ヘアピンだ。そこまで来ればもうゴールは目前、残すは数百メートルだ。
とは言っても、その最終ヘアピンまでが長い。距離こそココまで上って来た事を考えれば長くは無いが、ココまで上って来たからこそ残り距離と共に残存体力も少なくなっているのだ。しかも最終ヘアピンまでは斜度10%超のつづら折れが続く。体感的には渋山峠で最もしんどい区間と言っても過言では無いエリアにトシヤは今から突入するのだ。
駐車場のヘアピンを越えてから、いったい幾つのカーブを曲がっただろう? カーブを曲がる度に『このカーブを抜けたら最終ヘアピンが見える』と期待しながらペダルを回すトシヤだったが、最終ヘアピンは一向に姿を現さない。もっともトシヤの記憶など曖昧と言うかあやふやと言うか……今までハルカのお尻、いや背中ばかり見て上っていたのだから景色よりもハルカの後ろ姿の方が記憶に焼き付いているのだ。
そして疲れて真っ直ぐ走る事もままならないトシヤが緩やかな左カーブを抜け、短い直線を上っていると遂に見えた。最終ヘアピンだ。
ココまで来れば上りきったも同然、トシヤの顔に生気が蘇った……事などあるワケが無い。トシヤはへろへろふらふらと最終ヘアピンをクリアと言うか、なんとか通り抜けた。
最終ヘアピンを抜けたら斜度が少し緩くなる。だが、体力が尽きる一歩、いや半歩手前のトシヤは速度を上げられない。だがそんな事はどうでも良い。今はまだ上りきる事だけが目標なのだ。してはならないのは足を止める事。それさえしなければ待望のゴールに到着出来るのだから。
そんなうちに左側に伸びていた山肌を固めている間知石が切れ、剥き出しの山肌に草が生い茂っている上に車が停まっているのが見えた。ゴールの展望台駐車場だ。
――ゴールだ――
トシヤの口から安堵の溜息が漏れた。
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