ヒルクライム・ラバーズ ~初心者トシヤとクライマーの少女~

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決戦の日曜日……って、トシヤとマサオは気負い過ぎ?

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 そして日曜日。今日も雨が降っているが、トシヤの心は晴れやかだ。気合の入ったトシヤが駅に着いたのは九時半、約束の時間より三十分も前だった。

「さすがに早過ぎたか」

 一人苦笑いするトシヤに見慣れた顔が話しかけてきた。

「おうトシヤ、早いな」

 もちろんマサオだ。

「いや、お前の方が早いだろ」

 呆れるトシヤにマサオは「俺もさっき来たばかりだ」と嘘か本当かわからない様な常套句で答え、ニヤリと笑った。

 待つ事十分と少し、約束の十時まではまだ少し時間があるが、傘を差した女の子の二人連れがトシヤとマサオの前に現れた。

「お待たせ。二人共早いのね、そんなに私達と遊びに行くのが楽しみだったのかしら?」

 ニヤニヤしながら言うハルカの隣でルナが笑いを噛み殺している。図星を突かれたトシヤとマサオだったが、ここで赤面してしまえばハルカの言葉を肯定する事になってしまう。それはとても恥ずかしい。さて、どう返したものか……だが、悩む間も無くトシヤの口から思いがけない言葉が自然に飛び出した。

「うん。とても楽しみだったよ」

 言ってしまってからトシヤは自分がもの凄く恥ずかしい事を言ったのに気付いたがもう遅い。しかもそれはトシヤの本心である事は紛れもない事実だ。後悔の念に駆られながら俯いてしまったトシヤの頬が赤くなってしまった。そう、トシヤは自ら恥ずかしい状況を強化させてしまったのだ。

「いや……あの……」

 トシヤは何とか取り繕おうとしてするが、何と言えば良いか、言葉など全く思い浮かばない。ハルカはさぞ勝ち誇った顔をしているんだろうなとトシヤが顔を上げると、ハルカもトシヤと同じく、いや、トシヤ以上に顔を赤くしていた。軽い調子で言った言葉にトシヤがストレートに返した言葉によってハルカの乙女スイッチが入ってしまった様だ。

「楽しみにしてくれてたんですって、良かったわね、ハルカちゃん」

 顔を赤くして、何も喋れないトシヤとハルカにルナがニコニコしながら言った時、蚊帳の外だったマサオが一つの大きな問題に気付いた。
 それはハルカの服装だ。『動きやすい服装で』という事で、ルナもトシヤもマサオもデニムの長ズボンにTシャツと言ったスタイルなのだが、ハルカだけはデニムのショートパンツを履いている。それも裾がゆったりしたタイプのものだ。これでボルダリングなどやった日には裾と太腿の隙間から……
 マズいと思ったマサオにルナが尋ねた。

「それで、今日はドコに行くのかしら?」

「実は、ボルダリングに挑戦しようと思ってたんだけど……」

 マサオが言いにくそうにそこまで言った時、ハルカが恥ずかしそうに呟いた。

「コレじゃ、見えちゃうかも……」

 ハルカはトシヤからのメールを見て動きやすく、かつ可愛い服装としてデニムのショートパンツを選んだのだが、これが裏目に出てしまった。マサオが危惧した事をハルカも思いっきり気にしている。もっともボルダリングでは一人が壁に登っている時、その下に他人が居る事は安全性の理由から無いのだが、やはり女の子としては恥ずかしいのは当然だろう。なにしろ状況によっては思いっきり足を広げなければならないかもしれないのだ。

「ボルダリングは止めた方が良さそうだな」

 空気を読んだトシヤが言うとマサオが慌て出した。こんな事になるとは思っていなかったので、ボルダリングに代わる案を用意していなかったのだ。

「でもよ、どーすんだよ。まさか映画にでも行こうってんじゃないだろうな?」

 マサオが絶望的な声を上げた。するとルナが落ち着いた顔で口を開いた。

「マサオ君、私達を楽しませてくれようという気持ちは嬉しいけど、ちょっとそんなに気負う事なんて無いのよ」

 それはあたかも奈落の底に落ちたマサオを救い出す天使の声の様に思えた。

「そうよ。皆で遊びに行くんだもん、ドコに行ったって楽しいに決まってるじゃない」

 ハルカも笑顔で言った。もっともハルカの場合『皆で』と言うより『トシヤと』言った方が適切かもしれないが、そこは今突っ込むところでは無い。

「そうだな、俺達はヒルクライムラバーズだもんな」

 何かもう、チーム名みたいにマサオが言った。マサオは『ヒルクライムラバーズ』という響きが気に入ったのか? いや、多分ルナと仲間意識を持ちたいだけなのだろう。言い方なんかどんなでも良いに違い無い。

「じゃあどうする?」

 恥ずかしげも無く言ったのはトシヤだ。少しは頭を使え、お前の頭はヘルメット置き場か? と言いたいところだが、映画ぐらいしか案を出せなかった男だ。期待するだけ無駄というものだろう。だが、そんなトシヤにハルカが興味深そうな顔で尋ねた。

「トシヤ君達は普段何やって遊んでるの?」

 トシヤ達が普段やっている事。今でこそ休みの日はロードバイクに乗って出かけているが、その前は……

「うーん……モールをブラブラしてるかな。ゲーセン行ったり、本屋で立ち読みしたりしてさ」

 まあ、普通の高校男子なんてそんなものだ。するとルナはポンっと手を叩いた。

「それで良いじゃない。肩肘張らないで普通にショッピングでもして、皆でお昼ご飯食べるだけでも私は楽しいと思うな」

 そう、大事なのは『何をするか』では無い。『誰と一緒か』だ。ハルカが大きく頷き、マサオはニヤリと笑った。

「決まりね」

 二人の反応にルナは満足そうに微笑むと、先頭に立って歩き出した。駅の改札では無く駅前のショッピングモールに向かって。


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