ヒルクライム・ラバーズ ~初心者トシヤとクライマーの少女~

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オリジナルジャージを作ろう!

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 ショッピングモールに戻ったトシヤはスマホをポケットから取り出して電話をかけた。

「おう、マサオ。ドコに居るんだ?」

 もちろん通話相手はマサオだ。それにしてもバカかコイツは。確かにマサオ達と合流するのも大事だが、もっと大事な事があるだろうに。そう、ハルカに対する失言をカバーする事だ。言うまでも無いだろうがハルカは無理に笑った後、ほとんど喋らなくなってしまった。だがトシヤは愚かにもそれをハルカの言葉を真に受けて恥ずかしいからだと思い込んでいたのだ。もちろんトシヤ自身にも恥ずかしいと言う思いが生じていた事もあるのだが……

「おう、トシヤか。今、本屋だ」

 どうやらマサオとルナは本屋に居るらしい。
 せっかく憧れのルナ先輩と二人っきりなのに本屋かよ! と言う声が聞こえてきそう(実際トシヤもそう思った)だが、これには深い理由があった。それはマサオが話を膨らまそうとルナの一番好きな話題(マサオの知る限り)であるヒルクライムについての話を切り出し、その末に『どうやったら上手く上れるんですかねー?』などと質問したものだから、それを受けたルナは自分の経験してきた事を話してやった上でヒルクライムに関する本や自転車雑誌を見る為に本屋へと誘ったのだった。

「わかった。んじゃそっち行くわ」

 電話を切ったトシヤがハルカにマサオとルナが本屋に居る事を告げ、笑顔で「じゃあ行こうか」と促すとハルカも笑顔で頷いた。共に笑顔のトシヤとハルカだが、二人の笑みには大きな違いがあった。トシヤの笑みは相合傘をしていた照れ臭さから自然に出たもの。そしてハルカの笑みはトシヤの笑顔に答える為に無理して作ったものだったのだ。

 トシヤとハルカが本屋に着くと、雑誌コーナーでマサオとルナが並んで自転車雑誌を立ち読みしていて、マサオが小脇に一冊の本を挟んでいるのにトシヤは気付いた。

「おっ、マサオ、本買うのか」

 トシヤの声にマサオは振り向いて両手で読んでいた雑誌を片手に持ち替えると小脇にキープしていた本を見せながら言った。

「おう、早かったな。ちょっと研究しようと思ってな。いつまでもルナ先輩の足引っ張ってらんねぇからな」

 遂にマサオが本気になった! ちなみに本のタイトルはこうだ。

『ヒルクライムスペシャリストへの道 ~目指せ山神~』

 恐ろしく大層なタイトルだが、マサオみたいな初心者が着いて行けるのか? 思わず心配してしまうトシヤだった。だが、ここでそんな事を言ってしまうのは野暮と言うもの。

「そうだな、早く足着き無しで渋山峠を上れる様に頑張ろうぜ」

 トシヤは言った。トシヤもマサオも現時点では『目指せ山神』どころか『目指せ足着き無し』なのだ。

「おう。この本、お前にも見せてやるからな」

 マサオは軽く答えると、また自転車雑誌を開いて視線を戻した。そして何ページか捲ったところで顔を上げ、興奮した様子でトシヤの目の前に誌面を押し付けた。

「見ろよコレ、フルオーダー一着八千円だってよ!」

 既製品のサイクルジャージはメーカー不詳なら通販で二~三千円のモノもあるが、それなりのメーカーの物であれば安くて八千円前後、高い物だと二万円程する。それがフルオーダーで一着八千円だと言うのだ。
トシヤが誌面をよく見てみると、『作ろう、チームジャージ!』という見出しでオリジナルジャージを紹介していた。そこにフルオーダーのジャージが一着八千円から作れると書いてあったのだ。だが、トシヤは注釈が打ってあるのに気付いた。

「でもよー、五着からって書いてあるぜ。俺達全員作っても一着足りないじゃねーか」

 そう、トシヤ・マサオ・ハルカ・ルナの四人全員が作ったとしても四着。つまり最小ロットの五着には一枚足りないのだ。

「ああ、一着ぐらい俺がスペアで持っておくから大丈夫だ」

 マサオが何でも無いといった調子で言った。さすがお金持ちは言う事が違う。しかし問題はトシヤとマサオは良いとして、ハルカとルナがどう言うかだ。マサオが嬉々としてルナとハルカに誌面を見せ、「どうかな?」と尋ねると意外にもハルカもルナも前向きな態度を示した。

