ヒルクライム・ラバーズ ~初心者トシヤとクライマーの少女~

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ハルカの挑発 挑発に乗ったマサオ

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 サイクルラックに愛車を掛けたトシヤ達は店の中に入った。前にココを訪れた時はランチタイムだったが、今日はもう夕方だ。しかもさっきケーキセットを食べたという事もあり、四人ともドリンクのみを注文し、早速新しいホイールについて盛り上がった。

「いやー、やっぱ良いわ、レーゼロ。コレなら渋山峠もイケんじゃねぇか」

「また調子の良いコト言っちゃって。そんな簡単に上れる様になるなら誰もヒルクライムなんかしないわよ」

 鼻息を荒くするマサオをハルカが笑い飛ばした。まったくハルカの言う通りだ。簡単な事など面白くも何とも無い。もちろん仕事とか勉強は別だ。簡単に儲かったら笑いが止まらないだろうし、難しい勉強は面白く無い。ただ、趣味に関しては難しい方が面白い。まあ、難し過ぎると投げ出してしまうだろうけれども。

「そうね。それに良く走るからって調子に乗って回し過ぎちゃうと足がすぐに売り切れちゃうからセーブして走る事も覚えておかないとね」

 ルナが嗜める様に言った。

『足が売り切れる』とは『足が終わる』とも言い、早い話が脚力を使い過ぎて足に力が入らなくなる事だ。足に力が入らなくなるとどうなるか? ペダルを回せないだけでは無く膝関節を締める事が出来なくなり、最悪の場合膝を痛める。ましてやマサオの履いているレーシングゼロは硬いと評判のホイールだ。足が売り切れた状態で無理にペダルを回せば膝には相当大きいだろう。
ルナは心配そうだが、ハルカは思いっきり笑い出した。

「大丈夫よ。マサオ君にそんな根性があるとは思えないもん」

 確かに。マサオの事だ、足が売り切れたらすぐに止まって足を着いて休むに違い無い。

「いやいや、俺はヤル時はヤル男だぜ」

 不敵な笑みを浮かべて言うマサオをハルカは楽しそうに挑発した。

「そう、じゃあ来週は渋山峠ね。楽しみにしてるわ」

「おう、上等だ。俺の真の姿を見せてやるぜ!」

 マサオはあっさりとその挑発に乗ってしまった。

「マサオ……そんな事言って大丈夫なんかよ?」

 トシヤが言うが、マサオは涼しい顔だ。

「せっかくホイール替えたんだ。早く峠を上ってみたいじゃんかよ」

 おいおい、言ってる事がロードバイクのショップを出た時と全然違うぞ。もしかしたらマサオは来週ルナを誘う手間が省けたとしか思っていないんじゃないかと思うトシヤだったが、そんな事は意にも介さずと言った感じでマサオが尋ねた。

「それはそうと、どうよ、レー5は?」

「ああ、一瞬あんまり変わらないと思ったけど、サイコン見てびっくりしたわ。すげー加速が良くなってるな」

 トシヤは加速が良くなった事だけを伝え、巡航力が落ちた事は黙っていたのだが、ハルカがニヤニヤしながら横槍を入れてきた。

「でもその分、巡航はしにくくなったでしょ?」

 トシヤが黙っていた事をハルカはピンポイントで言い当てた。何故それがわかったんだ? という顔のトシヤにハルカは続けて言った。

「リアクトのノーマルホイールはエアロホイールだもんね。重いけど、巡航力はレー5より上よ」

 まあ、ホイールの特性の違いと言うわけだ。エアロロードにローハイトの軽量ホイールを履かせるのは賛否両論あるが、本人の自由だと思う。そりゃ、エアロロードにディープリムの組み合わせは格好良いけど、エアロロードで坂を上る事だってあるのだから。

「どうする? 元のホイールに戻すか?」

 ハルカの話を聞いてマサオが尋ねると、トシヤは首を横に振った。

「いや、せっかくマサオが貸してくれたんだからな。それに巡航力はペダルを回せばカバー出来るし……何と言ってもこっちの方が峠を上り易そうだ」

 トシヤはレーシング5が気に入り、使い続ける(借り続ける)と決めた。まあ、渋山峠を足着き無しで上るという目標を達成する為には当然の選択だろう。

 お茶を飲み終えたトシヤ達はそれぞれ愛車に跨った。ライトは付けてはいるが、やはり暗くなる前には家に帰りたい。帰りはルナを先頭に少しペースを上げて走り、その甲斐あって日が沈む前にはハルカのルナの家の近くのコンビニに着く事が出来た。ココで休憩、そして今日は解散だ。

「レーゼロが硬いから何だって? 俺の足は余裕だぜ」

 勝ち誇った様にマサオが言った。無理も無い、『レーゼロは硬いから足にくる』と散々脅されていたのだ。だが、ハルカが冷めた目で言い返した。

「何よ、あんな距離をあのペースで走ったぐらいで足が終わっちゃったら大笑いしてあげるわよ。それこそ渋山峠を足着き無しで上るなんて夢のまた夢ね」

 残念ながらハルカの方が一枚上手だった。しかしマサオも負けてはいない。

「そんな事言ってられるのも今のうちだぜ。新兵器を手に入れた俺の走りを見せつけてやるからな」

 だがハルカはもっと負けていなかった。

「何が新兵器よ。既に飛び道具使ってるクセに。いくら武器が凄くても、使う人次第なんだからね」

 つまり要するに、マサオはプリンスの性能を引き出せていないという事だ。コレはキツい。さすがのマサオもコレには返す言葉も出ず、俯いてしまった。

「あっ、今のは言い過ぎよね。ごめんなさい」

 ハルカがしおらしく頭を下げるとマサオは溜息混じりに口を開いた。

「まあ、そう言われてもしょうがねーよな」

 珍しく弱気な事を言うマサオ。ハルカは自分の失言に後悔するばかりだったが、すぐにまたマサオが口を開いた。

「でもよ、そんな事言えるのは今のうちだけだぜ。すぐに追い付き、追い越してやるからな」

 マサオの目は拗ねたりいじけたりしてはいなかった。まるでトシヤの様に前向きな姿勢を見せるマサオは人間的に成長したのだろうか? いや、残念ながらマサオにそんな殊勝なところがあるとは思えない。どうせルナの前で格好良い事を言っただけだろう……いやいや、マサオが前向きな事を言っているのだからまあ善しとしよう。ここは暖かい目で見てあげようではないか。



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