「八千円かー。良いんじゃない? 普通のジャージとそんなに変わんないもんね」

「そうね。せっかく同じ学校でローディ仲間になったんだし、良い記念になるわね」

 これで話は決まった様なものだ。ほくそ笑むマサオに対しトシヤは少々難しい顔で考え込んだ。

「うーん、八千円か……」

 高校生のトシヤにとって八千円は大金だ。もちろんそれはハルカもルナも同じなのだが……

「トシヤ、どうした?」

 お気楽な顔で尋ねるマサオにトシヤは難しい顔のまま答えた。

「いや、俺、リアクト買ったばっかりだからな……」

 お金が無い事を暗に伝えるトシヤにマサオは少し考えた後、笑顔で言った。

「そう言えば、お前もうすぐ誕生日だよな。よし、コレは俺からの誕プレって事でどうだ?」

 思わぬマサオの提案にトシヤは悩んだ。いくらマサオの家が金持ちだと言っても誕生日のプレゼントに八千円もの品物をもらって良いものかと。また、もらったからにはマサオの誕生日にはそれに見合う物を贈らなければならない。その時にお金に余裕があるのだろうかと。だが、マサオは事も無げに言った。

「俺の誕生日にはメシでも奢ってくれたら良いぜ。なんたって俺はトシヤのおかげでロードバイクに乗る様になったんだからな」

 さすがはお金落ち、言う事が違う。もっとも半分ぐらいはルナとお揃いのジャージを作る事を実現させようと言う思いが入っているのだろうが。するとそれを聞いたはハルカが元気良く手を挙げた。

「はいはい、じゃあ私も! 私にも誕プレってコトで!」

 子供の様にぴょんぴょん飛び跳ね、小さな身体で大きくアピールするハルカにマサオは微笑ましい目で見ながら言った。

「そっか、ハルカちゃんも誕生日もうすぐなんだ」

 ハルカも誕生日が近いのならそれも良いだろう。そう思ったマサオの耳に信じられない言葉が突き刺さった。

「うん! 十月十日!」

「半年ぐらい先じゃねぇか!」

「あ、やっぱり?」

 当然の如く突っ込むマサオにハルカが苦笑いすると、ルナが困った顔で窘める様に言った。

「ダメよハルカちゃん。そんな高い物を人にねだっちゃ……」

「ちぇーーーっ」

 不服そうに言うハルカだが、これは誰が見てもハルカが厚かましいとしか言い様が無い。
 そんなハルカをよそにマサオはルナにさり気なく尋ねた。

「ルナ先輩は誕生日いつなんですか?」

「私? 七月二日だけど、自分の分は自分で出すから気にしなくて良いわよ」

 ルナは答えながらもマサオに対する気遣いを見せた。厚かましいハルカとはえらい違いだ。

「そっすか。でもまあ、ルナ先輩の誕生日は憶えておきますよ」

 出鼻をくじかれてしまったがマサオの事だ、七月二日にはさぞ豪華なプレゼントをルナに贈るつもりなのだろう。気張り過ぎて引かれなければ良いのだが……

「じゃあ早速みんなでデザインを考えようよ!」

 おねだりを却下されたハルカが頭を切り替えた様に言うとマサオが腕時計に目をやった。

「そうだな。ティータイムにはちょっと早いけど、混む前に茶店でも行くか」

 ランチの時にフードコートで席が取れなかったという失敗を繰り返さない為には早目に行動を起こした方が良い。四人は騒がしいフードコートでは無く、落ち着いた喫茶店へと移動する事にした。

「おっと、何か書く物買わないとな」

 マサオはデザインする気満々だ。トシヤはマサオが書く物を買うと言うので百均にでも行くのかと思ったが、マサオが向かったのは文房具コーナーで、無造作にシャーペンを四本と24色の色鉛筆を2セット、そしてレポート用紙を手に取るとレジに持って行き、支払いを済ませた。

「やっぱ金持ちは違うな……」

 思わず呟いたトシヤにハルカがコクコクと頷いた。



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